難波優輝のレビュー一覧
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ネタバレ本屋をプラプラしていてタイトルに惹かれて手に取る。自分は物語やナラティブについて肯定的に捉えていたので、それらをどのように批判するのか興味がでた。物語信仰の危うさは納得。物語的徳という言葉、頭の片隅に残しておこう。物語思考と並べて、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃ遊びを比較。
おもちゃ遊びは、軽やかさ、破壊力、偶然、無秩序、浮遊などの要素が他の主体を怒らせがっかりさせる。しかしそれを超越したとき、それぞれの世界の論点がずれ、その場に朗らかな関係が生まれたときおもちゃ遊び的連帯が生まれるのでないか、と主張。それって素敵だよねってニュアンスだと思う。新たな視点を得られた気分。でもこの獲得の流れ -
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まず「性的である」というものを三つに分けて考え、それを使いながら性的雰囲気や性的ペルソナの性質を考察。言語行為論などを用いてそれらが「性的である」ことによりどう悪さをしているかを解説している。
その次はえっちさについての考察と「性的である」ことと「えっちさ」の比較が行われ、大胆にもえっちさを用いて他人との分かり合えなさを味わう方法を模索している。
内容は面白いが、一つ一つのテーマがざっくりとした印象で、まだまだ議論の余白がたくさんありそうな一冊。それ故これから先の哲学の中でどんどんと枝葉のように発展していきそうな感じがする。特に最後のえっちさを用いた世界との関わり方に関してはかなり大胆な印象 -
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朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』の副読本として、勧めているXの投稿を見たので、読んでみた。
『イン・ザ・メガチャーチ』が(恐ろしい意味も含めて)物語の力を描いた小説だったが、
この本は、そこにも描かれていた昨今の物語が過剰な時代に対して、人生を物語として考えることの危険性と、その考え方の対案として、遊びとして人生を見る考えを提案している。
そこで挙げられている遊びは、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃで、目次だけ見たときは、?マークが浮かんだが、確かにそれらを人生のアナロジーとして考えることはあるなと感じた。
人生をゲームとして考え、経験値を積み、効率的に攻略しようとしたり、
パズル -
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読みやすい。非常に言っていることが分かりやすい。しかし、引っかかりのなさのせいか、各節の言いたいことが分かるものの、で、全体としてどういうこと? となるとなんかぼやけた感じはした。今自己を、他者を、世界を、物語的に捉えすぎているのではないか。たしかに人間の性質は物語と親和性があり、物語化することに快感はある。しかし物語化することによって、本来多様な豊かさに満ちたものを狭い一面に切り縮めてしまってはいないか。そこで、遊びという観点でも自己を他者を世界を捉えることにしよう。ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃという遊びだ。たしかにそれぞれなりの危うさはある。しかし、物語の替わりにそういう枠組みをも
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著者は性的なものは好きだが、街中にある性的な広告は嫌いだといいます。私も著者と同様に駅などに貼られる性的な広告が苦手です。
性的なイメージを公共の場に置くな派と表現の自由だから問題ない派が争って堂々巡りになる…という騒動をSNSなどでよく目にします。
本書はそうした議論を整理し何が起きているのかを哲学的にはっきりさせることが目的だといいます。この辺りの議論に興味があったので本書を手に取りました。
性的なものとはなにか?最初に性的なものとえっちなものとの区別を行います。性的なものは①性行為②裸体③性的興奮の三要素から定義されます。そして、美的性質としての「えっちさ(エロティックさ)」と区別しま -
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ネタバレ筆者が言いたかったのは、なんでもかんでも何かに当てはめたり、意味を求めたり、固定化するなということだと思う。一貫性とかキャラとかルールとか自分を縛るものが窮屈に思えるなら無理に乗っかる必要はない。その時その時必要な考え方を道具のように切り替えて使えばいい。
あと、人は感情的になりたいから物語や芸術・表現を求めるという断定や、常に何かしらの気分のもとにあるという視点は面白い。言われてみればそうだとも思う。感情や気分はコントロール可能なのではないかという可能性を感じた。大抵の人は意識的かそうでないかは別として、うまく実践しているのかもしれない。