西岡文彦のレビュー一覧
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芸術って、どこか不思議な世界。数学や物理のように明確に説明できるわけじゃないだけに、理解出来ないことも多い。かといって「わかんない」とも言い難いシーンもあったりするので、つい「天才のすることは私のような凡人には理解不能」と、自分を卑下して終わりにしてしまうという経験をしたことのある人も、少なくないだろうと思う。
ピカソのキュビスムも、その際たるもののひとつ。しかもその理解し難い作品に途轍もない高値がつけられているのだから、余計にわけがわからなくなる。
正直、私にとってピカソやブラックのキュビスムは、中学の頃にはトラウマでもあった。セザンヌやゴッホは私に安らぎをくれるのに、ピカソのキュビスムは心をかき乱すだけだったから…しかしながらそれらが世界的に高い評価を受けていることで、自分だけがそれを理解出来ないのだと思うこともしばしばだった。それで、どんどんとトラウマが大きく育ってしまったのだと思う。
そんな、私のような美術体験を多かれ少なかれ経験したことのある者には、覚醒感を与えてくれる一冊だと思う。
少なくとも私はこの本を読んだことで目から鱗が落ちたし、大袈裟に言うなら、日常が生きやすくなったように感じる。 -
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いわゆる「前衛」芸術を前にした時、何でこれが芸術?、という疑問を感じる人は多いのではないだろうか。
このような疑問を抱く人の多さに対して、答えを見つけられる人はごく一部に限られていた。
誰でもピカソのキュビズム絵画のような作品を前にして、こんなのが○億円!?、だとか、こんなのだったらうちの六歳の娘の方がずっとうまいよ、というようなやり取りを目にしたり耳にした事があると思う。
本書を読めばこの答えが(もしくは自分が前衛芸術を前にした時に抱く疑問が芸術史においてどのように論じられて来たのか)が明らかになる。
本書では芸術家の地位向上、絵画ビジネスの隆盛、「美」の解釈の変遷という三つのテーマを論じ、それらの現代における結節点としてピカソ芸術を取り上げている。
それから多少芸術に興味がある人ならば知っているであろう、ピカソの女性問題についてもオマケとして言及している。
ただ見るだけの物になぜこれだけ破格の値がつくのか?
この問いに答えるためにルネッサンスからの芸術家の地位向上や、宗教改革による美の需要の変化などを追っての解説には、値段の裏にこんな歴史があったのか、と驚いた。
果てにはアメリカ建国とその経済的発展の裏で働いた絵画の投機的側面など、この手の問題に関心のある読者なら快刀乱麻を断つようなスッキリした気持ちで読む事ができる。
そしてそれらを巧みに操って成功したピカソは芸術だけでなく人心操作術の天才でもあった。
そしてそのような人間関係における駆け引きの才覚と歴史的なタイミングが合わさってピカソの空前絶後の経済的成功が生まれた事がわかる。
どうやらピカソほどの経済的成功に恵まれた芸術家は他にいないらしい。
それ以前の芸術家は職人としての意味合いが強かったようだ。
現在、我々が芸術家に対して抱く、気難しくてアトリエにこもって作品を作り、よくわからない作品をありがたがって億の値段で取り引きする、というイメージはどうもピカソが発端らしい。
だが、それにも歴史的な意味があったということが本書を読んでわかった。
また、芸術に対して素人が感じる疑問にこれほど正面から向き合った本も珍しい。
次に行く美術展では値段の事なども頭の隅においてもっと素直に鑑賞できるようになるだろう。
芸術におけるトリビアも満載で楽しく、それでいて長年の疑問にスッキリとした筋道を示してくれる一冊だった。 -
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あの有名なピカソである。誰でも知っているようで知らないピカソだ。
画家は貧乏、と云うのがある意味で定説になっているし、ゴッホのように今や如何に高額で取引される絵画であろうとも生前は貧乏でなければ物語性が失われるという感じだ。そしてピカソですら若い頃は貧しくてさまざまな色の絵の具を買うお金が無いことから「青の時代」は生まれたと、貧乏物語が一人歩きしている。
だが、本書によるとピカソは貧乏だったことは無いと断言する。強いて言えばスペインからパリに出てきた最初の2年間がそうとも言えるが実家からの仕送りも加えスポンサーも付いていたので必ずしも食うに困っていたわけではないのだという。へっ?伝説ってそんなものか?という感じだ。
そして驚くなかれピカソが死んだ際、手元に残された数万点の作品の価値はナント5700億円!で、その計算を行っていた三年間に更に市場価値は三倍程度にも値上がりしていたというのだ。そしてフランス政府はピカソのために準備したわけでは無かろうが相続税の現物納付を認める策によりピカソの作品のかなりの部分を税金代わりに受け取り国庫財産とし、更には市場への大量放出による価値下落を防いだというのだ。流石に世界一の芸術家のスケールは凄い。
