北村紗衣のレビュー一覧
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批評についてほとんど何も知らない私が読んでも分かりやすかった。
批評の心構え、種類、具体例など面白く書いてあった。なんにしてもまず知っている作品の多さと周辺知識が必須。
''白いウサギを追え''=関連のある作品や情報は追えるだけ追え
''チェーホフの銃''=作品中に意味のない描写は存在しない
この2つは印象に残った。作品をストーカーのように細かく見る姿勢と、あらゆる作品や事象にビンビンにアンテナを張る姿勢は批評にも批評以外にも生きそうだ。そして批評を芸術として捉える『芸術家としての批評家』の考え方(オスカーワイルド)は素敵だ。
考察が流行るこの時代に、批評の創造行為としての価値が広がればもっと豊かな鑑賞体験が溢れるのに。
さらにロラン・バルトが提唱した『作者の死』は考察流行に刺さるなと感じた。作者は作品を全て把握していない(作者は無意識的に時代や偏見の影響を受けたり、そもそも編集者や役者の意向が入り交じっていたり)からこそ、そこを読み解く批評は面白い。考察よりも開けたものであり、まさに読者の誕生とエクリチュールである。様々な作品を楽しむモチベーションにもなる。
耳触りの良い批評や感想など誰の目にも入らないので、自分の素直な情動とそれを丁寧に分解・分析する手法を併せて書いていきたい。が、どうせ書くならあまり評判の良くない作品を違う角度から面白さを提示できる文章を書きたい。
でも今の時代的に批評ってどうでも良いのかな。
考察の方が報われるし数字も稼げそうだもんな。
考察と名付けて批評をするか。
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Posted by ブクログ
正直、舞台でも映画でもシェイクスピア作品をそこまでおもしろいと思ったことがないし、そもそも見たことも読んだこともない作品のほうが多いくらいなんだけど、これはおもしろかった。
北村紗衣先生が、麻布高校、武蔵高校の男子学生の希望者14名に行ったシェイクスピアについてのワークショップをまとめたもの。北村先生の書くものはいつもすごくわかりやすい印象なんだけど、高校生に対してなのでさらにわかりやすいし、今の時代に合ったジェンダーや人種差別の問題にも適切に触れていてよかった。
特に興味深かったのは、ロミオとジュリエットの戯曲を読んで高校生たちがオリジナルの演出を考える、ところとか。そもそも演出って戯曲をもとにどういうふうに考えていくのかなあ、っていうのがなんとなくでもわかったような気がした。あと、高校生たちがシェイクスピア作品を翻案した映画の批評を書いてきてそれを北村先生が講評するんだけど、それも、批評って感想ではなく解釈であり、批評はどうやって書けばいいのか、具体的な書きはじめかたとか切り口とかも説明されていてためになった。
あと、個人的には、北村先生が書いた論文の話、16世紀末~1770年のイギリスやアイルランドのシェイクスピア演劇の観客について、当時のシェイクスピア全集やチケットに書き込みされているものを調べて、どういう人たちがシェイクスピア作品を読んだり見たりしていたのかとか調べたっていう話も興味深かった。論文て、作品の内容だとか使われてる言葉だとかについてとか調べると思ってたけど、そんなおもしろいテーマもあるのか、みたいな。関係ないけど、論文を書く過程をおもしろおかしく書いた小説とかあれば読みたいな。 -
Posted by ブクログ
シェイクスピア女性観客の研究者兼批評家が名門男子高校の学生14人に対してレクチャーしたシェイクスピアにまつわる諸々と作品批評の基本の記録。
劇場に演劇を観にくる男性はわりと少数派という事で未来の社会を担っていくであろう世代の男子学生を集めて欧米では一般教養であるシェイクスピアを特に講義。確かに演劇一般で客席にいるのは圧倒的に女性が多い印象。
シェイクスピアが社会に与えた影響、社会状況がシェイクスピア作品に影響を与えたアレンジで出力されるさまの説明は面白く、シェイクスピアを見た人の復習や掘り下げた理解にも使えるし、まだ見ていないシェイクスピア作品がある人へのガイドにも使える。
