周司あきらのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
男性が9割を占める組織で約20年働いているが、男→女への差別はもちろん、男→男への差別も嫌というほど見てきた。
また、そんな環境に毒され、慣れて染まってしまった女→女への差別も、意外と多くあるなぁと感じている。
生まれ持った身体的な性別、心の性別や性的指向、家庭環境や成育環境は本当に人それぞれで、他人を故意に傷つけない限りそれらは尊重されこそすれ、卑下され否定される理由であってはならない。
今の日本においてはまだまだ、生殖機能を含めた身体が健康で、そこそこ安定した収入があり、体格も概ね平均値なシスヘテロ男性が一番生きやすい社会環境だと思う(本人は自覚ないだろうけど、制度や価値観は往々にしてそう)けど、私が死ぬ頃には、跡形もなく、とまでは行かないだろうし、もしかしたらシスヘテロ女性である私も戸惑いを感じる面も出てくるかもしれないけど、どどん、と大きく変化していることを望む。
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Posted by ブクログ
おもしろかった。今まで読んだことがある男性学の書籍からの引用が複数あり、あれのことだ!となったので、それだけ有名どころは読んできたのだと思う
なかでもおもしろかったのは3つほどある。ひとつは日本が働き方を変えられなかったのは、石油ショックを例外的に持ちこたえてしまったという指摘だった。欧米では石油ショックを機に男性主体の家計モデルを見直すことになったが、まだ脱工業化をできていなかったために長時間労働を頑張れば生産性を保ててしまい、結果として働き方の見直しにつながらなかったという点だった。これは別に日本優れているわけではなく、ただ欧米よりも産業構造の変化などが遅れたためだということがおもしろかった。タイミングの問題なんかい!
2つめは『剥奪感の男性化』だった。社会的な認知がないままで既得権益として無自覚に思い込んでいたものが失われつつあるように思えてくる。漠然とした不安や不調、『奪われている』と感じる剥奪の種類はいくつかある。この『剥奪感』は例えば韓国では20~30代男性が保守的な支持が多いということにも関わっていたり、この『剥奪感』はバックラッシュのひとつの要因ではないかと思う。とはいえアプローチがわからんのだよなー…どうすればいいんや…
3つめは現代日本の教育には『児童中心主義』が定着しており、子どもの主体性や個性を尊重するある意味進歩的なスタイルである。しかし保育者が子どもたちの管理を避けることで、一部の男子に権力が偏るという事象が発生してしまい、それがヘゲモニックな男性性につながるという
今まで男性学の本を何冊か読んでいたが、以上の3点については初めて見た指摘だった。な、なるほど…!と目からうろこだった
男性学の本はすでにいくつも出ているがボリュームがあるものが多いので、まずはこちらの新書から読んでみてもいいと思う
男性学の本を読むたびに思うのだが、女の私から見ても非常に抑圧が男性にもあり、『それ、つらくない?イヤじゃない?やめよう?』と言いたくなる -
Posted by ブクログ
性同一性障害ということばは誤り。「障害」ではない。
ジェンダーアイデンティと性自認と性同一性は同義。
そもそもこのことからしてわかっていない「知識人」が
多数いるのではないか。日本に。
「知識人」としたのは、政治家に対する皮肉だ。
特に自民党の一部。
この新書は、トランスジェンダーにとって、
この日本がいかに生きづらい国であるかを綴っている。
トランスジェンダーは人口の1%もいない、という。
出生時に割り当てられた性と、ジェンダーアイデンティティが異なる人。
従来はこれらの人々は「いないもの」にされていた。
それこそ「障害」「異常」とされていた。
しかし時代は変わり、少数派を尊重することが当たり前の世の中になってきた。
考えてみれば、以前は、そして今も、左利き、すら差別されてきた。
それは道具に代表されよう。
はさみ、スープをすくうお玉、自動改札機、、、
10%いる左利きですら不便な世の中。
様々な技術でようやく改善されつつある、まだその途上。
ましてや1%もいないトランスジェンダー。
「効率化」からすれば無視したくなる、というのも理解できなくもない。
しかし、
トランスジェンダーを認めないときの事例はいつも
「トイレはどうする」
「銭湯はどうする」
ばかり。
既に欧米では男女トイレを区別しない国も出ているという。
銭湯は、、今日日銭湯を日常的に利用する日本人がどれだけいるというのか。
問題のすりかえ。
些細なことを咎め、本質的なトランスジェンダーの生きづらさに向き合わない。
なんて偉そうなことを言うが、私もつい最近まで、
LGBTのうちT、トランスジェンダーは理解できない、と言っていた。
なぜ性転換手術(このことばもいまや使わないそうだ)をしてまで姓を換えるのか、と。
今はそれが誤った考えだとわかる。
中には好んで体にメスを入れる人もいるかもしれないが、
大半の人は、生きづらさから逃れるためにやむを得ずに手術を選んでいるのだ。
そもそも法律がそれを強いている。
生殖能力が無くならなければ戸籍上の性別を変えてはいけないと。
それは「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」
名称だけでもアウト。2003年成立時点ではやむを得ないとしても速やかに変更すべき。
内容もだ。
要件は
一 十八歳以上であること。
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
この四が憲法違反であると最高裁の判決が2023/10に出た。
世の中は確実に変わってきている。
変わらないのは自民党の一部。
いや、もっといえば日本の官僚制度だろう。
明治維新で作られた薩長政権の考えは敗戦を経ても変わっていない。
戸籍がその最たるもの。たかだか150年の歴史、変えればいいのだ。
廃止すればいいのだ。そのためならマイナンバー義務化も理解されよう。
・・・そもそもカードじゃないけどね、今の時代。
色々絡まる。
キックバックの安倍派を干すことで自民が割れれば、今の官僚制度も変わるのか?
