篠田謙一のレビュー一覧
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とてもワクワクして読めました。300万年前のアウストラロピテクスが最古の人類だったと習ったあの時代から人類は次世代シーケンサを手に入れここまでのことを知るに至ったのかと、感動でした。
図1-1から興味がほとばしり、最後まで引き込まれました。数種類の人類が同時期に地上に存在し交雑していたとか、確かにそれがしぜんだと思いつつもこんなふうにDNA解析からの知見でわかったことは、ほんと感動。
ホモ・サピエンスにいたる進化の道のりの最初のトリガーはなんだったのか、そんな事を思いながら、映画プロメテウスのはじめのストーリーをおもいだした。文明をもつ異星人が地上に降り立ち流れる川に自らの血液?を落とし、そこから生命がはじまったシーン、人類は意外とこういう何らかの一撃からスタートしたのではないか?などと空想してこの点を端っこに置いていたが、この本を読んで、一撃どころか数100万年にわたる一人ひとりの営みによるDNAの交換の結果、天秤が平衡を保つように進化してきたのだなぁ、と、そして、人類みな兄弟 という昔のテレビCMをおもいだした。
違いを価値とするか同質性を価値とするか、いろんなことに使える視点にも出会え読んでよかった -
Posted by ブクログ
700万年前にアフリカで誕生したヒトの進化とその過程での枝分かれ、200~300万年前の原人により、人類として直立歩行と脳の発達が目覚ましくなり、またアフリカを出てユーラシアへ拡散。そしてアフリカでのホモ・サピエンスの出現と、その出アフリカと各地への拡散。これらの解明が、以前は出土する化石人骨の形態比較や考古学的遺跡・遺物の形態・比較研究を通じて、朧げな足取りしか辿れなかった。しかし、ゲノム研究の進展とその技術の人類学への導入により研究は飛躍的な進展を見せている。また、ゲノム研究もかつては女性のみが保有するミトコンドリアDNAの解析のみであったが、次世代シークエンサーの導入により、核ゲノムの解析も可能になり、またPCR法の導入は以前では出来なかった年代の古い化石人骨などからもゲノムの採集が可能となり、かなり具体的な人類進化と枝分かれ、各地への拡散の絵を描くことが可能になってきた。出アフリカ後のホモ・サピエンスの拡散状況がかつて考えられていたものよりもかなり複雑なようそうであったり、旧人のネアンデルタール人やデニソワ人とホモ・サピエンスとの混血の様子、そして現代人のゲノムにネアンデルタール人などの遺伝子がどの程度含まれているのかなど、様々事実が明らかとなって来ている。日本列島へのヒトの移動の様相や、旧石器時代人と縄文人との関係、その後の弥生人との関係、アイヌや琉球人との関係など、かつて考えられていた事がより事実として精緻な情報が得られ、この分野での歴史も大いに見直す必要があるようである。
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著しい発展が日進月歩で進む人類の進化史は、今最も注目を浴びている学術分野の一つと言って差し支えないだろう。本書はホモ・サピエンスがいかに拡がり、そしてどのような集団を形成したのかを詳述している。
DNA配列の変異を追い、集団の近縁を知ることができるということを、多くの具体例やルートと共に検証していく過程にワクワクする気持ちを抑えられないほどに知的好奇心を刺激させられる。
日本史や世界史においての文明やクニの興りは、集団の移動の歴史とも捉えることができることは、いかに断片的な歴史認識をしていたかと考えさせられる記述が多く、科学と歴史の融合が非常に心地よく文に編まれている。
文理融合型の学びという例えが正しいのかは分からないが、双方からの知的欲求に耐え得る素晴らしい一冊である。
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何冊かオーディブルを聞いてきたけれど、この本ほどオーディブルらしいものはなかったように思う。
ナレーターはデジタルボイスで、内容が科博と科学についてというものだったため、私が子どもの頃に思い描いていたSFのような手触りをしていた。
とはいえ、手触りこそSFではあるものの、内容はれっきとした現実、あまり手放しで楽観視出来ない状況というか、いささか情けない気持ちになってしまう現状があったりする。しかし、著者はひたすらに前向きで言葉選びも丁寧だ。文理を超えての、人文学に教育の軸を……という考えにも同感だ。
残念なことに、こうした話を読んだり聞いたりするのは、興味を持つ人が多数を占めるわけだけれど……広く聞いて欲しい内容だと思う。
若干の難点は、著者の専門に紙面(オーディブルの場合は、どういうべきなのかしらん)を多く取っていて、我田引水な印象があるところだろうか?
