バルガス=リョサのレビュー一覧

  • ラ・カテドラルでの対話 (下)

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    ネタバレ

    下巻の最初の場面は1958年。オドリア政権が1948〜1956年なのでその2年後。上巻最後の場面のカヨ・ベルムーデス失脚から数年経っている。
    今の大統領はマヌエル・プラード。新聞社に勤めているサンティアーゴの元に「昔の酒場で大人気だった歌姫(ムーサ)が刺殺された」という知らせに取材に行く。世間からは彼女が「カヨ・ベルムーデスの愛人だったオルテンシア」だったことも忘れかけられている。ベルムーデスの失脚後、贅沢暮らしと高慢な態度が身についてしまって手を差し伸べる人も少なく、娼婦めいたことで暮らしていたらしい。サンティアーゴは、オルテンシアと同性愛と言われているケタに取材に行く。
     そこで、サンティアーゴもびっくり、読者もびっくりの情報が!
    オルテンシアを殺させたのは、<金の玉>と渾名されるサンティアーゴの父のフェルミン・サバラで、実行犯は「あいつのおかま相手の黒人運転手。」というのだ。
    つまり、フェルミン・サバラとアンブローシオは同性愛関係で、そのことをオルテンシアが恐喝していたので殺させたと言うのだ、ええ、そういう話に行くのか!
    (最初に読んだときに「金の玉」って腐敗資産家の意味かと思って「他に翻訳なかったのか!?」と思ったんだけど、もしかして同性愛下半身も揶揄してる??)
    サンティアーゴがショックを受けたのは、「父が同性愛者だってことを自分たち家族以外に国中が知っていたんだ!」
    実家から距離をおいているサンティアーゴだが、さすがに父に連絡を取り「…なんか噂でさ、アンブローシオが犯人で、ちょっと父さんの名前も出てたから気になって…」とか伝える。
    フェルミン・サバラは表面的には平気な顔をして「それより家に帰ってこい。援助させてくれ。お前のことが心配だ」と強調する。
    とりあえず数日後にサンティアーゴが食事と一応の一家和解のために実家を訪ねたら、アンブローシオは退職していなくなっていた。
    気が重くなるサンティアーゴ。父がアンブローシオを逃がしたんだろう、するとやはり刺殺に関係があるんだろうなあ。
    小説の書き方として、サンティアーゴが「新聞社の先輩で今はアル中入院中のカルトーリスに話しかけている」文章が差し込まれていたんですが、どうやらこの「父の黒い噂」を聞いた時に偶然であって悩みを聞いてくれたのがこのカルトーリスだった。そこで信頼できる相手として、アル中になっても見舞いに行ってるんですね。

    【クーデター失敗?】
    場面は、サンティアーゴが大学で逮捕され、保釈されてから数年後に戻ったっぽい。
    カヨ・ベルムーデスをオドリア政権に紹介したエスピーナ将軍がクーデターを起こして失敗した??政治の混乱、それによりベルムーデスが内務大臣に昇格したこと(今までは閣僚クラス)、フェルミン・サバラが利ざやを得ていた特権が剥奪され資金難になったことが語られる。(サンティアーゴがオルテンシア殺害を確認しに行ったときには「資金は大幅になくしたが、援助はできる」って感じだった)

    【カヨ・ベルムーデス失脚を詳しく】
    前巻終盤に書かれた「カヨ・ベルムーデス失脚」の市立劇場での暴動の様子が書かれる。
    オドリア政権に対立する連立グループが、市立劇場で集会を行うことになった。ベルムーデスはそれを政府支持集会に乗っ取るための人員動員を指図していた。そして先導者として、アンブローシアの元同僚たち秘密警察たちと、アンブローシオの父であるトリフルシオも差し向けられていた。
    しかし動員人数が集まっていない。連絡がうまく行かなかったのか、わざと無視されたのか?(時系列混じってるこの小説は一度読んだだけでは分からない…)
    そして秘密警察やトリフルシオたちの扇動は大失敗して袋叩きに合いトリフルシオは死ぬ。
    …この事件の記述は、生き残って帰ってきたアンブローシオの同僚が彼に酷い経験を話して聞かせる形式です。しかしトリフルシオの名前は知らなかったので「あの黒人が叩き殺されるのを見た」くらいの報告になっている。果たしてアンブローシオは、その殺された黒人が自分の父だって分かったのだろうか?
    暴動は街中に広がり、オドリア政権幹部と軍隊はカヨ・ベルムーデスを首にして外国に追い出すことで手を打つことにする。
    それで、オリテンシアが置いていかれて、フェルミン・サバラを恐喝して、殺された事件につながっていくんですね。

