飯間浩明のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読もう!と思ってもなかなか小説以外の本は途中で挫折してしまったり(新書など)するのに、
これはそんなこともなく、次はどんなことが書いてあるのだ!?と小説のように先が気になってあっという間に読んでしまった。
「舟を編む」を読んでいたから用例採集がどういうものかイメージしながら読むことができたような気がする。また言葉の語釈を加え忘れた時の悔しさや、これでいいんだろうかと不安になるところも。
よく言葉の正誤に厳しく、とてもこだわりのある人がいるけれど、いくら気を使っていてもその人自身、間違いをすることもあるはずで、時代の変化によって変わってくる言葉には柔軟に対応できる人の方が素敵だと思う。
(正しい言葉遣いをしてることにプライドを持ちすぎて人の揚げ足ばかり取るような人は、いくら綺麗な言葉を話せても素敵には見えない気がする)
辞書は学生の頃に使っていたものを手元に置いているけれど、版が古いので新しい辞書が欲しくなりました。 -
Posted by ブクログ
三省堂国語辞典の編纂に関わる飯間氏が、その改訂の過程を、丁寧に著した本。
言葉に向き合う飯間氏の真摯さがひしひしと伝わってくる良著です。
いわゆる誤用も、「誤り」とばっさり切り捨てるのではなく、日本語の変化、派生の仕方の一つととらえるなど、「今の」日本語の姿を的確にとらえようとする姿勢がよくわかります。
辞書には、言葉の「かがみ」としての2つの役割があって、そのうちの一つは「鏡」、つまり、日本語を映し出すもの、もう一つは「鑑」、つまり、日本語の規範となるものですが、三省堂国語辞典は前者の「鏡」であることを、より強く意識している、とのこと。
言葉は日々変化することを考えると、そのことに強い共感を覚えました。
それにしても、現在の三省堂国語辞典の基盤を作り上げた見坊豪紀は凄い人ですね。
この本からも、そのことがよくわかりました。 -
Posted by ブクログ
飯間浩明 著「辞書を編む」を読みました。
著者は、「三省堂国語辞典」の辞書編纂者。2013年末に発売予定の第7版の改訂作業をめぐる知られざるエピソードを通じて辞書の魅力を伝えてくれる。
たまたま新聞で紹介されていたので、手にとってみたのですが、読み出したら止まりませんでした。
辞書の改訂にこんな人たちの苦労やドラマがあったとは、想像もできませんでした。
街中での言葉の用例採集など、少なからず言葉に関する仕事についている自分にとって、とても興味をもそそられました。
また、普段は実用的にしか辞書を扱うことはなかったのですが、この本を読んだことで、辞書の物語を想像してしまいそうです。
文庫化を待ち望んでいる、三浦しをんの「船を編む」はまだ未読なので、この本を読んだことで、一層読むのが楽しみになりました。
辞書によってその特色や魅力があることもこの本を通じて改めて考えさせられました。
そして、もちろん年末発売予定の第7版は絶対買おうと心に決めました。 -
Posted by ブクログ
辞典編纂の内側を知れる本。予想を超える地道な作業。
以前「新解さんのなぞ」という本を読み、この辞書のマニアックな語釈が話題になったが、三省堂の辞書も「中学生にも理解できる」視点で工夫されたものになっているとのこと。新解さんでは、「右」は時計の文字盤の1~5のある側、と定義されていて、「左」は右の逆とあり、感動した。その手のネタもちゃんと本書にあったのでうれしい。特に言葉そのものには興味がなかったのが、この本のおかげで俄然興味が湧いたことを思い出す。で、本書を10年ほど時を経て読み、つい辞書も買ってしまった。電子辞書でもいいのかもしれないが、自分には紙媒体で「ひく」というのがいい。
見坊さんという辞書界の神的存在の人も知ることもでき、雑学マニアとして非常に意義のある本でした。 -
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著者は『三省堂国語辞典』の編纂に携わっており、その編纂過程における話が記されている。
第1章「編集方針」、第2章「用例採集」、第3章「取捨選択」、第4章「語釈」、第5章「手入れ」、第6章「これからの国語辞典」の全6章構成。
国語辞典は様々な出版社から刊行されており、購入の際には非常に困っていた。特色がどこにあるのか、どこを見るべきなのかよくわからない。著者も言うように、「販売部数をのばすために、どうしても収録語彙数を宣伝に使わざるをえない」ようだ。では、語彙数が多ければいいのかというと、そうでないことが述べられている。大切なのは「語釈」ということ。
国語辞典に限らず、所謂「辞書」「辞典」というものは、編纂者による「語釈」がキーだと思う。その語釈をどのように作り上げるのか、ポイントは「用例採集」にあるようだ。