そもそもピカソの作品があれ程の価値を持つのは何故か?本当にあの抽象画に見られる顔がひん曲がった絵とは上手いのか?という素朴な疑問があるが、本書によるとピカソのデッサン力はめちゃくちゃ上手いのだそうだ。画家を目指していた父親から子供の頃からデッサンを仕込まれており、その基礎画力は比肩のないものだったという。ふうん、それがあの抽象画のベースにあるとは思いもしなかった。やはりあのキュービズムの陰には確かなる技術があるということで単なるヘタウマでは無いらしい。
また、あの高額な作品の価格は如何にして付けられたのかとの疑問については丁度、戦後の国力を背景に大量に欧州美術を買いあさった米国という需要家とピカソを売り出そうと努力した美術商の企画力であるというのだから、これもまたビックリだ。音楽界では例え敏腕プロヂューサーが売り出そうとしてもその歌手やバンドが見込みどおりに売れることは少ないし、それが数十年の長きに亘り継続することも有り得ない訳で、絵画市場の特殊事情が伺える。
それで行くと常々、日本画壇では美術価値以前に作者の美術界ランクに従い号数(大きさ)で取引される不可思議な世界と言われており、例えば政治人脈を最大限に活用しその絵画価値を上げてきた平山郁夫などと揶揄されるのだが、ある意味では其れも「世界基準」だったのだろうか?
とにかく何事においてもスケールの違うピカソ、恐るべしだ。 -
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ネタバレ『ピカソは本当に偉いのか?』
★★★★★★★☆☆☆
本書は、以下の疑問を投げかけている。
1. ピカソの絵(「アビニョンの娘たち」を中心として)は本当に美しいのか、どこがうまいのか
2. 見るものにそういう疑問を持たせる絵がどうして偉大な芸術とされるのか
3. どうしてこれほどの高値がつくのか
4. ピカソのような絵は誰でも書けるのではないか
5. そう思わせるような絵を偉大とする美術界はどこかおかしいのではないか
6. そういう絵にこれほどの高値をつける美術市場もどこかおかしいのではないか。
それらに対する返答。
1. ピカソの絵は、それ以前の美術の基準に照らせば美しくない。 しかし、ピカソの絵は、超絶なデッサン力に支えられており、非常にうまい。
2. ピカソの絵は当時求められていた前衛芸術であり、衝撃によって人々に従来の基準への疑問を抱かせることを狙っていた。
3. ピカソが現れた時代、それ以前の教会を飾ったり貴族の家を飾 るという実用性のある美術と異なり、美術館に入れるための絵が求 められており、美術品自体の主張が必要とされていた。 はその需要に応えていたから、高値がついた。
4、ピカソの作品は、高い技術と巧妙な市場戦略に支えてられており、亜流の作家では真似ができない。
5. ピカソの絵は、絵がもっぱら美術館に飾られるものになったと言う文化の変化に対応するものであり、その方向をうまく追求しているために偉大とされている。
6. 美術が儲かるとする投資家、画商、オークショニアの力により美術市場が支配されているため、高値がついている。また、新しい作家を育てるよりも、既に定評のある作家の作品の値を上げる方が、投資として効率的であると言う戦略に基づいて、ピカソの絵の価格が上がっている。
まあ、特に今の日本に生まれ育っていて、わざわざ現代アートなんかにハマる人ってのは相当変だし、ぶっちゃけ物の善し悪しをよく分かってないと思いますねー。
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著者は、版画家で多摩美大の教授である。『絵画の読み方』など、多数の本を出している。ピカソについて知りたかったので、読んだ。
ピータードラッガーはいう「問題が解決できないのは、正しいに問いに間違った答えを出すからではなく、問違った問いに、正しい答えを出そうとするからである」
この題名の作り方が、明らかに失敗している。「正しい問い」を作れなかった。ピカソが偉いのかどうかを問うても、ピカソに対する正しい答えを見出すことができない。
「偉い」とは、①普通よりもすぐれている。②人間としてりっぱですぐれている。③偉大でである。
ということなので、この3つ項目で、4人の愛人と2人の妻がいたことを著者は問題としていて、人間的に立派と言えないと断罪している。ピカソは、芸術において大きく変化を与えたので優れていると言える。このことから、題名の問いからみると偉いと言えないが、偉大ではある。
さらに著者は、3つの問いをする。
①ピカソの絵は本当に美しいのか?どこがうまいのか?②どうして偉大な芸術とされるのか?③ピカソの絵にどうしてあれほどの高値がつくのか?
