G・フローベールの作品一覧

「G・フローベール」の「感情教育」「サラムボー」ほか、ユーザーレビューをお届けします!

作品一覧

  • ボヴァリー夫人

    ボヴァリー夫人

    小説・文芸

    4.3
    1巻1,870円 (税込)
    19世紀フランスを代表する小説。田舎医者シャルルとの平凡で退屈な結婚生活にエマは倦んでいた。理想と現実とのギャップ。満たされない心……。彼女はやがて夫の目を盗んで情事を重ね、散財を繰り返し、膨大な借金を抱えてしまう。センセーショナルな内容から発表当時は不道徳の廉で訴えられて裁判沙汰になったが、その効果もありベストセラーになった。作家の深意、意向、意図を可能なかぎり反映させた忠実な翻訳。
  • サラムボー 上

    サラムボー

    小説・文芸

    3.0
    1~2巻924円 (税込)
    前三世紀のカルタゴの傭兵反乱に想を得た,フローベールの一大歴史絵巻.大国カルタゴの統領の娘にして女神に仕える神官サラムボー.傭兵たちの信望厚い隊長マトーは,彼女への許されぬ情念を胸に,反乱軍の指導者となる.「触れてはならぬ! 女神のヴェールです!」――東方の沙漠に花開く,荒々しく残忍な古代の夢.(全二冊)

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  • 三つの物語

    三つの物語

    小説・文芸

    3.6
    1巻990円 (税込)
    無学な召使いの人生を、寄り添うように描いた「素朴なひと」、城主の息子で、血に飢えた狩りの名手ジュリアンの数奇な運命を綴った「聖ジュリアン伝」、サロメの伝説を下敷きに、ユダヤの王宮で繰り広げられる騒動を描く「ヘロディアス」。透徹した文体からイメージが湧き立つような短篇集。
  • 紋切型辞典

    紋切型辞典

    小説・文芸

    3.5
    1巻858円 (税込)
    ここに編まれたおよそ1000の項目は、衣服、飲食物や動植物に関するもの、礼儀作法の規範、身体と病気についての俗説、芸術家、歴史的人物の逸話と彼らの評価など、多岐にわたる。フローベール(1821-80)はその記述に様々な手法を駆使して、当時流布していた偏見や言葉の惰性、硬直した紋切型の表現を揶揄し、諷刺してみせた。
  • ボヴァリー夫人

    ボヴァリー夫人

    小説・文芸

    4.1
    1巻1,100円 (税込)
    娘時代に恋愛小説を読み耽った美しいエンマは、田舎医者シャルルとの退屈な新婚生活に倦んでいた。やがてエンマは夫の目を盗んで、色男のロドルフや青年書記レオンとの情事にのめりこみ莫大な借金を残して服毒自殺を遂げる。一地方のありふれた姦通事件を、芸術に昇華させたフランス近代小説の金字塔を、徹底した推敲を施した原文の息づかいそのままに日本語に再現した決定版新訳。
  • 感情教育(上)

    感情教育

    小説・文芸

    3.6
    1~2巻1,452~1,474円 (税込)
    法律を学ぶためにパリに出た青年フレデリックは、帰郷の船上で美しい人妻アルヌー夫人に心奪われる。パリでの再会後、美術商の夫の店や社交界に出入りし、夫人の気を惹こうとするのだった。夫人への一途な想いと高級娼婦との官能的な恋愛、そして打算の恋……。アンビバレントな恋愛感情に揺れ動く青年の精神を、激動する時代とともに描いた傑作長編。『ボヴァリー夫人』と並ぶフローベールの代表作を流麗かつ優美な新訳で。
  • ボヴァリー夫人

    ボヴァリー夫人

    小説・文芸

    3.6
    1巻814円 (税込)
    田舎医者ボヴァリーの美しい妻エマが、凡庸な夫との単調な生活に死ぬほど退屈し、生れつきの恋を恋する空想癖から、情熱にかられて虚栄と不倫を重ね、ついに身を滅ぼすにいたる悲劇。厳正な客観描写をもって分析表現し、リアリズム文学の旗印となった名作である。本書が風俗壊乱のかどで起訴され、法廷に立った作者が「ボヴァリー夫人は私だ」と言ったのは、あまりにも有名である。
  • ボヴァリー夫人