科博といえば、クラファンの成功が想起されるが、この件についての詳細もあって、ジャーナルとしても興味深かった。 -
Posted by ブクログ
初期猿人は700万年前、200万年前に原人グループ(180万年前に出アフリカ)、複数のホモ種、ホモ・サピエンスとネアンデルタール、デニソワとの交雑。
ホモ・サピエンスは30万年前にアフリカで誕生、6万年前に本格的に世界に拡散(20万年前から一部は拡散)。
P66-人類の旅路。4-3万年前に日本に。
6万-1万年前に狩猟採集民が世界拡散(初期拡散)。後期旧石器時代は気候変動が激しい。
出アフリカ、ユーラシア基層集団とヨーロッパ系統、東アジア系統。
すべての集団は異なる集団との合流や離散、交雑や隔離を経て成立してきた。
アウトオブ台湾モデル。台湾の初期農耕民が6000-5000年前にポリネシアへ。
ヨーロッパの狩猟採集民は1万年前ぐらい、アナトリアの農耕民の進出。
5000年前に大きくゲノムが変化。ヤムナヤの牧畜集団がヨーロッパの農耕社会に影響。
東アジアでは、内陸部を北上する集団と分離し、南東部沿岸を狩猟採集民が北上。
中国の古代人は南北で異なるゲノム集団。
日本の二重構造モデルの限界。
先島・沖縄本島、本土日本、北海道の3つの異なる文化系統。
4万年前後期旧石器時代、台湾・琉球ルート、朝鮮半島・対馬ルート、シベリアルートの3方向から流入。
縄文人のゲノムは、大陸集団から早くに分岐し、列島内で独自の遺伝的特徴を獲得、地域による分化の方向に進んだ。
現代日本人のゲノムは10%が縄文人、90%が弥生時代以降。
稲作農耕は長江中流域で始まり拡散し日本へ、青銅器は北東アジアから日本へ。
渡来人のルーツは西遼河流域の雑穀農耕民、稲作農耕民の一部と朝鮮半島で合流し日本へ。
約6000年前、朝鮮半島南部と九州北部の縄文人集団はほぼ同じ。
弥生時代、古墳時代と継続的に渡来人が流入。
アイヌは北海道縄文人をベースにオホーツク文化人(5c-10c)の遺伝的影響を受け成立(縄文人由来のゲノムを70%保有)。13cにアイヌ文化が成立。
沖縄の港川1号の旧石器人は現代につながらず消滅、その後九州から流入した縄文人がベースに。12c前後のグスク時代に農耕社会に転換し急激に人口増加。
琉球列島の現代人は縄文人由来のゲノムを30%保有。
縄文以降の本土からの移住、7300年前の鬼界アカホヤ噴火による吸収との連絡途絶。
鳥取の青谷上寺地遺跡のDNA分析。血縁関係ほぼなし、多くの人が流入や離散を繰り返す古代都市多数の創傷、倭国大乱の時期。
世界中に展開したホモ・サピエンスは遺伝的にはほとんど同一。すべての文化は同じ起源から生まれ、文明の違いは環境の違いや歴史的な経緯、人々の選択の結果である。
地域集団を加えていくとSNP解析では、連続していくので、人種的な区分は人為的に基準を設けないと区分できない恣意的なもの。
民族という概念は生物学的な実体を失っていく。
連続的に変化していくため、地域集団の遺伝的な構成は常に変化する。 -
Posted by ブクログ
ヒトゲノム解析の終了宣言がなされたのが2003年、2000年代後半には次世代シーケンサーが実用化され、ゲノム解析が高速で低コストで行なえるようになった。その恩恵は人類学に,遺伝子レベルでの理解という新たな手法をもたらした。ミトコンドリアDNA, Y染色体DNA,全核DNAなどのゲノム解析と主成分分析の手法を使った人類集団の成立や拡散,平たく言えば世界中の人がどこから来たのか,をまとめている。我々のルーツについても,最近の研究成果が紹介されているが、従来言われていたほど単純ではなさそうだ。この新書では2010年代から2021年頃までの論文から、信頼できる成果をまとめている。その後10年の成果にまたお目にかかれるのを楽しみにしたい。
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Posted by ブクログ
国立科学博物館が資金難に陥り、クラウドファンディングで応募をしたら、目標金額の1億円を大きく上回る9億円超の支援が集まったという。
研究者だけでなく、一般の人々にとっても大切な場所であることが証明されたのだと思う。
私たちが生きている現代社会は、効率や生産性に支配されてしまっている。
ビジネスの世界に身を置いていれば、それは当たり前のことだ。
