小笠原弘幸のレビュー一覧
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以前からトルコ建国の父でありトルコの世俗主義の方向を定めたムスタファ・ケマルに関心があり、読んだ。読む前はトルコの英雄としての側面しか理解していなかったが、ムスタファ・ケマルを取り巻く人間関係と政治的な歩み(そしてそれはトルコ共和国の歩みと重なっていく)を感じることができた。歴史の流れとしてざっくりと知っていたことを、改めてひとつの視点から学ぶと、歴史・政治はタペストリーのように重なり合い影響し合い、簡単には断ずることのできない複雑な要素が影響し合い現代に繋がっているのだと理解できた。
登場人物は多く混乱もするが、後ろに簡単な一覧もあるので親切な構成だと思う。私は全部読んでから気づいたので、今から読む方は読む前に気づけば有効に使えると思う。
ムスタファ・ケマルの歩んだ道や人となり、ムスタファ・ケマルを中心にみるトルコ建国史の入門としておすすめだと思った。 -
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千年続いたビザンツ帝国(東ローマ帝国)をオスマン皇帝メトメフ2世が征服、徳川幕府は264年間だが、オスマン帝国は600年続く、第一次世界大戦まで継続した史実に驚愕した。その秘密は妻は奴隷とカーヌーンと言う規範書(中には「世界秩序のためには兄弟を処刑しても良い」)で築かれた歴史だ。妻は他の勢力帝国・権力者系との結婚はせず、決して兄弟、高い地位にある高官・宰相などを完全に信頼することなく、皇帝自らが妻を選び、英才教育を施した奴隷らを抜擢していくことを優先したことだ。政治における懸念材料は当初は宗教との共存、平等であり、オスマン帝国は3つの宗教、イスラム、ユダヤ、キリストを混在させ、中央集権国家としてバランスをとっていた。だが、イスラム(ムスリム)を凌ぐキリスト教徒勢力で弱体化、時代と共に周辺領土の権力者が独立、更に軍団の分裂で滅亡、トルコ共和国となる。
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オスマン帝国(=オスマントルコ)は600年も続いた歴史上最も大きな帝国の一つであるが、世界史の教科書でオスマン帝国に割かれたページはわずかだったように思う。
しかしながら、ヨーロッパとイスラム圏は意外と近いのだ。
コロナ期に「デカメロン」を読んだのだが、やたらとアラブの国々や王様の話が出てくるので驚いた。イタリアやスペインにとって、イスラムは遠い異国の話ではない。敵対する国であり、商売の相手でもあるリアルな近隣国である。
本書は600年、36代におよぶオスマン帝国の通史である。特定の時代や君主に片寄ることなく、歴代のスルタン(君主)全員について漏れなく言及されている。
物語りにすると面白いのは始祖オスマンが活躍した黎明期や、ヨーロッパ諸国を圧倒した全盛期なのだろう。しかし本書では、近代化に苦しむ後期や共和制に移行する末期も興味深く読むことが出来る。急激な近代化を成し遂げた明治政府や敗戦後の日本に思いを馳せながら読むのも一興。読む際はいつでも確認出来るようにスルタンの系譜やアナトリアの地図のページに栞を挟んでおく事をお勧めします。 -
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"ハーレム"(ハレム)と聞くと女性を何人も侍らせている男性を想像してしまうが、それは昔の欧州の人々が"オスマン帝国"という巨大な国家に対しての蔑むこと、もしくは無知からくる想像であることが分かる一冊
本書において"ハレム"というのは後継者を育てるための巨大な組織機構であることがわかり、女性の扱いにおいても奴隷の身から考えると格別な待遇であることが伺える
従来の"ハレム"像とはかけ離れた内容であり、学術的な内容であるため、期待外れと思う人は中にもいると思われるが、学術書より読みやすく書かれている一冊であり、興味がある場合は手に取ってみるのも良いかもしれない -
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オスマン帝国の有名な人物10人を取り上げた列伝。
