難波優輝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
相変わらず難波さんの文章は読んでいて楽しい。
鉛筆でごりごりに書き込みしていつも読んでる。
この本は、モヤッとしていた日常美学的な(?)疑問や、なんとなく許せないこと、そういう批判的なもやもやに輪郭を与えてくれた。ウンウンわかると頷いたり、「え〜そう考える人がいたのかぁ」と一方的な「不同意コミュニケーション」を楽しませていただいたりしながら。
読んでてずっと楽しかったけど、最後の章が特にお気に入り。↓ ↓ ↓
第11章 夕焼けと電流──生誕した私たちの美的義務について
最近、反出生主義について関心が高かったので、難波さんがそれに触れてくれて嬉しかった。
道徳と美学を分けて考える視点、これからの様々な考えに役立ちそう。
ぜひ、【批判的日常美学について 2】もよろしくお願いします。書いてください。読ませてください。たのむ!!!!!!難波さんいつもありがとう!!! -
Posted by ブクログ
読書が如何に【立派なことではない】かを説かれるのか!?と期待し、ドキドキワクワクして読んだゆ。
でも読み終わったら、もっと読書への愛が深まってしまっていたゆ。すごいゆ。悔しいゆ。
読書に愛はあるワイ、「読書を過剰に持ち上げる風潮」にずっとモヤモヤしていたんだゆ。
全肯定は、愛じゃないゆ。
そんな時にちょうど、難波さん(彼の著書にハマり中)が読書について取り上げてくれているこの本の存在を知り、自然とガッツポーズしちゃったゆ。最早喘いだまであるゆ。
やっぱ難波さん、超COOLなのにアツい男で最高すぎるゆ。ブックイヤーもつけて書き込みもして読ませていただいたゆ。
いつも素敵な読み物をありがとうございますゆ。 -
Posted by ブクログ
「読書の素晴らしさばっかり言う本に飽きてきた」という書店員さんの言葉をきっかけにして、本を読むことにはネガティブな側面もあるのではないか…と考えた著者が、本を読むこと、ひいては本とは何かを考えた一冊。
物語が共感能力を高める、人間理解に役立つ、というのは本の効能としてよく取り上げられる点だが、著者はそれを批判する。
グレゴリー・カリーという哲学者の説を紹介しながら、物語への共感が現実の人間への共感や援助行動とはほとんど関係がないことを述べている。
本を沢山読んでいるであろう著名な学者や小説家でも差別的な言動をする人がいくらでもいるので、この説には納得する。自分自身を振り返っても、本を読んだことで他人に優しくなれたか…といわれると、そんなことは全然ないのだ(優しくなりたいとは思っているけど…)。
もちろん、著者は読書が私たちの生活と人生を豊かにしてくれることを良く分かっているし、本自体を大好きなことも伝わってくる。私も本は大好きだ。
「物語は、私たちがじっくりと他人や世界について考えるためのパートナーになってくれるけれど、「言うことに従っていれば間違いのない絶対の師匠」でもなく、「それを飲めば頭が良くなるサプリ」でもない。結局のところ、私たち自身がじっくりと頭と心を使うための道具に近い」と著者はいう。このことをしっかり忘れないようにしたいと思う。
また、こういった読書論の本には珍しく、ハウツー本・雑誌・マンガ・楽譜・レシピ本を取り上げて論じているのが新鮮で面白かった。 -
Posted by ブクログ
読書とは何かを『パフォーマンス』という言葉を用いて、書籍の種類ごとに意味を見出している。
読書好きには、新たな着眼点ができて本書を読むことができて満足している。
書籍の種類は
物語、難しい本、ハウツー本、雑誌、マンガ、楽譜や料理本。さらに、コーヒーテーブルブック(名前があることを初めて知りました)
上記内容についてである。
特に昔から好んで読んでいた(最近では読みすぎて?同じことしか書いていないように思えるから読まなくなった)
ハウツー本について章が印象的であった。
『ハウツー本は文章でできた変身ベルト』
『変身ベルト』という言葉は共感できたし、ハウツー本は何か悩んでいたり、新しい自分になりたかったりするときに読む本だと思う。
昔は時間に執着していおり、時間についての本を片っ端から読んでいた。今では時間と向き合うことができていて、時間のコントロールも割とできるようになった。過去に比べて良い方向に変身できたのかな?と思う。
このようにそれぞれの書籍についてのパフォーマンスとともに、読書するだけに限らず、書棚を整理したり、本屋さんを巡ることも読者パフォーマンスと説いている。
それぞれの書籍や時間、感情も含めて、自分は今どのようなパフォーマンスをしているのか考えながら読書するのも悪くないなと思わせてくれた本書であった。
渚にて は読んでみたいなと思った
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Posted by ブクログ
あとがきに「紙の本の話ばかりになった。もしかすると、いずれ、デジタルな本とは何かについて書かなければならないかもしれない。」(p.224-225)とあるように、電子書籍には触れられていなかった。電子書籍は本なのでろうか、インターネット上にあるWebサイトはどういった読書パフォーマンスをしているのか、そういった点に関しても著者の意見を知りたいと感じた。
『本とは何か』というよりも『読書パフォーマンスとは何か』というタイトルの方がしっくりくるような気がする。
「おそらくe5489はUI /UXのずぶの素人が設計したのだろう。」(p.149)と言う辛辣な言葉に少し笑ってしまった。そして共感をしたのも事実。どうにかもう少し使いやすい設計にして欲しい、、、 -
Posted by ブクログ
まず「性的である」というものを三つに分けて考え、それを使いながら性的雰囲気や性的ペルソナの性質を考察。言語行為論などを用いてそれらが「性的である」ことによりどう悪さをしているかを解説している。
その次はえっちさについての考察と「性的である」ことと「えっちさ」の比較が行われ、大胆にもえっちさを用いて他人との分かり合えなさを味わう方法を模索している。
内容は面白いが、一つ一つのテーマがざっくりとした印象で、まだまだ議論の余白がたくさんありそうな一冊。それ故これから先の哲学の中でどんどんと枝葉のように発展していきそうな感じがする。特に最後のえっちさを用いた世界との関わり方に関してはかなり大胆な印象を受けたが、加速度的に分断が進む現代に生きている我々こそ、分かり合えないことを味わうことの可能性については特に考えるべき事柄だと思う。