    ボヴァリー夫人

    小説・文芸

    -
    1巻770円 (税込)
    ノルマンディーの小さな田舎町の医者シャルル・ボヴァリーと結婚したエンマは単調な暮らしにあきて、法律事務所の書記レオンに恋心を抱く。レオンが勉学のためにパリに去ると、エンマは生来の虚飾のとりことなって地主ロドルフと不倫な関係を結ぶ。それが破局をむかえたとき、エンマはレオンと再会し、ルーアンに住むレオンのもとへと足繁く通うようになる…

ユーザーレビュー

  • 感情教育(下)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    アルヌー夫人に冷たくされてはロザネット(高級娼婦マレシャル)の方へ、ロザネットに愛想をつかしてはダンブルーズ夫人の方へと、フレデリックはまるで「1848年のピンボール」のようだ。
    八方美人の高等遊民=フレデリックは二人の女を手玉に取って、いっぱしのドンファン気取りだ。/

    【ある日、たまたまフレデリックが自宅にいると、女ふたりがほとんど同時に訪ねてきた。母親が来ることになっているからと言って、マレシャルを外にだし、ダンブルーズ夫人には隠れてもらった。
    やがて、そうした嘘が愉しく思えてきた。いっぽうの女に誓ったばかりのことを、もういっぽうの女にくりかえす。双方におなじような花束を贈る。ふたりに同時に手紙を書く。で、ふたりの女をあれこれ比較してみる。─そうしたときでも、もうひとりの女性が脳裡から離れなかった。その女性を自分のものにできないことが、こうした不実な行為を正当化した。しかも、ふたりの女を交互にあざむいていることがいっそう快楽をかきたてる。どちらの女も、騙せば騙すほど、ますます自分を愛してくれる。あたかも、ふたりの女はたがいに愛を煽りたててはげしく張りあい、もういっぽうの女を恋人に忘れさせようとしているかのようだった。】(本書。【】内、以下同様。)/

    あくまでも、フレデリックにとってはマレシャルやダンブルーズ夫人はふたりの「女」であり、「女性」と呼べるのは風に靡かぬ花、アルヌー夫人だけなのである。/


    ◯繰り返される「頭髪」と「塵埃」のモチーフ:
    蓮實重彦が『『ボヴァリー夫人』論』で指摘していた「頭髪」と「塵埃」のモチーフが、なんと『感情教育』でも描かれていてびっくり!凄いな蓮實先生!
    ひるがえって、映画ではこの「頭髪」と「塵埃」のモチーフがどのように描かれているのかを、がぜん確認してみたくなって来た。/


    《ここでの「塵埃」と「頭髪」という主題が初期の習作から後期の傑作にいたるまで一貫して特権的な意味作用の磁場をかたちづくっており、作者も充分すぎるほど意識的にその語彙を選択しているという事態が存在するからである。さらにいうなら、(略)砂漠の隠者アントワーヌや『感情教育』の主人公にとどまらぬフローベールの多くの作中人物が、「塵埃」と「頭髪」という語彙とそれらが喚起するイメージに憑かれており、エンマやシャルルもそうした一人にほかならないからでもある。》(蓮實重彦『『ボヴァリー夫人』論』上 Ⅵ 「塵埃と頭髪」 /ちくま学芸文庫/2026年)/


    ◯「塵埃」のモチーフ:
    【たいてい、ふたりは屋外の階段のうえで語りあった。眼前には、秋のおとずれで黄色く色づいた木々の梢が、不揃いな突起となって蒼白い空のへりまでつづいている。並木道のはずれに離れ家があって、そこへいっしょに行くこともある。家具といえば灰色の布張りの長椅子が一脚あるばかり。鏡には点々と黒い斑点がつき、壁は黴くさかった。─ここで、ふたりは自分たちのことや他人のことを、そして、思いつくままにありとあらゆることを、時の経つのも忘れて語りあった。ときおり、鎧戸のすきまからさしこむ陽ざしが、さながら竪琴の弦のように天井から床の敷石にかけていく筋もの線をえがき、そうした光の縞のなかを埃がゆるやかに舞っている。夫人は手をのばし、その光の縞を切っておもしろがった。】/