「オスマン帝国外伝 ~愛と欲望のハレム~」というドラマが世界的にヒット。
私もこのドラマがすごく面白かったので、もう少し史実を知りたいと本を探して読んだものです。
中東で600年も栄えたオスマン・トルコ。
いかにして版図を拡大し、栄えたか。
政治だけの説明だと、飽きてしまうので、色々な角度から書かれている点が面白く、有難かったです。
ドラマにも出てきたスィナンや、ヒュッレムの後の時代の后妃の話なども。
後宮の制度にも、当時からヨーロッパの注目は集まっていたようです。
表紙にある絵は、ドラマの主人公である寵妃ヒュッレム。
今のウクライナあたりの生まれの美女で、陽気で聡明、最盛期を築いた第10代皇帝であるスレイマンとの間に何人も子をなし、正式な結婚をした正妻。
後宮の女性は皆、奴婢という建前だったので、これは異例でした。
ただし、絵は想像で描かれたもので、後宮の妃の顔を直に見るなど普通あり得ない、まして外国人の男性画家に許されるものではないのです。(ドラマの中では例外的に画家が会うシーンもありますが)
ヒュッレムの評価は、残念ながらトルコ国内では芳しくないようですが。まあそれはそれ?(笑)
スレイマンは優れた人物であったようだし、ヒュッレムは外国の要人に手紙を書くなど出来る女性だったので、釣り合ったのでしょう。
激しい権力争いは、後にさらに激化していくのですが。
後の世のドラマもそういえばあるので、いずれ見たいものです。
[追記:
「新・オスマン帝国外伝 ~影の女帝キョセム~」この4月から始まってます!] -
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ネタバレ青学史学科、東大文学博士
九大准教授
君主、女性(王室、革命家)、芸術家(建築含む)を取り上げる
●創始者オスマン一世 在位1299頃〜1324
・事跡やひととなりについて、確かなことはあまりわかっていない。
・二つの説
ルーム・セルジューク朝の後継者
ルーム・セルジューク朝の権威を認めず強引に独立
・ルーム・セルジューク朝のスルタン、アラエッティンには子がなかった。
・オスマン帝国の年代記は、建国から1世紀以上のち、15世紀に入ってからようやく書かれるようになった。
● コラム イスラム世界における奴隷
81
奴隷はイスラム法(シャリーア)において一定の権利を保障されており、奴隷の所有者といえども、そのきまりを逸脱することは禁じられていた。
さらに、もし奴隷が君主など有力者を主人としているならば、一般人よりよほど強大な権力をふるうことができた。
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日本ではハーレムと呼ばれることの多いハレム。
エキゾチックでエロティックな空間、と言うイメージが強いが、本書を読むと、官僚機構であった、とイメージがガラリと変わる。
そもそも、国内の美しい女を侍らせ…ではなく、女性たちは奴隷身分であった。
しかも、14世紀のハレムでは、王子の母が奴隷身分の他宗教出身であっても君主の名代として振る舞っていたと言う。
女官組織は母后を頂点としている。
19世紀には西洋文化を身につけるレッスンも施された。
宦官組織も、白人、黒人で大きく分かれることもなかった。
読み進めていくうちにイメージがどんどん変わる。
世襲君主制や官僚組織としてのあり方も興味深い。
いくつかの王朝との共通点もあり、類似性から特異性を探ることもできよう。
しかしまだ研究途上(280頁)と言うこともあり、これからの研究にも期待したい。
新たなる視点を授けてくれる本書は、低く見られがちな文化に対する転換の一つであるのだ。 -
Posted by ブクログ
トプカプに行く前に読んでおくべき本。
ハレムの組織については分かった。しかし、そこから次の疑問が湧いてくる。
オスマントルコの皇帝は、かなり長くずっと奴隷出身の母の子で、母の出自はヨーロッパ、ウクライナなどが多かったとすると、皇帝って、金髪が多かったりする?そういう絵は見たことないけど、ターバンだから分からないか。
母が常に奴隷であるのは、トルコ人有力者から嫁を取って、有力者間の勢力争いが起きるより良かったのかなあ?イスラム社会の相続は、ヨーロッパや東アジアとは違うのか? マムルーク朝なんて、子供に相続させないしなー。
分からないことだらけ。