中根千枝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
日本人が大好きな<タテ社会>という言葉を世に広めたすごい本。
人類学者の著者が人間関係や組織・集団について分析したもので、世界的に見て独特な日本の社会構造を丸裸にしてこき下ろし、トドメを刺しつつ最後にお情けでちょっとだけ光を照らしていくスタイルとなっている。
したがって、伝統ある日本的組織に臣従している愛国心に溢れたピュアな企業戦士のような人が読むと、かえって気分を害することになるでしょう。
いっぽうで、ある程度社会経験を積んでおり、会社という組織に違和感を覚えながらもやもやとした社畜生活を送っている大多数の人にとっては、言いたいことを全部言ってくれている気持ちの良い著作です。
初版1963年なのにいまの世の中にも言えることがたくさん書いてあって、名著と言われるのも頷ける内容。
[目に見える文化という点では、これほどに変わってきているのに、日常の人々の付き合い方とか、人と人とのやりとりの仕方においては、基本的な面ではほとんど変わっていない](序論より、21ページ)
ところでなんですけど、<タテ社会>というタイトルが的確でわかりやすいために一種のパワーワードになっているし、実際のところ世の中に浸透するくらいだからインパクトがあるのですが、これは本書の枝葉の1つにすぎず、実はキーワードは副題の<単一社会>。
・就活に象徴される、職種よりも会社名にとらわれる風潮(資格よりも場が大事)
・下克上という文化にもあらわれた、誰でもがんばれば上に行けるボーダレス社会(人間平等主義)
・メディアや学校、同じようなものが競争しながら存在しているという浪エネ社会(同族意識、同類競争)
・人間関係が理由でこじれる職場、感情という不安定要素で成り立つ人間関係(理性より感情が優先する世界)
社会全体を見ても宗教や階層、地域によるはっきりした独自性がなく、会社や教育機関など各集団を見ても似たりよったり。
出る杭は打たれてゆき個性による違いが均されて、共感と同情がお手本的な全体を形成していった結果としてできた単一社会。
ここには色がないために、人は中身よりも色が塗られた看板にひかれるし、ヨコの多様性がないために、自然とタテの序列が生まれる。
こうして生まれたタテ構造の同類どうしで争い、それぞれのタテ構造内では人間関係を契約やルールではなく、忠誠心や師弟愛や包容力といったふんわりした精神論でつなげている。
対外的には柔軟性がなく、相互的にはエネルギーの無駄、内部的には不安定。
こうした日本的集団の弊害はすべて単一社会から来ているという論旨は、それこそ日本的集団の一員である私にとっては共感の嵐でした。
一番印象深かったし、著者も何度も念押ししているのが、単一社会の組織では、人間関係を感情が支配しているという点でした。
日本人はしばしば、職場で人間関係に悩んだり、それが原因でやめちゃったりする。
これはそもそも、精神論によることでしか集団を保てないという構造のほうに問題があるのであって、職場になじめない新人や上下の板挟みで今にも気が狂いそうになる管理職、彼ら個人の意識を変えるだけでは解決しない壮大な問題なのかもしれないなぁと思いました。
そして感情重視志向が人間関係や組織論だけに根付いた特徴ではなく、あらゆる面について回り、決して悪いことばかりではないところが、日本という国の面白いところです。
感情が大好きな日本、という内容は、最近読んだ岩波新書の<論理的思考とは何か>にも、文章や議論という本書とは違う分野で書かれていて、目的によっては論理的思考という形で、感情的なものである経験と共感が力になってあらわれる場合もあるとされています。
本書が分析する人間関係や組織においても、忠誠心が悪を討ち滅ぼした歴史や戦争からの復興といったように、感情に重点が置かれているからこそ人は覚悟し、団結し、集団としてブチ上がる場合もある、そんな希望も見いだせる内容でした。
社会や組織に根付いた構造を変えるのは難しいし、構造を無理やり変えた時に起こる弊害は、本書が指摘しているようなこの構造が伝統的に抱えている問題点よりも、さらに大きなものに違いないでしょう。
