あらすじ
物語はなぜ苦しいのか?「物語」が過剰に要求される現代社会で、「人生とはかくあるべきだ」という押しつけに抗う。
新進気鋭の美学者による「次世代の哲学」。
【推薦の声、続々!】
〇永井玲衣氏(哲学者・『水中の哲学者たち』『世界の適切な保存』)
わたしたちは何のために哲学するのか。
それは、もっと世界に出会うため、もっと広々とした場所に行くため、もっと可能性にめまいをおぼえるためなのかもしれない。難波さんは、考えれば考えるほど、自由になっていくみたいだ。
〇田村正資氏(哲学者・『問いが世界をつくりだす』「あいまいな世界の愛し方」『群像』)
ずっと、アイデンティンティを見つけなければと思っていた。
でも、アイデンティティという名の物語に囚われていただけだったのかもしれない。難波さんの本はそんな僕に「世界を見くびるな。そこから出てこい!」と語りかけてくれる。
【抜粋】
清涼飲料水の広告の少女はいつもドラマティックな青春を謳歌しているし、「推し」はファンの期待した筋書きどおりに振る舞うし、就活面接では挫折経験を「美談」として語らねばならない。
私は端的にこう思う。何かがおかしい、と。
人々はあまりにも強い物語の引力に引き寄せられて、もはや物語に支配されつつあるのではないか、と私は危惧し始めた。
だから、私はこれから、物語に対抗したいと思う。何かしらの物語が私たちの幸福を奪うのだとしたら、もはやそんな物語は廃棄されるべきだろう。私はよき物語を愛している。それゆえ、物語を批判したいと思う。愛するということは、支配されるわけでもなく、支配するわけでもなく、独特のバランスのなかで惹かれ合い、反発し合うことなのだと考えている。
第一部の「物語篇」では、物語化の持つ魔力と危うさを論じていく。第二部の「探究篇」では、物語の危険を避け、物語を相対化できるような思考を「遊び」を手がかりに探索していこう。その中で、改めて物語との向き合い方がみえてくるはずだ。
物語化批判、そして、遊びの哲学を始めよう。
【内容紹介】
〇 誤解を生む「自分語り」(第1章 物語批判の哲学)
〇「感情的だ!」という批判をする人こそ、実はもっとも「感情的」(同上)
〇 アイデンティティは服のように「着替えられる」(同上)
〇 人生を「攻略」しようとする人が陥る「視野狭窄」(第2章 ゲーム批判の哲学)
〇 なぜ人は「考察」と「陰謀論」にハマってしまうのか(第3章 パズル批判の哲学)
〇 真のギャンブラーが欲しいのは「お金」ではない(第4章 ギャンブル批判の哲学)
〇 残酷だけど創造的な「おもちゃ的生き方」(第5章 おもちゃ批判の哲学)
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Posted by ブクログ
まえがきから一気に心を掴まれた。「青春」を強調した清涼飲料水のCM、就活で決まって聞かれるガクチカ、闘病する少女、ペット映画、大学生の性愛。消費されるエモーショナルはいつからか自分の文脈を離れて押しつけに変わっていく。そんな現実に抗うべくこの本は書かれたという。
本書は5つの遊びの視点から主体を切り出し、世界の見方を整理する。物語、ゲーム、パズル、ギャンブル、そしておもちゃ。それぞれが危うさを抱えていながらも、異なる美的感覚を持つものだと著者は解説する。
私は、これを読んで自分はキタニタツヤの『れびてーしょん』という曲を連想した。
「僕らは広告につかれている 例外なく端末と共に ほんとに欲しいものは 教えないくせにね」
インターネットが現実と区別がつかないものに変わり息苦しさを覚える人に贈られた曲なのだが、この曲が示唆するように、もはや生活インフラと化したインターネットでは顕著に、物語ることが強制されている。他にも至る所で推し活や炎上が関心のトピックに挙げられがちなことからも、そろそろ非現実での他者との関わり方のありようを見直す時が来ているのかもしれない。
とにかく、広告に、SNSの赤の他人に、終わりのないショート動画に疲れた人は、スマホ画面から目を離してぜひ本書を手に取ってみてほしい。
Posted by ブクログ
「物語」に抵抗するために、「ゲーム」、「パズル」、「ギャンブル」、「おもちゃ」を検討した結果、「おもちゃ」的な遊び方を意識的に取り入れていくと良さそうと分かった。
Posted by ブクログ