    【そのころアマーリアは】
    オルテンシアは贅沢暮らしを続けたがどんどん転落していく。アマーリアは唯一の女中として側にいた。このころフェルミン・サバラを恐喝していて、お金を運んでいたのがアンブローシオだった。アマーリアは妊娠して、オルテンシアとその同性愛相手のケタから助けてもらいながら暮らしている。そして出産してオルテンシアに連絡しようとしたら彼女が殺されたことを知る。さらに自分が「オルテンシア刺殺当日に姿を消した女中」として容疑者第一号になっているという。
    現在の私達なら「入院記録、出産記録もあるんだから、警察に出頭して説明する」という選択肢もあるけど、この当時のペルーで、女中階級のアマーリアの説明が聞いてもらえる可能性はものすごっく低い。問答無用で犯人にされたり酷い目に合ったりする可能性のほうが高い、と怯えるアマーリア。

    そこへアンブローシオが姿を表して「三人で田舎で暮らそう」と連れ出したのだった。しかしそれはアマーリアにとってまったく心が弾まない決断だった。

    【時系列整理!】
    市立劇場からの暴動でカヨ・ベルムーデス失脚。
    ⇒困窮したオルテンシアがフェルミン・サバラを恐喝する。
    ⇒アマーリアが妊娠する。
    ⇒アンブローシオがオルテンシアを刺殺する。
    ⇒出産から戻ったアマーリアが、自分が容疑者だと知る。
    ⇒サンティアーゴが父に「刺殺事件で、アンブローシオと父さんの名前が」と告げる。
    ⇒アンブローシオがサバラ家を退職。
    ⇒アンブローシオと、アマーリアは、赤ちゃんのアマーリア・オルテンシアを連れて田舎に隠れ住むことにする。
    ⇒実家を訪れたサンティアーゴは、アンブローシオがいなくなっているので「やっぱり父さんが口止めのために追い出したんだ」と考える。

    【悪役(?)たちにも…】
    フェルミン・サバラやカヨ・ベルムーデスは金と権力の悪の象徴のような存在で、作者は彼らを全く褒めてないはずなんですけど「彼らにも彼らのモラルがあるよね?」って混乱するんです。。
    フェルミン・サバラは政治も他の人の暮らしもどうでも良くて、自分たちの資産のために政治家に献金して地位を築いた象徴人物なんだけど、サンティアーゴたち家族に対しては純粋に父親としての愛情を表明し続けている。
    カヨ・ベルムーデスは妻と愛人にはあの仕打ちなのに、性的なことにわりと公平なのかというところが見られる。
    他の人が「フェルミン・サバラを落とすには彼の性癖(同性愛)を使えばいい」と言うがカヨは「それはダメ」という。その手段を使うのは彼にとってフェアではないのかな?
    また、ある実業家が身柄拘束されて、その美人妻が決死で夫の釈放と海外逃亡の交渉に来た時に、身体を要求したかのように受け取れる事を言うんだけど、実際にはその実業家が愛人と散財してることを妻に知らせた上で、二人の海外逃亡を見逃したのでした。夫の釈放のために身体を張ろうとする妻に、夫の本性を見せてやったのは、ある意味親切な気もする。
    さらにカヨが二人のダンサー(そのうち一人はケタ)を呼びつけて裸でダンスを要求したときには「やっぱりこういう野郎だったか」と思ったんだが、カヨはオルテンシアの同性愛相手を探しに来ていたらしい。女性同士の行為を見るのが好きなのかな(-_-;) なんか性的なことには不思議な感覚を持ってるなーー。
    (なお、彼のモデルとなったペルー内務大臣アレハンドロ・エスパルザ・サニャルトゥは女性への参政権を付与したらしい)

