村山治のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
経済の知識もなく、バブル経済事件と言われても、何のことか具体的に思い起こされることもない経済オンチである。しかし、この本を読んで、複雑で難解な事件の一端を知ることとなり、時代の大きなうねりの中で人生を狂わされ、大きな代償を払うことになった人々の人間ドラマに大きく感情を揺さぶられた。バブル絶頂期に放漫経営で銀行に多くの損失を積み重ねた経営陣は、巨大な利益を手に逃げおおせ、たまたま悪い時に、いるべきでない場所にいたと言うだけで、多大な犠牲を強いられる理不尽に、怒りが収まらない。
ひとつ新鮮に感じたのは、大蔵省や政権の腐敗と失政に国民が怒り、為政者の決断に変更を迫っていたということだ。不正を怒り告発するジャーナリストがいて、それに反応して正義を求め声を上げる民衆がいる。彼らの非難や糾弾が大きな力を持っているため、為政者は民意を無視しては公費投入などの処理することができない。公文書改ざんのような民主主義の根幹を揺るがす不正をしてなお、政権中枢で権力を保つことができる現在から見ると、いろいろなことがまだ健全だったのだなと思わずにはいられない。 -
Posted by ブクログ
すごく面白くてあっという間に読み切っちゃいました。芸能人もTwitterのハッシュタグを使ったいわゆるオンラインデモで反対されたとされる検察庁法改正案、その舞台裏が垣間見える手に汗握る内容でした。著者は今回の人事騒動は、「安倍政権の、安倍政権による、安倍政権のための人事劇」であって当事者であった黒川さんはもちろん、名古屋に転出された林さん、法務事務次官で人事を握った辻さんは被害者であったという結論を下しています。確かにその認識は正しいと思いますし、長年不文律であった検察の人事を破り、介入してきた安倍政権はかつての戦前の軍部政権すらの様相すらも覚え、戦々恐々ですが、検察も政治に対して隙を見せすぎたこと、そもそも法の番人とされる検察がコロナ禍で世間が揺れる中で賭博に手を出している(確かに物凄いストレスのかかる仕事ではありますが、それを言い訳にすることは許されません)ことそのものも大きな問題があります。黒川さん以外にも多くの検察関係者はその常習であることを匂わす発言も本書中にはありました。
そして官僚(公務員)の複雑怪奇で驚きました。本来トップであるはずの法務事務次官が検察総長になるためのステップの1つなんですね・・・。人が集まると集団化し、組織が生まれ、いづれ官僚組織化するといいますが、(特に検察組織の場合)まさにその好例をみています。
いづれにしても検察には、世論を支えとして「桜を見る会」や「河井夫妻の買収騒動」、「モリカケ」に関しての徹底追求を続けて欲しいと思います。こんな昭和の政治汚職のような頻発した安倍政権がいかに異常だったか分かります。この数の多さからみても戦後最大と言っても過言でもない政治汚職・政治腐敗を徹底的に調べ上げることを希求します! -
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ここでも学術会議と同じように菅と杉田が関わっているんだ。何だか戦前のようで背筋が寒くなるね。
本書を読むまでは、黒川氏が検事総長を狙って官邸と一緒にこの騒動を引き起こしたと思っていた。そして賭け麻雀で失脚して溜飲を下げた。(市井の一般庶民の大半はそう思ってるだろうね)
でも黒川氏は一番の被害者だったんだね。一旦は黒川氏の勤務延長を承知していた稲田の責任も重い。新聞だけを読んでいてもこう言った事は分からない。
黒川氏と賭け麻雀をやっているような近しい新聞記者がこう言う政府の驕りを真っ先に追及しなければならないのに、文春砲の尻馬に乗るようでは恥ずかしいね。 -
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組織の中で働き続けるというのは大変なことで、「人事」は一筋縄ではいかないものだということがよくわかった。
著者は、かつては大手新聞社におられた。その時から地道に取材を続けてこられたことが、この著作に繋がった。検察と政府の「暗闘」がわかりやすく、興味深く描かれている。
新聞社やテレビの力は今でも大きいはずなのに、自分たちで自分たちの首を絞めているかのような、どちらを向いてるの?というような記事や番組。