用例をカード化するという作業は、梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』を思い出させる。情報の整理には、ツールが変わっても(紙媒体から電子媒体へ)、方法論はそうは変わらないようだ。
本書は辞書編纂者の熱い気持ちが反映されているように思われる。
できれば、日本における「辞書」のあり方の変遷というものも整理してほしかった。明治以降、辞書を使う人はどのような人だったのか。一般家庭に小型辞典が普及し始めたのはいつか。高度経済成長期、百科事典がブームになった時がある。このような「使う側」の変化についても言及すれば、もう少しこれからの国語辞典のあり方について述べられたのではないかと感じる。いずれにせよ年末の『三国』第7版が楽しみになった。 -
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辞書の改訂は世の中で使われている言葉を採取し、追加すべき言葉を厳選する一方で、辞書の編集方針に基づいて載せる必要なしとなったものを削除し、言葉の語釈を吟味し時には改める作業である。
それはまさにアップルの最近のCMにある「一つ一つの『イエス』の背後には千の『ノー』が存在する」世界である。それぞれの辞書の収録語数がなぜ「あえて」その数になっているのか?なぜそのような語釈になっているのか?それを確信を持ってしっかり説明していることが、いわゆるwiki系の辞書との大きな違いに思えてくる。
最後の章の「これからの国語辞典」は各国語辞典の立ち位置、電子辞書やwiki系を含むフリー辞書とのすみ分けなど、色々と参考になり、考えさせられる。
本書を読み終えて、いろいろな辞書を比べ読みしたくなった。クロスリファレンスや、それぞれの優劣を比べるためでなく、作り手の様々な想いを確かめるためにである。ただ、アプリ系だとユーザーインターフェイスの作り込み方にに引きずられるきらいがあるので、紙の辞書での読み比べの方が良いであろう。 -
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【第一章】 『三省堂国語辞典』はこんな辞書
【第二章】 誤りと決めつけてはいけない
“ことばの正誤のあやふやさについて”
1◆「的を得る」は「うまく捉える」
2◆「汚名挽回」は「取り戻す」のではない
3◆「全然支配される」は全然OK
夏目漱石『こころ』、芥川龍之介『羅生門』
4◆ひとりでもできる「爆笑」
5◆二の舞を「踏む」か「演ずる」か
6◆前代未聞の大成功?不祥事?
7◆「足」も「足下」もすくわれかねない
8◆「にやけた男」は笑っているか
9◆「号泣する」はどんな泣き方か
10◆「絆が深まる」のは望ましいこと
11◆「こちらメニューになります」と言うわけは
12◆1万円からお預かりします
13◆伝統的な誤り「ミゾユー」
14◆「銀ブラ」は金座でブラジルコーヒー?
15◆「くだらない」とは下等な酒から?
誤用も一般化したらそれも辞書に載る言葉になる
【第三章】 新しいことば・古いことば
1◆「ナウい」はなぜ載っているのか
3◆「半端ではない」から「半端ない」へ
半端ではない、ハンパねぇ、パネェ
流行語から社説の用語へ。ことばの出世。
4◆電車の中で聞いた「やばい」一言
6◆「だったり」という言い方が広まった
8◆フツーにむずかしい新用法
ふつうって良い言葉になったよね
15◆「中の人」が辞書に載るまで
16◆「るんるん」は1979年からか?
るんるん気分
17◆「幽邃(ゆうすい)」の現代の例を探す
【第四章】 気がつきにくいことばと意味
7◆「せいせいしゅくしゅく」に市民権を
清々粛々せいせいしゅくしゅく
正々堂々
8◆父の「心が折れる」とは
9◆「目線」のちょっと意外な意味
10◆気づかなかった「動画」の拡張
正常性バイアス、動画
11◆「小芝居」は「小規模の芝居」?
12◆「社会現象」」になるということ
13◆「ポーション」の用例をスーパーで採集する
15◆酒場に入ったのに「足踏み」
羅生門の例、夏目漱石も
【第五章】 語釈を書くのはむずかしい
7◆「不易流行」って何だっけ
不易流行 松尾芭蕉の俳諧
変わらないものと変わるもの
(文藝春秋)
8◆「共振」とは何か実験して書く
9◆「死亡フラグが立った」の「フラグ」とは
12◆「おそろしい」を引くと「こわい」
15◆漢字が分かれば意味が分かる
漢字注
号泣、逸話、失笑、姑息
【第六章】 『三国』の使い方の極意
7◆「ら抜きことば」が辞書に載った
9◆俗語と話しことばの違い
11◆どれだけ分かるか「社会常識語」
13◆『三国』はリビングのテレビ台に
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