    【アンブローシオとフェルミン・サバラの同性愛関係】
    アンブローシオは暴力仕事もするのだが、立場が強い相手が強く出てこられると弱腰になってしまう性質がある。
    アンブローシオがカヨ・ベルムーデスの運転手をしていた時、フェルミン・サバラが彼を見て気がついたらしい。この黒人は自分の相手なるし、抵抗もしない。
    それをカヨ・ベルムーデスが察知して、運転手として譲った形だったらしい。
    ということは、「同性愛関係」とはいっても恋人とかではなくて、立場が上のフェルミンが、心身大変なときに「本当の自分でいさせてくれ!」と、行為の相手をさせたのですね。アンブローシオにとっては望まない性行為だっただろうけれど、それはそれとして「旦那さんは紳士なんです」と慕って庇っていて、殺人までしてしまう。なんかアンブローシオも複雑だ。
    そして小説内では、アンブローシオがフェルミン・サバラに例えばカヨ・ベルムーデスのことを「こんなことがあったんですよ、旦那さん」という感じで説明する描写がある(それによって読者も知る)。この会話の実際の状況は、フェルミン・サバラの別宅で、同性愛行為の前にリラックスするための会話だったのか…!…もしこの小説を読み返すことがあったらアンブローシオの「旦那さん」って語りかけの場面では「行為直前か…」って考えてしまいそう…(-_-;)

    【オルテンシア刺殺のこと】
    アンブローシオがオルテンシアを殺したことは間違いなさそう。しかしフェルミン・サバラの命令かどうかは不明。アンブローシオは「旦那さんのためにやった。自分だけで決めた」ようなことを言っている。

    【アンブローシオとアマーリア】
    フェルミン・サバラはまとまったお金を渡してアンブローシオを田舎にいかせた。アンブローシオ、アマーリア、赤ちゃんのアマーリア・オルテンシアの新生活が始まる。
    女中とはいえリマ出身のアマーリアは、虫だらけの汚い家に馴染めなかったが一年もするとすっかり馴染んできた。しかしアンブローシオは相変わらず強い相手から強く出られると弱気になってしまってやっぱり仕事はうまく行かない。
    アマーリアはまた妊娠して妊娠後期に病院に担ぎ込まれるが、母子ともに亡くなった。
    アンブローシオはこっそりリマに帰る。身分証明書がないのでその日暮らしの仕事だ。

    【サンティアーゴの結婚】
    サンティアーゴはたまに実家に顔を出して夕食を食べていく習慣になっていた。兄のチスパスも、妹テテも大人になっていく。皆は自分を歓迎する。だが自分は外見は白人でも中身はチョロ(白人とインディオの混血)になったかのように、この家とは馴染まない思いを深めるばかりだった。
    ある時サンティアーゴは取材に行ったときに交通事故に合って入院した。そこでインディオ系の看護師アナと知り合う。退院してから交際へ繋がるが、サンティアーゴはその関係を秘密にしていた。
    アナは妊娠し、サンティアーゴは堕胎を進める。関係はこれで終わるかと思われた。しかし彼女から堕胎の知らせを聞いた時、彼女の元に駆けつけてプロポーズした。だがこれも極秘結婚。
    やがてサンティアーゴは実家にアナを連れて行かざるを得なくなるが、母親のソイラ夫人が「女中階級の女なんかが(上流階級である)うちの息子をたぶらかすとは!」と騒ぎぶち壊しに。
    兄のチスパス、妹のテテと婚約者ポパイはその後もサンティアーゴとの付き合いを望むがうまくはいかない。
    サンティアーゴはポパイとテテの結婚パーティに呼ばれるが、玄関のところで引き返す。自分はこの世界の住人ではない。

    【みんなのその後】
    フェルミン・サバラは発作で死んだ。(オルテンシアからの「告発」手紙でショックを受けた?)
    カヨ・ベルムーデスは亡命先で暮らし、たまにこっそりとペルーに戻ってもいる。
    サンティアーゴとアナは、ソイラ夫人とも穏やかな関係を築けるようになり、実家とは適度な距離を保ってやれるようになった。
    アンブローシオはリマで日銭を稼いで生きていくのだろう。<ここで、あそこで、そしてその後は、そうですね、その後はもう死ぬのではないだろうか、ちがいますかね坊っちゃん?(P523)>

    ===
    ペルーが政治的にも社会的にも大きく動いている時代に、政治はわからないが自分の利益のためには動く政治家や実業家たちが国を動かしている。そんな世の中に、上級社会から逃げ出した(けれども未だに自分探し中)のサンティアーゴ、使用人階級のアンブローシオとアマーリアは、時には助けられ、時には生活や心情に苦しむ。
    まさにペルーの都会も田舎も、上層部も使用人や労働者も、政権争いにその日暮らしに、民族も生活も小説の形式もごったまぜでペルーまるごと隅から隅まで書いている(のだと思う)。このごった煮感はペルーなのだろうし、それをごった煮の形式で小説にしているんだから凄いよなあ。