「それは今すぐ役に立つのか」
「どれぐらい儲けが出るのか」
我々は日々、短期的な成果ばかりを追い求めている。
一方で、博物館のような「文化」を担っているものの使命は、その真逆を行くものだと言える。
科博の役割は、決して、展示を行うことだけではない。
日本、そして地球の歴史を物語る「標本」を収集し、未来へ向けて保管し続けることだ。
その数は、なんと500万点を超えるという。
中には、今すぐ何の役に立つのか、誰にも分からないような標本も大量に含まれている。
ただの石ころのように見えるもの。
見たこともない虫の死骸。
古びた骨の破片。
それらを、莫大なコストと労力をかけて、ひたすら集め、整理し、守り続ける。
著者は、これらを「地球の歴史のアーカイブ」と呼ぶ。
「今すぐ役に立つかどうか」という短い時間軸で、その価値を測ってはいけないのだ。
この指摘に、私は考えさせられた。
我々は日常の中で、全く同じ罠に陥っている。
目先の利益や、今期の数字にばかり目を奪われてしまう。
すぐに成果の出ない基礎的なデータの蓄積や、目に見えない組織文化の醸成を、お座なりにしていないだろうか。
そういう「見えざる資産」を、無駄なものとして削ぎ落としていけば、短期的には効率が良く見えるかもしれない。
しかし、長い目で見れば、それは組織の未来の可能性を自ら摘み取っているのと同じことだ。
効率化の美名のもとに、本当に大切な「富」を破壊してはいけない。
科学が持つ、この終わりのない地道な蓄積の姿勢から、私たちは学ぶべきことが山ほどあると感じた。
本書の中で、私が面白いと感じたのが「最新のテクノロジーが、過去の標本の価値を一変させる」という話だ。
100年前に採集された、古い標本があるとする。
当時の科学者たちは、その外見を観察し、大きさを測り、分類することしかできなかった。
情報量としては、それが限界だったのだ。
しかし現代になって技術が進化し、状況は劇的に変化した。
一例として、DNA解析技術が飛躍的に進歩したことで、かつては「ただの骨の破片」でしかなかった標本から、現代の技術を使えば、目に見えないゲノム情報を抽出することができたりする。
そこから、その生物がどこからやってきて、どのような環境で生きてきたのか、詳細な歴史(ナラティブ)を読み解くことが可能になった。
過去の科学者たちが、未来のテクノロジーを予想して標本を残したわけではない。
「とにかく、今ある事実を正確に残しておく」
その純粋な思想があったからこそ、現代の我々がその遺産を使い、新しい真実を発見できている。
過去の遺産が、最新技術によって新しい意味を持って蘇るというのは、なんと壮大でロマンのある話だろうか。
この構造は、現在のビジネスにおけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の本質とも深く繋がっているような気がする。
組織のあちこちに散らばっている、過去の業務記録や古いデータ。
それら単体を見れば、無味乾燥で、使い道のないゴミのように見えるかもしれない。
だが、現代には生成AIや高度なデータ分析ツールが多数存在する。
バラバラだった過去のデータを一元管理し、横串で解析を試みた瞬間、それは企業の強力な武器へと生まれ変わる可能性がある。
思いもよらない顧客のニーズや、業務改善のセンターピンが、そこからあぶり出されることがあり得るのだ。
だからこそ、私たちは今この瞬間から、データを正しく集めて残さなければいけない。
未来の誰かが、より優れた技術でそれを活かしてくれると信じて、バトンを繋いでいく。
地道な日々のルーティンワークであっても、それが未来のイノベーションの土壌になると思えば、仕事に対する熱量も変わってくると思う。
科博の収蔵庫には、同じ種類の生物の標本が、何百、何千と並んでいるという。
普通の感覚からすれば、「同じものをそんなにたくさん集めてどうするのか」と疑問に思ってしまう。
代表的なものを一つか二つ、きれいに残しておけば十分ではないか、と。
しかし、著者は「それでは意味がない」と断言している。
重要なのは、個体ごとの「違い」であり、バラつきなのだ。
生物の進化の歴史において、最も神秘的に思うのは、生命の持つ「不完全さ」だ。
細胞が分裂し、DNAを複製するとき、ごく稀にコピーミスが起きる。
これを突然変異と呼んでいる。
