“「綾……俺はさ、もう綾に死んでほしくないんだよ。せっかく生きてる綾と話ができた、それだけで嬉しいんだ。綾にはさ、俺のことなんて忘れて幸せになってほしいんだ」
「なんでそんなこと言うのよバカバカバカバカ!!一哉がいないのに!一哉がいないのに一哉がいないのに一哉がいないのにどうやって幸せになれるって言うのよ!私は一人でも犯人を捜す、一哉の力なんか借りなくても絶対捜す!」
「無駄だってのがどうしてわからないんだよ!」
「無駄って何、一哉に私の何がわかるの!?私に何が必要で何が無駄かあなたにわかるって言うの!?」
「もういい、勝手にしろ!」
「言われなくたって勝手にするわよ!」
思い切り乱暴に通話を切ると、とたんに辺りが静かになった。
私は涙を拭こうとして、片手にお菓子を握りしめたままだったことに気がついた。強く握りすぎて、月はほとんどバラバラになってしまっていた。
ティッシュの上に粉が落ちて、そのたびに胸が痛くて。
床に叩きつけようと振り上げた携帯を、そっとクッションの上に置いて、そして私は思い切り泣いた。”
綾の世界で一哉が事故死した。
だけど、通夜の晩を境に、彼女は所謂パラレルワールドの一哉と接点を持つことに。
一哉の世界では綾が誰かに殺されていた。
唯一の繋がりである携帯電話の通話を頼りにこっちの彼と向こうの彼女を殺した犯人を探す二人が見つけた真実とは。
「あ」と思わず呟いてしまうようなあっけない終わり。
後悔するにはあまりに遅すぎて、今まで続いてきた魔法が、一本の細い糸がぷっつりと切れてしまう感覚。
虚のような衝撃と、遅れて追いつく思考が終わりを告げてくる。
うー。
これは泣ける。各章の題名にも。
全ての章が綾視点だったため、「綾が自分で自分に描いていた夢のような現実逃避の作り話」と笑われてしまいそうな。
だけど、その考えには「綾がラメルと知り合えた理由」が穴を開ける。
それが、少し救われる。
向こうの一哉は一哉であって一哉ではない。
綾が向こうと途切れたときにこっちの一哉と向き合う展開は良かった。
ピヨホワイト。風邪薬。パラサイト。
複数のキーワードが繋がってひとつの答えを導き出す瞬間が良かった。
あと、二人が逃げる時の臨場感とか。
イラストも素敵。
“その笑顔を見て、涙がこぼれそうになった。ああ、なんでだろう、すっかり忘れていた。
「そう、ですよね」
<こっち>の一哉には、お通夜の日以来会いに行っていなかった。
<こっち>の一哉、私と同じ世界の一哉。私はどこかで彼の死を認めていなかったのかもしれない。仇をとると、彼のためだと言いながら、ずっと目をそらしていた。
「ラメルさん」
「ん?」
「今日だけ、泣いてもいいですか。明日からは元気になりますから」
彼女は長い髪を横に払うと、不思議そうな顔をした。
「別に今日に限定せねばならん理由もないだろう。泣きたければいつでも泣けばよい」
信号が点滅する。そうですねと言う代わりに、携帯電話を握りしめた。
そうだ、明日も泣いて、明後日も泣いて。
そしていつかまたこの電話が鳴ったときに、笑って話すことができればそれでいい。
今はまだ、その決意を口に出すこともできなかったけれど。”