北尾吉孝のレビュー一覧
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●我々が人間学を学ぶ目的
1)艱難辛苦に直面したときに、たじろいだり迷ったりしない人間になる為
2)自己の内面を充実させ、良心の靖らかな満足を得、外に対しては学んだことを通して世の中の役に立つ人間になる為
●人間学と時務学
生きていく為の知識や技能を身に着ける学問=時務学。現在、日本の教育課程において小学校から大学まで習うのはこれ。時務学をいくら一生懸命学んでも、人格の根、換言すれば精神的バックボーンを養うことはできない。実用的・実務的なちょっとした知識を身に着けるとか、仕事に役立ちそうな学問をちょっとかじっただけで、一人前の仕事ができるなどと思ったら大間違いです。
●読書はただ読むだけでは駄目で、読みながらもその本を自己内部で賦活する必要がある。これを活読という。読みっぱなしならば、むしろ本に読まれていることになる。
●うわべの知識を吸収する為に読書をするのではなく、自分を成長させる糧にするのでなければ読む意味はないのです。その為に、論旨に対して自分の頭で考え、批判や疑問、同感をもってじっくり読むのです。これにはエネルギーが必要ですが、読後感が何も残らないような読書は時間の無駄です。精読・熟読、さらには味読が大切なのです。
●ひとつの考えに凝り固まることなく、また、他の思想をみだりに排斥することなく、さまざまな学問に触れ、それを自らの内に取り入れる。そういうことが自由にできる人であればこそ、その学問も、思想も、人物自体も活き活きとしてくるというのです。
●学問というものは、まず自分が主体となって、自分が積極的に始めなければならない。つまり生きた学問、いわゆる活学をやらなければならない。心が照らされるのではなくて、心がすべてを照らしてゆくような学問をしなければならないのであります。
●人物を知る5つの標準
1)その人が如何なる人を師匠としているか
2)その人が如何なることをもって、自分の一生の目標としているか
3)その人が今日まで如何なることをしてきたかという、今日までの経歴
4)その人の愛読書が如何なるものか
5)その人が如何なる友人をもっているか
この5つを見れば、その人がどれほどの人物かわかると森信三先生は言われています。
●人間には生まれつきの好ましい素質が徳となっている者がある。またよい先生につき、よい友だちと交わって徳が磨かれる者もある。さらに学問によって磨きあげて徳をつくる者もある。しかし生まれつきその徳が完全であるなどという人はいないので、どうしても人間はよい師・よい友を得て仕込まれるか、学問をして練り上げないと徳はできません。
●少しでも高く尊い境地に進もう、偉大なるものに近づこうという「敬」の心から生じた「恥」の気持ちが「自分も発奮してもっと頑張ろう」という「憤」の気持ちにつながっていきます。敬と恥を自らの内に覚醒させ、自分自身を良い方向に変えていく為にも、できるだけ若いうちに心より師事できる人物を見つけて、その全人格を知ろうと大いに努めなければならないのです。
●読書の価値というものは昔も今も変わりないと私は思います。時代がどれだけ変わろうとも本から学べることは膨大にあります。読書によって人間としての教養も、実践で役に立つ生きる知恵も身に着けることができるのです。特に長い時間を経て今もなお読み続けられている古典には、人間の叡智がぎっしり詰まっています。これらは読書によってこそ得られるものであると思うのです。
●楽天知命(自らの天命を自覚すれば、人は平安を得ることができる)の境地に至るのは簡単ではないでしょう。現実はうまくいくことばかりではありません。むしろ一生懸命努力をしてもなかなか思うようにいかず、挫折を感じる機会のほうが多いかもしれません。それによって自らの生き方に迷う人も少なくないでしょう。そうしたときに自分を見限るのではなく、天命というものに思いを馳せれば、余分な心配や悩みを減らすことができるのです。
●賢は賢なりに、愚は愚なりに、それを何十年も継続しておれば、必ずものになるものだよ。別に君、いわゆる偉い人になる必要はないじゃないか。どこかの社会、どこかの業界にあって、その立場、立場において一隅を照らす、つまり一つの場においてなくてはならぬ人になる。そして、その仕事を通じて世のため、人のために貢献することができる。そういうことを考えたらいいではないか。
●小才は縁に出会って縁に気付かず。中才は縁に気付いて縁を生かさず。大才は袖振り合う縁をも生かす。良い縁を結ぶ為の「縁尋機妙」という状況も、一瞬の機会を逃すことなく、自らが主体的に創り上げていかなくてはならないと思うのです。その意味で、運を引き寄せる為には、常に自分が主体的立場に立ち、与えられたチャンスをどう生かすかということが第一に問われるのです。
●不平や不満によって何かが良くなることは決してありません。むしろ不平や不満が出てきたときにこそ、自分はまだまだ未熟だと考えて、一層仕事に打ち込むのです。そうした中でわからないことがあれば、頭を下げて先輩に教えを請えばよいのです。