もし、この複製システムが完璧で、寸分の狂いもなく100%同じデータをコピーし続けるものだったとしたら、地球上には最初の一細胞生物しか存在しなかったはずだ。
エラーという「不完全さ」があったからこそ、多様な個体が生まれている。
そして、その多様性があるからこそ、地球の環境が激変したときに、たまたまその環境に適合する個体が生き残っていく。
均一であることは、一見すると効率的で美しく見えるが、生物学の視点に立てば、最もリスクが高い危険な状態と言えるのだ。
一つの環境変化や感染症の流行で、集団全体が一瞬で全滅しかねない。
この多様性の理論は、現代の組織運営やキャリア論にも、そのまま鋭く突き刺さると思う。
企業組織の中にいると、私たちはついつい均一であることを良しとしがちだ。
前例を踏襲し、ミスを極端に恐れ、同じような考え方、同じようなスキルの人ばかりを揃えようとしてしまう。
同質性の高い環境は、居心地が良いかもしれない。
指示も通りやすく、短期的な効率は上がるだろう。
しかしながら、現代のような変化の激しく、未来の予測が困難な時代において、均一な組織は極めて脆弱だと言わざるをえない。
一度、大きな市場の変化やテクノロジーの荒波に直面したとき、一気に崩壊してしまう危険を孕んでいる。
今こそ、私たちは「違いを楽しむ」姿勢を持つべきだ。
組織の中に、異なる背景や価値観を持った「異能」の人材を集める。
そして、その異能の掛け算によって、新しい価値を模索していく。
完璧を求めず、エラーや失敗を良しとして、突然変異を許容する。
違っていること、不完全であること。
それこそが、不確実な世界を生き抜くための最強の生存戦略だと言える。
私自身、会社員としてのキャリアも後半戦を迎えている。
今さら自分自身が変化することは難しいのかもしれない。
しかしながら、若い人の突然変異については、ドンドン応援していきたい。
我々の使命は、次の世代のために何を残せるか、という一点に尽きると思う。
時代は大きく動いている。
新しい技術や価値観を、まずは素直に受け入れてみること。
何歳になっても、好奇心を失わず、謙虚に学び続けること。
若い人たちがのびのびと挑戦し、失敗から学べるような、豊かな土壌を耕すこと。
科博の先人たちが、未来の科学者のために標本を残し続けたように、私もまた、未来の組織や社会のために、誠実なバトンタッチをしていかなければと思っている。
(2026/1/2金) -
Posted by ブクログ
2021年刊行。
分子人類学を専門とする著者による「人類の起源」を解説した本。
著者がこの本で最も伝えたいのは「直近10年間のシークエンサの発展により、古代の核DNAが解析できるようになった」ということだ。
これにより、骨の観察やごく限定的なDNAの解析に基づく定説が覆され始めている。
例えば、従来、現生人類(ホモ・サピエンス)は、20万年前にアフリカで生まれたとされていた。
しかし、ネアンデルタール人の遺骨に含まれるDNA解析を行った結果、実は60万年前に彼らの祖先と分岐していたことが分かった。
また、分岐の後にも彼らと交雑を繰り返しているほか、他の絶滅人類と交雑していたことも分かってきた。
最新のシナリオでは、私たちにもっとも近縁な現生生物であるチンパンジーの祖先と、人類の祖先が分かれたのは約700万年前。
そこから無数の人類種が誕生し、およそ200万年前に初めのホモ族が登場し、最古のホモ・サピエンスが20-30万年前にアフリカで出現する。
そして、サピエンスは6万年ほど前に出アフリカを成し遂げ、旧大陸にいたホモ・サピエンス以外の人類を駆逐しながら、交雑しながら世界に広がった。
これが最新の学生に基づく最も妥当性の高いとされるシナリオだ。
これも、20世紀の終わりまで支配的だった多地域進化説をひっくり返すものだった。
一方で、「アフリカ大陸でサピエンスが誕生した」と確定させるエビデンスもなく、ユーラシア大陸で誕生した可能性も否定しきれない(らしい)。
つまり、解析テクノロジーの発展によって、「何も分からないことがわかった」というわけだ。
また、著者は最新の研究成果を用いながら「我々が民族と呼んでいるものは幻想に過ぎない」と主張する。
世界中の現存人類のゲノムは非常に連続しており、「民族」と括れるほど明確な線引きはどこにも存在しないということだ。
そもそも、サピエンスのDNAは99.9%共通している。
