細田昌志のレビュー一覧
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確か…力道山が自分の半生を自分で演じた変わった映画の題名は「力道山物語 怒涛の男」だったような…ってことを思い出させるくらい、力道山の妻も「怒涛の女」でした。ただし、「怒涛の男」はマチズモの大奔流であるのに対して、「怒涛の女」はその激流に翻弄されるというより、乗りこなしていくサーフィンの達人のような人生なのです。淡白と言えるくらいの執着の無さと、すべてを受け入れる寛容性に眩しさを感じました。もしかしたら戦後日本の気分とは、こう言いう楽天性だったのではないでしょうか?逆に「力道山未亡人」という視点から見ることで戦後の男たちの欲望と謀略と野心の物語もくっきり浮かび上がります。そしてプロレス業界に埋め込まれたマスターナラティブに対しても異議申し立てがなされていきます。知ってるつもりだった歴史にも、えっ!そうだったの?が満載でした。特に1975年12月11日の武道館「力道山十三回忌追善試合」と蔵前国技館「アントニオ猪木対ビル・ロビンソン」の対立の経緯に対する考察には知的興奮を覚えました。それにしても「沢村忠に真空を飛ばせた男」の野口修にしても、「力道山未亡人」の田中敬子にしても、著者の視点人物の発見の新鮮さにはただただワクワクをもらえます。前作同様、本作も「右翼・興業・格闘技」の日本の地下水脈の物語なので、さらなる語り部や憑代も登場する予感がいっぱいです。プロジェクトXの「地上の星」ならぬ、アンダーグラウンド「地下の星」の星座をまた見せてください。
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「野口修を書くということは、野口家について書くということです。そこに触れないと意味がない。あなたは、そのことをわかっていますか」
「野口家というのは特殊な家なんです。古い関係者でも、その背景についてはあまり知らないし、知ろうとしない。蓋をしているものを開けることになりかねないから。いろんなものが出てしまいかねないから。あなたは、そのことを判った上で取材をしていますか」
作家の安部譲二を自宅に訪ねた際、開口一番迫られたという。
「喉元に刃物を突きつけられた気がした」と筆者は述懐する。
その緊張感の中、そして、出版元が決まらない中、取材は10年の時を重ねる。
執筆途中からは、水道橋博士の「メルマ旬報」での掲載もなされた。
野口本人に、何度も取材をした。
武勇伝から語りたくない歴史まで、筆者は鋭く切り込んだ。
独特のしぐさでたばこももみ消す野口の姿に、昭和のあの大ヒット曲が重なっていく。
キックボクシングを創設。
「真空飛び膝蹴り」「キックの鬼」沢村忠の「日本プロスポーツ大賞」。
芸能界にも進出し、国民的歌手・五木ひろしは「日本レコード大賞」を獲得。
そのプロデュースを担った歴史上の人物。
だが、その実像は知られない、語られないままになっている。
野口本人への評価も、人によって180度違う。
関係する人々を訪ねて、日本全国を歩きに歩いた。その旅はバンコクにまでもたどり着いた。
現存する膨大な資料を、執念で追いかけていく。
そして、一つひとつの事実を確認しながら、歴史の真実へと迫っていく。
野口本人と、昭和の日本の語られなかった実像が次々と明らかになっていく。
著者の覚悟と執念に脱帽する。
野口修の評伝にして、筆者・細田昌志の情熱の旅路に同行できる渾身のノンフィクション。 -
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今年の3月26日沢村忠死去。死因肺がん。この本の出版は「沢村忠に真空を飛ばせた男」野口修の死には間に合いませんでしたが「飛ばされた男」沢村の存命中になされたことはよかったような気がします。きっと「キックの鬼」はこの本のこと知らないまま召されたとしても。2010年に取材開始、10年かけて著者ひとりでコツコツ積み上げた、キックボクシングの創始者、野口修の評伝です。水道橋博士とのYouTubeでの対談で、もし本という出口が設定されなければ、今でも取材続けているだろうと笑ってました。ものすごい労作です。今はまったく光の当たらない稀代のプロデューサーの個人史なのですが、結果的には大きな昭和史になっています。取材開始当時、エース沢村を立てたTBSの『YKKアワー・キックボクシング』の対抗番組、日テレ『キックボクシング』の解説者であった安部譲二に言われた「野口家っていうのは特殊な家なんです。