相変わらず、設問のレベルが低い。この先生の視点の「常識」さに呆れてしまう。
著者は言う『美術という「美しさ」を追求するはずの世界において、この「わからなさ」を特色とする画家に破格の評価が与えられる理由は、あまり説明されていない』とって、結局うまく説明できていない。『美術といえば、その名の通り「美しさ」というものの結晶ないしは高度な「技術」の結実したものである』絵を美術という言葉で限定することによって、狭窄視している。
芸術の先生ではなく、美術の先生となって、「ピカソの絵は美しいとは言えない」と主張する。
ふーむ。1907年の『アヴィニオンの娘たち』をどう評価するのか。ピカソが『青の時代』(1901−1904)『桃の時代』(1904~1907)から、『アヴィニオンの娘たち』を描いたのか?
この絵が生まれたのは、文脈が重要だ。ピカソは、ギリシャ生まれのエル・グレコを尊敬しており、1614年の『第5の封印の扉』の構図に似ている。また、ポールセザンヌの1906年『水浴者』の構図にも似ている。また、その当時名声を浴びていたアンリマチスの1906年『生きる喜び』にも対抗している。『アヴィニオンの娘たち』は、バルセロナのアヴィニオン通りの娼婦の5人。左にエジプト人もしくは南アジアのような顔と衣装、真ん中の二人がスペインイベリア風の風貌、右の二人がアフリカの仮面をしている。プリミティズムであり、官能性とセクチュアリティーを持っている。ピカソは、『破壊の集積』と語っている。説得力のある野蛮な力で、独創的である。
評論家のアドレ・サルモンは『アヴィニオンの娘たち』のことを 「爆弾のような衝撃」と言った。
ピカソは絵画の伝統や常識を破壊した。この絵には、従来の常識である美しいということを目的としていない破壊性を持っている。また、『アヴィニオンの娘たち』の習作が600枚もあったという。ピカソのこの絵にかける執念もすごかった。
イギリスの美術史家、『キュビズムのエポック』の著者ダグラス・クーパーはいう。
「《アヴィニョンの娘たち》は、一般的に最初のキュビスムの絵と呼ばれている。これは誇張ですが、それはキュビスムへの主要な最初のステップだったが、それはまだキュビスムではない。この作品の破壊的で表現主義的な要素は、離散的で現実的な精神で世界を見ていたキュビスムの精神にさえ反しています。それにもかかわらず、この作品は、新しい絵画的形式の誕生を記録している。ピカソは暴力的に既成の慣習を覆し、その後に続くすべてのものは、この作品から派生したため、キュビスムの出発点として語るにおいて合理的な作品でもある」という評価をしている。
さて、著者の美術という枠組みを破壊したもの、ルールを変えたものをルールで論じても仕方がないのである。
また、高額という視点から見れば、ピカソの絵だけが高額ではないアートの世界が生まれている。
ピカソの生涯作品数は、油絵で、13,000点、版画、素描、陶芸で130,000点。実に膨大な数に上る。
1973年にピカソが91歳で死んだ時に、ピカソの手元にあったものが70,000点あったという。
その時の遺産の評価総額が約7500億円 (その当時)。現在では、10倍以上の価値がある。
1932年の「ヌード、観葉植物と胸像」は百号(160cmx130CM)で、100億円。1号あたり1億円。
画商が誕生することで、絵は教会の飾り物ではなく、ビジネスとして成り立つようになり、画家によって価格が決まり、1900年頃には、アメリカの振興があり、絵画バブルの中に、印象派の絵やゴッホ、そしてピカソの絵が高額で取引されるようになった。
ピカソは、「瞬時に人を魅了する力、大きくて黒い瞳を持つ魔術的な力」があった。ピカソは衝撃的な作品で世間の耳目を集め、声高にその芸術性を主張しながら、理論面と経済面で有力な援護者を探す。作品を展示することができるアトリエを持ち、そこで実験的、先鋭的だった作品を見せる。
ピカソの絵は投機目的で買われた。ピカソの絵は「交換価値」が高い絵とされた。多くは貧乏な画家だったが、ピカソは若い時から絵が売れた。またピカソをほめる有名人も多かった。アトリエは、画商の隣のところにあった。
ピカソは、絵を描くアーティストと絵を売るマーケッターの両方の才能をもち、カリスマ的存在となることで、ブランド化に成功したのだ。ゴッホは、マーケッターになるほどのコミュニケーション力がなかったと言っていい。ピカソは、「執拗に相手の嫉妬を喚起するような撹乱的な人間操作の名手」とも言われ、6人の女性を間を、渡り歩くことで活力を得ていた。愛した女さえも「芸の肥やし」とした。
