北村紗衣のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読書感想をこうしてアウトプットする機会も増えてきたので、身につく物があればと思い、嫁に勧められて手に取りました。
これまで批評という文字面は露骨な攻撃性を感じており無意識に避けていたのですが、物事を深く楽しむ技法だよ、と励まされ読み進めた次第です。
すると、批評によって面白くないものも面白くできる(面白く読めたら勝ち、というゲームにする)という解釈に触れられて感銘を受けました。
そうですよね、面白がらなきゃ損ですものね。
大変勉強になりました。後ほど細かいテクニックをまとめますが、特筆したい部分は、おおよそ下記の3点です。
批評するなら、
・切り口を決めること
・価値付けをすること
・ターゲットを決めること
が基本。
まず、切り口を決める。切り口とは入口のことです。何を書くか、の部分。
ずばり、涼宮ハルヒを心に飼いなさい。
「ただの人間の感想に興味はありません」
自分が書く批評に価値をもたらしたいなら、未来人や宇宙人、超能力者的な視点で捉えましょう。
すると、あなたの批評で人は釘付けになります。
これが切り口を決める利点です。
次に、価値付けを行うこと。これは出口です。
その物語にどんな価値があるのかを必ず着地させることで批評はクライマックスを迎えます。(価値付けをしない人も多いが、著者は推奨派とのこと)
他の作品と比べて、どんな差があるからどんな価値があるのか、それは誰かを救ったのか、新解釈をもたらしたのか、風刺できたのか、あるいは自己投影として成功したのか。
そこに価値はあったのか、きちんと言語化する。
価値付けを行うことで、あなたの批評は完成する。
見当はずれでも気にしないでいいんです。
まずは批評としての型に沿ってみましょう。
最後にターゲットを決める。
これは読む層に合わせたテクスト(語彙、語り口)を選ぶという意味です。伝えたい層には伝わる言葉で伝えましょうという当たり前の部分です。そこまで難しく捉えなくてOK。
上記のように、物語を味わうための技法がこの本では言語化されております。
今後の読書をはじめとするエンタメ体験全般に、間違いなく影響を及ぼしてくれるだろうなと感じたので星5を付けてます。
以下は、箇条書きですが本編のエッセンスです。
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・全ての行為や描写に意味があるように捉え、な?なら意味を持たせる。意味のないテクストとして見ない。
・事実誤認をしない。スキャンダラスな場面が来た時(起承転結でいう転)、それがポジティブかネガティブかどちらでもないのか、作者の意図に沿わないと、軽い事実誤認が起きるのも注意。精読するならそこは間違えないこと。
・読者は探偵のように、有機的な事実や手がかりを結びつけること。
・アントン・チェーホフの作劇術「第一幕で銃が出てきたなら、終幕には発砲されなければならない」それがどんな伏線という名の銃なのか、繰り返し書かれるものに注視したい。
・わざわざ描写される親切さは深読みして良い。親切はわざわざ描写しないからだ。対人行為なのだから、深掘りしがいがある
・自分の性的嗜好を把握しておくと批評はやりやすい。選り好みという広義的な感覚でも良いから。
・やらない方がいいことの筆頭は、地の文を信じること、セリフを信じること。推論する力を要求する語り手の存在(一人称の新本格がこれかも)が跋扈しているから、疑ってかかるが安牌。
・作者が作品をコントロールしているというのは幻想。冷静に考えると、編集者も関わってるんだし、作者は固定できる像にはなりづらい。何を表現したがっているかに注目した方が分析は適切。クリエイティブコントロールは作者にないから、表現技法の巧拙は避けられない。巧拙を分析しても深みはない。下手な文であることは一旦置いておいて、とできる。ちなみに、つまらない物語が作者の意図で面白くなることはない。美味しくないスープに何足しても抜きん出たラーメンにならない、みたいなもの。
・作者と語り手は同一視しない方が良い。架空のキャラクターが話しているとして、作者と遊離したものと捉え、テクストは読み手がコントロールして良い。作者には死んでいてもらう考えの方が精読はやりやすい
・社会背景の調査は必須。車輪のようなもので、精読とあわせて、どちらかが欠けていてはならない。
・作品をゲームと考え、面白い分析をできたらゴール。作品のアラを探さず、他の人と比べることもせず、ただ自分が面白くできたら勝ちというゲームで捉えてみる。
