安堂ホセのレビュー一覧
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近未来の東京を舞台に、AIとの恋愛を“擬似体験”できる「デートピア」で繰り広げられる人間模様が描かれていて、恋愛×AI×リアリティショーというユニークな組み合わせで、恋や感情の本質に鋭く迫っています。
テクノロジーと感情のズレや、便利さの裏で失われるリアルな関係性など、現代社会に通じる問題提起があり、SF設定ながら妙に生々しく感じました。
また、AIの完璧さと、人間の不完全さの対比が切なくもあり、読み進めるほどに胸に迫る場面も多かったです。
恋愛という普遍的なテーマに未来の視点を重ねる構成は今どきで、「恋とは何か」を問い直すきっかけになる一冊でした。 -
Posted by ブクログ
タヒチ島()のリアリティーショーという設定で、序盤は結構楽しく読んだ。
バチェロレッテをイメージしてたけど、テラスハウスか!どっちも観たことないから詳しくはわからないが…
汽水とモモの過去場掘られるところも最初は良かったが、ダイモンのスタジオな話などが途中からまどろっこしく感じてきて、最後まで読み切るにはだいぶマンネリから打開できていなかった気がした。
純文学っぽく、これこれ!って感じで、アカデミー賞映画の造形というか、小ネタを色々挟んでいるのは軽妙であった。
芥川賞の選評を読んでも概ね納得。攻めたテーマとか奇抜性は良いけど、プロットがちょっと粗雑?
でもそういうところを踏まえても将来性を見込めば今はまだ発展途上でも受賞に値する気がした。
この会はゲーテとダブル受賞ということで、私は両方そこまで納得してないけど、他の候補作も読んでみたいと思う。 -
Posted by ブクログ
芥川賞受賞作。恋愛リアリティ番組という、実際には作られて放送されている、あまり知らない部類の話を舞台にしていて、その男女を巡る色恋沙汰な話なのかと思いきや、むしろそれは単なる舞台であり、明らかにそこに登場する人物を通して、現代における人種、戦争、性、社会、世界などの捉え方に疑問を投げかける作品である。
三人称的に文章は描かれながら、『 』の使い方で、明らかに登場人物が「話している」ように、だがそれはテレビでよく見る字幕で正しくは伝えられておらず、敢えてミスリードを誘うように多用され、このデートピアという番組が本編、追跡版などであると同様に、その一部としてしか理解させてもらえないようで、まさにモニタなどを介しているような、別世界を感じさせる。
とは言うものの本来の恋愛リアリティの主ではないところが、実は文量的にも主であり、それは別世界でなく、明らかに今の世界への問題提起なのであろう。
なかなかに一読しただけでは理解はできなかったというのが本当のところかな。
この作家の他の作品も見てみるか。 -
Posted by ブクログ
最初の印象を言わせば、読みづらい、複雑すぎると思ったけど、読み続けると印象が徐々変わっていった。
どう変わったかというと、黒人はモノリス(一体化)じゃないというテーマがアツくて、自分自身を深く刺さったのだ。
自分はブラックミックスの人として、こんな本が売られてるのがありがたい。
現代の世界の情勢に関して、ステレオタイプに頼りすぎると、人と人の間の距離が広がり、信頼・協力関係が崩れ、差別意識や怒りが次々と湧き上がり、社会が崩れてしまうことになると思う。
ステレオタイプって仕方がなく人間的な現象である。
そのような一般化された見方を真実として受け入れるかどうかは、個人の判断による。 -
Posted by ブクログ
恋愛バラエティというのは実際テレビでもネット配信でも見かける。南の島で開かれた「デートピア」そこに参加した1人のヒロインと10人の男。それぞれ国籍も人種も別、が、黒人はいない。
集められた島で、モモとキースは再開する。2人は10代の頃、親や国に言わせれば、加害者と被害者と呼ばれるような因縁があった。
いわゆる社会問題と言われるような、いくつかの情勢を交えながら、途中から話が時系列に語られる。モモという人物が、一人称なのか三人称なのか、私には理解しづらいまま、過去が紹介される。
全く別の世界の話のようでもあり、身近な話のようでもあり、読み慣れない物語に当惑しながらも、惹かれるものを感じて、何とか最後まで読み通した。結構、疲れた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ登場人物の名前以外の情報が少なくて、途中で誰が誰なのか混乱してしまったけど、ほらあなたもブラックミックスの人たちを見分けられないでしょ、と読者に突きつける目的でわざとこうしてるのだろうか?