マスコミがしっかりしてくれないと国民が真実を知れなくなってしまう。怪しいネット記事に騙されてしまう。お願いだから、笛美さんや文春に負けずにしっかりして! -
Posted by ブクログ
経済記者による、バブルを象徴する事件の当事者たちへのヒアリングをまとめた本。
事件後に当事者に取材を当てているだけでなく、事件時・あるいは事件前から接触をしているケースもあり、他の経済事件本とは臨場感が違う。
一番面白いのは終章で、定期的に昼食会を開くほど仲睦まじかった大蔵省と特捜部のキャリア組が次第に険悪になっていく様が淡々と描かれるところ。
その昼食会にずっと参加していた著者でしか書けない。
この章だけ具体的な単独の事件を追った内容ではないので浮いた感じになっているが、この部分だけでもこの本を読む価値がある。
著者らにとってはバブル崩壊は人生をかけたテーマだという。
何らの解答もまだ得られていないのでは、と。
その事自体にケチをつけるつもりは毛頭ない。
個人としてはそういう人生もあろう。
問題は、日本経済がその後の30年、迷走を続けていることだろう。
その後、アメリカではドットコムバブルもサブプライムバブルも弾けたが、さっさと経済は回復し、平均株価はゼロが一つ違うまでに伸展し。
また、その間バブルだバブルだと言われ続けながら、隣の大陸の経済は膨張を続け、アメリカに覇権を挑むまでになって。
一方で未だに日本はそのときのことにこだわり続け、デフレに苦しみ、人口は減り続け、技術は奪われ、ようやく株価はピーク時の半分くらいまできたところか。
どこかで間違えたからこの結果があるのだろうし、それを知りたいがゆえの著者らのテーマ設定だが、本書でもどこまでいっても決定的な悪人は出てこない。
巨額な賄賂が動いて私腹を肥やしたヤツがいて、とかならわかりやすいがそんなこともない。
当事者に通じた著者らが内側を切り取って現在の視点から見直してみてもなお、皆、それぞれに真面目に仕事をした結果がこれなんです、としか導き出せない。
これはこれで頭を抱える。
強いて言うならば、日債銀の処理や大和銀行の処理などに顕著に見られるが、特捜にせよ監督官庁にせよ、国益よりも正義感が勝る判断をしがちだったのかな、と。
ナイーブさに付け込まれての経済敗戦みたいな総括で自分でも癪だし、それじゃ勝手にブチ切れて国際連盟を脱退してきてからの70年前の敗戦と変わらないじゃないか、という気もするが、案外そういうことかもしれないな、とも思ったり。
国益というと右翼じみた解釈をされるが、そういうところから変えていかないと変わらないんじゃないか、と思うにいたり、
だとしたら朝日の記者だという著者には解けないテーマじゃん、というオチでした。
いや、すべての朝日記者がアサヒると考えてはいけませんが・・・。 -
Posted by ブクログ
巨悪と検察というプロローグで始まり、ロッキード事件前夜から検察の動きを、吉永祐介という検事と深く関わった記者の鼎談だ。
検察も、政治家も、企業人も、記者もすべて人の子、自分と深く関わった人間との心の機微、悩み、怒り、喜び、お互いに一喜一憂してきた過去が、一定の時間が過ぎ、客観的に俯瞰できる。
人間の造った制度で完璧なものはできるはずはない。
だけれども、それぞれの心に宿る正義感、これとて、人それぞれに微妙に異なる。
検察が取り上げようとする事件、その中身の動向を知りたい記者、また、その時々の世の中のトレンド、価値観、何が正しいのか、何が正しかったのか、それは、誰も評価できない。
本の中で、吉永が、弱気になりかけた時、深く関わった記者からの後押し、また、記者が出すぎた時の吉永の叱責、この本を読んで言えることは、検察、マスコミ、政治社会環境をなどをただ単にステレオタイプで見てしまってはいけないということだ。
人間というものは、少なからず失敗もしながら、所謂、成長という概念で、自分の人生を正当化するものだ。
人間、吉永祐介、そして、少ししか出てこないが奥さんの人生。
デジタルだけの無味乾燥な情報環境に身を置いてはいけない。
人間とは、とにかく、どろくさく、ごちゃごちゃした環境で、色んな人間関係にもまれながら生きていかなくては仕方がないのである(笑)。
というようなことで、内容ですが、
第1章 ロッキード事件前夜
第2章 田中元首相逮捕!