トランスジェンダーなどマイノリティに目を向けた国になるのか。
いずれにしても多数派が少数派を切り捨て、効率化を求める時代ではないのだ。
それが通用しないことはこの30年で誰しもわかっているはず。
変えねば。変わらねば。
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Posted by ブクログ
LGBTQについて、いかに自分が性的マイノリティ、特にトランスジェンダーについて無知であったか分かった。本書はトランスジェンダーについての分かりやすい入門書であり、彼らが、どのような社会的状況に置かれ、特に日本で彼らを取り巻く状況は世界の中でも最も遅れている状況であるかもわかった。国際的にも人権意識が遅れている我が国であるので、特に驚きはしないが。法的な問題については、明治以来の戸籍の問題がネックになっていること、またフェミニズムや男性学との関係、ノンバイナリーについて、分かりやすく整理されて書かれている。本書を通読して思うのは、世界の人権意識や差別問題は進歩している中、わが国だけが逆流している印象を受ける。トランスジェンダーの問題は、トランスジェンダーだけの問題だけではなく、すべての人にとっての問題あることが理解できた。すべての人が生きやすい世の中にしていくには共に運動をしていくことが重要であることが示唆された。
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Posted by ブクログ
生まれた時に性別が「割り当てられる」という感覚への違和感や、LGBとTの違い、ノンバイナリーやAセクシャルの存在など、知らなかったことや理解不足がたくさんあった。性別は生きる上で大きな固定概念であり、縛りになってるんだなぁ。
「女性らしさ/男性らしさ」というこの「らしさ」に苦しめられる人が多いように、性別の問題に拘らず固定概念は厄介。いろんな物事の捉え方があるということを知るために、またさらに自由な生き方を促進し多様性を受け入れるためにも、本書は早い段階で教育現場に導入されてほしい。
誰もが自分を大切に、相手の自由も尊重した生きやすい世界になるといいなぁ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレジェンダーの勉強をするために読んだ。男性とは何かのなかに、特権についての記述がたくさん。
自分の特権についても考えさせられた。特権はある集団に属しているというだけで自動的に付与される利益。そして、誰かが犠牲になっていること。
自分の特権にもう少し思慮深くなるべきだろうなぁ。
以下、勉強になったことメモ
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男性を俯瞰する三つの視点
①男性の制度的特権
集団としての男性が、集団としての女性の犠牲によって、制度上の特権を享受している。
フェミニストは「家父長制」と呼んで批判してきた。
男性は社会のスタンダードだと思って、性差別を他人事だと思っている。
→男性が主体的に脱ぎ捨てるべき下駄。「優越思考」「権力思考」「所有思考」
男性を優位に位置付ける法律や戸籍なども含まれる。強制的な夫婦同姓、父系を重視した戸籍制度、女性だけに設けられていた再婚禁止期間など。
②男らしさのコスト
男なら強くあれ、泣き言を言うな、必死で働けなどと強制される男らしさ。下駄を履かされている感じ。
本人が望むかどうかに関係なく、女性を踏みつけたり、見下したりするよう、社会から要請される。
→男性ならこうあるべきとしめつけることは脱ぎ捨てるべき下駄。
③男性内の差異と不平等
男性内のインターセクショナリティ。男性にも一般的な男性像には合致しない人もいる。
→人権は履いておくべき、守るべき下駄。
※男らしさの鎧を脱ぎたいとおもっても、脱げない男性もいる。他者が求める男らしさに応えなければ自分の存在が脅かされるから。
※達成か、逸脱か
鎧と呼ぶべき男らしさを証明するには、二つの方法。一つ目は、もちろん活躍して達成すること。
それはごく一部に限られるので、「逸脱」というあえてルールを破ってみせることによって自分のすごさを認めさせようとする。この逸脱にもヒエラルキーがあり、ヤンキー、不良のピラミッドができる。
メンズクライシス→剥奪感の男性化
①経済的剥奪
②社会的剥奪
③有機体的剥奪
④倫理的剥奪
⑤精神的剥奪
⑥性的剥奪
フェミニズムを理解しているはずの男性が、実のところ「自分は女性にとって危険な男性ではない」とアピールしたいだけで、社会構造に対する問題意識は全く変わっていない、それどころか拒んでいるケースがある。
女性の立場に寄り添い、フェミニズムに理解があるような姿勢をとって、相手から「キモい」と思われないことを重視している。
本当の意味で、相手の女性や、女性差別の問題と真摯に向き合っているのではない(p.212)
<↑これ、いるなぁ。理解者の顔して近づいてくる男性。だんだんキモくなってくる。> -
Posted by ブクログ
入り口として丁寧に説明していただいた印象です。
分かっているつもりで全く分かっていないことばかりでした。
過去別の本で読んだ日本の社会にある「人間教」の考え方を思い出しました。
多数派の過ごしやすさによって、その枠から様々な事情で該当しないとなった人達が生きること自体に難しさを感じなければならないことは悲しい
その一方、自分自身も多くの差別をしてしまっていると思うと実現できるのか、自分ごととしてどこまで考えられているのかは不安になりました。
書籍の構成上仕方ないのかもしれませんが、様々な状況に対して、現在の状況について、強い批判のみで書かれていると感じる部分があり、分かりやすいと思う一方どうして法整備や受け入れの実現が難しいのか、という視点でも状況が書かれていると良いと感じました。