ならば私たちはこの構造を受け容れ、弊害は弊害として理解をしつつ、強みを生かしていくことが順当かと思います。
ただ、本書では日本のような単一社会のネガティブな一面に眩しいくらいにスポットを当てている一方で、その強みに関してはあまり触れられていませんでした。
だからこそ、自分なりに考えてみようかなと思ったし、むしろこの本は、酷評を浴びせた上で、そういう課題を提示しているんじゃないでしょうか。
普段厳しいうえにあとは自分で考えろと突き放す、でもごもっともだから毛嫌いできない謎の先生みたいな本。 -
Posted by ブクログ
名著『タテ社会の人間関係』を著者自らが解説し、さらにその理論を現代日本が抱える問題に適用することを試みた本。
『日本的社会構造の発見 単一社会(ユニラテラレル・ソサエティ)の理論』附録。
以下、『タテ社会の人間関係』の内容整理。
日本の社会的構造を他国のそれと比較する形で分析し、その特徴を解明することが本書の主題とされている。
本書における筆者の主張をまとめると、下記の3つ。
①日本社会における集団意識では「場」が優先される
② 日本人は「ウチ」「ヨソ」の意識が強く、人間関係の機能の強弱は実際の接触の長さ、激しさに比例する
③日本の組織の階層は強い「タテ」の関係で構成される
①は、一定の個人から成る社会集団の構成の要因は、二つの異なる原理「資格」と「場」の共通性に大分できるという前提に立つ。
「資格」とは、社会的個人の一定の属性を表すものであり、先天的な性別・血縁、後天的な学歴・地位・職業などがある。
これに対して「場」とは、地域、所属機関のように資格の相違を問わず、一定の枠によって一定の個人が集団を構成している場合を指す。
日本社会の組織においては、この比重が「場」に重く置かれている。日本人は、記者であるとかエンジニアであるというよりも、まずA社の者ということを言うし、他人も第一に場を知りたがる。
日本社会は非常に単一性が強い上に、集団が「場」によってできているので、常に枠をはっきりさせて、集団成員が「他とは違うんだ」ということを意識しなければ、他との区別がなくなりやすい。
そのために、日本のグループはしらずしらず強い「ウチ」「ソト」の意識を強めることになってしまう。
結果、ローカリズムが強まり、自集団でしか通用しない共通認識・共通言語が発達する。
さらに、ローカルであることは直接接触的(tangible)であるということと必然的に結びつく。
つまり、日本社会における人間関係の機能の強弱は、実際の接触の長さ、激しさに比例する。日本のいかなる社会集団においても、「新入り」がそのヒエラルキーの最下層に位置付けられているのは、この接触の期間が最も短いためである。年功序列制の温床もここにある。
これが②の主張に該当する。
「場」の共通性によって構成された集団は、閉ざされた世界を形成し、成員のエモーションな全面的参加により一体感が醸成され、集団として強い機能をもつようになる。
これが大きい集団になると、個々の構成員をしっかりと結びつける一定の組織が必要となる。
理論的に人間関係をその結びつき方の形式によって分けると、「タテ」と「ヨコ」の関係となる。たとえば、前者は「親子」「上司・部下」関係であり、後者は「兄弟姉妹」「同僚」関係である。
「ヨコ」の関係は、理論的にカースト、階級的なものに発展し、「タテ」の関係は親分・子分関係、官僚組織によって象徴される。
この内、日本の組織は「タテ」の関係で構成されることが多く、それが故に、同一集団内の同一資格を有する者であっても何らかの方法で「差」が設定され、強調されることによって精緻な序列が形成される。
例えば、同じ実力の資格を有する旋盤工であっても、年齢・入社年次の長短などによって差が生じるというのはこのためである。
これが3番目の主張になる。
本著の内容はこれらの理論をよりコンパクトに、より分かりやすくまとめたものなので、原著よりも理解にやさしいと感じた。
本著はさらにこの理論を現代の日本が抱える課題に当て嵌めて、構造的にどのような点を改善するべきかを説いている。
