天野健太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
プロローグ
2013年
2003年
1997年
1989年
1977年
1967年
6編の物語が現在から過去へと明確な意思を持って
遡っていく
6つの物語、6つの事件が1本の導火線に繋がっていく
この熱き物語を見逃してはいけない、、、
本章
『13・67』★鬼5
香港出身の華文ミステリー作家による渾身の一作!
ブグログ大賞 大賞受賞
週刊文春ミステリーベスト10 1位
このミステリーがすごい 海外編 2位
本格ミステリーベスト10 1位
翻訳ミステリー 読書賞
凄いなコレ!
凄いぞコレ!
謎の題名は、現在2013年から過去1967年の約50年間を6編の連作短編でフラッシュバックしていく物語
主人公である、天眼と云われた伝説の刑事クワンが
現在2013年の逝くシーンのエピソードから
時代を遡っていく
各エピソードのミステリー度合いも秀逸
クワンの謎解きも天才的で、この新たなる技法も
相まって、この上なく紫玉の時が体現できる
1967年の最終話エピソードを読み終えた時
1話目のエピソードに立ち震える感覚を味わう
最終話にて完全なるミスリードを誘発し登場人物の
素性が明かされた時、読者の我々は騙されたと同時に、その登場人物の歴史と繋がりに驚愕と感嘆とを味わい、巻頭話である2013年を再度、読みたくなってしまう!
いゃ〰、ホント凄い作品に出逢った!
全ミステリーファンに読んでほしい作品である!
エピローグ
未来や答えが分かっているにも関わらず、
この面白さ、魅力は一体なんなのか!!?
香港の返還前と返還後の歴史が垣間見れるだけでなく、当時の文化、風習など世相を上手く各エピソードの事件に取り入れている点も誠に素晴らしい
そして、驚愕のラスト
誰もが悶絶必至
ガッツポーズ必至
再読必至
傑作と云いたい!
完
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Posted by ブクログ
ネタバレ役者あとがきの通り、ノスタルジー的楽しみはこの本の大きな魅力だった。けれどこの時代を行きたことがない自分にとっては新しい世界でもあり、切ない、辛い物語の中であってもどこかワクワクした気持ちで読み進めることができた。
新公園へ遊びにいく過去の自分は双子の少女に恋をしていた。どちらのことも確かに好きだったのだろう。思春期を迎える前から2人と過ごした彼にとって2人を分けて考えることはできなかったのだろう。あまり褒められたことではないけれど共感できる。
もっと台北市内の様子を観察しておけばよかった。あの博物館ももっとじっくり見てもよかった。もう一度台湾に行くことがあったらじっくり見て回ろう。
子供の視点からみた世界を上手に描写しているように感じた。大人になった語り手の視点も介入するけれど、それは味付け程度で、やはり子供の頃の観察が基本になっている純粋でまっすぐな文章だと感じた。井上靖のしろばんばもこんな感じだった。
この人の本はとてもいい。続編?である眠りの航路も読んでみようと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ文章が読みやすい。スラスラ入ってくる。自転車の挿絵も好き。
2台の自転車を巡る壮大で入り組んだ年代記だった。
父→ムーさん→サビナ→アニー→林檎の主人→ナツさん
銀輪部隊?→老人→アッバス
各所で様々な人生が交差していた。登場人物が多くて理解が甘い部分は少しあるような気もする。だけどそれがいい、あまりにも単純な繋がりでは面白くない。
ある物事について過去の歴史を紐解いていくスタイルが結構好きなのかも。主人公たちはヴィンテージ自転車の魅力に強く惹かれている。専門家となるほど情熱を捧げていることを羨ましく思った。
前作で主人公が残していった自転車の行方を問われたことから書かれた小説だとされている。前作も読みたい。
母の病室で自転車を漕ぐシーンは幻想的。息を呑む間もなく場面が切り替わる印象を受けた。時代も場所も異なる人々に思いを馳せて主人公は自転車を漕ぐ。母がその姿に昔の父を重ねる結末を素直に受け止めることができた。父の影を追い、主人公は何かしらの点で父に近づき、わずかながらも父を理解したのではないか。そんなことを暗示する結末だと思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ非常にすぐれた文学作品を読み通したという感じがする。