他にも基本的に情報量が少なくて、だからこそ客観性や諦念、軽やかさを感じた。
パーティの最後にみんながわーって逃げるシーンが、全然爽やかな状況じゃないのに爽やかで、私には鮮やかな色がたくさん見えた。色とりどりの風船が一斉に空に放たれたみたいなイメージ。
島本理生さんの解説の、「本来、小説とはたった一人に向けて書かれるものでもあるのだ。読書中は誰もが一人きりで、共有できない孤独と共有しなくていい自由がある。」
という文章が刺さった。
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Posted by ブクログ
日比野コレコの『たえまない光の足し算』には、浮かぶ映像の強い印象や、詩的な表現の美しさとしての、「ずらした比喩の言葉」が多くあった。デートピアもまた、「ずらした比喩の言葉」によって文章が難しくなっているが、その性質は『たえまない光の足し算』とはかなり違っている。
デートピアにおける「ずらした比喩の言葉」は、圧縮された思考を引き受けるために生まれたのだと考えた。
例えば、
「おまえは物々交換の国で暴力から暴を取るサイクルを発見したのに、うかつにも元の国のルールでまた暴を冠せられた。」
「直球の差別発言っていうのは、当事者よりもむしろ非当事者にこそ、善意で処方されるものだと思う。」
「地球上の殺傷現場と、ひとつづきの同じ酸素を介しているのに、自分がとうとう立ち会わなかったこと。私には場面がない。」
筆者がある事象について経験を元に考え続けて現れた形を、そのままに文章にしたために、同じ強さでその事象に向き合っていない読み手(私)は、初読でその文を理解できないのだと思った。
「ずらした比喩の言葉」の他にも、2つの作品の文章は少し似ているところがあるように感じたけれど、うまく言えない。読んでいて、毒入りの水を飲んでいるような感じがする。
また、金原ひとみの『YABUNONAKA』朝井リョウの『正欲』のように、現代的な問題を多く絡めて書かれている。SNS・ジェンダー・人種・ウクライナ戦争などの問題とその世情を正確に色濃く反映し、俯瞰に俯瞰を重ねて皮肉っぽく書いている。私はそういう問題について浅い知識しかないため、読み進めながら皮肉に攻撃されないように、ぐっと力を入れて立っていなきゃいけないような緊張感があった。
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Posted by ブクログ
題名だけ見ると、最初「マッチング」を主題とした小説かなとも思ったが、読み初めてみると数ページまでは「女王様とマッチョ系美男子」の逆ハーレム小説かなと思ってしまった。感想が変わったのは、「キース」の幼馴染みである「モモ」が登場してから。ここからの展開でまず感じたことは、まず読み辛さ。書かれている「おまえ」が、たぶん「キース」だろうと思うが、もしかしたら「モモ」かも知れないと思ったり、或いは他の誰かなのかも知れないとも思った。また話している人、行動している人も「キース」視点なのか「モモ」視点なのか、もしかしたら「ファイヤード」かも、或いは「ダイモン」か。比較的分かり安いのは「マルセル」と「ミスユニバース」くらい。何より、この小説が何を描きたかったのだろうかさえよく分からなかった。
まぁ、私に読解力がなかったせいだろうと思うが、芥川賞受賞作は私のような頭の悪い人間には理解出来ない作品が多いのかも知れない。特に読んでいて腹が立ったのは「親が子供に大きくなれと言うことも暴力ではないか」と言うところがあった。何を言ってやがると思った。また、ガキが一丁前に屁理屈言ってんじゃあないよと思ったところもあった。
最後の方で文中に「そうして加害者と被害者を強制的に引き分けにするための仕組まれた子供たちが島に多く生まれた。」とある部分があり、2~3ページ後に「仕組まれてない命なんてないのかも」と言う台詞があった。確かに、親や兄弟、親戚などに、或いはクラスメートや上司、教師、警察さえにも運命を左右されることがあり、その時点で「仕組まれていない命なんてないのかも知れない」と思ってしまうかも知れない。ただ読み終わって、たぶんこの小説の登場人物はみんな「自分の命は仕組まれてない」と思っているのだろう。とそう思う。DTOPIAに仕組まれても、自分たちは抵抗出来ると思っているかも知れない。
ただ、それさえも誰かに仕組まれた運命かも知れない。
しかし、「キース」や「モモ」には、「仕組まれた、仕組まれてない」など関係無い自分だけの命があるように思われる。
単なる私の浅読みによる感想だけれども。