高木仁三郎のレビュー一覧

  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    『原発事故はなぜくりかえすのか』
    高木仁三郎

    『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎)は、市民科学者として原発問題に生涯をかけて取り組んだ著者が、壮絶な闘病の末に残した最後のメッセージとも言える一冊。

    この本は、1999年のJCO臨界事故をきっかけに、「なぜ原発事故は繰り返されるのか?」という根本的な問いを立てている。

    - 原子力産業には、「議論なし、批判なし、思想なし」という文化が根付いていると著者は指摘。
    - 技術者の倫理観の欠如、安全神話への盲信、自己検証のなさが、事故の温床になっている。
    - 日本社会の「公共性の欠如」や「トップダウン型の開発体制」も、事故を防げない構

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    2025年10月20日
  • プルトニウムの恐怖

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    1981年に書かれた本ですが、今でも通用する内容だと思いました。
    原子力発電はクリーンエネルギーで、地球温暖化対策のためには欠かせない、と考えている人に是非とも読んで欲しいです。
    この本を読んでもなお、原子力発電を支持すると思えるなら凄いです。

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    2023年06月20日
  • 市民科学者として生きる

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    生き方としては、非常に心打たれるものがあったというか、常に参照する必要があるだろう。高木仁三郎にはならないにしても。

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    2019年06月21日
  • プルトニウムの恐怖

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    原発とはどんなものか、裏と表どちら側もことについても書いてありました。今を生きるひとりの大人として、原発社会は受け止めねばならない事実でもあるので、いくらリスクばかりが目立つ原発についてであっても、どちらか片側だけを見て判断することは、避けたいと思っていたので、そんなわたしにはちょうど良い内容の本でした。

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    2016年03月22日
  • 市民科学者として生きる

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    在庫切れの合間にたまたま手に入れることが出来た。都立大助教授の地位を捨て、市民の立場で長年核問題に立ち向かってきた科学者の本。癌で闘病中ベッドの上で書き上げられた本です。

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    2015年09月06日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    名著。私は事故が起こるまで、良いものではないけどそれなりの平和があればなんとか人間が管理できなくはないだろうと思っていました。これを読んで原発には廃炉を目指してもらいたいし、なるべく原発のないところで暮らしたいというスタンスがはっきりできました。

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    2013年05月03日
  • プルトニウムの恐怖

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    30年前に書かれた本だが、その通りの未来となり、状況も変わっていない。ただし、予想では3機稼働しているはずの再処理工場は1機も動いていない。筆者の予想を上回って、核燃料サイクルは完全に破綻している。

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    2012年11月01日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    2000年に出版され、その直後に高木氏はガンで亡くなった。
    まさに生涯かけて反原発の道を貫いた人である。
    中学生にでもわかる平易な文章だが、故人の信念が伝わってくる。

    読み終わって思うのは、日本の文化というのは、原発のような巨大なエネルギーを扱うには、リスク管理の面からも技術革新の面からも、適していないんじゃないか?ということである。原発のような危険を伴う産業には安全をどう確立するか、という問題が常に意識されるべきだが、この安全を守るということができないのである。

    原発産業に特徴的な土壌、つまり、「議論なし、批判なし、思想なし」、というのはまさに日本の社会文化そのものだ。リスクのな

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    2012年10月26日
  • プルトニウムの恐怖

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    チェルノブイリ原発事故も、「もんじゅ」の事故も、東海村の臨界
    事故も起こる以前。今から約30年前に書かれた作品である。

    主にスリーマイル島原発事故を中心に扱っている。掲載されている
    データは、当然ならが古くはなっているが一般原子炉、高速増殖炉
    についての解説は今でも通用するだろう。

    人類が作り出した人工物であるプルトニウムを論じながら、原子力と
    核燃料リサイクルについて分かり易く書かれている。

    やはり思う。原子力の平和利用とは言うが、それは核の拡散と表裏
    一体をなしている。そして、核兵器を作らなくとも原子力施設を狙った
    テロの可能性だってあるのだ。

    「さらに、工業国の飽くことなきエネル

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    2017年08月17日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    今から12年前、福島原発から11年前に書かれた、高木仁三郎の遺書である。化学者の放射能の扱いに比べて物理学者の放射能の扱いがいい加減ということが他の本にも書かれていない。
     3.11について卒論で書こうとする学生にとって、その原発推進組織がどのようなものであったかを知るためには避けて通れない本であろう。

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    2012年03月20日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    この本はガンで逝った市民科学者・高木仁三郎氏が闘病中に残したラスト・メッセージです。国の政策や原子力産業の問題、技術者の姿勢…。今だからこそ読んでいただきたいです。