・伝記的手法。作品を作り手の背景と関連づけるやり方。作り手に還元させる批評のこと。(ドクターストレンジがサノスに1つしかない勝ち方を見つけるのは、まさにMCUのシリーズがハリウッドで最も成功したプロジェクトになったのを想起させる。あり得ない確率、だが彼らならできるだろう。)古臭いと言われがちな手法なので、読者が近しいものを感じ入ると仄めかすくらいにしとくのがコツ。
・価値を言及するなら、遠慮せずに言えばいい。価値付けのコツは、作者の狙いが上手くいったかどうかを判断すればよい。どれだけ偉業を成したかも、誰かの肯定的なものになったとしても、それらは実際曖昧だから。上手いか下手かで見れば良い。
①作品がコンセプトに沿って作られたなら、そのコンセプトをどれだけ達成しているか
②伏線がきちんと回収されているか
③登場人物に奥行きがあるか
④展開やセリフに不自然さや無駄がないか
がポイント。
・批評は芸術。創造的な行為です。
・書くときは切り口を絞る。関係なさそうなものは極力書くべきでない。いやいっそ書くべきでない。たとえば批評にタイトルをつける、と効果的。タイトルを考えると自然と切り口は絞れる。タイトル付けは重要。
・段落には一つのことだけかく。3文くらいで。
一文目が前置き、二文目が発展、三文目がまとめ。
・訓練された「自由にのびのび」とは、思い込みや偏見を一度捨て去ることが本質。身につけた偏見の中で自由にやっても、個性は発揮されないもの。
・ただの人間の感動に誰も興味は持たない。心の中に、涼宮ハルヒを置け。あなたが感動した、といって誰が喜ぶ。意味のない言葉を減らして、あなたの切り口で見所を説明しよう。
・読者層を決める。この批評は、友達同士で見せ合うものか、ブログで書いて顔も知らない人に見せるものか、あるいはお金をもらって書くものか、それをきちんと設定すること。批評はコミュニケーションなのだから、ターゲットを絞らず自由にのびのび書くことはできない。なんなら、書き手が読者を見据えられていない、と読者に見透かされることも多い。設定は忘れずに。誰のために書くのかを意識すると伝わりやすい文を作る、でもそれは本懐でしょう。
・あなたの個性は、型を学んだり議論して培ったところで変わることはない。安心して、影響を受けなさい。安心して型にハマりなさい。あなたのオリジナリティなんて消せるわけない。
・一旦、人に好かれたいという気持ちを捨てること。手加減は百害あって一利なし。批評家は18世紀にはすでに鼻つまみもので、金輪際好かれるようなことはないんだから、正直に生きなさい。考えたいことを考え、書きたいものを書きなさい。それが楽しむということです。
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Posted by ブクログ
最後の章はまだ読んでないが、本や映画への向き合い方のヒントをくれる良い入門書だった。
①精読する
・事実を正確に認定する
・作品が全体的な雰囲気や展開で表現しようとしていることを深く理解する
・登場人物の言うことを信用しない
・作者の意図を気にせず解釈を行う(作者の死)
・テクストが生まれた文化や歴史的背景を意識する
②分析する
・批評理論を用いる(作品を作者の人生に結びつける、「社会が決めた条件付け」との向き合い方の分析など)
・タイムラインに起こす
・抽象化して要素に分解する
・「成功価値」(その芸術家が達成という観点から見て何を遂行しているのか)と「受容価値」(作品から鑑賞者にもたらされる肯定的な経験はどのようなものか)の観点から価値付けを行う
③書く
・メインの切り口は一つにする
・具体的な表現を証拠として提示しつつ、対象とする作品がどういうもので、どういう見どころがあるのかを明確に伝える
・受け手を想定する -
Posted by ブクログ
世の中、特に若い人たちは批評ではなく考察を好むという新書を読み、ならば批評とは何かをもう少し学ぼうと思い購読。良い批評とは、その作品(物語や映画、劇、絵画など大賞は幅広い)をよく知り、作者のことも、その時代のことも理解した上で、自分の評価や作品に対する向き合い方を明示すること。確かに、対立や阻害を避ける傾向が見られる今の若者には苦手な態度かも。ただ、態度を公に表明しなくても、その作品の解釈や自分にとっての位置付けを言語化することは学びとしても理解としても良いことだと思うので、今後チャレンジしてみたい。ある評価家の目線によれば、トップガン・マーベリックとアナ雪は一緒のストーリーだそうで、なるほどと思いつつ、そんな見方ができると面白いだろうなあと思いました。
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Posted by ブクログ
面白かった!
