短編集の2/3を読み終えるまでは、ひたすら、退屈で読みにくい本だと思った。
最初は、訳が下手くそなのかとも思ったけど、時々、ハッとする美しい表現が出てきて、そうではなさそうと思い直した。
喪の仕事まで来て、少し変わって、沈黙、さあ土曜日だ、巣に帰るの4編は良かった。
簡潔な文章で、特徴としては、周囲の状況を描くことで、主役について物語を紡ぐ。それが、若い頃の数編においては、私が村上春樹に感じる、それいらなくない?関係なくない?という感想。
そこから、どんどん、作者が歳を重ねていき、彼女の人生が酸素ボンベを離せない状態であることまでわかるうまいチョイスをしている短編集の構成になっている。
私は、たまたま、後半生の練れた作品の方が好みなのだろう。前半生は、本人の生活が無茶苦茶なように、アル中の貧乏なシングルマザーの底辺のリアルが描かれているので、好みが分かれると思う。不倫の話なども描かれていて、不快な人もいるだろう。私は、共感ははっきり言ってできない。
喪の仕事では、亡くなった人の遺産整理を手伝う掃除婦をしていた著者の目を通して、遺品を通して悲しむ家族の姿が描かれる静寂な話だ。
沈黙は、祖父から性的虐待(未遂?)を受ける著者を守ってくれる叔父。それを見て見ぬふりする祖母をしかる叔父。彼の留守中に、自分よりもかわいがられる妹が同じ目に遭うのを黙ってやりすごす著者に対して、祖母と同じだと怒る叔父。いじめを見て見ぬふりする罪と同じだ。
さあ土曜日だは、著者が刑務所内で文章の講師をしている時の話だ。何かのきらめきを感じさせる受刑者がいたが、出所前に現実と向き合うこと。もしくは、出所後の運命を知っていたからか、自分の殻に閉じこもってしまう。そして、出所翌日に殺されたニュースで終わり、世間の厳しさというか、どうにもならない感じが漂う作品。
最後の巣に帰るが、一番いい。
酸素ボンベを手放せなくなった作者。それがきっかけで、裏庭ポーチでなく、表のポーチで休むこととなった作者が、初めて木を埋め尽くすカラスに気づく。そこから、色々なことを見逃してきたのではないかと考え出す。もしも、表のポーチで休んでなかったら、酸素ボンベをつけてなかったら、と終盤の予感がする自分の人生のもしもを振り返る。
最後の一文は、「なんと私の人生は今とそっくり同じになっていただろう」と。変わらず、カラスを見ていると。