小説家の「ぼく」が、失踪した父の自転車を探し求める中で多様な人々と交流し、彼らの物語が重層的に折り重なることで豊穣な小説空間を醸成している。大戦中のマレー半島における日本軍の行軍や、戦火に翻弄されるゾウの運命にまで話は及ぶ(ゾウの視点で語られた特異な章も一つある)。この作品の主題のひとつとして、時間の重層性に対して我々がどう向き合うか、ということが挙げられよう。自転車のレストアという営みを通じ、昔を懐かしみつつも時の流れに伴う変化を尊重する立場が描かれている。
今回はプロットを追うのに必死で細部の読み込みが不完全燃焼になってしまった。他日、再読したい。 -
Posted by ブクログ
(私が読んだ)呉明益二作目。
主人公の父の失踪。そして、消えた自転車。
「それらは、どこへ行ったのか?」
その答えを探る中におけるあらゆる人々や歴史、その記憶や悲哀との邂逅の物語。
作中では自転車やゾウといったキーアイテムがあり、それらが人々を出会わせ、自分の人生や歴史について知ることのきっかけを生成していく。
私たちは人間だけでなく、あらゆる事物と共に生きている事を思い出した。
例えば外出に欠かせない靴ひとつ取っても、掘り下げる事で今まで見えてなかった人生について知るきっかけにもなり得るだろう。
いくらでも多角的に切り取ることの出来る人生の複雑さは、ある種狂気じみているなぁと感じた。
脱線したが、本作の人生への切り取り方の多様さには感服するばかりだし、なんといっても終わり方があまりにも秀逸すぎる。
非常に素晴らしい物語でした。 -
Posted by ブクログ
台湾人作家の小説には、ある種ノスタルジーを感じる。
自分自身が体験していないのに、懐かしさを感じてしまう。
甘耀明「鬼殺し」にも感じた、日本統治時代の台湾に、かつての日本を感じる。
それは日本人作家が描く明治期の日本よりも日本らしく感じる。
一台のアンティーク自転車をめぐって、本省人、外省人、日本人、台湾原住民にそれぞれの物語があり、そして太平洋戦争時の銀輪部隊、インパール作戦中のゾウの数奇な運命、が語られていく。
熱を出すと父親は自転車に僕を乗せて小児科医まで走った。
当時は高級品だった自転車はよく盗まれ、我が家の自転車も何台か盗まれた。
幼い頃に最後に見た父の記憶は、自転車に乗って出かけていく姿だった。
そして父親は突然失踪した。
年月が経ち青年期の僕は、入った喫茶店にアンティークとして飾られていた自転車は、間違いなくあの日に父親が乗っていた自転車だった。
どうしてこの自転車がここにあるのか。
その来歴を調べるうちに、一台の自転車がかかわった人たちの話が語られる。
台湾という小さな島に、立場も別々のグループがあり、そういった多様性の成り立ちが日本とはまるで異なっている。
台北の古い街並みに、かつての日本をそこに見る。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ1992年まで台北に実在した繁華街「中華商場」を舞台にした連作短編10作と、文庫本で追加された短編1作が入っている。それぞれの物語は、商場で育った少年が、大人になってから、かつての友人に歩道橋にいた魔術師について聞き取った話を基にしたという体で語られる。
中華商場の歩道橋にいた魔術師は、商場の子どもたち向けにマジックの道具を売っていた。売っている道具と魔術師の見せるマジックは、どれも、タネも仕掛けもあるものであったが、時折、彼は、本物の魔術らしき奇跡的な現象を起こす。
商場の子どもたちの生い立ちは、今の私たちの感覚からすると、けっして明るいものではなく、貧しく、身近な人が死に、暴力に溢れている。魔術師の見せるマジックは、子どもたちにとって、子ども同士の遊びとは違った、少ない娯楽の一つだったが、時折見せる本物の魔術は、ある子にとっては、とても魅力的なもので、ある子にとっては、不安に陥れるものだったりする。
魔術によって踊り出す小人、複製された偽物の鍵、蘇るシロブンチョウ、煙になるネオンの光は、少年少女を魅了し、魔術に憧れを抱かせた。女子トイレのエレベーター、消える兄弟は、少年を孤独に恐怖させた。絵から生まれた金魚を亡くした思い出は、何の感慨もないように話されて、内緒のラブレターを魔術師に盗られた思い出は、冗談ぽく話される。魔術師の記憶のない人もいる。 -
Posted by ブクログ
一九九二年に解体された台北の中華商場。
そこに住んでいた人たちの不思議な記憶の物語。
かつて中華商場に住んでいた作家が、当時の同級生や友人、関係者へ「歩道橋にいた魔術師」のことを覚えているか尋ねていくという連作短編集。
マジック・リアリズムというのはよく分からないが、過去の出来事を回顧しているようで、どこかで現実離れした状況を垣間見せている。