哲学本だからところどころ理解が難しい部分もあるが、参考として提示される例が身近なエンタメ作品であることも多く諦めず読めた。人生は物語だ、人生はゲームだ、人生はギャンブルだ、あるいは世にはびこる陰謀論など、この世界を単純化する物言いについて批判をしていく姿勢は、すごく共感できる。
Posted by ブクログ
新進気鋭の美学者が、社会に浸透する物語化へ無文別な態度対する疑問を呈する。
登場する用語は、情動、陰謀論、考察、推し活、MBTI、SNSなど昨今様々な形で論考の題材となっているものである。現代重要ワードの詰め合わせである。これらの用語の解釈を経て、人生を自分ごととして取り戻す契機として、「おもちゃ」遊びへと到達する。
私の人生はどのタイプなのだろうと思い返してみる。個人的には意外であったが、「ギャンブル」が当てはまるのではと本書による解釈を得る。
若い時分は人生に意味や目的を持たずただ惰性で過ごしていた、何かを発散するわけでもなく昨日と同じ今日が無意味に繰り返されることにちょっとした絶望を抱きながら。就活は自己分析・面接の自己欺瞞さに嫌気がさし、ただやってる感だけで取り組んでいた。思うに「情動」駆動が乏しいのだろう、現在のSNSコミュニケーションにもまったく適応できていないところからも推察される。物語的(自己定立)のもゲーム的(ノルマや達成)にも生きていない。
世の中ままならないと思いながら、無力の浮遊感に漂いながら暮らしてもいる。唯一無二の真理を探究する野心もございません。おもちゃ遊びのような敵意のない無邪気さを発揮する世界のかかわり方はもっての外。となると消去法で、「ギャンブル」にたどり着くのだが、私にとってそれは競馬やパチンコではない。
日常性からの逸脱という意味では、酒宴と接続される。深夜酩酊している瞬間の非日常からの逸脱、世間の退屈から一瞬だけ解放させる、本書の表現を借りれば「象徴的秩序」からカオスな「現実界」に足を踏み入れる会館があるのだろう。ついでに言うと、お金の価値も崩壊する。(コンビニおにぎりの値段に敏感な私は消滅し、高いショットをがばがば煽るのである)
ということで、私は「ギャンブル」的生なのである。これが著者の最後の問いかけに対する答えだ。本書を読んでみて自分がどの生を営んでいるか、占い気分で手に取ってみてはいかがでしょうか。
Posted by ブクログ
カオスで単一の生活があるはずもない世界を物語の力で平面化することの危うさを論じた本。おもろかった!
何らかのフィルターを通して世界を解釈・整理しようとする試みは強制的に世界の「次元」を下げて単純化することに他ならない、という主張。この本では「物語」がメインで語られるフィルターとして取り上げられているけれど、きっとどのフィルターであっても同じことが起きるだろう。
単一のフィルターを通した世界にとどまり、その短所を意識せずに過ごすのではなく、いくつもの世界を渡り歩いてそれぞれの世界の軋轢の様子を楽しんだり、創造的に世界自体を破壊してリビルドすることで複雑な世界を生きてゆこう、という考えはそうだなと思った。大人として賢くあろうとするほど「この世界にフィルターをかけたのは誰か」という論点に目を向けなくなる。そこを破壊する態度が自分には必要だなと感じた。
Posted by ブクログ
タイトルは物語化批判となっているが、最終的な主張及び結論は少し違うように受け取れる。
現代の[推し]文化について様々な観点から物語化に触れつつ、資本主義のゲーム性、ギャンブル、遊びの4つのメタファーで締めくくる。
そして最後には[遊び](本書では子供のおもちゃ遊び)にこそ重要なキーがあって、世界を単純化して解こうとする姿勢を問い直すことを教えてくれる、と私は受け取った。
Posted by ブクログ
直近、我々は本来もっている無限の知覚をことばにすることによって喪っているんではないかと思っており、この本を手にした。決してやさしい本ではないが、浅い理解はできたのではないかなと思っている。ストーリーも一種のカタであり、カタに嵌めるということはカタに付随しない情報を落とし、カタが含意してしまっている情報を了解してしまうということ、なのかな。
Posted by ブクログ
夢を持てとか、自己分析とか、物語にはうんざりしていたので、スーッと入ってきました。
新書は読みやすい反面、もうちょっと分厚い本でディープな内容も読んでみたいなと思いました。
Posted by ブクログ
ナラティブ…難しいな、物語化ってなに?
