かげはら史帆のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
変人しかでてこない
登場人物全員変人です
ベートーヴェンのソナタが大好きで
何冊か本も読みました
マイルドに書かれている真面目な書籍ですら
ベートーヴェンって変わった人だったんだな
ってわかるくらい
個性的な人物だったと思うのですが
こちらの本では変人っぷりが突き抜けてます
類は友を呼び、知人友人みんな変人です
そして群を抜いてヤバい方向で変人なのが
この本の主に書かれているシンドラー氏
ベートーヴェンへの偏執的な愛、執着、神格化
変人ベートーヴェンですら、あっ、こいつヤバいって思ってたんだろうなぁ
物語の主人公って、変人であればあるほど面白いので
とっても面白く読めました
シンドラーは自分の居場所が欲しかったんだろうな
できることならベートーヴェンの信頼を独り占めしたくて色々暴走したのではないかと。、、
運命は扉を叩く、とか
シェイクスピアのテンペストを読め、とか
月光は盲目の女の子のピアノにインスピレーションを受けた、とか
信じてましたよ、、、
ずいぶん詩的でロマンチストなんだな、とも思ってましたよ
私もシンドラーに騙されました
許さん
甥のカールと天才リストが迷惑被っててかわいそうです
映画まだ見ていないので見たいです
下世話なベートーヴェンと空気読めないシンドラー見たい(笑 -
Posted by ブクログ
オーディブルにて
軽い気持ちで聴き始める、軽い集中力で聴けるものの、内容はものすごく深く、緻密な研究の積み重ねの上にあることが素人でも分かる。歴史スペクタクルでありながら、人間の滑稽さや歴史の皮肉に笑ってしまったりほっこりしたり。ベートーヴェンも生身の人間だったんだな。
作者がシンドラーに対してもベートーヴェンに対しても冷笑的でシニカルな距離感なのがとても新鮮で面白く、でも結局のところ(とりわけ主人公シンドラーに対して)深い愛があるのがなんかよかった。
シンドラーにしても、アメリカ人青年にしても、捏造を最終的に暴いた人にしても、そして作者にしても、生涯をかけて他人の人生を丹念に研究するという並々ならぬ情熱に尊敬の念を感じた。
業界で捏造の事実が暴かれたあとも、第九は「運命」と世界中の人が信じているという「シンドラーの勝利」が物語最大の山場だった。良くも悪くも”真実”より”物語”の方が人を動かす力になってしまうということか、、、
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Posted by ブクログ
面白かった!
ベートーヴェンの秘書を務めていたアントン・フェリックス・シンドラーという男がベートーヴェンの名誉を守るため、そしてちょっとだけ自分を良く見せるために、さまざまな人がベートーヴェンとの会話に使用された「会話帳」を独占して、かつ内容を改竄するという大それた行動に出るのだ。
シンドラーはベートーヴェンを守るために証拠品に手を加え、ベートーヴェン伝を出版する。
でも。改竄はベートーヴェンが生きている間にも十二分にしてきたのだろうと思う。自分の頭の中で。
ベートーヴェンという大物に尽くす自分、頼りにされる自分、常に美しい主従関係をイメージしながら生きていたのだと思う。
そしてそれをベートーヴェンにも押し付ける。故に、ベートーヴェンに嫌われていたのではないだろうか。
窮屈だったのか、理想を押し付けられて嫌になったのか…詳しいことはわからないのでなんとなくではあるのだけど、コイツといたらしんどそうだなぁ…という気がする。
愛し愛されの良い関係を築き、ベートーヴェンにとっての1番の良き理解者でありたかったのだろう。生きているうちは叶わなかったけれど、ベートーヴェンが亡くなった後ならそれを世の中の人に知ってもらうことができる、とばかりに嘘に手を染めるわけだけれど、果たしてそれをどう評価すべきなのか。
もちろん、大切な史料に改竄を加えることなど許されない!しかも自分を良く見せようとするなんてとんでもない見栄っ張りだ。この嘘つき野郎!と一網打尽に切り捨ててしまうのは簡単だ。