それがかえって記憶のあいまいさや少年期特有の感情を表現しているようで、話している人の当時から今に至る人生も微かに映ろう。
その結果、ノスタルチックでありながら、人生の重みまで感じることなる。
また、故天野健太郎氏の訳は、当時の台湾と日本を結び付け、まるで自分の同郷の友が脳裏に浮かび上がってくるような錯覚を覚える。
『自転車泥棒』を単行本で読んでから、読みたいと思っていた『歩道橋の魔術師』が、河出文庫から発刊された。こうなると未読の『雨の島』『眠りの航路』も文庫本化が待ち遠しくなる。 -
Posted by ブクログ
文句なしの★5つ。
チャイナ小説は初めて読みましたが、おもしろかった、いや、おもしろすぎました。
香港を舞台にしたミステリーなのですが、
最初の「黒と白のあいだの真実」で死亡するクワン刑事が主人公。
2013年の事件を皮切りに、天眼とも言われる名推理を行う彼が若い警察官だった1967年まで順を追って遡る形式が取られています。
どれも精度の高いミステリーとして楽しめますが、1967年の事件の最後の4行には驚かされました。
こんな風に繋げるの!?と。
イギリスの植民地だった時代まで遡るため、香港の歴史を知ることもでき、とても興味深く読むことができました。
このおもしろさは、作者の腕だけではなく翻訳の上手さも理由の1つだと思います。
翻訳されたミステリーってちょっと苦手だったのですが、イメージが覆りました。
人におすすめしたい一冊です。
出会えてよかった。
2018年12冊目 -
Posted by ブクログ
ネタバレ目次
・黒と白のあいだの真実(2013)
・任侠のジレンマ(2003)
・クワンの一番長い日(1997)
なんと楽しい読書だったでしょう。
本来なら読後感が悪いはずなんですが、すごく楽しく読めました。
タイトルの『13・67』というのは2013年から1967年に遡るタイプのクワンという一人の警察官の年代記という意味です。
2013年…これはクワンが余命僅かという状態で病院のベッドに横たわりながら行った、彼の最後の事件となります。
しかしこの捜査方法!
日本なら絶対にアウトです!…って香港でもアウトのようです。
だから『黒と白の間の真実』というタイトルがついているのですね。
2013年、香港は中国に返還され、社会は落ち着きを取り戻しつつありましたが、中国の悪い影響も受けていました。
”「手抜きは努力に勝る」そんなフレーズがたびたび、警部たるローの耳にまで入ってくるようになった。つまり「やればやるほど、叩かれる。何もしなければ、損はない」”
警察官だけではないのだろうけれど、そのような社会で、主人公・クワンのかつての部下ローは、事件を解決するためにあり得ない方法をとる。
”一般市民が白い社会で安心して生きられるように、クワンは白と黒の境界線をずっと歩んできた。”
いや、明らかに黒寄りだと思うが…。
でも、その信念はしっかりとローに受け継がれる。
”なぜなら彼は知っていたから――正義とは言葉でなく、行動なのだと。”
散々書いているように、明らかに黒寄りの捜査をするクワンを主人公にしたこの作品はノワール小説と言えるかもしれない。
いや、もっと単純に警察小説と言ってもいい。
しかし、犯人を推理できるヒントはすべてフェアに記載されているので、本格推理小説と言うこともできる。
何がどうだっていいじゃない。
読んでみ?
面白いから。 -
Posted by ブクログ
もう少し単純なオムニバスを想像して読み始めたので、戦争が作品に暗い影を落としているのは予想外だった。
いつの時代も争いを始めるのは人間で、動物はそれに翻弄される。第二次大戦でゾウが戦闘に関わっていたことは知らなかった。動物が何を考えているかはわからないけど、リンワンのように戦争の記憶がトラウマになって残ることだってありうるだろう。
人間にだって戦争のトラウマが残ることは当然の前提として、でも人間は語ること/語り合うことができるし、あの戦争はなんだったのか、なぜ戦う必要があったのか検証して思慮を巡らせることができるけど、少なくともゾウはあの戦争の背景を知る由もないので、ゾウの心に人間が一方的に傷を負わせたことは尚更酷いと感じた。
だから一層、マーちゃんと動物園の職員の心が通じ合っている様に胸が震えた。
贖罪というわけじゃないけど、上野動物園のゾウをゆっくり見に行きたいと思った。
ムーさんがなぜ木を登るか、戦いの中、木の上で何を見たか、は印象的だった。特に後者は、人間が地球の上で領土を主張して戦いを始めて、敵味方に分かれて争っていても、自然の営みはそれと無縁なもっと大きな流れの中で変わらず続いていくのだと思った。