    このくだりから、「後光」を想起した。

    ・「後光」:
    暗い環境、たとえば厩や納屋、森などで、木漏れ陽や戸の隙間から漏れ入る光などを背にした対象人物を、その人物と光の来る方向に向かって仰ぎ見れば、空気中に散乱する埃によるチンダル現象で、その人物に後光が出現するだろう。/

    これに対して、『ボヴァリー夫人』の「塵埃」のモチーフを描いた文章は次のとおりである。

    《エンマはまた腰をおろして縫い物をつづけた。白木綿の長靴下をつくろっているのだった。彼女はうつむいて針を運んだ。黙っていた。シャルルも黙っていた。ドアの下から吹き込む風が石畳の上にかすかなほこりを立てた。シャルルはそのほこりが床を走るのを見ていた。彼の耳には、こめかみが脈を打つ音と、遠くの庭先で卵を産む雌鶏の鳴き声しか聞こえなかった。エンマはときどき両方のてのひらを当てて頬を冷やし、それからこんどはそのてのひらを大きな薪掛けの鉄の頭で冷やすのだった。》(前出の蓮實『『ボヴァリー夫人』論』より。/フローベール『ボヴァリー夫人』(山田? 訳/河出文庫/2009年))/


    ◯「頭髪」のモチーフ:
    【夫人は母親のようにフレデリックの額に接吻した。
    それから、夫人はなにかを探しているようなそぶりを見せ、鋏を貸してほしいと言った。
    櫛をはずすと、白い髪がばさりと垂れた。
    夫人は荒あらしく鋏をいれ、長い髪のひと房を根もとから切りとった。】/

    次に『ボヴァリー夫人』の「頭髪」のモチーフを描いた部分を引用しよう。

    《翌日、シャルルは青葉棚の下のベンチへ行って腰をかけた。日の光が格子のあいだからふりそそぐ。ぶどうの葉は砂利の上に影を描き、素馨の花はかおり、空は青く、咲き乱れた百合のまわりに芫菁(はんみょう)が羽音をたてている。そしてシャルルは、そこはかとない恋の香に切ない胸をふくらませ、まるで青年のようにあえいだ。
    七時にベルトが夕飯に呼びに来た。昼過ぎから父親の顔を見ていない。
    父親はあおむけに頭を塀にもたせ、目を閉じ、口をあけて、長い黒髪のひと房を両手に持っていた。
    「おとうさま、いらっしゃいな!」
    そして父親がわざと聞こえないふりをしているのだと思って、ベルトはそっと突いた。
    彼は地面に倒れた。死んでいた。》(同前)/


    フレデリックはやっとのことでアルヌー夫人との逢引きの約束に漕ぎつけるも、
    アルヌー夫人は訪れず、なんと革命が勃発してしまう。/

    【突撃の太鼓が打ち鳴らされた。するどい叫びがあがり、勝利の歓声がわきおこる。群衆は波うつようにたえまなく揺れうごいている。びっしりとおし寄せる人の波にはさまれ、フレデリックは身動きできずにいたが、こうした光景にすっかり魅了され、われを忘れてうち興じていた。負傷して倒れる者がいても、死者がそこかしこに横たわっていても、ほんものの負傷者、ほんものの死者とは思えなかった。まるで芝居でも観ているような気がしていた。

    ─中略─

    歩兵部隊は姿を消していて、衛兵隊だけで詰所をまもっている。向こうみずな連中が玄関まえの石段にどっとおし寄せた。これらの人びとが倒れると、たちまちべつの一団がやってくる。

    ─中略─

    建物のいたるところから煙が噴きだした。(略)欄干の小柱のあいだから、するどい音をたてて大きな炎がたちのぼる。パレ=ロワイヤルの二階にはいまや国民衛兵があふれていた。広場に面した窓という窓から、銃が火を吹く。弾丸が空を切ってとびかい、壊れた噴水からながれだした水が血と入りまじって、地面に水たまりをつくっている。】/


    なにせフランス革命という圧倒的なスペクタクルがあるので、たしかに面白さでは断然『感情教育』の方かもしれないが、僕の心にいつまでも刺さって抜けないのはシャルル・ボヴァリーの「痛み」の方なのだ。