読み終わったとき、私は正直「おもしろいけどよくわからんな、哲学書ってむずかしい!」でした。
自分に当てはまるとしたらパズルかなー、パズル好きだし、ミステリーも好き。なんかカチッとハマる瞬間に視界が開ける感じいいよね、っていうのは分かった。だから読み終わったときはなんというか、「陰謀論ハマらないように気を付けよ~」くらいしか思っていませんでした。
が、ある日。私はあるサークル活動的なところで、代表的なものにならないかと打診され、ちゃんと断ったのにも関わらず「まあまあ」と押し切られそうになってしまったのです。
いや無理だから~と言っているけど相手も引かず、数週間後に返答をくれという流れに。それをまあ身内に話したら、そんなものサークル活動自体やめなさい、相手がどう思ったっていいのよ!と説得され、代表的なものどころかサークルも脱退します~と連絡をすることに。
そもそもさ、結構無理していたんですよ。
私は休みの日に休まないと全然体が(心が)休まらない人間なのに、周りにあわせて無理をしてしまう。どうしても回りが一生懸命やっていると、動けない自分が怠惰なんじゃないかと思ってしまう。私っていい大人なのになんて未熟なんだ、情けないと思ってしまう。こんな私を相手はどう思うんだろう、情けないやつって思うんだろうか、責任感ないって思うんだろうか。。。つって、めっちゃ体調悪いのに参加したりしてたわけ!ずーっとめまいが止まらないし、頭痛もひどい、みたいなのが仕事の繁忙期とも重なって、かなり限界であった。
だからまあ、辞めるって言ったんですけど。
その時の私の脳内は、事実よりも自分が作り出した最悪のストーリーをドラマティックに再現しまくり、夜も眠れなくなり、寝たと思ったら夜中に飛び起きて、、、など、これはやばいな、適応障害の時のそれみたいじゃん、な状態になってしまったのです。
なんだけど、数日後「あれ、これってもしかして、私が勝手に想像してる物語では?相手の反応や返事なんて正解がないことを、勝手に悪いほうに想像してストーリー作ってない?」と急に思ったのです。
も、もしや、これがナラティブか!?
違うかもしれないけど、遠くはなさそうな気がする。結局みんな、ポジティブでもネガティブでも自分に都合の良い物語を作ったり、誰かが作った物語に影響されて鼓舞されたり妄信したりするわけで、それを自分自身で勝手にやっているだけなのかも?っていう。
ナラティブって、自分を鼓舞することも出来るけど、自分を落とすことも出来るんだな、全く物語がない人生は味気ないけど、それを信じすぎるのは自分にとってよくないな、と思ったのです。
まあ、私はナラティブもネガティブストーリが多いっていうのもあるんだけど、バウンダリーが曖昧というか、自分の内側に境界線が引かれてるんだなっていうことに気が付いたので、次はそっちの本を読んでみようかなと思います。もっと外側に境界線を引こう!
でも答えが提示される本って素直に読めないから、考えることが出来る本を探さなきゃなー
Posted by ブクログ
美学って、哲学の一分野なのかな。
最近、子供の面接対策をしたこともあって、自分語りの話しはすごく身に染みた。自分の過去をバラバラのピースにして組み直す感じに、なんとなく不思議な感覚があって。
この間読んだ小川哲の作品にも就職のための自己分析の話題があり。自分のエピソードを人に話すための整理とか、物語化しがちだなーって思ったりした。
Posted by ブクログ
★4.5
ラランドのニシダさんが最近面白かった本に挙げてたので気になって購入。
インザメガチャーチ然り、最近の本は感動ストーリーや這い上がった─みたいな物語化を美化していることに警鐘を鳴らしている本が多い気がする。この本もその1つかな?
