金子光晴のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
佐賀藩士にハマって色々文献を読んでいた頃、某サイトで
“江藤新平・大隈重信・副島種臣などが語られている”
とりわけ“副島種臣に関する回想が多い”
ということが書かれてあったので、興味を持って読んでみました。
結果。この本買って良かった…!!
幕末の佐賀藩士に関する名著の多くは今や絶版もしくは入手困難となっている。そんな中でこの本はまだ購入すること出来る数少ない名著の一つなのです。
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江戸幕府の奥医者で唯一の公認蘭方医であった桂川家という名門の家に生まれた 今泉(旧姓:桂川)みね という女性が語り手の回想録。昭和10年から約3年、80歳のみねの驚異的な記憶力をもとにまとめられた、幕末の江戸を伝える記録である。
名門・桂川家に出入りする著名人の中には福沢諭吉・成島柳北・神田孝平・箕作秋坪など明治日本の近代化に貢献したお歴々が惜しげもなく登場する。
幼きころの少女・みねの目から見た彼らのプライヴェートな姿が、リアルに、そしてどこかほほえましく、暖かく語られている。福沢諭吉におんぶしてもらったり成島柳北に遊んでもらったりと、かつての偉人の生身の姿が懐かしく回想されていて、読んでいてホッコリした。(福沢諭吉の穴あき足袋の穴のスキマから松葉を突っ込んで、突っついて困らせた話とか、なにそれ超ウケる、つーか萌えるんだけど…)そしてその語り口から匂う、太平を享受する江戸のおおらかな、贅沢な文化。家に出入りする沢山の美しい芸者、清流をたたえる隅田川の桜満開の花見話などは特に、目に鮮やかに色も美しく想像された。
少女だったみねに縁談が持ち掛けられ、彼女は今泉利春という佐賀藩士のもとに嫁ぐことになるのだが、この男性が実は副島種臣の弟子というか、弟分のように親しい間柄にあたる人だったので、嫁にいってからのみねの周りには、大隈重信・江藤新平・副島種臣などの佐賀藩出身の政府高官の名前が陸続と出てくる。(…興奮せずにいられませんね!!
特に副島先生に関する記述が多かったかな?人情味たっぷりの語り口で、これらの人物のありし日の姿を遺してくれている。打ち首になる前の江藤の回想などは緊迫感と真に迫る勢いを感じさせた。
。解説を執筆している金子光晴によると「この本は、なんといってもいきのいい、なまものである。鮮度と、味を落とさないようにして食べることがかんじんだ」と絶賛している。まさにその通りの一書であると感じた。 -
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金子光晴の自伝的小説。
どろっとしたものがずっと流れているよな、
そんな小説。
わくわくドキドキまるでなし。
淡々とすさまじい人生。
結婚して、奥さんが不倫して、
その奥さんと恋人を引きはなすためにパリを目指す。
激☆貧乏旅行。
上海→香港→シンガポール
そしてパリへ。
他にもジャカルタや蘇州にも足を伸ばす。
詩人が絵をかいてお金を得る。
『どくろ杯』は言ってみれば出発編。
『ねむれ巴里』、『西ひがし』と続編がある。
1920年代後半からはじまるたび。
不思議なのは、80年近く前のことなのに、
金子光晴の感じていることが、
すごく生き生きしていて、
私が上海や香港で感じることと重なると言うこと。
発展しても、時間が流れても、
その町の根底にあるものはそう簡単には変わらないのかもしれない。
楽しい旅行記だと思ったら大間違い。 -
Posted by ブクログ
この人の腹が据わっている文章と生き方がとても好きだし、本書も実際とても面白く「支那」関係の洞察は今でもよく通用すると思う。
貧乏についての文章にはとくに笑った。曰く「貧乏も、ひとり身でやっているのだったら、からだがひきしまって、そんなにわるいものでもない」。「貧乏に平気な女がいたら、と僕はあくがれたほどだ。それほど例外なしに、女は、貧乏ぐらしの苦しさが辛抱できない」。「中西悟堂君は、米や、パンを排して、しばらく松葉を摘んで常食にしていた。蛙をつかまえて、あたまから呑んでしまうのをみていて三歳位だった僕の息子が、わっと泣き出したことがあった」。「真の貧乏人とは、もっと筋骨の通った堂々としたもので、福士幸次郎、吉田一穂、山之口獏などのような、不退転な貧乏のことをいうのだ」。「『お前、一人殺したら、日本金千円やるといったらやる気あるか?』と、Dという友人が言ってきたとき、僕は、それもいいな、とおもったくらいだ。ともかく、巴里の貧乏から脱出できるのなら、たいがいなことはやってもいいとおもったものだった。恐らく、戦後の青年の気持ちもそれに似たようなものではなかったろうか」。「西洋の貧乏は、決してたのしいものではない。竹の家、紙の家の余情はなくて、鉄鎖と石室の非情に終始している」。「ところが戦争を越えてからの現在の日本は、あの頃の西洋とよく似てきて、先にも言った通り、金がなければ一日もすごせない。貧乏はできなくなったのだ」。 -