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    2026年09月08日
  • 紋切型辞典

    Posted by ブクログ

    私は大好きです。すごく面白かった。
    ひとつめの、アイスクリームからして面白くて皮肉に満ちていて楽しい。
    フランスロマン主義視点を思いっきり皮肉った言葉の数々が愉快すぎて読むのが止まらなくなった。
    アンブローズ・ビアスの悪魔の辞典も絶対読まないとな。

    0
    2026年08月12日
  • ボヴァリー夫人

    Posted by ブクログ

    長い旅に出ていました。
    この本を読んでいると没頭して、まるで広大無辺な暗い海を漂う小舟に乗ったようで、予測不能な感情の荒波が襲ってきては途端に凪になって。しかし、こうした経験は決して初めてだとは思えなかったのです。なぜならこの小説の限りなく不安な航海は、私がこうして過ごしている生活とさして変わらない状況であるからです。
    とどのつまり、この本の魅力をお伝えするのは難しいです。芸術作品であるために、安易に解釈や物語の内容を述べ立てて未だ読んでいない方の先入観の枠に嵌めてしまうことを恐れます。
    まずこの本は3章構成となっており、それぞれに異なる味があります。1章目は冗長な描写も多く、退屈に感じるかもしれません、しかし2章目は大天才フローベールの魔法によって、段落毎に加速度的に面白くなっていくのです。これは圧巻でした、170年間の時の洗礼を乗り越えてきたのにも納得します。そして3章目はどんな結末を迎えるのか、秘密です。一つだけ言えるのは、あの時私はどうすればよかったのか、どう捉えればこの苦しみから解放されるのか、そんな省察を読みながら行うのをおすすめします。

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    2026年05月19日
  • ボヴァリー夫人

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    小説自体は読むのは三度目(新潮文庫の生島訳と河出文庫の山田訳は既読)。この翻訳はとても読みやすかった。

    読み終えるのに1ヶ月ほどかかった。中盤の農業共進会までに5日くらい、その後しばらく放置してたまに少し読み、ロドルフと懇ろになって以降最後までを3日で。
    集中すればもっと早く読めただろうが結果的にはこのペースでよかった気がする。エマの死後、シャルルの回想に現れる、まだ結婚する前のエマを彼と同じように懐かしむことができたのは時間が空いたからこそ得られた効果だったと思うから。

    覚えているところと、すっかり忘れていたところがあった。
    中盤まではよく覚えていた。ロドルフの逃走やレオンの尻込みは、忘れていたけれどまあそうなるよな、と予想の範囲内。
    すっかり忘れていて度肝を抜かれたのが、服毒後のエマの様子。嘔吐、痙攣、せん妄。長々と続く苦悶の描写は鬼気迫る。軽くホラー入ってる。醜い盲人の歌を聞きながら事きれるのは残酷。エマと仲よくしていた女中が、死んだ彼女の衣装を盗んで男と駆け落ちするのにリアリズムを感じる。

    シャルルは死に、両親を失った娘は生活のため工場勤めに出る。寒々しい終わり方。一方で、ボヴァリー家以外の人たちの生活はエマの死に何の影響も受けず淡々と続いていく。シャルルの落胆と比較してロドルフは平然としているし、登場しないレオンも結婚でもしてうまくやっているのだろう。

    エマの死は悲劇だったけれど、世界に何の影響も及ぼさないし痕跡も残さない。彼女の死にも悲劇にも、意味なんてない。そういう冷徹さが、露悪的でなく、不快に転じず、現実的な説得力を持って描かれているところがこの小説のすごいところだと思う。

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    2026年04月15日
  • ボヴァリー夫人

    Posted by ブクログ

    読み終えるまで大分時間がかかったが、読み終えて読んで良かったと思える本だった。エマのシャルルに対する背信的な情事がいつ発覚し結末を迎えるのかと思いながら気の重さを感じながら読み進めるのだった。やはり読後はやるせない寂しさがどうしても残る。
    しかし多彩な描写や豊富な語彙に引き寄せられ読書本来の楽しさや学び、恩恵を感じ取る事が出来た。
    後書きで参考となる実話が存在した事を知り、この小説が発表された時、フランスの品位を貶めるのではないかと裁判沙汰になる程センセーショナルな存在になったと、それも理解出来そうである。
    フランスにはフローベールという偉大なというか特異なというか作家がいて、その代表作を読んだという満足感や達成感みたいなものを感じた次第である。

    0
    2026年04月07日

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