書店で手に取ると一瞬ひるむ本の分厚さなのだがそれにチャレンジしたリターンを十分にくれる一冊だと思う。
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著者とわたしの好きな映画とかはあまり重ならないと思うのだけれど、それでも、さまざまな映画について、フェミニズムやジェンダーの観点からの批評が丁寧にわかりやすく書かれていておもしろかった。
流行ってるのにわたしが興味もてなくてスルーしている映画でも、え、こんな内容なのか、こんな観点で見られるのか、やっぱり見てみなくては!?と思わされたり。(たとえば「マッドマックス怒りのデスロード」「ワンダーウーマン1984」「ハーレクインの華麗なる覚醒」「アナと雪の女王2」とか)。
あと、長々しいタイトルもおもしろい「レオナルド・ディカプリオとガス・ヴァン・サントのせいでグザヴィエ・ドランと私の人生はメチャクチャになった」と「私たちは帝国だったんだけど、とはいえ私はストームトルーパーにすらなれないかもしれない」の、ファン心理とかファンダムみたいな話がなぜかすごく興味深くておもしろかった。どちらもテーマとなっている映画をわたしは見たことはなく(スターウォーズさえ、大昔に1作くらい見ただけ)、だから具体的になにが書いてあるのかもよくわかってないかもしれないけど、それでも。なにかをものすごく好きっていう人や話が好きなので。このくらい、人生を狂わされるくらいなにかをものすごく本気で好き、っていう人が、著者のように研究者になれるんだろうなーと思う。わたしみたいに普通になにかが好き、とか、かなり好き、とか、ファン、くらいじゃ、そこまではいけないんだよねと少々悲しく思ったり。 -
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ネタバレこの本を読んだのは、自分がずっとハマって読んでいた漫画の終わり方に納得がいかず、けれど周囲の人たちは大絶賛していて、自分が疑問に思った点を言うことを憚られたからだった。
好きなところは好き、でもこういうところはおかしいと思ったし好きではない、とどうやったらうまく言葉にできるのか。むしろしてもいいのかどうなのか。そういう疑問への答えが欲しくて読んでいたら、なんだかとってもすっきりした。一番嬉しかったのは「芸術作品というのは現実の世界と異なり、あらかじめ受け手によって探索され、理解されるためのものとして作られているからです」というフレーズ。美術にしろ文学にしろ、世の中に出たものが世の中の人によって議論されたがゆえに今に残っているものがたくさんある。当たり前だけど忘れがちで特にSNSの同調主義に屈しないために心にこの言葉を持っておきたい。
とりあえずその漫画の精読から始めようかなと思えたのが自分にとっての何よりの学び。 -
Posted by ブクログ
北村さんはTwitterで時々お見かけしていたものの書籍は初めて読んだが書きっぷりが非常に面白かった。とても聡明で深く思考する方なのだろうということが文章から感じられた(学者なので当たり前か)。本書は文芸、映画にまつわるエッセイのような感じで、知らなかった作品も半分以上あったが見てみたい・読んでみたいと思った。ウィキペディアの男子文化の話はさもありなん。ロミジュリをジュリエットの名誉の観点で読むのはなるほどと思ったし、その流れでヴィクトリア朝文学のハッピーエンドとしての結婚を、なんとかヒロインにとっての抑圧的要素を取り除こうとしていると言う話も言われてみれば確かにと思った。物語をただ受容するだけで無く、こんな風に批評できたら面白いだろうな。もっといろいろ見て、読んで、感じて学びたいと思った。
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Posted by ブクログ
ネタバレ「批評」という言葉を聞いて、なにそれ最高!という印象を持つ人は少ないと思う。
どちらかと言えばなんか映画や文学作品にあれこれと口を出す人、偉そうにジャッジする人というイメージを持つ人が多いのではないかと思う。