自転車のパーツを集める人たちがいるのは興味深かった。私の知らない「面白いこと」はまだまだたくさんあるんだなあ。
この本を通じて、日本統治時代の台湾や、台湾人の第二次大戦への関わり方を知ることができた。
(日本によって台湾の運命が翻弄されたことに鑑みれば、これを日本人の私が「歴史」と軽々しく言ってしまうことには少なからず抵抗があるけど、でも他の呼び名が思いつかないので歴史と書くが、)台湾の「歴史」を知ることができて、台湾のことが尚更好きになった。
必ず再読したい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレなんか難しいなと思ったような気がして、読後、パラパラ捲ってみたが、読み終えた今となっては、そんなことはなかったなと思う。
魔術師のマジックはマジックかもしれないけれど、やはり、全て本物、それは記憶についてもそうだよ…と語りかけられた。
商場に住んでいた訳でもないし、実際見たこともないけれど、自分がそこに思い出があるように感じさせられ、何か納得させられてしまった。
ノスタルジーを感じるというより、自分の中の記憶、それはもしかしたら、勝手に脚色されているものだけれど、きっと宝物だと感じさせられた。
読後になんとなく、夢見心地になることに気分が良くなる良い体験をした。
『光は流れる水のように』はきっと何度も読み返す。 -
Posted by ブクログ
21世紀、台湾。小説家の「ぼく」はヴィンテージ自転車の愛好家でもある。古道具屋のアブーを経由して自転車コレクターのナツさんから「貴方が探しているのに似ている自転車を見つけた」と連絡を受けて駆けつけると、そこにあったのは20年前失踪した父と共に消えた〈幸福印〉の自転車だった。自転車をディスプレイしていた喫茶店の元オーナーで写真家のアッバスと親しくなった「ぼく」は、彼もまた自転車にまつわる物語を持っていると知る。自伝を装ったフィクションと戦地を舞台にしたマジックリアリズム、台湾自転車史の雑学などが渾然一体となった、とある自転車の一代記。
とにかく盛りだくさんの小説である。第1章の中華商場でのにぎやかな家族史は東山彰良『流』を思いださずにいられないし、章ごとに挟まる「ノート」には著者自身の手による"ヴィンテージ自転車の博物画"(と呼びたくなる)がついている。父の自転車自体は第2章の終わりですんなりと戻ってくるのに、その自転車が消えていたあいだの物語はくねくねと複雑に折れまがり、関わった人それぞれの物語と入れ子になってなかなか本命が立ち現れてこない。
廃墟のなかにある地下水路の物語、雄蝶のフェロモンを嗅ぎとる蝶の貼り絵師の物語、自分の手すら見えない霧に包まれたジャングルの物語、戦争に連れていかれたゾウの物語、小学校で飼われていたオランウータンと戦時下の動物園の物語。人はみな自分の物語を抱えて「ぼく」の元へやってくる。フェティッシュとは物語への愛着なのだと、古道具屋のアブーと自転車コレクターのナツさんが語るとおりに。
一見、雑多にすら感じられるほど物語の出入りが激しいのだが、それぞれは細部で呼応しあい、対比されている。そのなかでも「ぼく」の家族史と並んで縦軸を担うのが、アッバスとその父バスアの物語だ。バスアもまた戦争の記憶を抱えたまま、自転車と共に消えた父の一人だった。アッバスは"父の自転車さがし"の先達だったのだ。
結局なぜお父さんは失踪し、どこへ行ってしまったのかは全くわからない。七人きょうだいの末っ子で、一番年の近い兄とすら14歳も離れている「ぼく」と日本の台湾統治時代を生きた父では、完全に世代が断絶してしまっているせいでもある。「ぼく」が書く自転車史の「ノート」は、その断絶を埋める努力の跡とも言えるのかもしれない。そして〈不在の父〉にかまけていた「ぼく」の虚を突くように、母親の幼少期のエピソードがラストに明かされる。これはプロローグとして置かれたのと同じ物語で、この小説は父の自転車さがしが母を救った自転車の話に挟まれているという全体構成になっている。
おどけたところもある一人称の軽妙な語り口には『雨の島』にはなかった熱があり、虚と実がいくつものレイヤー状になった文章には時折クラクラしつつも、そのクラクラこそが独特のグルーヴを生みだしてクライマックスまで盛り上げる。単純に自転車の文化史を知れるという意味でもめちゃ楽しい。登場人物たちが語る戦争記憶には極限状態ゆえの超現実的な体験が杭のように深く打ち込まれていて、コンラッドから連綿と続く戦地のマジックリアリズムの系譜にこの小説も連なるものだとわかるが、その体験を後代の人間が「ぼく」の物語として掘りだし、「レスキュー」する。それが本作のアツさのキモだろう。