私立中高一貫男子校で実施されたワークショップのような形態の授業記録でもある。
すっかりシェイクスピアに魅了され、引用された本2冊を注文、映画2本を記録して「永遠の友達」を増強中。
そういえば、小学3,4年のときの教育実習生の授業で「好きな本は?」と尋ねられ「ハムレット」と答えたときの実習生の馬鹿にしたような笑いがトラウマだったから、先生になりたくなかったんだった…
それなのに何故か先生をやってるのは、「知識」や「学力」という「奪われない友達」を紹介したいからだったんだ!「数学」が好き、って別に可笑しなことじゃないんだ!
北村紗衣さん。「徹子の部屋」か「情熱大陸」か「スイッチインタヴュー」のオファーがきたら、受けてくださいませ。
追記
生徒さんの「批評」も素晴らしい。
「教え」が「学び」に結実しているのを感じました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ非常に読みやすい作りになっていて、初心者にも批評のおもしろさと難しさがよくわかる内容になっていた。
批評としての作品への接し方を知り、鑑賞時の楽しみ方が増えた。実際に批評できるかは別として、作品を深く理解するために使えるテクニックがいくつもあったように思う。
優れた批評をするには膨大な知識が必要なことがわかってくる。そしてそれをひけらかすわけではなく、不必要ならば書かないことの大切さ。なかなか難しいことでもあるけれど、著者の批評はテーマが絞られていてスッキリと読みやすく理解しやすいことからも、その引き算がいかに重要なのかがわかる。
けっこう大事なポイントとして、著者の文章には公平性があり、ご自身の考えの傾向まできちんと説明してくれるので、読者に偏向が起こらないようにしてくれていると思う。またほかの著作も読みたい。 -
Posted by ブクログ
批評とはどのような行為かを知り、作品を分析的に見る方法を身につけ、実際に批評を書いて発表できるようやさしくガイドする入門書。
プロレベルの批評を書くには精読と参考資料集めが一番大変なはずだが、これはゼミなどで実践しないと身につかない。本書はそういうところをサラッと「大変ですよ」で流しているので(反復されるモチーフの書きだしなどヒントはだしているが)、本当の意味で実践的ではないのかもしれないが、とにかく「批評はこわくないよ」「作品を褒めようが貶そうが、あなたが楽しんでいればそれでいいんだよ」をくり返し伝えてくれる。どんなジャンルでも何かしら創作物を見聞きして感想を発信したり読んだりする人(つまりオタクのほとんど)は一読して損はない親切な一冊だ。
特に重要だと思ったのは、自分のなかに確実に存在するバイアスに気づき、意識することが大事だというくだり。著者はハッキリと「性欲」がバイアスを生むとしている。
これは性的指向とは別で、オタクが「性癖」と言い換えて自らの趣味嗜好を押しだした感想を出力するときにやっていることだと思う。好みが明確ならそれをオープンにして書くことも個性になりうるが、自覚せずあたかも中立的な意見のように言ってしまうと批評としてはアウトなのだ。
バイアスがあることではなく、バイアスがないかのように振舞うことが罪。これは差別的なことを書いていないか意識するためにも必須の視点だ。こういうふうに、批評の技術やテクニックよりも心得を丁寧に教えてくれるのが本書のよさである。
Web上に感想があふれる飽和時代、「批評」という言葉にはいつのまにかネガティブなイメージもついている。批判や非難と区別がついてない人もいるのだろう。しかし当たり前だが、オタクだからってポジティブな感想だけを拡散して作品の評判に貢献する広告塔にならなきゃいけないわけじゃない。いろんな角度から「ストーカー的に」作品をしゃぶりつくし、読み解いてくっちゃべること自体に楽しみがあるのだから大いに楽しもうじゃないか、とオタクたちを鼓舞する本書の姿勢に私も賛成である。 -
