武田百合子のレビュー一覧
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ネタバレ武田百合子最後のエッセイ集。
相変わらずたんたんと日常を書いているのだが、富士日記なんかと違って公開前提の文章だからか、書くことに慣れてきているのか、わかりやすくユーモアがある感じ。
1日六回温泉に入って湯治をして若々しくしている人に、内心(年中温泉入っているだけなら若くなったってどうだというのか)と突っ込んでいたり、温泉のアヒルが食べられちゃう運命なのをさらっと書いていたり、愛猫の葬式をやるくだりで「飼い主のこういうときの気持ちを納得させ」る金額は五万円前後と得心しているところとか、面白くてくすりとしてしまった。
しかし、夫を早くに亡くして出戻りの娘と2人暮らし、友人も次々亡くなっているようで、いろいろ旅行なんか行っているけれどどうにも寂しい感じがつきまとう。夫のちょっとした思い出に触れるときの優しい手つきの文章なんかには切なくなった。文章に感情が露骨でない分、より深さを感じさせるというか…。
この本を出して翌年には武田百合子本人も亡くなっているようだけど、そんな自身の死の予感もあったのだろうか、と思ったりした。 -
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ネタバレ下巻は夫泰淳の体調がどんどん悪くなり、最後はほぼ看取りのような状態で過ごしているのがわかる。お祭りに行くこともなくなり、冬の山行きを取りやめ、日記も飛び飛びになっていくのが切ない。それなのに、夫が過ごす最期の夏は虫の知らせがあったかのように日記がつけてある…。長く連れ添った夫婦の呼吸のようなものが文章から感じられる。
「生きているということが体には毒なんだからなあ」
とこぼす夫の言葉がなんだか沁みた。老いや病を経て否応なく死へ向かっていく人間の体はどうしようもないのだ。美味しいご飯やお酒も、みんな毒になっていく。
後半は私の夫とカフェに行って読んでいたのだが、これからは一緒に過ごす時間をもっと大切にしていこうという気持ちが自然とわき上がってくる本だった。人間と人間が出会って寄り添って一緒に暮らしていくことは、尊い。 -
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ネタバレ富士日記中巻。たんたんとした記述、献立と買い物リストの並ぶ様子は上巻とそんなに変わらないが、愛犬ポコが事故で死んでしまうのが大きな出来事か。
ポコが死ぬのも富士への道中車のトランク(!)に入れていたからだし、犬への食事もすべて人間の余り物だし、よその犬に平気でチョコをあげていたりと時代の隔たりをやはり大きく感じる。でも私が子供の頃(平成前半)でも犬には猫まんまとかあげていた覚えがあるし、ペットの扱いってどんどん変わっているのだろうな。
けっこう献立も家族バラバラで、うどんにご飯、パンにスープに佃煮みたいに自由な感じなのでたまにびっくりする。朝からうな丼とか食べてたりするのだ。
下巻は夫の病があるようなので心して読む。 -
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ネタバレ富士山麓に別荘を建てた作家一家の、山での暮らしを綴った日記。買い物リストやご飯の献立、その日その日に行ったところや会った人の記録がたんたんと書かれている。
エッセイ的な記述はほとんどないのだが、日常のちょっとしたやりとりなんかから自由奔放な夫泰淳、気が強くて口が悪い妻百合子、ちょっと内気な娘花子の性格が見えてくるのだ。当時(昭和39~41年)の物価の安さに驚いたり、近所の人やお店、職人の人々との食べ物のやり取りの多さには時代というか文化の違いを感じさせられた。お客様が来たらとりあえずお酒出してて、飲酒運転も当たり前にしてるみたいですごいなあ…。車の事故や不調の話題がかなり多くて、煙が出てるような状態で運転してたりするから怖い(笑)。