第3章 米国で発覚した「総理の犯罪」
第4章 真相解明の舞台――ロッキード法廷
第5章 もう一つの航空機事件
第6章 ロッキードが変えたもの
第7章 リクルート事件で「吉永特捜」復活
第8章 経済事件の季節
第9章 東京佐川急便事件と政界のドン逮捕
第10章 暴走を非難された特捜検察
エピローグ 「第二の吉永」は現れるか
でした。 -
Posted by ブクログ
検察の不祥事が何かと取り上げられるけど、それは捜査モデルが破綻しているからなんだって。
著者は検察取材の第一人者と言われているだけあって、取り上げる内容は含めて説得力がある。いろいろ配慮して、あえて伝聞を装っている部分もあるんだろう。
被疑者を検察のストーリー通りに供述を固める「割り付け」という手法なんて恫喝もいいとこ。強力な利益誘導も当たり前。
取り調べと調書を偏重するのが検察モデルの破綻につながると著者は指摘しているが、わが国も海外諸国に倣って刑事免責や司法取引を導入するなど刑事司法が大きく変わるようなことはこの先あるのだろうか。82点。 -
Posted by ブクログ
福岡では一時期頻繁に報道されていた、共同謀議を根拠とした工藤会のトップの逮捕と裁判についての取ルポ。事件の経緯については時系列が前後するなど読みずらいなど構成に難ありと感じたが、全体的には読みやすく、事件全体をよく理解できた。
頂上作戦の起点となった梶原射殺事件。新聞やテレビではでは、港湾利権をもつ一般市民が犠牲となったように報道されていたが、元梶原組の組長であり、当時の工藤組系組織と抗争し、殺人未遂で服役していたなどグレーな存在。そういう人物だからこそ、工藤会は執拗に利益供与を強要しようとしたのだろう。
2012年に「暴力団立入禁止」標章を掲示するよう飲食店経営者に警察が指導したが、その約1年後までに関係者を標的とした放火・刺傷事件が13件発生。結果として警察は協力した市民を守る事ができなかった。これは完全に警察の失点である。
工藤会による組織的凶悪犯罪は1986年から2014年までの約28年間で134件発生。市民に対するテロとも言える工藤会の暴走について、北九州市内には他の暴力団がいない工藤会の占有状態になった事、市民の警察に対する不審、道仁会と九州誠道会との抗争も同時期にあり警察が2正面作戦を強いられた事、県警と検察の不和が原因と指摘している。トップの逮捕と今後の判決確定によって、北九州市の安全が継続されることを切に願う。 -
Posted by ブクログ
自行が発行した債券(金融債)を顧客に買わせ、それを担保とした融資を「ノーリスク」と表現し資金使途も確認せず過剰に貸し出す。破綻の危機にある融資先に自行職員を送り込み、自行に有利な偏頗弁済をさせる。大蔵省(当時)担当局長の意を忖度するあまり、海外当局への事故報告を怠ることのリスクを見失う。不良債権の早期処理を標榜しながら、個別の銀行の問題では資産査定のエンピツを舐める弥縫策に終始する…
ひどい話だと思うが、これらがバブル期特有の奇特な症状であるとも言い難いのが虚しいところ。おそらく今後金融システムに異常が起こるたび、似たようなことは起こるだろうし、今現在も程度の差はあれ密かに行われているはず。たとえなんらかのリーダーシップが発動し大鉈が振るわれるとしても、問題はその時、何を守るべきものとして優先するかを明確にしない限り、やはり本書に紹介されているのと同じ茶番が繰り返されるだろう。もはや本書のように役人や大銀行のメンツが優先順位の上位には来ないだろうが、なんだかんだといっても本書で紹介される4銀行は今も形を変えて存続しているのだ。バブル期の金融行政の不条理の記憶を、この令和の時代でも蘇らせることの意義は大きい。当時、特捜検事と大蔵省キャリアのエースにパイプを持っていた元記者ならではの記述が生々しく、読ませる。
ところで257ページ、他のところでは伏せられている大手生保の実名がここだけ出てしまっているが、いいのだろうか。