安藤寿康のレビュー一覧
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双生児の研究に30年以上携わってきた行動遺伝学の第一人者である著者が、子どもの教育と遺伝との関係について、科学としての行動遺伝学の知見に基づいて解説。
「いかなる能力もパーソナリティも行動も遺伝の影響を受けている」という科学的事実を指摘しつつ、「遺伝によって決まっている」ということは否定し、ヒトは遺伝の影響を受けながら環境に対して能動的に自分自身をつくり上げている存在だとして、子育て、教育におけるヒントを提示している。
思っていたよりも能力やパーソナリティ等において遺伝の影響が大きいということを理解したが、遺伝的素質を発揮させるためにも親による教育が一定の役割を果たすということも認識し、まさに子育て中の身として本書の知見を活かしていきたいと思った。特に、子どもの親に対する愛着形成には遺伝要因はほとんどないということだったので、愛着形成に努めたいと思う。
「遺伝は遺伝しない」というのも目から鱗だった。遺伝の影響力が強い割には、親子でも似ていない部分も多いということについて、その背景がよく理解できた。
また、本書で紹介されている5組の双子のライフヒストリーは、遺伝の影響云々を抜きにしても、人生というものについて考えさせられる、とても興味深いものだった。 -
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遺伝子解析の行末(ヒトとしてのタブーに入り込む)
遺伝子学の世界は、遺伝子検査によってヒトの知能、病気や性格など人生でのイベントが見えてくる、という時代になった。「環境にもよる」という説に対しても遺伝子学は人間のタブーの世界「言ってはいけない」域に入りつつある。それはゲノムの編集により病気や性格などを変更することも可能になり、身体的、精神的にも人的操作で変更できる世の中になる、可能性もある、ということだ。 また、遺伝子学の研究にはさらに何歳ごろに死ぬのかなど生まれながらにある遺伝子で病原の発生時期なども解析できる、という未知なる世界へ踏み込んでいると言う。本書は専門用語も多く理解し難い部分も多いが、今後この「遺伝子学」は知らざるを得ない世界になって来たと思う。 -
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遺伝の話には抵抗がある。優生学とナチスの話は避けては通れない。でも、すでに明らかになったことがたくさんあるので、それを知ってから、倫理的に考えていくことが大切なようだ。
遺伝と共有環境、非共有環境という、双生児研究の基本的な話が主となる。心理学の教科書にグラフが載っているやつだ。あれをどう見るのか、解説してくれる。
DNAのアノテーションとか、より詳細な話はその次に出てくる。ポリジーンの話。
読んでみて残っているのが、セットポイントの話だ。遺伝が決めるのはセットポイント。そこから環境や教育や努力でポイントを頂点とした正規分布になる。セットポイントを遺伝によって正規分布になる。
統計学の授業で重回帰やら分散分析やら、説明を受けたのが思い出され、腑に落ちた。
安藤先生は最近たくさん本を出しているので、どれがおすすめになるかは他を読んでいない私には分からない。どれか一つ読んでみるのがいいだろう。それはこの本でもいいと思う。 -
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ネタバレ向かないことを頑張るよりも、自分自身の特性を伸ばし活用していくことが重要だと感じた。
自分にとって何が向いているかということを知るために、様々な経験が必要だと感じたし、将来子供ができたときには様々な経験をさせたいと思った。
歳をとればとるほど、遺伝による生まれ持ったその人らしい特性が発現してくると言う記述にはとても共感ができた。
親元を離れて暮らすようになってから、5年以上が経つが、年々行動が親に似てきていると感じている。
親に対して尊敬できるところはあるが、親のようにはなりたくないと思っているので、複雑な気持ちでいる。
私は遺伝に抗っていきたい。
筆者は向いていることを頑張れよと主張しているが、この発想が行き過ぎるとガンダムSEED destinyのデュランダル議長になるのではないかwと思ってしまった。笑 -
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教育は遺伝に勝てない。言い換えると、遺伝は教育に負けるほど弱くはない。しかし、遺伝(資質)の開花には、それが芽吹くための環境が必要である。
子を育む環境は、親をはじめとした周囲の保護者、隣人によって作られる。特に親は、その子が持って生まれた素質が健やかに花開くよう機会を作ること、興味を持ったことを応援することに努めることが望ましいと思った。
反対に親が子をこうしたい、と熱心に努めても、子は与えた環境の幾分かを、子の持つ遺伝の範囲でのみ受け取る。よって教育による上積みはあるものの子が親の思う通りに育つことはない。
教育とはその程度と割り切り、棍を詰めすぎることなく、親子共々、日々を機嫌良く過ごすのが良いと思いました。 -
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興味深い内容でした。
P42:『親からの形質の伝達』に記載されている図、なるほどと思いました。
以下引用
P6:
『世界は遺伝ガチャと環境ガチャでほとんどが説明できてしまう不平等なものですが、世界の誰もがガチャのもとで不平等であるという意味で平等であり、遺伝子が生み出した脳が、ガチャな環境に対して能動的に未来を描いていくことのできる臓器なのだとすれば、その働きがもたらす内的感覚に気づくことによって、その不平等さを生かして前向きに生きることができるのではないでしょうか。』
P227:
『逆に「優性的現実」、すなわち遺伝的に優秀な人が有利に生きられる社会はそのまま残ってしまった』
P246:
『私たちは能力の個人差の問題から絶対に逃げられません』
単語
ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study:GWAS)
ポリジェニックスコア
Socioeconomic Status
優生学(Sir Francis Galton)
ブランクストレート説
自然主義的誤謬
事実命題と価値命題
目次
第1章:遺伝とは何か-行動遺伝学の知見/p15~p102
第2章:学歴社会をどう攻略する?/P103~P154
第3章:才能を育てることはできるか?/P155~P198
第4章:「優性社会」を乗り越える/p199~P246 -
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流石の橘玲さん。エビデンスベースで良質な物語を紡ぐチカラは圧倒的。安藤寿康さんも凄いんだけど、領域の広さと深さ、言葉の選び方が神がかっていて比較にならない。
人工的なゲノム編集と自然淘汰で環境適応遺伝子が残ってきた事実とは、構造上は同じでも時間軸が圧倒的違う。100万年単位のことが、数年、若しくは数日で可能になる。この事実に二人は気付いていて言及してないのか、気付いていないのか。気付いてないわけないから、言及しても落とし所がないって思ったんだろうな。
ユヴァル・ノア・ハラルが人類は神を目指すって言ったのけど、遺伝子はいつまでもブラインドウォッチメーカーでいた方が幸せだと思いました。 -
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ネタバレ遺伝対環境。どちらが重要なファクターか?
結論は両方。しかし、遺伝的に決まる部分が大きい、とする。ヒトの遺伝の研究は一卵性双生児と二卵性双生児の差異を見ることで進歩してきた。
しかし、ある遺伝子がこのファクターに直結…という単純な話ではなく、遺伝子aとbとcが重なるとこれが出やすい、ということだそう。
知能と遺伝の間には相関があるが、さらに強い相関があるのは、知能と学歴、だそう。この部分は、パティシエは甘党の傾向がある、というようなもので「?」な感じ。
親ガチャはある。しかし、本人の適性に合った、能力開発をしていけばそれも克服できる、とする。(直前に「人口ゼロの資本論」で親の所得と学歴はリンクする、と読んだばかりなのでこの部分、うのみにはできないが)
豊富な図表と引用で、遺伝学というのがこのような学問なのだ、と知れたことも収穫。 -
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セントラルドグマはともかく、遺伝上では、地球上の生命は皆、統計情報化された確率の変移にすぎないのかな。
逆かな、確率の変移が、統計情報化されて個体総体として成立していると考えればいいのかな。
まあ、知能という次元では、言語処理として生成AIと然程の違いは無い。この単層限定なら、暗黙知が成立している感じがする。でも単層では、暗黙知ではないか。
生命としては、確率の変移で、言語処理、知能としては統計情報化と考えた方がいいのかな。こっちは意味か。
個々の微細な意味の集合、集積が、単線ではなく複層、複雑化した結果、奥深い様々な物語を誕生させるのか。
ゆえに、それがより趣のある一意では捉えられない意味解釈世界を構築してくれている、のかな。ここらは、AIでどのくらい再現されているのかは、今後のことかな。
セントラルドグマという神話が、統計情報化を想起させているのかな。
読み返すと、能力の方には然程の関心がないのな、私。
能力も、物語、神話の一種ぐらいに思っているな。 -
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遺伝と環境と偶然の産物。それらの堆積物が人というもの。
極端に言えば、自由や意思などどこにもない。
そんな論考に、そのとおりだよなあ。
と思っていて…
でも、その遺伝、環境、偶然ってどう違うんだろう。
選べないという意味では、主体・自分にとっては、全て同じ。
全ては偶々。
と言っているに等しいようにも思う。
この本では著者は、
遺伝と言っても、それは親から子に引き継がれるもの、という意味あいより、たんに偶然に配られる生命の設計図であること。
共有、非共有環境と言っても、それは、受け止める主体の、生命の受け止め方でしかなく、特定の事実そのものとは違った、体験、感想・感覚を指すものであること。
を主張しているように受け止めた。
「環境というのは膨大な要因で構成されており、一つ一つの要因の効果量は極めて微小、なおかつしばしば遺伝的素質と複雑な交互作用をしているということです。誰にとっても同様に作用する、単純な環境というものは存在しません。あらゆる形質は、遺伝と環境が複雑に作用して形成されているのです。」(p60)
偶然に支配される、不平等な世界。
それは所与のもの。
そう認識した上で、雑に「賢い」「有能」などと、強く結び付けられて評価されがちな、社会的評価をどう受け止めるか。自らのこれからをどう考えるか。社会的な生き物である人間に生まれた以上、他者、社会からは逃れることはできない。
もっと考えてみようかと思った。