古い関係者でも、その背景についてあまり知らないし、知ろうとしない。蓋をしているものを開けることになりかねないから。あなたは、そのことを判った上で取材していますか」という言葉。その通りに、キックボクシングだけではなく昭和(戦前も含め…)という時代の暗渠の蓋をバッカン、バッカン開けていきます。そこにはテロリズム、右翼、スト破り、などの暗い淀んだ水が蠢くように流れ、ボクシング、格闘技、興業は、その支流であったことが明らかにされます。若槻礼次郎暗殺未遂事件から始まるんですから。もちろん関係者の証言が得られず、著者の推論になっているストーリーも多々ですが、逆にそれは昭和の黒い水流は令和にも流れているのかも、と思わせてしまいます。この本が上梓されてよかった、というのは紙の本になることで、ネットという21世紀のアンダーグラウンドから引き揚げられ、正誤も含め批評・批判・研究の対象になるからです。その後のK-1や総合やあるいは芸能も含め「右翼・興業・格闘技」という三点セットで見ていくと理解しやすいのかもしれませんね。その流れの中で、野口修は地下水脈に流される葉っぱのような存在かもしれませんが、彼がいなかったら生まれなかったキックボクシングという存在、月曜日の父には興奮を、金曜日の自分には熱狂を瞬間的に与えてくれたよなぁ…きっと暴力ってすごいエンターティメントだったのかも。アニメ「キックの鬼」に登場する野口社長はカッコいい硬派なナイスミドルだったけど本書の写真で見る彼はニヒルな若々しい優男でした。ある意味、典型的な二代目物語でもあったりするような気もします。などなど…簡単には語りつくせない本です。
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本の雑誌ランキングから。K-1とPRIDEの両雄が並び立っていた(と信じていた)時代、さんざん楽しませてもらったクチだから、本書で取り上げられている興行も結構思い出すことが出来る。今考えても、当時の格闘技熱は沸騰状態にあったんだろうな、ってくらい印象的だった。とはいえ年末に3つ重なるって、さすがに行き過ぎだろ…と思ったものだけど、そういう裏事情があったんですね。いろいろ納得のいく部分もあり、非常に興味深く読んだ。そこまで盛り上がったのに、最後は裁判沙汰にまでなって、消滅してしまったってのが悲し過ぎる…。個人的に社会人になったタイミングだったこともあり、ほとんどチェックできなくなっているうち、気付いたら話題を耳にしなくなったんだけど、その真相が明かされた気分。
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主役となる力道山の妻、田中敬子の人生の激動っぷりにおどろくが、あの時代のおおらかさにも驚く。たとえば力道山との結婚式や葬式には当然のように政治家もやくざも出席している。こんなものは同席しているだけでアウトとなるようなものだし、そもそも田中敬子の父親は警察署長である。いまとはまったくべつの力学で冠婚葬祭が行われている。
ただ、これはいまの時代と比べて、というより、このあと(だいたい1965の東京五輪あたりで)裏社会とのつながりは切られる方向に向かう。そしてそれは田中敬子の人生にも大きな影響を与えるのだが…なかなか大変なものだと思う。なにせ20代前半で何十億という負債を抱えるのだがら、並大抵の担力では潰れてしまうだろう。
しかし読んだ印象としては暗い気持ちにはならない。これはどこか、主役の田中敬子のあっけらかんとした明るさによって保たれている。良家のお嬢さん特有の育ちの良さがあるのだろうと思う。 -
Posted by ブクログ
「力道山未亡人」ではあるものの、力道山本人のエピソードも多く、猪木・馬場も登場するため、力道山の奥さんは全く知らないものの、日本のプロレス黎明期を知るための歴史書のようにも感じた。
ご本人の魅力的なお人柄は、文章からも伝わってくるが、全く個人的なこととして、本書の主人公、田中敬子と、漢字も含め同姓同名の知り合いがいること、地元が近いこともあり、家族が通っていた学校が出てくることなど、妙な親近感があった。
また、陰謀論好きとしては、力道山の死が、日本の朝鮮外交に影響を及ぼした可能性があるとの指摘は興味深かった。
著者の格闘技・プロレス関連のノンフィクションは、引き続きチェックしたい。