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まず大正時代に、我が子を国内に預け置いて夫婦2人であてどもなく7年もの間、海外を放浪していた…という事実それ自体に度肝を抜かれるわけだが、それ以外にも、色々な意味で現代の軟弱な日本人には想像がすら及びもつかない、タフな生き様が全編に染み渡っている。
まさに地べたを這いずる虫の如く、汚泥塗れになりながらも決して諦めることなく、剥き出しの本能が命ずるままに生き永らえ、さすらっていくという、逞しい等という表現では生温い日々が、まるで第三者が観察しているかのように極めて客観的に語られている。
あるいはこれこそがまさに、こじれきった人間の性というものか。
惜しむらくは、私が恥ずかしながら金子光晴氏の詩作等に対する一切の造詣を持ち合わせていないことだが、それであってもどすんと重しのようなものを胸に落とされたような感じがする、そんな質量を備えた作品である。
関係詞等によって接続される節が多く、誰にでも読み易い文章ではないが、小気味良いリズムの重なりで形成されるシークエンスが実に流麗。
2020年代の今では、ここに書かれているような表現や言葉の使い方がすべて容認されるものではなく、それはもちろん進歩ではあるのだが、深い味わいを持つ文学的な修辞が様々な自制や配慮によって失われていることは、率直に寂しかったりもする。
文学というものは、自身の心身を覆う布切れをすべて剥ぎ取り、丸裸になったところから初めて生じる、いわば恥辱の権化なのだということがよく分かる、重くて昏い、壮大な三部作の幕開けだ。
「私たちは、健康な体と、尻のくさったくだもののような精神とをもっていた。」
「賽の目の逆ばかり出た人間や他人の非難の矢面にばかり立つ羽目になったいじけ者、裏側ばかり歩いてきたもの、こころがふれあうごとに傷しかのこらない人間にとっては、地獄とはそのまま、天国のことなのだ。」 -
Posted by ブクログ
圧倒的だった。正直、何と感想を述べるべきか判らない。
著者が詩人として世に出た後、関東大震災が襲う。胸が塞がれるような記述が冒頭に続く。
夫人となる森美千代との出会いがあり、婚姻、子供の誕生。夜逃げを繰り返すような生活の中、家族を放って上海へ遊ぶ。帰国すると、彼女に若い恋人出現。結局、妻と彼が復縁しないように距離を置くことを目的に旅が始まる。
洋行すると宣言しながら、大阪、長崎に長く留まり、なんとか上海へ。いかがわしい文章をガリ版刷り、いかがわしい売人に託したりする、綱渡のような生活。旅情など望むべくもない。放浪、風天というか、逃避と呼ぶべきか。そして著者を含め、何処にも居場所のないような人間が沢山登場。
微に入り、細に入り、かつ冷静な自己分析は、じっくっり読ませる文章だった。
しかし、可愛い子供と離れ、日本の文学や詩人の世界と連絡を絶ってまで、何故、旅を続けるのか、判らない。この答えはは寧ろ、美千代夫人に何故、著者に付いて行ったのかと聞いてみたい。とても理解しがたく、摩訶不思議。
近いうちに、続編も読んでみようと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ大抵のこの時代のフィクション、主に新選組を扱った物になると思うが
容保さんがしょっちゅう具合が悪いというイメージで
療養だとか具合が悪いとか倒れたとか
そういう描写がとても多い。
病弱な方かのような印象なのだが
これを読んで納得した。
こんな激務の最中にあって、具合が悪くならない方が寧ろ可笑しい。
現代で言うなら、過労によるストレスだろうと思う。
激務、という単語は他の書物で見かけたが
やはり会津藩の家臣の方が著者であるだけあって
微に入り細に入り書かれていてあらゆる点で納得した。
また、この史料で初めて知ることも多かった。
当然飽く迄も会津藩サイドから書かれている為会津寄りの視点ではある。
また、多少日付が前後したりもするが
概ね主観を極力入れずに日を追って資料を挟みつつ書かれていてわかりやすい。
また、注釈や解説もあり、比較的理解しやすいと思う。