例えば、5000年前に現住していたヨーロッパの人びとは、ヤムナャ人(ウクライナ付近にいた遊牧民)の進出を受け、ほとんど入れ替わりに近い現象が発生していると推測されている。
つまり、現在のヨーロッパ人のイメージとは5000年前以降の姿でしかなく、人類30万年の歴史からすれば瑣末なアイデンティティに過ぎないということだ。
そんなヨーロッパ人が「民族」を盾におぞましい虐殺を繰り返してきたというのは、なんとも言えないものがある。
このように、本書はそこまで長くない本でありながらも、情報量が非常に多い。
だが、「分かっていること/まだ分からないこと」「これまでの定説/新たな定説」の違いがやや分かりにくく、丁寧に読まないと混乱する。
丁寧に読めば、人類の旅に関する最新の知識をインプットし、知的好奇心を満たし、視野を広げてくれる本だと感じた。 -
Posted by ブクログ
タイトルどおり、われわれホモ・サピエンスの起源について述べた新書。近年DNA解析などの最新の技術によって、だいぶあらたにわかってきたことも多く、読んでいて「ココまでわかっているのか」と頷かされることが多かったが、それと同時に、「ココまでしかわかっていないのか」という気持にもなった。たくさんのことがわかっているようで、まだまだなにもわかっていないのである。もちろんだからといって本書に読む価値がないとは思わない。最新の知見からは学ぶことが多く、人種など地域ごとの特徴の差が、古代の遺伝的な交雑に由来するとは知らなかった。また、「縄文人」と「弥生人」に関する記述も興味深い。弥生人が渡来系というのは知ってはいたのだが、じっさい遺伝子を解析してみると、弥生人が縄文人を吞み込むようにして滲透していったことが確認できるという。わたしは「騎馬民族征服王朝説」を思い浮かべた。あの説は古墳時代のことだから間違いではあるのだが、弥生時代に渡来系が列島を席捲していったと考えれば、まったくの荒唐無稽な発想ではなかったのかもしれない。ところで、排外主義が異常に猛威を振るう現在にあっては、最後の「終章」だけでも読む価値がある。人種差別は許されないとあらためて言及しておきたい。
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Posted by ブクログ
漫画と解説でよくわかる。
派手なリアクションがないので、大人でも疲れない。
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ホモサピエンスだけが残ったが、デニソワとネアンデルタールと交雑していた。
DNAは設計図の文字、遺伝子は設計図(文章)、ゲノムは設計図全体の本。
最初の人類はサヘラントロプス・チャデンシス。
猿人(サヘラントロプスやアウストラルピテクスなど)原人、旧人(ネアンデルタールなど)、新人。
ホモサピエンスは、アフリカで30万年前に出現、6万年前にアフリカを出て、ヨーロッパ、中国、日本に4万年前、インドに5万年前、シベリア東部に3万年前、アラスカに2万年前、カナダに13000年前、アルゼンチンに15000年前、オーストラリアに47000年前に到達。その後、何回も到達し、後に到達したものが残る傾向。
日本には、シベリアから中国朝鮮から、南方の海から来た。 -
Posted by ブクログ
DNA解析や古代ゲノム研究によって日々塗り替えられている人類進化の最先端の研究成果を分かりやすく説明してくれる。
学校で〇十年前に”人類の黎明”を学習したころは、アウストラロピテクスとか、ジャワ原人や北京原人、ネアンデルタール人、そしてクロマニヨン人という名称とともに、その順で進化をしてきたんだということを習ったと記憶しているが、本書を読んで、ホモ・サピエンス、ネアンデルタール人、デニソワ人という三種の人類が数十万年にわたって共存していたこと、しかもそれらが交雑して遺伝子を交換してきたことが分かってきているなど、新しい事実の数々に驚きを禁じ得ない。
また各地域における集団がどのように移動し、現在に至っているかなどもだいぶん分かってきたようだし、従来二重構造モデルで説明されてきた日本人のルーツについても核ゲノム解析等により科学的な解明が進んでいるらしい。日本では状態の良い人骨があまり残っていないので、どのくらいの精度で判明するのか良く分からないが、今後の研究の進展が実に楽しみ。