竹内洋のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
大正時代の旧制高校を発祥として1970年ごろまで大学で見られた教養と教養主義。
教養主義の輝きは、農村と都会の、そして西洋と日本の文化的格差をもとにしていた。
その格差がなくなり、教養知から専門知が求められるようになるに従い、教養主義は消えていった。
教養主義はファッションだった。教養があるほうが女にもてる。そんな時代だったらしい。
今に通じるところもあれば、そんな時代があったんだ、というところもあり面白かった。
今って、なに主義が流行っているんだろう。
何十年も先に、今の時代について「○○主義の没落」って書かれた本がでたら読みたいなと思ったり。
教養主義には関係ないけど、出版業は今 -
Posted by ブクログ
本書には、戦後から現代にかけて学生に対する評価基準が「肩書き重視」へと移行し、雇用の仕組みが安定するにつれて学生の学びの意識が変化してきたという趣旨の内容が記されていました。
学生運動が盛んだった時代のメディアや学習意識、学生生活の様子などが描かれており、現代とはかけ離れた情景が新鮮に映りました。
ただ、自分の学生時代を思い返すと、学びが「効率よく生きるための手段」へと傾倒しているように感じますが、本書からは「教養の正しさ」の定義や、それが何を指すのかが読み取れなかったため、何がどのように「衰退した」のかという具体的なイメージが掴めませんでした。
この点については是非を問いたい。 -
Posted by ブクログ
教養主義の没落と変様、展望と期待が込められた良書である。
従来の日本の大学で支配的だった教養主義は戦前前後1960年代半ばまで、社会の規範となるべく次世代のリーダーになるべく教育を受けてきた。そして、教養主義とは、哲学・歴史・文学などの人文学の読書を通じて人格の完成を目指す態度であり、単なる知識の詰め込みではなく、人格形成や社会改良をも志向するものであった。
だが、時代は高度経済成長期に突入し、日本という国の社会構造が大きく変化を迎えた。教養は広く大衆化し、多くの人が大学へ通えるようになり、従来の詰め込みの知識やエリート意識を高める教養から、コミュニケーションの能力や実践的な教養への応用が期待 -
Posted by ブクログ
興味深い考察も多々あるものの、いかんせん、これまでの学生文化の遍歴をよくわかっていないので、言わんとするところがドンピシャとハマってこないのが切ないところ。戦前戦後の教育の枠組みですらよく理解していないから、そこんところでまず引っかかって「?」という箇所も多々ある。
残念、自分。
まあ大学というところは、現代ではすでに、高等教育を享受するためにみんなが行ってる場所であるかどうかもあやしい。いやもちろん、専門知の結集であるのは間違いないんだけれども、衆愚と呼ばれてもやむを得ない面もあるかもね。
こうやって文化は生まれ変遷していくのだなー。
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Posted by ブクログ
本書でも、受験勉強の効用として、期待通り竹内節が披露されている。
「また情報回路が貧困だった時代は受験のための世界史の知識や英文解釈あるいは英語のサブ・リーダーで原語で小説を読むことなどを通じて文明とノーブルな世界への憧憬がかきたてられた。受験知は教養知あるいは少なくとも教養知への準備ともなった。受験が刻苦勉励にいろどられながらも、ロマンの香りがあった時代だった。(54頁)」
こうした文脈を、ただノスタルジックに当時を振り返るのではなく、今日との比較から現在の課題を見つけることが必要だと思う。例えば、当時はリメディアル教育・キャリア教育実施の必要がなかったのはなぜか、といったことだろう。受験勉