中倉玄喜のレビュー一覧
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本書は、カエサル以降の帝政ローマから始まるが、パックスロマーナと呼ばれたローマの最盛期にはほとんど触れず、斜陽期のローマについて叙述する。滅びの美学、これがこの本のテーマである。 斜陽期に入ったローマ。その中では、カエサルが作り出し、アウグスツスが固めた帝政も、その位に付く人のレベル低下のため混乱を極める。それでも数百年、東ローマについては千年も永らえた理由は、何代かに1人、優秀な皇帝が出現したからだろう。瀕死の状態のローマが、彗星のごとく現れたスター皇帝により回復する。ローマの底時からを感じるとともに、スター皇帝たちの人智を超える能力に驚愕する。とはいえ、彼ら超人的皇帝たちも、時代を経ると
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「腸内細菌叢の重要度」
腸内細菌叢が健全な状態であれば、ほとんどのビタミン類は特に乳酸菌を介在して造られるし、たんぱく質の全ての合成も各種の腸内細菌が担ってる。
反対に、腸内細菌叢が悪化した状態ではどんなに栄養価が高い物でもその恩恵は受けられない。
「消化と代謝(修復)の関係」
食べ物の消化と体内の代謝(修復)は対極の関係にあり、一方が休んだ時に他方が働き出す。
消化器が使われていない時は自分の体の修復が行われている時。
血液は弱アルカリ性が正常なのだけど、高GI、高脂肪、動物性タンパク質の多食によって酸性に傾くと、それを正常なアルカリ側に戻そうとして骨からカルシウムを奪う「脱灰」が起 -
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少食健康法の古典バイブル。
巷に溢れている食養法は内容が正反対のものも多く、結局どっちが正しいの?なんて迷ってしまうけど、ルイジ・コルナロ は事細かいことはええから、『極少食』をしてみなさいと言っている。
彼は彼の毎日の食事は赤ワインも飲む、肉も食べるがその量が一般に比べると驚くほど少ない。
その分量を計量して規則正しく摂取している。
ルイジ・コルナロは水野南北の唱える『開運の秘訣は食にあり』を地で生きたような人物。
ただし、食療健康法の提唱者達が必ずしも長寿ではない事実もあるため、
無理のない適正を各自が責任を持って見極めることが必要だと思う。 -
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ガリアを平定するにあたり、一番の障害となったヴェルチンジェトリックスの対応が多くなる戦役6~8年目が書かれた下巻。上巻から引き続き、戦役の仔細はもちろん各ガリアの部族の風習や地勢、道具や文化まで幅広く書かれている。改めてカエサルの文才に驚かされる。
個人的にはところどころに入る翻訳・解説のスタンスが斜に構えている感じがしてなじめない。。。たしかに、このガリア戦記はカエサルの政治的・政略的意図があって書かれたことはあるだろうが、それだけのために、自分が名誉や地位、命をかけて戦ってる最中に、ここまで蛮族の風習や地勢まで事細かに書くだろうか?やはりカエサルの文才や知的好奇心が為したからこその戦記であ -
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ネタバレユリウス・カエサル自身が書いた、ガリアを平定した際の戦記。ただの戦記にあらず、その土地の地勢や風習、戦争の様子から武器の細かい様相までが事細かに書かれている。カエサル自身はこれをガリア平定後に出版させているから政治的な意図もあったのだろうけど、それとともにカエサルの文才がよくわかる読み物としても良くまとめられてます。文字を追っていくだけで当時の戦況や生活がイメージできます。
本の冒頭に書かれている当時の治世等の説明がちょっと長く、塩野七生「ローマ人の物語」をさきに読んだせいか、カエサルのイメージもちょっと違っていてモヤモヤした感じでしたが、本編に入ったらそんな説明なんか関係なしに面白かった。後 -
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今から2000年前にカエサルが記したとされる8年に及ぶガリア遠征を記した作品。歴史的にも非常に価値のある書物を現代で読めること自体が貴重な読書体験であると思う。
本文に関しても非常に読みやすく、訳が不自然なところもほとんどない。
部族を抑え込むための根回しや、戦闘時の軍の配置や戦略など非常に細かい部分まで記載されていて興味深かった。
一方でカエサルが強すぎるが故に連戦連勝でスリリングな展開が少ないこと、文章が端的すぎて単調に感じてしまうこと、作品自体のボリュームがあることといった理由から、中盤〜後半にかけて飽きがきてしまった。
ガリア戦記に関しては、塩野七生のローマ人の物語にも記載があるため、 -
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このディオクレティアヌス体制には、現代の我々も身につまされる、一つの大きな欠点が存在した。それは、体制の維持に多大の出費を要し、そのため必然、増税と圧政につながったということである。
塩野七生氏の本に頻出するギボンのローマ帝国衰退史。是非原本を読んでみたいと思って購入したのだが、ダイジェスト版だった。「原著には~についての議論がなされている」と書いてあった折には、そこが一番知りたかったのに!と悔しく思う始末。ただし、塩野氏の本と重複する部分もあり、わざわざ原本を読み直す必要はないと思った。塩野氏と異なる部分は、やはりギボンがキリスト教徒の視点から書いているということ。初期のキリスト教のどんな