小野正嗣のレビュー一覧
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第152回芥川賞受賞作。
著者が生まれ育った大分県の過疎地や周囲の人々を底流に、着想されたものと推察する。
過疎地に生まれた主人公(さなえ)が、東京に出て異性との不幸な付き合いを重ねた先に、カナダ人と巡り合い、特異な感受性をもつ子供(希敏:けびん)を授かるが、突然失踪されて破局、シングルマザーとなり故郷に舞い戻ってくる。
そこで、昔なじみのおばさんの息子の入院を耳にする。9年前にカナダ人の案内で、おばさん達とカナダへ旅行したときの記憶が蘇り、現在の希敏を抱えた状況と、おばさんの不憫な息子に対する想いが交錯しながら進行していくが、互いの終着点がフェードアウトしていく。読者に残る余韻で評価が分かれるだろう。 -
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じいじい、ばあばあばかりが残った、浦を抱く小さな漁村。いたずらものの猿たちや、えびすさんまで登場し、まるで日本昔話の世界。なのにそこは、むせかえるほどに濃厚な血とセックスと汚物の匂いに包まれていて読む者をたじろがせる。
しかし考えてみれば、かちかち山にせよ猿蟹合戦にせよ、おとぎ話というものは最初から生臭いものであった。それを、せっせと消毒液を吹きかけて無味無臭のものにしてきたのは近代社会の方であったのだ。
無害な年寄り、のどかな田舎町の表皮の下で、暗く淀んだ隠微な衝動は消えずうごめいているのだが、村の伝説に伝わる娘殺しと、出征したオジイが戦地で犯したレイプと殺害が絡み合い混じり合うように、この再生産される性と暴力は、近代化と二分化されるような異質な前近代的ムラの神話に還元されることもなく、不穏な脅威の力を発揮し続ける。『にぎやかな湾』ではまだ穏やかだった「浦」の世界、小野正嗣が本当に描きたかった部分とはこれだったか。 -
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日曜美術館でお馴染みの小野正嗣さん。
小説のほうは、今回が初めて。
表題作以下、「ウミガメの夜」「お見舞い」「悪の華」と、短編が四本。
どれも大分県の海辺の田舎町、佐伯市が舞台となっている。
最初は偶然舞台が同じなのかと思っていたが、緩やかにつながった四作ということらしい。
表題作は、カナダ人男性との間に男の子を設けるも、捨てられて故郷に戻ってきたさなえという女性を主人公とする。
彼女の四歳の息子は、美しい顔立ちをしているが、おそらくコミュニケーションの力に障害がある。
息子に手を焼きながら、一方で無神経な母親の言動にも傷つけられる。
過去にカナダでの研修で一緒になり、やはり育てにくい息子を持っていた「みっちゃん姉」の存在がさなえを導いていく。
そのみっちゃん姉は、今、息子が脳腫瘍に罹り、大学病院で看病をしている。
こう書いていくと、暗くて深刻な印象だろうが、不思議なのはイメージが美しく、むしろキラキラ光があふれている感じがするのだ。
不思議な読書体験。
作者の自作語りは、普段あまり読まないようにしている。
でも、今回は読んでよかったと思う。
さなえの息子、希敏は、泣き始めると手が付けられず、そのさまは何度も「引きちぎられたミミズ」と表現される。
これは、小野さんによるとベケットからきたもので、そこに弱いものというだけではなく、ちぎられてもまた頭やしっぽが生えてくる、再生のイメージをもつものだという。
そう読んで、キラキラ感にも合点がいった。
連作をつなぎとめている存在はみっちゃん姉こと渡辺ミツと、その息子のタイコー。
読み終わると、この人たちが、どこか聖母子に見えてくる。 -
Posted by ブクログ
芥川賞受賞作の表題作を含む4編が入る。連作というのか登場人物が重なる短編集。危惧したとおりでやっぱり芥川賞受賞作って何が言いたいのか、何を描いているのか読み解くのが難しかった。
小野さんは大分県の現・佐伯市の出身で、4編ともそのあたりが舞台になっている。自分にとっての小野さんのイメージって「日曜美術館」の司会をしてたり、そのときのファッションとか見ても都会的でややクセのある人という感じだったので、大分の田舎町が舞台というのは意外な感じだった。
巻末に芥川賞受賞時のスピーチが載っていて、そこでは小説のなかの登場人物のモデルであろう亡兄への感謝が語られていて、それがよかった。都会的なイメージ・印象の小野さんだけど大分にしっかり根っこがあるんだな、そのことを大切にしているんだろうなと感じた。