いつか読もう読もうと思っていてやっと読めたけど、正直面白いという感じはあんまりない。でもとりあえず中巻と下巻も読んでみようと思う。 -
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ネタバレ夫武田泰淳と過ごした富士山麓での十三年間の一瞬一瞬の生を、澄明な眼と無垢の心で克明にとらえ天衣無縫の文体でうつし出す、思索的文学者と天性の芸術社とのめずらしい組み合わせのユニークな日記。昭和52年度田村俊子賞受賞作(第1巻紹介文)
昭和39年7月から始まり、昭和51年9月までの日記が上中下3巻に収められている。作家武田泰淳氏の妻百合子氏の日記だが、時々泰淳氏の文章や、娘花さんの文章も挟み込まれている。
百合子氏の文章は、その生き方そのものと同じように天衣無縫。泰淳氏の文章は、さすが小説家という表現があったりするが日記の中で読むには違和感を感じる。娘の花さんは当時13歳ころと思われるが、両親のセンスを共に受け継ぎながらも自分としての表現をされていてすごいなと感じた(カメラマンになられたらしい)。
他人の「日記」というものに関心がわき、読みだした。富士山麓での生活とはどういうものか。
作家の生活とはどういうものか。
作家夫人というのはどういうものか。
そんな興味で読み始めたが、それらのことを、普段の生活日記の中から肌で感じ取ることができる。
作家夫人の日記といえど、今日あったこと、ご近所さんとのコミュニケーション、買い出しの様子、富士五湖で水泳を楽しむ様子、ペットを含めた家族団らんの様子、朝昼夕のメニュー紹介、時々時事という普通の日記の感じ。であるけれども、やぱり百合子氏独特の個性が表現されている。意外とうんこ話がお好き。
毎日欠かすことなく、朝昼夕の食事の内容が紹介されているが、お金持ちのご様子でたぶん「節約」という感覚は不要で、感性のままに買い出しをされて、感性でその日のメニュー考えて作られているように思う。
しかしこれが、意外と時代を経てもセンスが感じられ、たぶん当時としてはハイカラな食事だったんではないかと思われる。出版当時はレシピ参考本としても読まれたのではないか。
文庫本(古本)で読んだが、各巻400ページ超の量で、上巻だけでだいたいの興味に応えてくれる内容が出てきて、中巻も下巻もその書きくちは変わらない(日記なので)ので、上巻読んでほぼお腹いっぱいになってくる。従って、中巻、下巻はキーワードを見つけてからその周辺を読むという走り読みに変更。
やはり時代が感じられる。中巻では1968年(昭和43年)の日記で「チェコ事件(ソ連がチェコに突入)」の報道について書かれていたり、「メキシコオリンピック」の開幕式のことが書かれていたり。
下巻にはいって、昭和44年のアポロ11号月面着陸や、昭和45年大阪万博(アポロ11号が持ち帰った月の石が展示されてた~)のこと、雫石での自衛隊機と全日空の衝突事件、三島由紀夫の割腹自殺のことなど、登場する。
なんかこの頃の出来事はすさまじいなと感じながら、自分はその頃何歳だったのかとかを照合しながら読む自分がいる。
ともかく日記の中にも交通事故の話がたくさん出てくる。交通事故で亡くなる人も多い。一人の日記にこれだけの事故の記述があるということは、全国でものすごい数であったことが想像される。光化学スモッグや公害という言葉、エコノミックアニマルという言葉も登場する。「私の城下町」や「フォーリーブス」も登場する。読みながら一昔前へのタイムスリップができる。
下巻最後、夫泰淳氏が病気と闘いながら生を全うするまで、妻としてつきそう日々の様子が描かれて、日記は終わっている。
「日記」文学の面白さ、もう少し広げていってみてもいいかなと思う。 -
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ネタバレ海外旅行エッセイが好きで、読んでみた。