●好き嫌いで仕事を判断している限り、決して自分の望みは叶えられないと私は思います。天職という言葉がありますが、それは必ずしも自分がやってみたかった仕事とイコールにはならない場合もあるのです。ということは、最初は特に好きではなかった仕事でも、前向きに取り組んでいるうちに熟達して、面白くなって、いつしか「これが自分の天職だった」と気付くケースがあるということです。確かに天職のひとつの要件として、「その仕事が好き」という理由は挙げられるでしょう。しかし、仕事が好きになった時期は人それぞれ違っているはずです。最初から好きだった人もいれば、続けているうちに好きになった人もいるでしょう。そう考えると、それがどんな仕事であれ、やってみなければ自分の天職かどうかはわからないのです。天職を探して転職を重ねる人というのは、結局のところ、自分の好きなことを好きなようにしたいということなのでしょう。結局、嫌なことをしないという姿勢では、いつまで経っても自分の天職に巡り合うことはできないのです。
●人間が備えるべき3つの識
1)知識・・・学んで身に着けるもの。ビジネスの世界ならば正しい情報あるいは最新の情報といってよいかもしれません。
2)見識・・・正しい知識をもとにして、物事の是非を判断していく力。この見識を身に着ける為に必要になるのは「節操」(自らを貫く信条・信念)。自分の主義主張や立場を常に明確にして、何が起ころうとそれを守り抜く態度。節操を身に着けるためには、自らを知り、自らの人生観を確立することが欠かせない。その意味で、節操とは志や天命あるいは信仰といったものともつながっていると考えられる。
3)胆識・・・見識は実行する勇気を伴ったときにはじめて生きてきます。誰がどのように批判しようと関係ない、世の中の毀誉褒貶など一切気にしないという姿勢で自分が正しいと判断したことを堂々と主張し行っていく、そんな実行力こそが胆識ちおうものなのです。胆識をはぐくむための原動力は高い志をもつこと。世のため人のためにという大志があれば、勇気をもって自らの意見を発信し、それを実行していくことができるはず。
●本当のグローバル人材になる為に必要なもの
グローバル化にあわせて英語力は欠かせない要素だが、それと同じく重要になるのが、日本人としての特質をしっかり理解するという、一見グローバルとは逆行するように思えること。日本人とはどういう民族なのかということを十分に理解しなければ、本当の意味で世界に貢献することはできません。民族的な特質を十分に理解した上で、それを活かしていかに世界に貢献するかを考えることが大事。本来、日本人の本質は決して排他的なものではありません。むしろ、自らの誇りを保ちながらも相手を尊重するという人間尊重の精神こそが日本人の特質です。そうやって他国の文化を受容し、工夫改良し、発展させてきた。
グローバル化するとは、日本が欧米化していくことではないのです。日本の良さを保ちながら、むしろそれを世界に広げていくこともグローバル化です。相手を貶す必要など全くありません。相手を尊重しながら、「日本にはこんな良いところがありますよ」と伝えていく。そういうアピール方法もあるのではないでしょうか。
●君子というものは自らの立場や状況に応じて自らを尽くすこと以外には、何も望まないものだと言っています。豊かであれば豊かなように行うし、貧しければ貧しい中でベストを尽くす。辺境の地にあればそこで出来ることを行い、困難が生じればそれを受け入れて決してへこたれないその前提となるのが自得(自分で自分を掴むこと)。そのためには日頃から自己観察と自己反省を怠らず、自分自身をよく理解する努力が欠かせません。
●事業でも、力づくでやっておると、いずれ競争になって困難になる。事業が人間性から滲み出た、徳の力の現れであれば、これを徳業といいます。事業家は進んで徳業家にならないといけないのです。また、その人の徳が、古に学び、歴史に通じ、いわゆる道に則っておれば、これを道業といいます。東洋人は事業だけでは満足しない。徳業にならないと満足しないのです。
●公の為に働き、天命に従って行うという日本人の仕事観によるならば、自分の天分を全うする、すなわち自らの仕事に誠心誠意を込めて取り組むところにしか生きがいは得られないはずです。良いものは取り入れればよいのですが、これも日本人の特質である「工夫をする」ことによって、日本流にアレンジしていく必要がある。アメリカ流の経営を取り入れるときにも、世のため人の為になるかどうかという物差しをもって、日本人に合った働き方を模索して良いはずです。 -
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SBI HDの経営者、北尾吉孝氏による経営者、先哲の箴言集と氏の見解を纏めたもの。(1)大功を成すものは、衆に謀らず。見識と能力で以って、決断を下せ。(2)「知情意」。知識・情緒・意志という人間にとって大切な三つの資質を持たねば、人は付いてこない。(3)人生は見たり、聞いたり、試したりの3つの知恵で纏まっているが、その中で一番大切なのは試したりであると僕は思う(本田宗一郎)等。最終章では、氏による資本主義の危機に一個人として思うことが書かれているが、要素価格均等化(限りなく低い方にコストは鞘寄せされていく)、とソーシャルコスト(外部経済の内部化、ex.環境コスト)を踏まえて、日本に新規産業を創出していくビジョン立て、中計を作ろうというもの。積小為大の精神で以って、本質を掴むべく、歴史に学び、事上磨錬というやり方で試したい。