Posted by ブクログ
2006年に初版、2008年にペーパーバック版が販売された、Henry Jenkins『Convergence Culture:Where Old and New Media Collide』の邦訳書。邦訳が出版された2021年の時点から見ると、15年以上前に存在していたメディアの風景は「過ぎ去ったもの」のような印象を持つものもあるし、メディアテクノロジーが可能にする市民参加についてやや楽観的なのではないか、と思える部分もある。
しかしそれでも本書は、2023年の現在でも、読む価値がある。いや、時を隔てた今だからこそ、ここに記述されたファンたちの活動とメディア産業、そして宗教右派を含めた様々な宗教や政治との関わりの具体的なありように、学ぶべきところがあるように思う。
原題の副題「Where Old and New Media Collide(旧メディアと新メディアが衝突するところ)」にあるように、本書で焦点が当てられるのは、2000年代前半に旧メディアと新メディアとが出会い、混在する中で出現した様々な動きである。
著作権をめぐる攻防とそれを逆手にとったような企業戦略、知識コミュニティ化したブランドファンたちと企業の関係、「何を(どのようなメディアで、どのように発話されたものを)政治的に『正当な』発言とするか」をめぐる攻防など、どれも、現在も、対象や文脈を変えながら生じている様々な出会いや衝突を想起させるものばかりだ。
SNSの隆盛以降、新メディアの動向とその活用のされ方にばかり注目があたりがちな現在だからこそ、あらためて、旧メディアと新メディアとがいかに出会い、衝突し、そこで何がおきているのか、を考える必要があるように思う。
本書はその議論の出発点を与えてくれるのではないか。 -
Posted by ブクログ
よくここまで書き方を知ろうとせず書評を書いてきてしまったなと、厚かましいとも苦々しいとも思ってしまう。本書は2022年新書大賞で11位。
スカッと腑に落ちる経験をさせてくれる批評が好きで、自分でもそういう経験を人に提供できれば楽しいだろうと思っていたところ本書に出会い、本や映画の批評の方法を大いに学べた。私が書評を書く主な目的は、一つに書評の上達で、もう一つに知識の蓄積だ。著者の北村紗衣氏は、専門はシェイクスピア、舞台芸術史、フェミニスト批評で映画や小説の批評の指導もされている。
本書は、四つの章、①精読する、②分析する、③書く、④コミュニティをつくる(実践する)、から構成されている。批評の役割は、作品の解釈と価値づけで、さらにその批評を他人と楽しくシェアすること。
①精読では、出てくる言葉の意味が全部わかっているのは最も基本的で、最も重要なこと。また読み終えた作品の数が増えると、自分独自の解釈を提示できるようになって、新しく読む作品が前より面白くなる。
②分析では、面白いか面白くないかをその根拠とともに他の人と共有するのは、重要で楽しい価値づけのプロセスである。作品の受け手が作品を見てどういう経験をするかは極めて重要であり、少なくとも自分が批評をする時はその話をしなければいけない。作品のコンセプトがどのくらい達成されているか、受け手がどういう経験をもらえるか、の2つのことは批評をする時には考えないといけないこと。とりあえずはたくさんの作品に触れて、要素を抽出し、ネットワーキングできるところまで持っていかなければならない。
③書く上では、まず作品情報で一段落、内容に関する説明で一段落。次に一つの切り口だけで書き、切り口に沿って要素を結びつけ、何を象徴しているのかとか、作中に出てきているこれはあれと類似するものと考えられるとか、そういうことを分析してまとめる。