このエッセイ…というか日記を読んでいて、なぜ自分が他人の旅行記を読むことが好きなのか、考えさせられることになる。
通常、旅行エッセイでは、筆者が旅先で眺めた風景や交流した人々、口にした食べ物から考えを巡らせ、反省したり、新たな知見を得たりとか、そういったことが盛りだくさんなケースが多い。そしてそれか旅行エッセイというもののフォーマル、典型的な形だと思っていた。
後書きにもあるが、これは完全なる日記である。目にしたこと、耳にした知人や夫の会話、食べた料理、他の旅行エッセイには類を見ないほど、淡々と記してある。
正直、最初はそのあまりの単調具合に読むのに飽き飽きしてしまった…のだけど、いつのまにかそのリズミカルな叙述、周りの自然や空気を捉える暖かな感性、そしてクスりとしてしまう、ちょっとした笑い。(狙ったフレーズじゃない所がさらに良い)僕はいつのまにか、引き込まれていた。
旅行記、旅行エッセイというものに対する考え方が変わる一冊だった。
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年末年始、富士が見えるところに行くのだからと、『富士日記』に手を出してみました。
勝手にお洒落なおばさまのお洒落な日記だと思っていたら、なんとも豪快な女性の元気な日記で楽しく読みました。
自衛隊に向かって「バカ」と言い、ご主人の武田泰淳にたしなめられ、口の悪い若者たちに言い返して、娘に「あんなことやめてね」と言われ、テヘペロしてる感じの百合子さんがかわいいです。
私は乗物酔いしやすいこともあり、車の運転にまったく興味がないんですが、車がないと暮らしていけない富士の山荘で、買い出しに出たり、原稿を出しに行ったり、湖に泳ぎに行ったり、フットワーク軽く運転している百合子さんを見ると、運転できるというのも悪くないのかもという気がします。
(武田泰淳が運転を妻に完全にまかせているのもまた。「桜を見に行こう」とか「明日東京に帰る」とかさらっと決めて運転は百合子さんという。)
昭和三十九年八月十七日の日記に「今朝、佐田啓二が蓼科の別荘からの帰り、韮崎で交通事故死。」とあったので、母に聞いてみたら、地元の人は「当時、事故現場まで見に行った」と言っていたとか。「佐田啓二ひとりが亡くなったのよね」とよく覚えている。
日記なので急がずタラタラと読んでいこうと思います。
以下、引用。
主人、鱒の木彫も買おうとする。大反対して買わなくした。それは紅鱒と大きさ形も全部そっくりで、ただ、木で出来ているというだけなので何となく馬鹿らしいのだ。紅鱒を買った方がいいのだ。
今日二リットル買った不凍液は、特別上等で「網走刑務所と自衛隊が使っている絶対凍らない高級品だ」とスタンドのおじさんの話。
門の石垣に佇って、高原一帯と下の部落をみわたす。ラッパを吹きたいほどの素晴らしい雪景色だ。
一月一日 快晴
八時半起きる。
南アルプス全部見える。はっきり見える。富士山も全部見える。いいお天気だ。
うぐいすは啼き方が上手になってしまった。
暮れ方のサクラは一番きれいだ。何度も視てやる。これはみんな私のものである。
「いいや。おらがわるかっただ。外川さんにいわれただ。『お前ら、何のために婦人会で花や茶なんど習っているだ。華道や茶道ちゅうもんは、そういうことをしねえ人間になるためにやるだぞ』そう外川さんにいわれただ」と言う。
ゴルフ場の横を通ると、雨が降っているのに、キャディを連れてゴルフをやっている人がある。キチガイみたい。
待っている間I夫人と話をしていなければならず、私は丁寧な言葉をつかったり、心にもないことを言ったりして、ガス中毒したように疲れた。
帰る車の中で花子は「フロントの人は眼が大きいといったのではなくて『眼玉(めんたま)の大きい人』と本当はいったらしいよ。Iさんが私にそういった」と言う。不愉快。
雨が降るたびに、どっと年をとるように秋へとなってゆく。
東大生はボートに乗るときも眼がねをかけ、泳ぐときも眼がねをかけている。ボートには、アンネ、さゆりというような、いやったらしい名前がついている。