難波優輝のレビュー一覧
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物語や役割によって自己が形成される、規定されるという話が面白かった(mbtiの例がわかりやすい)
物語ることにおいて、過去の事実は事実そのものとして認識されず、現在の視点から意味が与えられる。また、現在の自分も物語の最中にあると考えることで、挫折や失敗をそれ自体としてではなく、過程の一要素としか捉えられなくなるかもしれない
そのため、自己を物語ることによって、自分で自分を固定してしまうことになる
これは他者理解においても同様で、物語を用いることで他者にステレオタイプを抱いたり押し付けたりする可能性がある
私自身、自分を形成するために物語を使ったり憧れている人物のあり方を自身に投影したり -
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「物語」の持つ力の功罪について関心があったので発売当初から気になっていた本。ちょっと遅れましたがやっと読みました。
前半の物語篇は大枠として私も共通した問題意識や関心を持っていて、とはいえ私は考えていなかったような領域の話も含めて論点をうまく整理してくれた感覚が強い。
後半のゲーム・パズル・ギャンブル・おもちゃについてはなかなか面白い問題提起だなと思ったけど、物語の持つ力の功罪に直接つなげる形で考えた方が良いテーマなのかはちょっとまだ保留。今後それぞれのテーマを深堀りしていくとのことなので楽しみにしたい。
仕事柄「物語」を活用することは少なくない。傷ついた人や迷い悩む人が物語ることや物語を参 -
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「何者かになりたい」は呪いだというタイトルに惹かれて読みました。
内容は、想像していたものよりも恐ろしいと感じました。
今の自分って本当は何者なのか?と考えさせられました。
自分は、どのような人物かを説明する就職活動の面接で語る内容は、面接用(合格するためのきれいな)の自分を作り上げていく。
これについて本の中で話は進められていく。
今思うと面接当時に作った自分を少しずつ修整してきて今の自分がある。
この自分は、本当に自分なのか?それともよそ向けの自分なのか?
深く考えたことがないテーマであり、とても面白かったです。
また、時間を空けて読むとまた違う面白さが出てくる本であると思 -
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ネタバレ本屋をプラプラしていてタイトルに惹かれて手に取る。自分は物語やナラティブについて肯定的に捉えていたので、それらをどのように批判するのか興味がでた。物語信仰の危うさは納得。物語的徳という言葉、頭の片隅に残しておこう。物語思考と並べて、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃ遊びを比較。
おもちゃ遊びは、軽やかさ、破壊力、偶然、無秩序、浮遊などの要素が他の主体を怒らせがっかりさせる。しかしそれを超越したとき、それぞれの世界の論点がずれ、その場に朗らかな関係が生まれたときおもちゃ遊び的連帯が生まれるのでないか、と主張。それって素敵だよねってニュアンスだと思う。新たな視点を得られた気分。でもこの獲得の流れ -
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まず「性的である」というものを三つに分けて考え、それを使いながら性的雰囲気や性的ペルソナの性質を考察。言語行為論などを用いてそれらが「性的である」ことによりどう悪さをしているかを解説している。
その次はえっちさについての考察と「性的である」ことと「えっちさ」の比較が行われ、大胆にもえっちさを用いて他人との分かり合えなさを味わう方法を模索している。
内容は面白いが、一つ一つのテーマがざっくりとした印象で、まだまだ議論の余白がたくさんありそうな一冊。それ故これから先の哲学の中でどんどんと枝葉のように発展していきそうな感じがする。特に最後のえっちさを用いた世界との関わり方に関してはかなり大胆な印象 -
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・難波優輝『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』は、人が自分の人生を「ひとつの意味ある物語」として整理・理解しようとする態度(物語化)を批判的に検討する書である。
・人は過去の出来事を因果的に並べ、「あの経験があったから今の自分がある」といったストーリーを作るが、それは後付けの解釈に過ぎず、偶然性や多様な可能性を切り捨ててしまう。
・物語化は自己理解を助ける一方で、「こういう人生でなければならない」という規範や自己拘束を生み、自由な選択や変化の余地を狭める危険を孕む。
・特に現代社会では、自己啓発やSNSを通じて「一貫したストーリーを持つ自己」が理想化されやすく、それが -
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朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』の副読本として、勧めているXの投稿を見たので、読んでみた。
『イン・ザ・メガチャーチ』が(恐ろしい意味も含めて)物語の力を描いた小説だったが、
この本は、そこにも描かれていた昨今の物語が過剰な時代に対して、人生を物語として考えることの危険性と、その考え方の対案として、遊びとして人生を見る考えを提案している。
そこで挙げられている遊びは、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃで、目次だけ見たときは、?マークが浮かんだが、確かにそれらを人生のアナロジーとして考えることはあるなと感じた。
人生をゲームとして考え、経験値を積み、効率的に攻略しようとしたり、
パズル -
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人生を解釈しすぎるから心身に不調が訪れる
人格そのものをコンテンツとして販売する文化
自己分析という名の強制物語化
自己の予測可能性を他人のために用意する行動
思い出しは語り直し
物語の押し付け、物語的不正義
不幸は単に不幸で、幸せは単なる幸せ
マスタープロット
物語から情動を感じる
情動を感じることそのものが喜び
情動において人とつがりたい
スペキュラティブフィクション
MBTIの流行、キャラクターとして生きる、マッピングされることの快楽
過去の経験者ではなく、未来の理想状態から逆算しそれを体現するためのキャラを自分で振る舞う
そうするうちに理想に近づく、生き方のガイドとす