ピカソは、一生、そして毎日24時間、芸術に捧げた。 -
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ネタバレ「自分語り性」と「前衛性」
美術史上、ピカソほど生前に経済的な成功に恵まれた画家はいないらしい。そんな彼の「偉大さ」を問い直すといった内容だ。ピカソファンとしては改めて彼の「偉大さ」に敬服することとなった。ピカソの作品は、油絵だけで1万3千点、版画や素描や陶芸など、油絵以外の作品は13万点を超える。
16世紀の宗教改革を契機として、絵画の買い手が教会から市民となる。主題を失った画家たちが描き始めたのが市民の肖像や市民生活の一場面や静物や都市景観や田園風景といった世俗的な題材で、風景画や静物画といったジャンルはこの時期のオランダで生まれた。画商のおこりもオランダである。(17世紀)そして、18世紀終わりのフランス革命で絵画彫刻が王侯貴族というスポンサーまでをも失い、市民経済(市場)に頼るしかなくなる時期に、印象派という前衛絵画が登場する。印象派絵画が「アメリカ値段」で取引されるなどして絵画バブルが起こる。そこに現れたピカソは、絵画史上初めて登場した「最初から投機目的で買われる絵画」を象徴する存在となった。美術史の流れの中でのピカソの存在を捉えることができた。 -
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天才画家たちが名画に残した秘密のメッセージはなにか。繊細な取材と果てしない想像力で、人間としての画家達のドラマが表現されている。
ゴッホの晩年、自傷し最後は自殺する狂ったような時期。ゴーギャンは、2ヶ月間をともにする。黄視症を煩ったゴッホは、更に強い黄色を用いてひまわりを描いた。
モナリザは、レオナルド・ダ・ヴィンチが愛人サライに贈ったもの。同性愛だった。
フェルメールの絵画には、背景に絵が飾られている。天秤は平行になっていて、宗教的な意味や性的な意味合いをもたせている。こうした絵画に潜むメッセージは、まだまだ見つかっていないものも多いはず。改めて、美術鑑賞の楽しみ方を教えてくれているようだ。 -
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芸術の価値というモノは本当に不可解なものである。
特にピカソをはじめとして、「前衛」的なものはその最たるもの。
それらの作品を前にしたとき思う疑問、「これは、芸術なのだろうか。なぜこんなものに価値があるのだろうか。自分でも造れる、描けるのでは。」
などなど、疑問が浮かびつつも
「やっぱり、いいねぇ」
などと、つい知ったかでのたまってしまう。
この本はピカソをはじめとした前衛芸術について、それらの疑問に対してある程度の納得できる答えをくれる。
特に宗教改革、フランス革命やダヴィンチの進化論などの文化・歴史的背景が芸術に及ぼした影響など、なるほど~と。
ピカソがなぜモテるのかといった人生については(2章、3章)、いまいち興味がないが、まぁ題名がピカソは~なので、しょうがない。
これで、一歩進んだ知ったかぶりをできる笑 -
Posted by ブクログ
現代美術のよくわかなさについて、ピカソを題材にしながら解説した美術論。
だけど、平易な言葉で、わかりやすく、ピカソってなんでそんなに偉いの?という、庶民の素朴な疑問を解き明かしている。
美術論、などというと、まず言葉の意味が全く分からない。現代美術館に行ったときなんかは、絵も大体意味不明だし、横の解説も競うように意味が分からない、というようなもので、まるで相手にされていないというような淋しい気分で帰ってくることが多い、私のようなど庶民において、この本は非常に痛快であった。
ピカソは父親からの英才教育と天才的な画力、それから時代の波を機敏に感じ取る感性と、ビジネスマン的手腕、そしてなにより本人の傲慢な性質により、後世まで高額で取引のされる芸術家になった。なるほどなるほど。
それから、ルネッサンス期~近代における、「美術」や「芸術家」の移り変わりと、なんで現代美術がかくも「意味不明」なのか、簡単にわかりやすく説明していて、非常に満足。