前半はその問題点の言語化と後半はそれに対してどういう風に向き合うかというのをある種身近な題材(ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃ)を上げて哲学的にどういう解釈をしているかわかりやすく記述してあって面白かった。特にギャンブルとおもちゃの部分はそんな考え方したらおもしろいなと非常に楽しめた。
部分部分難解なところがあるが、頑張って読んで読み飛ばすぐらいの認識で楽しめたのでそれで良い気がします。
哲学とはいいつつ最後の〆方も非常にきれいでスッキリ終われる、おすすめできる良い1冊だと思います。
Posted by ブクログ
マスタープロット、結婚をして子供を産む、マジョリティの生き方だったり就職のために面接で嘘ついて自分を語って、っていう常識に違和感を抱いていたな。自分は、学生の頃からすぐに部活を辞めたり、サークルも掛け持ちしたり、バイトもすぐやめるし、転職で仕事も転々としていて留学して外国人と話したりして、、って物語化させるにはどうしようもない人間なんだけども、この本でカテゴライズするとしたらおもちゃ的な人間でもあるのかもしれない。一貫性がないといけないな、、と思って辛い時もあったけど、この本は一貫性なんていらないんだよという優しさを感じた。
特にMBTIの批判は面白かった。人は何かカテゴライズして、無理やり当てはめてしまう。それを演じないと行けないという生き物なのかなと思う、でもそれ実際に面白いし、気持ちいい。会話も盛り上がるしね、会話には共通言語のようなものが必要なんだと思う。この本では物語的、ゲーム的、パズル的、ギャンブル的と説明するためにわかりやすくカテゴライズされてるけど、結局それってmbtiみたいなもんじゃない?っておもってしまった。自分はこうだって決めちゃったらそれを演じて生きなきゃいけないような側面もあるなと思った。
ある一つのカテゴリに落とし込むんじゃなくて、こういう時はこうだよねと、他人に一貫性を求めるのではなく生きていくのが人生を楽しめるんだろうな、
Posted by ブクログ
物語や役割によって自己が形成される、規定されるという話が面白かった(mbtiの例がわかりやすい)
物語ることにおいて、過去の事実は事実そのものとして認識されず、現在の視点から意味が与えられる。また、現在の自分も物語の最中にあると考えることで、挫折や失敗をそれ自体としてではなく、過程の一要素としか捉えられなくなるかもしれない
そのため、自己を物語ることによって、自分で自分を固定してしまうことになる
これは他者理解においても同様で、物語を用いることで他者にステレオタイプを抱いたり押し付けたりする可能性がある
私自身、自分を形成するために物語を使ったり憧れている人物のあり方を自身に投影したりしている。何かしらの指標がほしいのだと思う。自分の可能性を狭めないように生きられたらいい。
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「物語」の持つ力の功罪について関心があったので発売当初から気になっていた本。ちょっと遅れましたがやっと読みました。
前半の物語篇は大枠として私も共通した問題意識や関心を持っていて、とはいえ私は考えていなかったような領域の話も含めて論点をうまく整理してくれた感覚が強い。
後半のゲーム・パズル・ギャンブル・おもちゃについてはなかなか面白い問題提起だなと思ったけど、物語の持つ力の功罪に直接つなげる形で考えた方が良いテーマなのかはちょっとまだ保留。今後それぞれのテーマを深堀りしていくとのことなので楽しみにしたい。
仕事柄「物語」を活用することは少なくない。傷ついた人や迷い悩む人が物語ることや物語を参照することによりエンパワメントされるポジティブな面もあれば、物語のイメージや構造が呪いになってしまうこともあるという個々人に対してのミクロな問題としての功罪がまずある。さらにマクロな問題というか、例えばマーケティング戦略や施策等の中で物語の力を活用することの功罪も色々ある。本書の中で何度か使われていた「バランス感」という言葉だけに頼ってしまっていいのか、著者の言うように物語以外のメタファーとの併用がいいのか、もう少し考えていきたい。
Posted by ブクログ
「何者かになりたい」は呪いだというタイトルに惹かれて読みました。
内容は、想像していたものよりも恐ろしいと感じました。
今の自分って本当は何者なのか?と考えさせられました。
自分は、どのような人物かを説明する就職活動の面接で語る内容は、面接用(合格するためのきれいな)の自分を作り上げていく。
これについて本の中で話は進められていく。
今思うと面接当時に作った自分を少しずつ修整してきて今の自分がある。
この自分は、本当に自分なのか?それともよそ向けの自分なのか?