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北尾社長の見解を学ぶ本。客観性が薄く自慢話の鼻がつくが、なるほど、そういう考え方もあるのかと気づかされたので、星三つ。
・ステーブルコインの重要性は納得。民間にステーブルコイン発行を競わせて、紐づけとなるドルの価値を上げる戦略という説明は目から鱗。ドルに紐づかないビットコインの資産性は根拠薄。価値の保存手段として現物の金と同様にデジタルテクノロジーの詰まったビットコインが良いというのですが、まだまだモヤモヤ感あり。NTFはデジタル作品に独創性があるので現物美術品と同様に扱えるが、金とビットコインが同様という考え方は疑問。とはいえ金も希少性と美しさに皆が価値を認めているのだから、皆がビットコインの希少性とテクノロジーの象徴として価値を認め合えば資産になるのかも。金歯とか電子機器に使える金と比べてビットコインには実用性がないのがもやもやの源泉。
・メディアのプラットホームを金融企業が握る戦略は、まだ胡散臭い。チェース銀行のアプリで広告枠を売るという例は判り易かったが、エンターテイメントコンテンツまで握るため、Vチューバ―会社までグループ化するのは無理筋では?それなら、イーロンマスクがXを買収したように、すでにユーザー基盤があるプラットホーム会社を買収した方が良いと思う。Mixiとか、サイバーエージェントとかUNEXTとか。TIKTOKとインスタに若者の人気を既に奪われているのは痛い。メディアのコンテンツとして金融が大事になるというところは納得。LINE・ヤフーを持っているソフトバンクと楽天市場の顧客ベースがある三木谷さんがライバルか? -
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仮想通貨やブロックチェーン、web3.0などテクノロジーを活用して社会やSBIグループはこう変わると書かれている。
しかし、現在の社会で実際に活用している場面が少なくてあまり身近に感じられないのが正直な感想。
米国では金融機関のメディア業界への進出が顕著になっているという(ロビンフットやブラックストーンなど)確かにメディアで金融情報を配信したりグローバルにIPコンテンツを持つ企業を買収するのはビジネスの幅を広げられるだろう。
今後のメディアと融合していくのかSBIグループの動向に注目したい。
冒頭、「これまで、私は投資判断の方向性を間違えた事はほとんどありません」と書かれている。
あと数年して、なるほど、あの本で書かれていた事はこう言う事だったのかと分かるかもしれない。
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格言や諺は聞いて面白いのは間違いないが、絶対的な真実を言い当てたものは少ない。常に正反対の意味をもつ格言が存在し、どちらを信じるかで取るべき行動は180度変わる。
ただ数多くの格言に接することで、自然と己の信条に沿ったものを取捨選択して人生の指針となってゆく。本書に収録されている名言も北尾氏の思想信条を凝縮したものであろう。当然そこには通底する一本の軸が存在する。それは目先の現象に囚われない長期的視野と先見性、浮かれたり沈んだりしない精神的なタフネスに対する価値観である。その意味で名経営者や先哲の名言は心に残るものが多かった。
残念なのは3章以降が全く蛇足であること。北尾氏は漢籍に造詣が深く、以前から尊敬する文化人の一人だが、3章以降は表面的な考察が多く、せっかくの古典の素養が活かされていない。話題的に投資会社の経営者と言う立場が筆を鈍らせたのか?バブルやマネーゲームに関しては完全にそちら側の人間だし。ドルに関する緒問題も、グローバルで通貨供給量を管理する主体がいないからとの見解だが、基軸通貨ドルの供給量は独占的にFRBがコントロールしており説得力がない。
ただ非正規雇用に対して批判的な考えであることに驚いた。勝手に資本家の代表たるイメージを持っていた。SBIグループには派遣社員はいないのかな? -
Posted by ブクログ
40歳までに自己を確立すること(三十にして立つ、四十にして惑わず)。すべては天命であるが、日々努力を怠らないこと。自分を追いこみやってみる(難しい方を選ぶ)こと。仁義礼智信。案は3つ持っておく。今後の資本主義も含めて何があるかわからない、予想して、察知して、泰然自若であること。自分が見せてやってみて、後輩、周りを率いること。現場や小さいことに忙殺され過ぎない。大局をみて、世の中のために自分ができることをいつも考える。
非常識な成功法則の神田さんとは反対の意見。自分が苦しすぎず、続けられる範囲にて、北尾さんの徳の考え方、生き方を貫きたいと思う。自我はすて、あなたの、世の中のために何ができるかを追求すれば、必然と幸せが訪れると信じて。