小笠原弘幸のレビュー一覧
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13世紀に生まれ、中世、近世、近代を乗り越えてわずか100年前に消滅したオスマン帝国。本書はその歴史を大まかに3つ、
①集権的帝国の時代
②分権的帝国の時代
③近代化の時代
に分類してテンポよく記述し、600年以上続いた帝国の飛躍、安定、衰亡を新書一冊で上手く纏めてくれている。
通史なのでスレイマン1世の栄光もすぐに過ぎてしまうが、逆に無名のスルタンも飛ばさず、一人残らず紹介してくれる。(もちろん情報量に差はある)
①集権的帝国の時代
「壮麗なる時代」のはるか前の、帝国立ち上げ話や途中でティムールに敗れて国家崩壊する局面が一番面白かった。中世だけあって負けるとあっさり部族がバラバラになり、勝つと条約もなく領土が増える。少し歯車が狂えば、オスマンも数代で滅ぶ凡庸な王国で終わっていたかもしれない。
しかし実際には優れたスルタンが領土拡張する裏で、安定を実現するシステムが出来上がっていった。兄弟殺しもその一つ。現代から見ると恐ろしい話だが、王の兄弟が担ぎ上げられての反乱は枚挙にいとまがないため合理的であるのは確か。
②分権的帝国の時代
スルタン集権から分権へ、内的均衡の取れたシステムの成熟、安定政権の完成がこの時代にあったという論調。スレイマン以降はオーストリアに負けて領土が減るので衰退の時代という認識だったがイメージが変わった。兄弟殺しの慣習が終わると、すぐに陰謀が出てくるところに歴史の悲しさを感じた。
③近代化の時代
軍隊を近代化しようとしては既得権益に潰され、やっと改革が形になった頃には西洋列強と恐ろしい実力差がついてしまった、イメージ通りの斜陽の時代。軍隊の近代化は装備や編制だけでなく、国家システム自体を軍隊を支える「財政軍事国家」に作り変えねばならなかった。明治維新の凄まじさを、日本など歯牙にもかけなかった筈の大帝国の失敗から感じることができた。 -
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トルコもオスマン帝国もほとんど知らないよ〜な完全初心者が読んでみた。
いやぁ、面白い!
同名の人物が出てくるのに最初は苦戦したけど、地図や家系図、索引も活用して読み進めていけば全体的に優しく解説してあるので、難しくはなかった。
はしがきに「時代ごとに違う国家があったよう」とある通り、区分通りの4つの時代で王権や政治体制が異なっている。それに至る経緯や事件などを流れとしてみると、なるほどなるほど…。
様変わりしていく様子や過程も興味深い。
たとえば、近代化に近づく政策が進められていったと思ったら、その直後に「王位を継げる唯一の男子になれば廃位されない」と古来からの「兄弟殺し」と同じ継承者の殺害が起こる。
長く続いた王権だからこそ、こういうことも起こる。
日本史はわりと好きだけど、世界史はさっぱりだよーな初心者当方からすると、
「母親は奴隷出身(母親の出自が子供に影響しない)」「兄弟殺し」はビックリするものだったが、これが王位継承をスムーズにしているのは納得。
婚姻によって母親側が権力を持つから関白だの院政だので朝廷内の権力闘争が起こるのだし、継承権が複数人にあるからゴタゴタが続く。
後者は人道的にはよろしくないし、王位継承がスムーズにいかずに断絶する危険性もあるけど。
こういうシステムもあった!というのは興味深かった。
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オスマン帝国の君主がトプカプ宮殿に構えた、ハレム。
それは帝国の国政と文化を担った場所であり、組織だった。
第一章 ハレム前史―古代よりオスマン帝国初期まで
第二章 ハレムという空間の生形―トプカプ宮殿の四00年
第三章 女官たち 第四章 王族たち 第五章 宦官たち
第六章 内廷の住人たち 第七章 ハレムと文化
第八章 変わりゆくハレム 終章 ハレムの歴史的意義
コラム1~11、注、図版出典一覧有り。
主にトプカプ宮殿を中心にハレムの存在意義と、
住まう人々について、分かり易く、かつ詳細に説明している。
身分は非ムスリムで非帝国臣民の奴隷たちが大部分。
それぞれの事情、ハレムでの職階と職務、生活、給与や人数等。
女官の結婚や刑罰について。夫人と愛妾の序列。
ハレムでの最高権力者の女后。
王子殺しから、年長者相続と鳥籠制度に変化した王子たちの境遇。
王女たちの婿探しは、宮廷政治にとって重要だったこと。
内廷での実力者、白人宦官。ハレムでの陰の支配者、黒人宦官。
幹部候補生として内廷に住まう小姓。
内廷とハレムでの小人や啞者の職務と存在意義。
女官の音楽と芸能、読書からの文芸、宗教寄付による建築。
そして、時代の変遷のなかでの、トプカプ宮殿の位置付けの
変化や改革、近代化、戦乱の影響はハレムにも及び、
何よりも奴隷交易廃止とオスマン帝国自体の滅亡が、
ハレムを終焉へと導く。
400年以上も続いたハレムですが、その内情はパンドラの箱の
如く。住まう者の多くが奴隷であり、非ムスリムで非帝国臣民で
あったことは、帝国臣民すら知らぬ場所だったと思われますし、