一例として、日本的小集団が高い閉鎖性・封鎖性を持つために、定年後の老人がコミュニティから切り離されて孤独になってしまうという問題がある。
これに対して、著者は意図的に会社(家庭)とは別の居場所を持っておくことが重要だとする。つまり、「所属単一性(unity)」の緩和である。
また、会社であれば異動を増やすことで小集団の流動性を高めることも対策として提言される。
著者は、冒頭、50年前の「タテ社会」理論を現代に当てはめるにおいて、根本的に理論を修正する必要はないと述べている。
私も同じように思う。
日本社会が変容し、その特色が薄くなっているとはいえ、本書の理論が指摘する本質的な部分は変わっていない。故に日本社会、あるいは日本的組織の理解の一助となる良書であると思う。
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Posted by ブクログ
50年前に刊行されていまだに読み継がれているという日本社会を論じた代表的な書籍になります。いままで読む機会がなくようやく読みましたが、納得する点も多々ありました。原則ではなく人間関係がモノを言う、「ウチ」と「ソト」の意識、などの概念は今でも十分通用すると思います。ただ学術書ではなく一般書を意識してあえてそうしたのかもしれませんが、データの裏付けや検証部分については省かれていて、うがった見方をすれば「それは著者の周囲の偏った社会の中だけではないのか?」ということも言えるわけです。また海外との比較もたまに書かれていますが、英国、インドとこちらもかなり限られたサンプルとの比較であることは否めません。
5節では集団の構造分析ということでタテ、ヨコ、外周というような形で構造分析がなされていますが、私は本書のフレームよりも、エマニュエル・トッドが示した家族構造のモデルの方がピンときています(詳細は例えば『世界の多様性』などをご覧ください)。ただトッドも日本社会の分析となるとあまり切れ味が鋭くないことから(日本人の実感に合わない分析も多々ある)、そこは日本人の中根さんに軍配が上がる、ということで、日本社会の分析については本書が役立つと思いましたが、構造の一般化についてはさほど感銘を受けませんでした。 -
Posted by ブクログ
中根千枝 「 タテ社会の人間関係 」
会社などの社会集団から日本社会の特徴を抽出した本。
否定的な論調だが、会社に関しては、契約や論理より 感情や一体感を優先させる日本的集団の方が、明確な指揮命令や統率のとれた組織行動に 経営合理性があるように思う。
日本的集団の問題点
「序列で物事が決まり、個性が奪われ、法律が無視され、ウチとヨソモノの意識が強まり、ヨソモノ排除へ向かう」
日本的集団の特徴
*2つの集団の合併は、一方による乗っ取りでしかなく、序列により系列化しているだけ
*提携は 表現であって、実態の構造を反映していない
*リーダーは一人であり、リーダーの交代は困難
*集団は 乗っ取りか 分裂 により破局する
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Posted by ブクログ
ネタバレ社会集団構成の要因を「場」と「資格」の2つと捉え、それぞれの内部メカニズムを分析することで、こと日本におけるタテ社会の人間関係を描写した1冊。
特に印象的だったのは前述の2つの概念整理に加え、会社内における序列意識の一節(原文は下記)。日本社会は場を重んじる社会集団であり、大きくその特徴として①序列意識(年長者など)②集団内のエモーショナルな結びつきの2つが挙げられる。
これらを背景とした際、重視すべきは自分個人の能力ではなく、集団内における自己の立ち位置や結びつきであり、故に下記のようにどこまでいっても「オレだって」という不公平感が拭えないのだと理解できる。他国と明確な比較を行なったことはないが、この企業内における意識は実感とも通ずる部分があり、故に能力主義のインストールが困難であるのだと認識するに至った。
「筆者のみるところ、日本人の「オレだって」という意識はまったく世界に類例をみないほど強く、自己に対する客観性をミニマムにしている」(p.73)