「批評」とは本来どういうものか、何のためにあるのか。それらを説明してくれる本だった。
1冊を通して批評に必要なことやしてはならないことなどを丁寧に説明してくれているけど、著者の北村紗衣先生の言葉のチョイスがおもしろくて楽しく読めた。
こういう新書系って当然と言えば当然なのだけど、小説と違ってエモさはあまりない。
人間の感情の揺らぎとかって書かれないし。いや書いてあったらそれはそれでまずいんだろうけど。
説明を読む感じで活字欲は満たされるけど、あまりおもしろいとかは思えない。
でもこの本は北村先生の言葉がおもしろくて、今までの新書系とは違った読書体験ができた。
一番おもしろかったのは第一章に書かれている精読のためにすべきではないことのところだ。
前提として北村先生は批評のためには精読が必要だと説いてくれている。精読とは以下のように本書で定義づけられている。
【こういう、対象をものすごくじっくり細かいところにまで気を配って読むやり方を「精読(クロース・リーディング)」と呼び、あらゆる批評の基本とされています。】『批評の教室』p21
そしてこれ以降の箇所で精読のためにすべきこと、すべきではないことを書いてくれていますがそのなかの精読のためにすべきではないことに書いてあるひとつが「ええ!?」と声を出してしまいそうなほど、なかなか見ない一文でした。
【とりあえず作者には死んでもらおう】『批評の教室』p59
これは精読をする際に作者は何を伝えたかったのかを考える人たちがいるが、そもそも古い作品は作者が不明だったり手を加えられていることもある。
また批評の対象は詩や小説だけではなく劇や映画などもあるが、そういった場合は監督や演出家、脚本家などのスタッフと意見を合わせて作っていくものでもあるし、詩や小説だって商業的な作品は出版者の編集者などが必ずあいだに入る。
「作者」という言葉のイメージから、孤独な天才という像と結び付けられがちだが、作品が世に出るまで複数名が関わっていることが多く、作者が何を伝えたいのかというテーマ設定は適切ではないとのことだ。
『とりあえず作者には死んでもらおう』という文字の並びを読んで、どういうこと!?と思ったけれど、こう書かれているとそれはそうだな…と納得してしまう。
たぶんこれは国語で再三「作者の気持ちを考えましょう」的な指導を受けるからだと思う。
あなたはどう考えた?みたいな問いかけをされることってあんまりないよなー。それこそ大学ぐらいまで。
何となく受けが良い答えというか暗黙の了解的なものがあって、こんな感じの答えなら教師からいい評価がもらえるみたいなのって薄っすらあるよねえ。読書感想文とか。
まあ読書感想文は感想文だから批評は違うのだろうけど。
でもアニメや漫画や小説でも、何かを解釈するときに自分の解釈が合ってるかどうかを気にする人って本当に多いなとSNSを見ていて思う。あと二次創作。
二次創作でもって自分の解釈が正しいということを評価という数字で欲しがる。自分の解釈って自分だけのものなのにね。
また精読のためにすべきことではこんなことが書かれている。
【自分に邪な性欲があることを自覚しよう】『批評の教室』p43
これ、けっこうぎょっとしませんか?
でもこれも読んでみると納得する。これは自分の性的な趣味や嗜好を理解することが、いわゆるバイアスに関わってくるということ。
バイアスがあると何でもそうだけど冷静さが失われる。バイアスによって評価が高くなったり低くなったりする。批評に不要に影響を与えることになる。
しかし北村先生によるとこれも自分の性的な好みなどを把握し、自覚しておくことで批評に有利に使うこともできると書いてる。
好きな俳優さんが出てるからよかったとか、めちゃくちゃあるあるですよね。
この本は批評を実際にするかどうかに限らず、あふれるコンテンツをしっかりと噛み砕き、自分のなかに還元するための助けになる。
だから読書や観劇や鑑賞の体験をもっと深くしたいと思う人にはとても有用なんじゃないかなと思います。いつもただ読んだだけ、観ただけになっていて自分のものになっている気がしない…という方はぜひに。