西洋に伝わったイメージも偏見や憧れで誇張されてきたことが
分かります。王位継承者や幹部候補生の場というのも、新鮮。
史料の都合もあり、まだまだ研究は途上なので、
今後の研究が待たれるとのこと。それでもハレムの一端を
知ることが出来て、良かったです。
他国や江戸時代の大奥と比較してみるのも面白いかも。 -
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ネタバレ様々な角度からハレムが考察されていてとても興味深かったです。
以下簡単な内容メモ。
・ハレムは構造が果たす役割が大きい
・王子はスルタンになるまで鳥籠の間で暮らす→ほぼ幽閉(至高の存在に至近するものでありながら、制限されている)
・王子は即位の機会がなければハレムにずっと軟禁される
・兄弟殺しが通例だった
・母后の権限がとても強い
・女官はピラミッド型の統率された社会
・白人宦官と黒人宦官がいた
・去勢の過程で化膿もろもろで四分の一が死亡するため、宦官は他の奴隷よりも高値で取引された
・各役職がしっかりと統制されていて興味深い
・「我が獅子よ(アルスラヌム)」→某戦記を思い出しました。 -
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世界史とってなかったこともあって知識がまだらなので第一次世界大戦の敗戦国のうちにオスマン・トルコが含まれていることを知ってちょっと驚いてその歴史に興味を持ったので。日本だと鎌倉時代から明治にかけて実に36代、600年続いた王朝の通史を新書にコンパクトにまとめたものなのでかなり大雑把ではあるけれどかえって大きな流れが理解できてよかった。まずタイトルがオスマン帝国とあるけれどそれはオスマン家という実は出自のはっきりしないトルコ系の遊牧民が王様(スルタン)を務めてはいたものの政権の中枢を担っていたのはアルメニア人やクルド人など多岐にわたる民族であってトルコ帝国とはいえないということらしい。更には宗教もイスラム帝国でありスルタンはいつしかイスラム世界の教皇であるカリフをも名乗るもののかなり寛容でキリスト教徒やユダヤ教徒も多少イスラム教徒に劣後はするものの長い間共存していた社会であったのだそうだ。長く続いた秘訣はこの宗教面での寛容さと権力闘争を極力排除したシステムにあって特に後者は、有力な豪族の力を削ぐ、王が即位するとその兄弟は殺してしまう(後年はハレムに閉じ込める)、そして外戚ができないように外国の有力者とスルタンや王子が結婚しても子供を作らせないという徹底(殆どのスルタンの母親が奴隷身分だという)ぶりにあった。それにしてもローマ帝国以来の版図を誇った大帝國が近現代になって識字率の向上、各言語での出版物の出現により民族主義が芽生えた結果、帝国がゆるく抑えていた地域のほうぼうで離反が相次ぎクリミア戦争でボロボロにされ第一次大戦の敗戦で完全に崩壊していくところはなんとも物悲しい。そして領土も分割されてしまうところを盛り返して現在の共和国の形を作ったケマル・アタテュルクとはなんとも凄い男だな、とも思った。
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ネタバレ13世紀末から20世紀まで長期にわたって存続したオスマン帝国の通史。
ヨーロッパ史とイスラム史を繋ぎ止める重要な立ち位置であったにも関わらず、今まであまり顧みられてこなかったこの国を非常にわかりやすくまとめ切った本書。
世界史を授業で学んだ限りでは当初は興隆を見せるも、近代には帝国主義とナショナリズムの流れについてこれなくなって遅れた国という認識に留まる。
しかし、600年以上続いた背景には変革と反動を繰り返しながら時代に順応していった歴史があり、
現代の問題を解くヒントを得ることができるという、
歴史を学ぶ意義を改めて思い出させてくれた。 -
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オスマントルコという国は歴史上の古い、しかも縁遠い国というイメージがあった。東ローマ帝国を滅ぼし、更にウィーンなどの欧州を脅かした敵方というイメージもあった。それを相手方から見ることによって全く知らなかった世界を学んだ気がする。それも既に19世紀のうちに立憲民主主義を確立し、ケマルによるアタチュルク革命後の共和国に連続している部分もあるとは、再認識である!この国の起こりが、彼らそのものがトルコと呼んだことがなく、国の名前さえなかったことにもビックリ。そしてスルタンという言葉も実は確立していない!本の中では「オスマン帝国」「スルタン」と呼ぶことに最初に断りがあるのだ。そして名君が多く登場する輝かしい歴史の国だったのだ。それが逆に君主就任時に兄弟を皆殺しにするという超法規措置があったために、分裂・争いのない盤石の体制を築いたこと、また外戚の影響を避けるため、後任スルタンは奴隷の子供から選ばれた!ビックリの連続である。中国史などと違いすぎる!!そしてキリスト教戦士軍団がスルタンの下で友誼で結びついていた!!!現在のトルコがこのオスマンの栄光の歴史の誇りを取り戻そうとしていることは当然のことだろう。