難波優輝のレビュー一覧
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ネタバレ本屋をプラプラしていてタイトルに惹かれて手に取る。自分は物語やナラティブについて肯定的に捉えていたので、それらをどのように批判するのか興味がでた。物語信仰の危うさは納得。物語的徳という言葉、頭の片隅に残しておこう。物語思考と並べて、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃ遊びを比較。
おもちゃ遊びは、軽やかさ、破壊力、偶然、無秩序、浮遊などの要素が他の主体を怒らせがっかりさせる。しかしそれを超越したとき、それぞれの世界の論点がずれ、その場に朗らかな関係が生まれたときおもちゃ遊び的連帯が生まれるのでないか、と主張。それって素敵だよねってニュアンスだと思う。新たな視点を得られた気分。でもこの獲得の流れ -
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ネタバレ筆者が言いたかったのは、なんでもかんでも何かに当てはめたり、意味を求めたり、固定化するなということだと思う。一貫性とかキャラとかルールとか自分を縛るものが窮屈に思えるなら無理に乗っかる必要はない。その時その時必要な考え方を道具のように切り替えて使えばいい。
あと、人は感情的になりたいから物語や芸術・表現を求めるという断定や、常に何かしらの気分のもとにあるという視点は面白い。言われてみればそうだとも思う。感情や気分はコントロール可能なのではないかという可能性を感じた。大抵の人は意識的かそうでないかは別として、うまく実践しているのかもしれない。 -
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人生を物語として捉える生き方に問題提起する本。
物語的な生き方のオルタナティブとして、人生を「遊ぶ」というしかたを新たに筆者は提示する。具体的には、ゲーム的、パズル的、ギャンブル的、そしておもちゃ的な生き方。
自分への備忘としてそれぞれの生き方は簡単に(!)まとめる。ゲーム的とは人生をハックすること、パズル的とは人生にトゥルーエンド(答え)があると信じること、ギャンブル的とは人生において自分がコントロールし得ない純然たる偶然性を愛すること、そしておもちゃ的とはそういった目的や意味から逸脱してしまうこと。
これらのいい面、わるい面が本書では分析されていて、いずれかの生き(遊び)方が推奨されるわけ -
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就職活動の「ガクチカ」(私の就活時にはそんな略語はなかったが…)などの自分語りやら、「16Personalities性格診断テスト」(血液型性格診断、動物占いの焼き直しに見える)といった性格の類型化やらに物語の悪さを見、物語がもたらす欺瞞や視野狭窄といった危険を訴え、その対策として物語以外の遊び(ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃ)を検討する。で、「ゲーム的主体」やら「パズル的主体」やらといった言葉が出てくるのだが…、これらのオルタナティブな生き方が世に受け入れられるとしたら、それは結局「私ってパズル的主体の人だからぁー、おもちゃ的主体の彼とは相性最悪なのよねー」とかいった、何処かで見た景色
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現代日本の批評家である難波優輝(1994-)による現代文化批判。2025年。
本書は、物語を愛するという著者が、人生を物語として意味づけようとする現代の風潮に対して、違和感を表明するところから出発する。①そこから現代人が物語を欲してしまう理由と物語的な意味づけの危険性とを分析し、②さらに物語に代わって生と世界を意味づける多様なスタイルについて検討し、③最後は物語を相対化することを試み、そこから他者との連帯の可能性を探る。
「愛するということは、支配されるわけでもなく、支配するわけでもなく、独特のバランスの中で惹かれ合い、反発し合うことなのだと考えている。」(p7)
人はなぜ物語を欲するの -
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当たり前だが人生の捉え方が多様にあるということが改めて分かった。
自分はゲーム的、物語的な人生の捉え方をして今まで生きてきたと思う。「大変な時も自分の能力が上がれば乗り越えることができる」、「理想の姿に向けて成長することが大切」、常にゲームクリアや成功を目指して努力することに価値を見出していた。
『人生をRPG的に捉えることは、あらゆる出来事をクエスト達成のための通過点とみなす態度を助長しかねない。人間関係の葛藤や挫折、悲しみも「レベル上げのための必要なイベント」と解釈してしまえるからだ。そこにある一回一回の痛みや本当になすべきだったのかという倫理的な葛藤がなきものにされるかもしれない。』
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掴みが良かった。うちら物語に人生の自由もとい批判的な思考力を奪われてない?という認識があったので、危機感とともに本書を手に取った。
物語には情動を動かす作用が含まれており、良い点も注意すべき点もある。情動をさらに深掘りしていくと、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃというオルタナティブに行き着くという考察を行っていた。後半は分かるようで分からないような…。要素としては理解できるんだけど、他にもあるんじゃないか?という落ち着かなさがある。
「今後のキャリアはどうしていきたいか?のような人生の計画を立てたくない。行き当たりばったりで生きていたい」願望にめちゃくちゃ共感した。PDCAサイクルみた -
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最近悪用されているナラティブの矮小化に興味があり、読んでみた。(私は神話や優れた物語など大きなナラティブの力を信じているが、ネット社会になり急速にナラティブが矮小化しているように思う。)
デマや陰謀論、ポピュリズムなどナラティブの悪用や、押し付けられた物語などへの批判、それはその通り。
現在の事象としてのナラティブを様々な文脈で切り取っているが、結局のところ、ネットの言説からの距離感、有象無象の物語に意味を持たせることをやめて、物語に絡め取られないように軽く逃げ切れ。
という主張なのかな。(これだけ語ったけど、これもそもそも遊びなんで、という結論で、まぁ、そうかとしか言えない感じだが。)
資本 -
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正直なところ、きちんと理解しきれていないです。
物語の持つ力が大きいからこそ、物語としていろいろなことが描かれていることに注意をしなければならない、物語ににまきこまれすぎす、適度な距離感や客観的視点をもつバランス感もひつようである。
というのが第一章の理解。
第二章からは、物語だけで人生を語る以外の方法として、遊びもあるよということなのかなと。ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃ、とそれぞれの特徴と、その批判があると。そのなかでも、人類普遍的なおもちゃという考え方に物語のオルタナティブがある。
という理解。
まだ明確な自分の意見は持ち合わせていないが、数々の視点をもち、人生を遊びなお -
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現在からの延長で未来を考える「フォアキャスティング」手法が一般的であるのに対して、本書で紹介されているSFプロトタイピングと呼ばれる手法は、未来を「バックキャスティング」で考えます。そこではロジックよりも想像力、創造力が求められることになります。たとえば「いまから100年後には機械を通じて動物と人間がコミュニケーションしている」と想定します。そして、ではそのような世の中になるためには50年後にはどのくらいのことができているだろうか、どんな議論を皆が重ねてどんな技術が開発されているのだろうかと想像するような手法ということになります。
本書ではビジネスへの適用についても述べられていますが、特に大