高木仁三郎のレビュー一覧
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2000年に出版された本なので、世に出てから四半世紀が経過していますが、内容的には(残念ながら)今も有効だと思います。
原発関連の最近の不祥事というと、中部電力の浜岡原発の審査における不正のニュースがありました。
このニュースを見聞きする限りでは、本書の出版のあと、東日本大震災における福島第一原発の件があったにもかかわらず(しかもあれから15年も経過しているにもかかわらず)、原発に対する電力会社の姿勢は進歩していないように思います。
原発は、廃棄物処理や廃炉のことを考えると、持続可能とはいえないシステム。
今ある施設については、すぐに廃止は無理でも、廃止を前提としたビジョンや計画が必要な時期を迎えていると思います。 -
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齊藤誠「原発危機の経済学」の中で、原発関連の著書で共鳴したのが本書と『新・原子炉お節介学入門』だと、紹介していた。
著者は、化学者として、日本原子力事業や東京大学原子核研究所で原発技術開発の現場に身を置いていたが、当事者として携わるうち、問題意識をもつようになり、その後は原子力反対派としての姿勢を貫いてきた。
しかも、本書は、著者ががんの闘病中に記されたものである。本書が世に出たときは、すでに亡くなっていたというから、緊張感を持って読んだ。
「放射能を知らない原子力屋さん」「自己検証のない原子力産業」などを読み進めるにつれ、このような人たちに原子力産業が委ねられていたのかと衝撃を受けた。 -
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ずいぶん昔に買った一冊。なんのために買ったかもすでに覚えていない。だけど、今こそいろんな人に読んでほしい本だと思う。この本が書かれた当時(1981年)よりプルトニウムにまつわる技術的な面はきっと進歩しているのだろう。しかし、社会はどうか。この本の後に、東海村JCO臨界事故(1999年)があり、東日本大震災(2011年)があった。技術に人間はついていけているのか。あらためてそんなことを考えた。今、高木氏が生きていたら、どんな言葉を発したのだろう。「エネルギー依存型でない文化をどう創るか、ということに大きな関心がある」という高木氏の言葉に共感を覚えた。
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1997年に環境・平和・人権の分野において「もうひとつのノーベル賞」と呼ばれるライト・ライブリフッド賞を受賞し、2000年に急逝した科学者・高木仁三郎氏が、自らの人生を振り返った自伝的著作。高木氏は、同賞の受賞直後にがんにかかっていることがわかり、死期を悟りつつ、1999年に本書を病床で書き上げたという。
高木氏は、1938年に生まれ、高度成長の時代がまさに始まろうとし、その推進力のエンジンのようにして科学技術が存在し、ほとんどの人がその未来にバラ色の夢を描いていた時代に青少年時代を送り、東大で核化学を学んだ。そして、日本の原子力産業の黎明期に、当時原子炉を建設中だった日本原子力事業に就職したが、閉鎖的で没個性的な集団の中で、まだ原子力発電も行われておらず、多くの人が原発推進の妥当性を確信していたわけでもないにもかかわらず、原発推進の旗振り役を期待されていくことに強い違和感を覚え、同社を辞めて東大原子核研究所に移る。しかし、核研も、その後に移った都立大学も、暗黙のうちにある種の家族共同体的な集団に共通の利害が形成され、それを守ることが自明の前提となることに企業と大学の差はなく、行き場を失っていく。
そして、その頃出会った三里塚闘争(成田空港建設反対運動)や宮沢賢治の思想から大きな影響を受けて、大学や企業のシステムのひきずる利害性を離れ、市民の中に入り込んで、エスタブリッシュメントから独立した一市民として「自前(市民)の科学」をするという考えを実現し、1975年に原発の情報センター的な役割を果たす「原子力資料情報室」の設立に関わる。その後、1979年の米スリーマイル島原発事故、1986年のチェルノブイリ原発事故を経験し、反原発の信念は一層強まり、そのための国際的な運動を含めた様々な活動に力を注いでいったのである。
高木氏が生涯をかけて追及した問題意識は、氏が「この言葉に出会った衝撃といったらなかった」と語っている、宮沢賢治の残した「われわれはどんな方法でわれわれに必要な科学をわれわれのものにできるか」という言葉に言い尽くされている。そして、「市民の科学」とは「未来への希望に基づいて科学を方向づけていくことである。未来が見えなくなった地球の将来に対して、未来への道筋をつけて、人々に希望を与えることである」と締めくくっている。
原子力については、平和利用は当然としても、大戦中に原爆を開発したのも“科学者”である。また、生命科学の進歩は、“科学者”が使い方を間違えれば人類にとって取り返しのつかない事態を引き起こしかねないところまで来ている。高木氏が存命であったなら福島第一原発の事故を何と言ったであろうかという限定的な問いにとどまらず、氏が追求した「科学とは何であるべきか」という根本的な問題を今こそ改めて考えるべきなのだと思う。
(2008年12月了) -
Posted by ブクログ
あえて、今、岩波新書の故・高木仁三郎さんの遺作を手にしたのは、原発事故や原子力というテーマが、私の頭からずっと消えていないからだと思います。
