フランソワーズ・サガンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
タイトル「ブラームスはお好き」は、40歳を目前にした主人公ポールの青春時代を想起させ、ターニングポイントとなる大切な一言だった。
女って、身体の特徴やバイオリズムの影響もあるから、多分何歳になっても複雑で繊細かつ微妙な心の動きをする。
だから、男性が女性の気持ちを理解するのは、難しいこともあるのかもしれない(逆も然り)。
結局のところ、慎ましいポールも、その恋人で自由を愛するロジェも、「慣れ親しんだ風景が楽」なのだろう。
悲しいことに今の私は、そこに共感できてしまう年齢なので、ポールのことはなんか許せてしまった。
この作品、サガンが24歳で書いた作品とのこと。
随分と早熟だったのか…と驚いた。
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Posted by ブクログ
とんでもない話です。
多感で奔放な一面のある少女が、彼女をとりまく大人たちから、愛について、家族について、形のないなにかを受け取ったり渡したりしてゆき、ゆっくりと事態が動きながらしかし突然に結末が訪れます。
正直なところ「悲しみよ こんにちは」じゃねえよ、と言いたくなってしまう気持ちもあります。でも、彼女にはどうしようもなかったのではないかという気もします。
そのような、若さゆえともいえる多面的で変わりやすく繊細な心情を、写真のように瞬間でとらえつつ、刻々と移ろっていく様を映像のように巧みに文章に写し取っていて、とても10代が著したものとは思えませんでした。 -
Posted by ブクログ
海外文学は今までほとんど読んだことがなく、おそらくフランス文学を読むのははじめて。
雑貨屋さんでたまたま見つけ、おしゃれな表紙に惹かれて購入。
主人公のポールは39歳。
「「若い女性」から「若々しい女性」へ女としてのカテゴリーが変わっていく・・」とは、
今年でまさに39歳になる私にとって、
心中穏やかでいられないフレーズ。
ロジェとシモン。二人の間で揺れるポール。
歳を重ねるにつれて、
色々なものでがんじがらめになってしまって
(それが、社会的なものなのか、
自分の意思なのか、なんなのか)、
うまく動けないさまが、
おしゃれな文章とともに語られていて、
あぁ、心がモヤモヤしたり、ドキドキしたり。
うまく言葉では言い表すことができない感情の揺れが、
物語全体を通して表現されていると感じた。
あとがきにも書かれていた「孤独」。
これ、ほんと、どうしようもない「孤独」だな、と。
スラスラ読んでいるようで、実はものすごく心をえぐられながら読んだ気がする。
読後はしばらく物思いにふけりたくなる作品。
何個かドキッとしてしまうお気に入りのフレーズがあり、
書き留めておきたい。
フランス文学って素敵かも。
これから海外文学にも触れていきたいな、と思った。 -
Posted by ブクログ
先述の森瑤子の『情事』があまりに読後感が悪いというかしっくりこなかったので似て非なるこちらを。
これなのよ、これ。
この小説は1959年に23歳のサガンによって書かれたもの。23歳という若さで39歳という若くもかといって老いてもいるわけでもない女性ポールの心理をつぶさに描いている。
その心理のキーとなるのは同年代の粗野で浮気性な恋人ロジェと、25歳の裕福な家庭に生まれ、ポールに一途な思いを寄せるぼんぼんシモン。
長年結婚にも同棲にも踏み切らず、時に寂しい思いをさせられながらも、育んできた時間や愛着からなかなか気持ちを剥がすことができない恋愛と、瑞々しくて照れてしまうようなまっすぐさで求愛してくる若い男との新しい恋愛の間で揺れ動くポールの気持ち。
刻一刻と変わる心理描写が、ただの愛だの恋だのからではなく、女の賞味期限が切れかけているのでは…という不安が相まっていることが切なくて。
明らかに時代背景も設定もセリフの古いのに、ましてや外国文学なのに、でも文章はまったく古くない!これは訳者さんも素晴らしのだろうけど、原文なくして、なのだから。
こういうものを名著って呼ぶのだなと納得。 -
Posted by ブクログ
私には主人公や父親の心情を完全に理解することはできなかった。ただ、二人の姿を見ていると情熱的な愛とは、最初は激しく燃え上がるのにいつか静かにその熱を失っていくものなのかもしれないと感じた。
例えるならば、夜空に咲いては消えていく線香花火に少し似ているんだと思う。燃えているあいだは鮮やかで目を離せないほど美しいのに、その輝きは永遠には続かない。最後に小さな火花を散らしながら、何事もなかったように暗闇へ溶けていく。
愛も同じように、燃え尽きたあとに残るのは、幸福だけではないのかもしれない。むしろ、かつて確かにそこにあった熱を知っているからこそ、その後に訪れる静けさが、より深い悲しみとして残るのだと思った。
『悲しみよこんにちは』という題名も、そんな「愛の終わりに残された感情」を、拒むのではなく、そっと迎え入れる言葉なのかもしれない。