深く考えたことがないテーマであり、とても面白かったです。
また、時間を空けて読むとまた違う面白さが出てくる本であると思います。
Posted by ブクログ
ギャンブルの面白さについて、現実そのものへのアクセスという視点が面白かった。
具体的には、
私は以前から、ギャンブルに狂信者の如くのめり込むキャラクターなどを見たとき、そこまで駆り立てるものは何なのかと思っていたが、
それは著者のいうような、やれることをやった上で可能となる制御不能でどうしようもなく壮大な現実との接触なのかもしれないと思うと、かなり納得できるり
というのも、私の趣味である学問も、それを通してそのような現実の巨大さ・崇高さを実感することが魅力だと個人的には思うため。
Posted by ブクログ
事前に予測していた内容と少し違っていたが、過度に物語的な枠組みに当てはめて人物・事物を理解することを「物語的不正義」という概念で説明しているところと、筋の通った物語が存在しない「ギャンブル」に関して論じているところが面白かった。
「むしろお金というのはギャンブルをするために作られた紙と言ってもいいほどです。」という名言を吐いた芸人がいたとは。
Posted by ブクログ
人生は物語ではないというビックリする提唱から、ゲーム・パズル・ギャンブル、そしておもちゃへと論考が移ろう。
物語がもたらす危険性とそこからの脱却をするための考え方が語られ、盲信的に自分を物語ってばかりいたことに反省した。何も物語が悪いわけではないが、世間が求める物語に自分を当て込んでしまっていることに愕然としたのだ。
日々様々な役割を演じ、自分が見えづらくなっている実感があるなかで、それをいかに壊してまた新しい自分を手に入れることができるのか、それを求めていきたいと考えさせられた。
Posted by ブクログ
本屋をプラプラしていてタイトルに惹かれて手に取る。自分は物語やナラティブについて肯定的に捉えていたので、それらをどのように批判するのか興味がでた。物語信仰の危うさは納得。物語的徳という言葉、頭の片隅に残しておこう。物語思考と並べて、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃ遊びを比較。
おもちゃ遊びは、軽やかさ、破壊力、偶然、無秩序、浮遊などの要素が他の主体を怒らせがっかりさせる。しかしそれを超越したとき、それぞれの世界の論点がずれ、その場に朗らかな関係が生まれたときおもちゃ遊び的連帯が生まれるのでないか、と主張。それって素敵だよねってニュアンスだと思う。新たな視点を得られた気分。でもこの獲得の流れは物語的だ!笑
子供のルール無視、意味不明、突発的なふわふわした遊びも寛容に付き合ってあげようと思うとともに、分断する世の中を理屈や論理だけで決めつけるのは良くないなという思いも強くなった。途中文章が入ってこなくなることもあったけど、昔の哲学書みたいで鍛えられ良き読書体験だった。
Posted by ブクログ
・難波優輝『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』は、人が自分の人生を「ひとつの意味ある物語」として整理・理解しようとする態度(物語化)を批判的に検討する書である。
・人は過去の出来事を因果的に並べ、「あの経験があったから今の自分がある」といったストーリーを作るが、それは後付けの解釈に過ぎず、偶然性や多様な可能性を切り捨ててしまう。
・物語化は自己理解を助ける一方で、「こういう人生でなければならない」という規範や自己拘束を生み、自由な選択や変化の余地を狭める危険を孕む。
・特に現代社会では、自己啓発やSNSを通じて「一貫したストーリーを持つ自己」が理想化されやすく、それが他者との比較や自己否定を強化する要因になっている。
・著者は、人生を一貫した物語としてではなく、「断片の集まり」「複数の可能性が併存する場」として捉える視点を提示する。これにより、過去の意味づけを固定せず、別様に解釈し直す余地が生まれる。
・「遊びなおす」とは、既存の物語を一度相対化し、異なる語り方や視点を試すことを意味する。これにより、自己像を更新し続ける柔軟性を獲得できる。
・重要なのは物語化を完全に否定することではなく、それが一つの仮構であると自覚し、必要に応じて書き換え可能なものとして扱う態度である。
・結論として、本書は「意味のある人生」を固定的に求めるのではなく、不確実性や偶然性を受け入れつつ、複数の解釈を行き来できる軽やかな自己理解のあり方を提案する。
Posted by ブクログ
うーん…今読む必要は自分には無かったかな。
理論的に人間を分解していくような視点に違和感があった。ただ…
違和感も含めて「自分は何を大事にしているのか」がはっきりした読書だった。
Posted by ブクログ
物語って純粋に楽しめばいい、自分の人生になぞられてもいいが、それだけに囚われてしまってはいけないという啓蒙書。
価値基準を押し付けることへの反抗の書とも言えそう。
