チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
それぞれの短編の読後は、スッキリしない。でも、実際、スッキリ物事が完結することなんてないなと気付く。
主人公である女性たちの、繊細な心の動き・機微がジワジワと侵食するように、スッと染み入るように入ってくる。
様々な人間関係、人が入り組む社会、身の回りの近い社会を、価値観の違い、アフリカに対するステレオタイプ、白人、男性、長男、男性、学歴、宗教、部族、教育。
対立させるわけではないけれど、女性の立場、母の立場、妻の立場が弱い。
ナイジェリアの文化、アメリカとナイジェリアを行き来する女性たちの心情を思う。
今のナイジェリアをもっと知ってみたい。
アディーチェの本をもっと読んでみたい。
すごく面白かった。 -
Posted by ブクログ
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ。
アフリカからアメリカに渡って、自己のアイデンティティを見つめる移民文学。アフリカの苦しみを伝えるストーリー。
僕自身が、そんなステレオタイプで彼女の作品を捉えようとしていないかと、自問する。
この短編集は、そんな簡単に括ることはできない。
これまで無知であったナイジェリアに関する出来事を知るきっかけになったが、それ以上に何よりも物語の力に持って行かれた。苦悩を抱えて生きる人の心の震えを描く繊細さと、ナイジェリアの同世代と世界の両方に意識の変容を迫る揺るぎない力強さが、十二の短編に満ちている。
心が苦しくなる幕切れも多いが、一冊読み終わった後にはポジティブな気持ちになってくる。頑固なまでに私らしくあること。彼女のメッセージに背中を押される。
次は長編小説を追いかけたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ彼女のTED Talksが好きで、〈The danger of a single story. 〉と〈We all should be feminists.〉を過去に何度も聴いていたのだけど、最近、友人がおすすめしていたこの本の筆者が彼女だと知って手に取った。
私もシングルストーリーしか知らずにアフリカを思い描いていたことを思い知らされる。
ナイジェリアの人の名前は「ン」から始まるものが多いのかな。そもそも日本語で「ン」から始まる単語はないし、その音を正しく捉えてはいないんだろうな。一体どんな響きなんだろう。
色んな短編があったけど、言葉にならない違和感の奥で、本当の私が死んでいくような感覚を覚えた。そこから個人個人がどう折り合いをつけていくか。
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個人的な話、
デンマークに留学しているとき、「世界一幸福な国の幸福」について散歩しながらペアで話し合う授業があったのだけど、その時に、南アフリカ出身の友人が私に言った言葉を思い出した。
「ここは世界一幸福な国かもしれないけど、私にとっての一番の幸福はこの国では無い。と思ったかな。」「他の国の文化や価値観も知らない現地の人が、色んな国から来たわたし達に、デンマークの幸せを考えさせてるのって、なんだか馬鹿らしくない?笑」「あ。これ秘密ね(笑)」
ナイジェリアの物語を読んでいるのに、南アフリカ出身の子を思い出すのも、これまたアフリカのシングルストーリーかもしれないけど。
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Posted by ブクログ
ナイジェリア出身のグローバルレベルの超エリート著者が書いた短編小説集。たくさんの「違い」や「断絶」が多層的に展開される。それぞれの主人公は、染まる方が、もしくは染まっているふりをする方が社会的に有利で楽だろうと思われる価値観に馴染むことのできないがんこさを持っている。もしくはその価値観が自分たちのものと、どれだけどのように違うかを感じる繊細さを持っている。そこに共感するし、魅力を感じる。二項対立とかじゃなくて多様性(ダイバーシティ)の世界の文学。今はみな多様性の中に生きてるので、誰でも何かに引っかかりそう。ナイジェリアとアメリカ、男女とかだけじゃなく、「違い」は多層的。ナイジェリア国内の貧富、教育格差、民族、イボ語と英語、宗教。ナイジェリアと先進国の経済格差、米国と英国、男の子と女の子、世代間格差、本家と分家、帝国主義と植民地、アフリカの中での国と男女、、、etc.