けれど、この本を読み終えた頃には、それだけが自分の生きる道だったであろうシンドラーに対して、なんだかそこまで断言するのもなぁと憚られてしまう。
そんなちょっとしたモヤモヤも残ってしまったものの、まさかこんな本に出会えるなんて!と幸せな気分になれた。 -
Posted by ブクログ
積読をしていたら、何と文庫化されてしまった。というわけで、読み始めたのだが、これが滅法おもしろかった。
ベートーヴェンといえば、いかつい目つきにモジャモジャ頭…。小学校の音楽室に必ずといっていいほど飾られた肖像画を連想する。そして、授業や書籍で語られてきた印象的な数々のエピソード。「運命はこうして扉を叩く」という台詞は、音楽に疎い私でも知っている。ところが、そうしたエピソードは、ベートーヴェンの秘書アントン・シンドラーによる伝記に由来し、実はそのほとんどが捏造されたものだった。
ベートーヴェンが若くから難聴を抱えていたことは有名で、コミュニケーションはノートへの筆談に頼っていた。ベートーヴェンは失語ではないので、書くのは相手側のみである。そのノート約400冊は全て保管されていたのだが、シンドラーは伝記を書くにあたり都合のいい部分だけを残し、他は燃やしてしまったという。しかも、残した約140冊の至るところに改ざん処理を施した。
こうして書き上げられた伝記は1840年に初版が刊行され、2度大幅改訂されている。当時から内容に疑義が寄せられていたもの、その後の楽聖ベートーヴェン像の確立に大きな影響を与えることになった。
ところが、1977年の国際ベートーヴェン学会で、シンドラーの捏造が改めて大々的に指摘され、一大騒動に発展するのである。ある研究家はシンドラーが関わった情報は一切信用できないと述べ、今後正確なベートーヴェンの伝記を書くことは不可能だとまで言う。
作者はシンドラーを“プロデューサー”だと評する(決して褒めてはいない。ここ重要)。天才作曲家ベートーヴェンは、人間的にはなかなか厄介な方だったらしい。シンドラーはそれらの醜聞をもみ消した。そして、自分とベートーヴェンとの関係性を「盛った」のである。
本書はかなり砕けた文体で、面白おかしく書かれている。スラスラ読める徹夜本である。シンドラーさん、なかなかにゲスい。すると妙な気になってくる。大筋はこの通りなんだろう。捏造も間違いなくしたのだろう。でもこの本に書かれていることを、正確にシンドラーが言ったり考えたりしたかはわからない。では、これ「捏造」なのでは?
シンドラーの嘘は綺麗さっぱり淘汰されたのかといえば、そんなことはない。「運命」のエピソードのように、捏造報道があった後も多くのテキストで紹介されている。我々は今なおシンドラーの描いたベートーヴェンを見ているのである。 -
Posted by ブクログ
ベートーヴェンという“絶対的な天才”像が、実は後世の誰かの手によって作られたかもしれないという、そんな視点にぞくっとしました。
嘘も演出も、熱意ゆえの仕掛けだったのか、それとも名誉と欲望の産物だったのかが、よく捉えられています。
伝記を書き換えたシントラーの姿には嫌悪と同時に、どこか人間臭さも感じましたし、資料分析が続く部分はやや堅く感じつつも、「歴史とは事実ではなく、誰かが語った物語なのかもしれない」と考えさせられました。
ベートーヴェンの音楽が色褪せるどころか、むしろ神話の影を知ったうえで聴くと一層深く響く気がして、そんな不思議な余韻を残す一冊でした。 -
Posted by ブクログ
この本のことは前から興味があったが、小難しい感じかなと思って読めずにいたら、バカリズム脚本で映画化と聞いてえっ?!と驚き(でもまだ見てない)、このたびAudibleでたまたま見つけたので聴いてみた。ぜんぜん難しくなんかない、面白かった。山田裕貴のシンドラー、ぜひ見たい。おかしい、狂ってる、怖い、プロパガンダ……でもその奥底には、私を愛して!がある。人間ってなんなんだろう。
栗原康解説も良かった。栗原さんのお気に入りはお調子者のリスト。ひのまどかのブラームス評伝にもリストはいけすかない感じで登場していた。リスト気になる。