    はじめに言っておきます。今回の福島第一・第二原子力発電所がああいうことにならなかったら、僕はきっとこの本を読まなかったでしょう。先日、地元の新聞で著者の同級生だとおっしゃる方が、コラムで取り上げていたというのもあるのですが、この本はぜひ、読んでいただきたい文献のひとつになってしまいました。肝心の内容はというと、「生涯をかけて原発問題に取り組み、ガンで逝った市民科学者・高木仁三郎が闘病中に残した最後のメッセージ。」

    ということで

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    2011年12月17日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    原子力産業の黎明期に携わった人だからこそ指摘出来る、現場の危機意識の欠如。ごくごく当たり前のことが出来ない原子力村の人たち。自己検証をおざなりにして来たから、福島の事故は起こったのではないのか。もう少し、生きていて欲しかった。

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    2011年11月29日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    市民科学者として著名な高木仁三郎氏が、福島第一原発事故よりもずっと以前に人類に向かって発信していた警告の書。名著である。もっと早く知っておくべきだったと深く後悔。

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    2011年09月07日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    闘病生活(大腸がん)を送りながら口述筆記し最後の著作となった書。「原子力の名において技術者の主体性がそがれるようなプロセスがある」「そこにはカルチャーがない」(P115)という指摘、とても興味深かった。
    日本には「公共性」がないのではないか、というのです。企業の体質も、日本独自の「私小説」にみられる耽美的で破滅的な美のありようも、公共性のなさという点でまったく同じなのではないか、と(P106)。
    本当の安全文化とはどういうものであるか、技術だけでなく、文化の面から考察した書。

    「後に残る人々が、歴史を見通す透徹した知力と、大胆に現実に立ち向かう活発な行動力をもって、一刻も早く原子力の時代にピ

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    2011年08月14日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    原発をめぐるシステム、制度、人間などについての問題点の包括的な指摘。
    実際に、携わっていた著者だからこそ言える、リアルな危惧。
    2011年3月11日の震災、およびそれに続く原発事故を期に、高木仁三郎が再評価されることは想像にかたくない。
    ずーっと、警告し続けてきた人が、ずーっといたのである。

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    2011年07月27日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    11年前に上梓されたこの本に書かれていたとおりのことが、今回福島で起こった。
    こと原発のことだけでなく、ある意味でこの本は「日本文化論」としても読めるのではないか。
    「公」の意識とはいかなるものか、今ほど一人一人に問われている時代はなかろう。
    全ての日本国民必読の書。

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    2011年07月02日
  • プルトニウムの恐怖

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    ネタバレ

    プルトニウムの危険性を分かりやすく説明している。
    読者が、本当に分かるのかどうかは分からない。

    恐怖は、しばしば現実を見る目を曇らせるからである。
    そのとき、そのとき、本当に必要なことは、いろいろ考えられる。

    今、考えなくてはならないのは、プロトニウムを恐れることではなく、
    マスメディアに踊らされることなく、危険を回避する方策ではないだろうか。

    短期的な対応,長期的な対応に区分して、現実に実施可能な方策を積み上げて行きたい。

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    2011年07月04日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    「核施設と非常事態 地震対策の検証を中心に」で再注目されている高木仁三朗さんの遺作。
     原発事故の根底には日本人の持つ「自己の抜け落ちた客観性」という技術観があると高木さんは言う。これは役人の「公共性」に対する考え方にも通じ、「脱原発」を掲げる原子力資料情報室の設立のさいに「それは政府の理念と違うから公益性を欠いている」という彼らの言葉にそれを痛感したという。
     あとがきに次のような記述がある。
    「なお、楽観できないのは、この末期症状の中で、巨大な事故や不正が原子力の世界を襲う危険でしょう。JCO自己からロシア原潜事故までのこの一年間を考えるとき、原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は

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    2011年05月18日
  • 原発事故はなぜくりかえすのか

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    原子力の本質はあの八月の閃光だ、「絶対的な破壊」だと著者は主張している。

    力は別の力に変えられる、破壊の力も平和の力に変えることができると信じて、科学は進んできた。
    原子力技術にまつわるさまざまな問題点も、未来の技術が解決してくれるだろうと信じて、色んなことを置き去りにしながら進んできた。

    では何を置き去りにしてきたのか。
    原子力事故が起きた背景には何があったのか。原子力問題の根本には何があったのか。
    それが明らかにならない限り、日本の原子力行政は最悪の事故を招いてしまうかも知れない。
    その危機感が、余命幾ばくもない著者を執筆に向かわせた動機だ。

    原子力の問題点を原子力産業の歴史から始め

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    2011年06月24日
  • プルトニウムの恐怖

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    TMIの悪夢が覚めやらぬ1981年に買ったもの。もう30年がたとうとしている。今、読んでみても名著だ。あまりに文学的な表現がそこかしこに見られるのは、著者が元文学青年だったのか。若干の反科学論的なにおいはあるが、問題提起の本として優れている。

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    2011年04月07日