「巨人の肩の上に立つ」はニュートンの言葉で、先行業績の積み重ねをふまえることで、ものがよく見え遠回りしないという意味。この表現を使って本書には「巨人の肩の上に立てる時は必ず立ちましょう。それにより、あなたにもアリストテレスを超えるチャンスが生まれるのです」。「巨人の肩になってくれるもののひとつが批評理論で、読み解きというゲームの勝ち方を探す戦略を決める理論」「クリエイターも批評家も、巨人の肩の上に立つ必要がある。」「既存の型を学び、たくさん練習、巨人の肩に乗れるくらいの訓練」と様々表現されている。このように、批評活動に含まれる、精読にも、分析にも、書いたり実践したりすることにも、全て巨人の肩の上に立つことが重要なのだ。現代自然と巨人の肩の上に立つような環境になっている状況は多いと思うけれども、巨人の肩の上に立つことにもっと意識的になってより遠くを見たい。 -
Posted by ブクログ
男子高校生への特別講義を書き起こしたもの。わかりやすくシェイクスピアとその有名作品を解説しているだけでなく、舞台の設定を考えたり映画の批評を書いてみるというワークショップもあって、こんな講義出てみたいと思った。ジェンダーに関連付けた作品解説や当時の演劇・出版事情の話が面白かった。高校生の書いた批評がまたすごい。作品中には講義で観た映像へのリンクや参考文献のリストもあって、読んだ後にも自分でいろいろ探れるようになっているのが良い。
ここ数回イギリスを訪れるとグローブ座でシェイクスピア観劇をしているが、今年はどうしようかと迷い中。お高い席でも(クッション使っても)座り心地が悪いんだよね。グローブ座はウェブ配信もやっているというのを最近知って、そちらにサブスクライブしようかなとも思う。
著者の北村先生を知ったのは、アイルランド生活に関する対談イベントで、そのイベントは北村先生の最新著書の宣伝も兼ねていたのだが、イベントに参加したのは対談相手の今関先生のほうが目当てで、参加するまで北村先生のことは全く知らなかった。その場でこの「学校では教えてくれないシェイクスピア」を目にして興味を持った次第。 -
Posted by ブクログ
私は作者とほぼ同世代、かつ、わりと近い世界を大学で齧ったものである。
(ただ、私はその世界のドアをそっと触っただけで回れ右をした、アカデミアとは程遠い人間)
北村氏のことは一方的にTwitter界隈で見知っていて、彼女のバシバシとした意見に快哉を叫んできた。
マツコのTVでWikipedia編集者として登場した回もチラッと拝見したが、著書を正面から読んだのはこれがはじめてだ。
この本はなんといっても、シェイクスピアをジェンダーの視点から、かつ、名門(とされる)男子校の生徒数人を相手にした講座の模様を収録した一冊だという点で興味を持った。
学生たちは当初は(おそらく)反応が悪いし、ジェンダーにピンときていない様子は大いにあるが、批評入門のところではかなり上手に書けていて感心した。
理系の子が多いと思うが、小説や昔の少女漫画に詳しい子もいて、素養は十分だと思った。
シェイクスピアについて、さらっと知りたいだけの方にも面白いと思うし、それなりに知識のある人が読んでも、新たな切り口を十分に楽しめる一冊だと思う。
個人的に、北村氏が中学生のころ、97年?のディカプリオのロミジュリを見てこの世界に興味を持った、というところで同世代ならではの感動があった。
そして大学の授業で聞いたという、『ジョン・ケージの4分33秒をたくさん集めたアンソロジーアルバム』がおおいに気になった…!
もちろん個々に演出があり、背後の音?に違いはあるらしいが、『4分33秒を聴き比べる』はなかなかのパワーワードである。