物語・ゲーム・パズル・ギャンブル・おもちゃ遊びという、5つの遊びの視点によって多様かつ深い、自己や世界についての理解の術を得るヒントが得られるかも。
おもちゃ遊びの無目的な側面は、國分功一郎の『暇と退屈の倫理学』・『目的への抵抗』を想起させる。
Posted by ブクログ
興味をそそられる切り口だからずっと読むのを楽しみにしていた。文章が私には難しいのか、文字を追っていても内容がすっと入ってこなくて読むのが大変だった。同じ文を何回も読み返しても理解できている実感があまりなかった。読書筋力がついたら読み返したいな。
物語ではないことを物語的に考えたり語ったりすることってリスクもあるんじゃないか、となんとなく思った。でも私は物語が好きだから、物語から抜け出すのは難しいんだろうな。
Posted by ブクログ
朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』の副読本として、勧めているXの投稿を見たので、読んでみた。
『イン・ザ・メガチャーチ』が(恐ろしい意味も含めて)物語の力を描いた小説だったが、
この本は、そこにも描かれていた昨今の物語が過剰な時代に対して、人生を物語として考えることの危険性と、その考え方の対案として、遊びとして人生を見る考えを提案している。
そこで挙げられている遊びは、ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃで、目次だけ見たときは、?マークが浮かんだが、確かにそれらを人生のアナロジーとして考えることはあるなと感じた。
人生をゲームとして考え、経験値を積み、効率的に攻略しようとしたり、
パズルのように、社会の陰謀や考察に耽ったり、
ギャンブルとして、一か八かのヒリつきに熱中したり、
ルール無用にその時その時をおもちゃのように遊んだり、
人生を、配役や筋書きのある物語としてでなく、遊びのように考えることもできる。
こう考えなければならないという提案ではなく、自分の考え方を相対化して、もっと柔軟に好きに考えてもいいかもなと思わせてくれる本だった。
Posted by ブクログ
おもしろかったー。
最初の50ページまではマジで最高。
思ってることを言語化してくれた感じ。
著者が楽しんでるのが伝わった。
難しかったけどね笑
Posted by ブクログ
前半の社会への警笛みたいな部分は良かった。ただやっぱ、特に後半、良くも悪くも哲学の人の本だな、と。
しっかりと物事を考えているけど実社会への応用の線が細い。
あと、ネット上の匿名のエピソードを引用すると胡散臭いのでやめた方がいいと思いますよ。
Posted by ブクログ
人生を解釈しすぎるから心身に不調が訪れる
人格そのものをコンテンツとして販売する文化
自己分析という名の強制物語化
自己の予測可能性を他人のために用意する行動
思い出しは語り直し
物語の押し付け、物語的不正義
不幸は単に不幸で、幸せは単なる幸せ
マスタープロット
物語から情動を感じる
情動を感じることそのものが喜び
情動において人とつがりたい
スペキュラティブフィクション
MBTIの流行、キャラクターとして生きる、マッピングされることの快楽
過去の経験者ではなく、未来の理想状態から逆算しそれを体現するためのキャラを自分で振る舞う
そうするうちに理想に近づく、生き方のガイドとする
MBTIによって自分を不当に固定化される危険がある
推し活は他者をアニメートする行為
他者の在り方を暴力的に規定する
だから裏切られたとアンチファンが生まれる
物語のをそのものとして、楽しむのでなく、物語として他人や自己を理解している
そこに警戒している
物語化批判のところは面白かったけど、ゲーム、ギャンブル、パズル、おもちゃへの発展は少し一冊の本としては冗長で語りきれてないようにも感じた
Posted by ブクログ
評価が難しい内容。
最初めっちゃ共感できる!と思って読んでたらだんだん、自分はマイノリティとは違う正しい見方をしてる(=達観してる)という書き方にも見えてきてしまった。
結論がパッとしないのは自分が意味を求めて物語的に生きているからかも知れませんね。。。
Posted by ブクログ
読みやすい。非常に言っていることが分かりやすい。しかし、引っかかりのなさのせいか、各節の言いたいことが分かるものの、で、全体としてどういうこと? となるとなんかぼやけた感じはした。今自己を、他者を、世界を、物語的に捉えすぎているのではないか。たしかに人間の性質は物語と親和性があり、物語化することに快感はある。しかし物語化することによって、本来多様な豊かさに満ちたものを狭い一面に切り縮めてしまってはいないか。そこで、遊びという観点でも自己を他者を世界を捉えることにしよう。ゲーム、パズル、ギャンブル、おもちゃという遊びだ。たしかにそれぞれなりの危うさはある。しかし、物語の替わりにそういう枠組みをも使うと豊かさが取り戻せるのではないか。そして、物語~ギャンブルのすべてを破壊する「おもちゃ」で遊んでみると軽やかで面白いことになるんじゃないの。ということなのだと読んだのだが、合ってる? 僕も「おもちゃ遊び」で生きていきたい。