難波優輝のレビュー一覧
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あとがきに「紙の本の話ばかりになった。もしかすると、いずれ、デジタルな本とは何かについて書かなければならないかもしれない。」(p.224-225)とあるように、電子書籍には触れられていなかった。電子書籍は本なのでろうか、インターネット上にあるWebサイトはどういった読書パフォーマンスをしているのか、そういった点に関しても著者の意見を知りたいと感じた。
『本とは何か』というよりも『読書パフォーマンスとは何か』というタイトルの方がしっくりくるような気がする。
「おそらくe5489はUI /UXのずぶの素人が設計したのだろう。」(p.149)と言う辛辣な言葉に少し笑ってしまった。そして共感をした -
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〈※感想長め〉元来、僕は「人生は物語そのものだ」と考えてきた。もっと言えば、自分の人生を一つの小説や伝記のようなものとして捉えることが多い。たとえば、僕はすでに二度の転職を経験しているが、職場が変わるたびに「さあ、新しい章の始まりだ」「この章はどんなオチになるんや」と考えるように。物語に登場するようなおもしろい何者かであるように。
そんな折、本屋で本書を見かけて、「自分の人生観に対してどんな反論があるんや?」と興味本位に手に取った。
まさにグサグサと刺さった。結局のところ、自分は何者かになりたいと願っていただけ。こうあるべきだという凝り固まった自己像を勝手に作り上げて、その枠組みの中で自 -
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正直に言うと、読みながら叫びたくなった瞬間があった。悲鳴に近いかもしれない。それくらい、ずっと頭の中でもやもやしていたことが言語化された本。
最近、世の中がやたらと「物語」を求めすぎていると感じてて。
例えば選挙で候補者の物語が語られたり、MBTIで人をカテゴライズするのもそう(もともとMBTIは「根拠ないものだし」)、就活で麗な自分語りをしてしまい、SNSでは感情を動かすストーリーが拡散される。
未知のものをそのまま受け取るよりも、わかりやすい物にはめ込んでしまいたがる傾向が、どんどん強くなっている気がしてそれがずっと気持ち悪かった。
この本はその気持ち悪さを書いてくれる。
特に1章はすごい -
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●自分や世界を理解するのに便利な「物語化」に警鐘を鳴らした本。
●事実よりも物語の方が人には響きやすいと言うけれど、その功罪について見つめ直す。→物語はわかりやすいけれど、その易きに流れる姿勢を正して世界を捉える努力が必要。
●物語化は自分や世界のことを理解する上で役に立つが、歪んだ理解に陥る危険性があると説く。序章のタイトル「人生は「物語」ではない」が筆者の主張のすべてだ。本書は、前半は物語化の力とそのリスクについて解説し、後半は物語化に対抗する別の思考のあり方を模索するという2部構成になっている。物語的な生き方に対抗する結論がおもちゃ遊び的な生き方というのは不完全燃焼なところがある。おもち -
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ネタバレ『物語化批判の哲学』 自分用まとめ
1. 物語は「理解」と「共感」と「アイデンティティ」を与える
人は、
* 他人を理解したい
* 他人に理解されたい
* 同じ気持ちになりたい
* 自分が何者かを確定したい
という欲求を持つ。
物語は、その欲求を非常にうまく満たしてくれる。
過去と未来に意味を与え、感情を同期させ、「自分らしさ」を演出できる。
だから現代では、SNS・インフルエンサー・自己PR・就活・マーケティングなど、あらゆる場所で「物語化」が強力な武器になっている。
特にインフルエンサー文化では、「弱さの共有」が強い共感を生み、
「この人を理解できるのは自分だけ」
という幻想 -
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人生は目的を持たない。物語ではない。不幸はたんに不幸であり、幸福はたんに幸福である。
私たちはそれぞれの場面・対面で、「顔」を付け替えながら生きる。それは、よく比喩として言われるような「仮面」ではない。私たちは仮面など付けていない。なぜなら、仮面の向とうに唯一の顔などないのだから。
私たちは、顔自体を替えて生きる。本質がないと嘆くにはあたらない。本質とそが可動的なのだから。ゴフマンはこう言う。「人がいてその出番が来るのではなく、出番があれば出番にふさわしい人が現れてくるのである」
世界は舞台だ。そして、舞台を離れてハムレットは生きられないように、あらゆるシーンや対人関係から離れた「本当」の自 -
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まず「性的である」というものを三つに分けて考え、それを使いながら性的雰囲気や性的ペルソナの性質を考察。言語行為論などを用いてそれらが「性的である」ことによりどう悪さをしているかを解説している。
その次はえっちさについての考察と「性的である」ことと「えっちさ」の比較が行われ、大胆にもえっちさを用いて他人との分かり合えなさを味わう方法を模索している。
内容は面白いが、一つ一つのテーマがざっくりとした印象で、まだまだ議論の余白がたくさんありそうな一冊。それ故これから先の哲学の中でどんどんと枝葉のように発展していきそうな感じがする。特に最後のえっちさを用いた世界との関わり方に関してはかなり大胆な印象