リストの師匠はチェルニー、チェルニーとベートーヴェンといえば(私にとっては)森雅裕、森雅裕をまた読みたくなった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレいや〜長いことずっと騙されてました
ベートーヴェンの性格やら変態っぷりは知っていましたが、まさか交響曲第5番の冒頭ソソソミ♭(ジャジャジャジャ〜ン)は、運命が扉を叩く音とは本人ではなくシンドラーのエピソードだったとは…信じていたのでショックでした。他にも出てくる出てくる。
確かに恐竜もあんなカッコいいものではなく、鶏の大きい版みたいな感じだったのではないか?とか戦国時代に食べる物が少なく、よく映像や銅像なんかで見るあんな立派な馬ではなくロバみたいな感じだったのではないか?という話もありますが、迫力があった方がロマンがありますよね。シンドラーもその1人だったのでしょうか。
伝言ゲームでもあれだけ短時間で話が変化してしまうので伝記もそうなってしまうのは仕方ないでしょうね。
今度はこの本の中に出てくるエドワードホームズのモーツァルト伝を読んでみたいですが、日本語訳が出ていなそうなので迷います。
音楽好きな方だけでなく、歴史好きな方や本好きの方達にオススメしたいです。 -
Posted by ブクログ
おもろ(笑)
と含み笑いしながら読んだ。ベートーヴェンを神格化し、その振る舞いに聖人君子であることを求めながら自らはあまりにも人間的な主人公と、暴走する主人公に反目する周囲との応酬には失笑せざるを得ない。正に人間劇場といった感じだ。
主人公の功罪はどちらが勝るとも言い難い。捏造はあり得べからず罪には違いないが、彼がいたからこそ会話録が遺されたことを思うと功績ではあるだろう。
彼をプロデューサーと評するのはあくまで後世の人間から見た結果論に基づく一側面をしてだと思った。個人的には狂信者だと感じたし、ベートーヴェンが聞いても怒り出しそうな気がする。とは言え不思議と憎みきれない。愚かな所業に手を染め、ベートーヴェンからは疎まれ、いくらでも欠点をあげつらうことが出来そうなのだが、ベートーヴェンに対するその一途な純真さがそうさせるのだろうか。あるいはコミカルに描かれた本書の妙か。
耳が不自由故に生活の仔細が残り、それ故に捏造されてしまったという運命は面白い。ベートーヴェンまでとはいかずとも、意図的であろうとなかろうと事実が捻じ曲げられて伝えられている偉人は少なくないのだろうなと思った。 -
Posted by ブクログ
1842年の風刺画に描かれた、当時のスターピアニストとファンの関係を現代的な視点(ファンと推しの関係)で捉えた名著だった。
読みやすく、丁寧な解説を読むうち、現代社会で話題の推し(スター、アイドル…etc)とファン(あるいはオタク、観客、聴衆…etc)の関係性はけっして新しいものではなく、19世紀から既にみられてきた人間の普遍的な本性だったんだと気づくことができた。
そして、ファンやオタクが世間的に低く見られがちなことも、実はいまに始まったことではないと知る。それは、その社会やコミュニティが決めた、正統とされる鑑賞の視点や流儀でないからなのかもしれない。ただ、その新たなファン層の価値をむしろ認めたい、というのが本書のメッセージだと受け取った。
偏愛上等。そこから新しい文化も生まれる。「推し」と「ファン」、そして一部「ファンダム」との関係について、19世紀と今の私たちの視点を行き来しながら、それぞれへの理解を深めてくれる良書だった。『インザメガチャーチ』(朝井リョウ)を読んでゲンナリしてしまった現代人への福音の書。
ちなみに、私は本書のスポットは、ピアニストの側よりもファンの側にあてられていると感じた。その意味で「ピアニスト」が主語、「ファンサ」が話題の中心のように見せるタイトルにはやや違和感が残る。実際には、本書中にファンサのことはほとんど書いていない。ピアニストの頭の中もあまり書かれていない。むしろこれは、古今東西の推し活をするオタクとそれを見る社会についての、とても目配りのいい考察本だと思う。推しのいるファンの方にはぜひおすすめ。