読み進めるほどに、彼の言葉は、予言のように、3.11から発生する重大な事故への警告を感じました。
科学者の立場で、当時から、危険性を予見できた人。予測不可能な事故ではなく、原子力を扱う難しさ、課題の多さ、など、もっと、我々が理解し、議論をしなければいけなかったことに、反省させられます。
誰が悪い!という理屈だけではなく、真実を知らないまま、知ろうと努力しなかった結果、将来世代にも、重い十字架を背負わせていることは、忘れてはいけないと実感しました。
高木仁三郎さんの著作を、しばらく、継続的に読みたくなりました。 -
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原子力発電所という、多分にして専門的かつ閉鎖的な巨大システムは、得てして市民とは程遠いところで勝手に管理運用されています。それを担うのは政府と官僚機構、そして国家の忠実なる下僕と化した一部の科学者たち。この事実を正確に認識している市民は多くはないでしょう。科学者の中には原発の恐るべき実態を知りながらも反抗することが出来ない者もいると本書では述べられていますが、このような現状の社会は、非常に怖いなと感じました。
しかし、本書の著者は「専門的批判の組織化」という、専門的な原発システムに対抗し得る唯一の手段を確立し、あるべき社会へ向けて着実にその歩みを続けています。著者ご自身は現在はお亡くなりになってしまいましたが、そのご遺志は確実に原子力資料情報室や高木学校のメンバーに受け継がれていると思われます。
私たち自身も3.11を経験したことで、原発の在り方を考える「よすが」があります。本書を読むことで、人間と自然の関係などをもう一度考えるきっかけになることは間違いないでしょう。 -
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ネタバレJOCの臨界事故の後に出版されたこの本では
原発事故を引き起こす理由を明解にしてくれる。
著者は元原発の技術者だけに、
企業内部や現場での状況に詳しい。
そもそも原発はアメリカの技術をコピーしたものに過ぎず、
ブラックボックスも多いので企業内での
自発的な安全性の追求がむつかしく、またその気もない。
その予算規模や事故時の想定賠償額の大きさから
単独企業ではリスクが大きすぎ、国が主導した
寄り合い所帯となるので互いの、
あるいは設計と現場の間の意思の融通に欠ける…。
など、構造的に問題を抱えている。
政府、電力会社、メーカーの、誰も責任を取らなくていい
システムが、福島の惨状にまっすぐに繋がっている。
既に予言されていたことが、いとも簡単に起きてしまった。
残念である。 -
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[内容]SBやNGOとはすこし離れてしまうかもしれませんが、純粋に面白いです。反原発の第一人者である高木仁三郎氏の自分史です。高木氏はもともと原子力関連の会社員で、核化学者に転身、しかし次第に原発に疑問を抱き、結局市民運動のリーダー的存在になりました。自分自身を常に見つめて人生を軌道修正していく筆者の姿には感銘を受けます。
また個人的には筆者のとなえる「市民の科学」とSBの精神には合い通じるところがあると思います。
さらにこの本では原発の生まれた背景や、今に至る過程などを知ることができます。高木氏の原発批判にはまるで3・11を予想していたかのような鋭さがあります。
[文責]林 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
専門性を持った科学者が、狭いアカデミズムの枠を超え、市民の立場で行動することは可能なのか。
長年にわたって核問題に取り組み、反原発運動に大きな影響を与えてきた著者が、自分史を振り返りつつ、自立した科学者として生きることの意味を問い、希望の科学としての「市民の科学」のあり方を探る。
[ 目次 ]
序章 激変のなかで
第1章 敗戦と空っ風
第2章 科学を志す
第3章 原子炉の傍で
第4章 海に、そして山に
第5章 三里塚と宮沢賢治
第6章 原子力資料情報室
第7章 専門家と市民のはざまで
第8章 わが人生にとっての反原発
終章 希望をつなぐ
[ POP ]
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☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
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読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
日本中を震撼させたJCOの臨界事故をはじめ、数々の原子力施設の事故から明らかになった国の政策や原子力産業の問題、技術者の姿勢を問い、これからの科学技術と人間のあり方を考える。
生涯をかけて原発問題に取り組み、ガンで逝った市民科学者・高木仁三郎が闘病中に残した最後のメッセージ。
[ 目次 ]
1 議論なし、批判なし、思想なし
2 押しつけられた運命共同体
3 放射能を知らない原子力屋さん
4 個人の中に見る「公」のなさ
5 自己検証のなさ
6隠蔽から改ざんへ
7 技術者像の変貌
8 技術の向かうべきところ
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