時に居心地の悪さや、どうにもならないあきらめや乾いたせつなさを感じたり、時には快哉を叫んだりや滑稽さを感じることもある。
みんな良い作品で好きだけど、特に、ジャンピング・モンキー・ヒル、何かが首のまわりに、がんこな歴史家 が好きかなぁ。 -
Posted by ブクログ
去年『なにかが首のまわりに』で初めてアディーチェという作家を知り、この『アメリカーナ』で彼女の著作を二作読んだことになります。
そして思うのは、この人の視点とそれを表現する感性はとても瑞々しくて、読めば読むほど自分の中に新しい風を吹き込んでくれるということです。
『なにかが首のまわりに』『アメリカーナ』ともに、黒人差別が物語の大きなテーマとなります。黒人差別を描いた小説や映画は、自分も今までいくつか触れてきました。
そして思うのは、それらの作品は人種差別の悲劇や苦しみや怒り、あるいはそれを乗り越える人間の強さというものを、表現していたということです。
そうした作品ももちろん素晴らしいのですが、作品に込められた熱量があまりにも熱くて、差別は許せない、絶対いけない、であるとか、人の強さに感動したりということは多々あるものの、
そこから差別を自分の身近に考えることができずに終わることもよくあったと思います。多分そうした熱量の物語を観る、読むだけで自分のキャパはいっぱいになってしまうのだろうなあ。
それだけ、物語の熱量が熱いことには違いないのですが。
それに対してアディーチェは、アメリカ出身の黒人ではなくナイジェリア出身。解説によると19歳の時に渡米したそう。自らを「黒人」と認識しなかった祖国から、アメリカに渡った途端「黒人」とされ、様々な社会の壁にぶつかるという現実。
彼女はアメリカの国家や歴史に根づいた差別に対し図らずも、無垢な状態から飛び込むことになったのだと思います。
だからこそ、彼女の人種差別に対する視点はとてもフラット。人種差別の壁に対して過度に怒りを爆発させたり、嘆いたりするのではなく、彼女の作品の登場人物たちは、その壁に困惑し、立ち止まり、迷います。だからこそ、読者である自分も、作中の登場人物たちと同じように、立ち止まって、そうした問題の存在を、より身近に感じることができるのです。
さらにアディーチェ作品は、歴史や文化に埋もれ、自分たちには見えなくなってしまう壁を可視化すらさせてしまいます。下巻の中で印象的だったのは、主人公のイフェメルがアメリカのファッション雑誌に対しての矛盾をぶちまける場面。
だれにでもできるメイクアップの色を選ぶヒントとして、その雑誌は頬をつまみ、そのときに変化する肌の色を見ることを教えます。しかし、それは頬をつまめば色は変わるという前提の元で書かれていて、そこに黒人は含まれていない。
そのほかにも髪質や何気ない会話の節々といった文化的側面から、そこに当然のように含まれていない、あるいは過剰に特別扱いされている黒人たちの存在を明らかにしていきます。
この身近に埋め込まれた矛盾をつく視点は本当にすごい! アディーチェ作品は黒人差別を描くというよりかは、まるであぶり出しのように浮かび上がらせるのです。
さらに彼女は、アメリカに渡ることで、変わっていくアイデンティティに対する違和も描きます。イファメルが久々に両親と会う場面は、たまに実家に帰省する際の、どこか気恥ずかしい感じをより強くしたものと言えるかもしれません。
変わってしまった自分を、かつての自分を知る家族に見せることの決まり悪さ。これを描けるのも、またアディーチェの感性の瑞々しさを強く感じた場面です。そして、アメリカにいたからこそ感じることになる祖国に対しての違和もまた読ませる。
アメリカで様々な経験をして、祖国へ帰る決心をしたイフェメル。そこに待っているのは、かつて同じ夢を抱きながらも、別々の道を歩まざるを得なくなった元恋人のオビンゼ。
最終章に到り物語は、甘さと切なさを詰め込んだ恋愛小説の様相も見せます。正直恋愛ものは苦手なのですが、イフェメルとオビンゼに関しては、二人の様々な苦労を知っているからか、割と自然に読めたように思います。
そして、作品の引き際もちょうどいい。読んでいるうちに、ちょっとドロドロしたところも見え始めて「これは、どう決着をつけるのか」とハラハラしながら読んでいたのですが、ギリギリのバランスを保った落としどころだったと思います。
恋愛の酸いと甘い、ドロっとした苦さに、もう戻らない時を思わせる切なさ、これらをちょうどいいバランスで、ラストにこれでもかと詰め込むか……。もう帰ろうと思ったら、豪華な幕の内弁当を帰りがけに渡されたような、そんな感じです。
イファメルとオビンゼの苦労と感情をしっかり描いているからこそ、ラストにこうした畳みかけを無理なく詰め込み、恋愛のあらゆる要素を感じさせられる展開に持っていけたのではないかと思います。
人種差別というテーマを、いい意味でフラットに描き、登場人物の変化や成長もしなやかに描き、恋愛も甘く切なく、そして少しの毒を交えて描く。読み終えて改めて世界から評価された作品であり、そして作家であるという理由がよく分かります。
自分の中の好きな外国人作家となると、アガサ・クリスティーや、スティーヴン・キングといったビッグネームがまず挙がってくるのですが、このチママンダ・ンゴズィ・アディーチェも、これからはすっと挙がってきそう。
本当に去年『なにかが首のまわりに』を読めて良かったと思います。このことに関しては、自分で自分を褒めたい(笑) -
Posted by ブクログ
今やアフリカ文学を代表する作家であるアディーチェ氏の全米批評家協会賞受賞の長編小説。ナイジェリア出身の移民を描く。しかし根底に流れる幹は懐古的な王道ラブストーリー。『カサブランカ』や『風と共に去りぬ』のような大河小説のような趣を感じさせる。
多民族国家である米国の暗示的差別(区別というべきか)である階級・イデオロギー・人種の微妙な疎外感や自尊心を保つ難しさを絶妙なタッチで描いている。
アフリカン・アメリカーノとアメリカン・アメリカン、同じアフリカでも出身国や時期から生じる関係性や力関係の違いなど、移民が置かれた微妙な立場を読み取ることができる。
イフェメルはおそらく飛び切りの美人であろう。それゆえにブレインの切ないエピソードは彼女の抱える容姿や性格を超えた「壁」を表している。
アディーチェ氏ならではの繊細な感性と表現力が光る作品。 -
Posted by ブクログ
ナイジェリアの女性たちを主題にした短編集。表題と同じ短編では、完璧なアメリカ人の恋人(すごくいい人)とのちょっとしたやりとりに、「オレは君と君のバックグラウンドを理解しているしそんな君をそのまま受け入れてるよ」が透けて見えてしまい、違和感とかすかな苛立ちを覚えるあたりにとても共感。どんなに素晴らしい人でも、「わかってる」感を出した途端にちょっとムッとくるよね。彼だってまだ若くて未熟だし、今現在の彼の背景を考えれば、十分過ぎるほど寄り添ってくれてるのに、どうしてもひっかかってしまうのが切ない。全編に渡って、言語化できない思いや感情を、そのままの空気を吸い込むように感じさせる話運びが素晴らしい。最後の一編、部族の女性と孫の物語がパワフルさと希望に溢れていてとても好き。