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    2026年07月31日
  • ラ・カテドラルでの対話 (上)

    Posted by ブクログ

    いつだめになってしまったのだろう?ペルーも、自分も。
    新聞社説担当サンティアーゴ・サバラ(サバリータ)は考える。
    家に帰ったら妻が「犬を散歩させていたら、野良犬収容係員に強奪されてしまったの」と泣く。怒ったサンティアーゴが収容所に乗り込むが係員は「この不景気で、狂犬病対策として犬を収容して歩合制で小銭を稼ぐ仕事に就かざるをえないんですよ。係員の中には人が抱っこしている犬を取り上げる、人の家の庭に乗り込んで繋がれている犬の紐を切って連れていく連中もいますよ。あなたは記者なんでしょ?社会のための仕事がこの低賃金で押し付けられています。人間に権利なんてあるんですかね?この問題を取り上げてくださいよ」などと言われる。
    そしてサンティアーゴは昔知っていたアンブローシオというサンボ(黒人と先住民の混血)と再会し、二人はラ・カテドラルという労働者向け安居酒屋に入る。どうやらサンティアーゴは上流階級出身だがそんな暮らしを嫌がり家を出た。そして父にはサンティアーゴも知らない「何か」があり、それをアンブローシオは知っているようなのだ。サンティアーゴはアンブローシオに「一体何があったんだ。なあ、間抜けのフリは辞めてくれ。父のせいなのか?父がやったのか?」と問う。

    本書の現実的な時間は、サンティアーゴとアンブローシオがラ・カテドラルで過ごした4時間。そこで彼らがどのように生きてきたのかが、ペルーの政権不安や革命、反体制運動などを背景に語られていく。

    しかしバルガス=リョサなので、二人の会話の合間にどちらかが当時を思い出してそこから話が広がっていくのだが、一つの文章ごとに時間が生きつ戻りつ広がりつつ、誰と誰の会話かは分かってもそれがいつの会話かは読み進めないと分からない、心情とセリフと客観的描写が入り乱れる、という手法。これでもちゃんと読めるし分かるんだから凄いよなあ。私の「バルガス=リョサを読む時に活性化する脳細胞」が活性化してきました・笑

    以下、メモ取らないと理由わからなくなるので書き留めまくってやたらに長いです(^_^;)

    【登場人物】
    ◆人種の呼び名。
    ・インディオ:混血がある・なしという人種区別よりも、スペイン語以外の先住民言語を話し伝統を受け継いで生活しているという文化的な区別として呼ばれる。
    ・メソティソ:インデオと白人の混血。または混血ある・なしに関わらず、都市部に住んでスペイン語を話して都会的生活を送る混血者はインディオではなくメソティソと見做される。
    ・チョラ、チョロ:インディオと白人の混血の女、男。メソティソと同じ意味だが多少の侮蔑が含まれるが、仲間内の親しみとして使うこともある。
    ・サンボ:黒人とインディオの混血
    ・ムラート:白人と黒人の混血
    ・ネグラ、ネグロ:黒人の女、男
    ・セラーノ:アンデスの山間出身者を「田舎モン」と揶揄するニュアンス

    ◆政治家、党派
    ・ベナビデス将軍・大統領(実在人物/1933年〜39年)
    ・ブスマンテ大統領(実在人物/1945年〜48年):上流階級出身で、外交官から大統領になった。
    ・オドリア将軍・大統領(実在人物/1948年〜56年):チョロ(先住民との混血)の軍人。大統領ブスタマンテに対してクーデターを起こした。作中のフェルミン・サバラや、ドン・カヨはこの派閥。アプラ党を取り締まる。
    ・ベラウンデ(実在人物/1963年〜68年):作中では、カヨ・ベルムーデス失脚後に大統領になっていることが明かされる。
    ・アプラ党:1924年に結党された「アメリカ革命人民同盟」。暴力革命も肯定している。その時時の政権に弾圧される。
    ・カウイデ:共産党地下組織と、ホセ・カルロス・マリアテギ設立のペルー社会党
    サンティアーゴの大学政治活動の時に出てくる名前。アプラ党、カウイデ、社会党組織と接触してデモを実行したのか??

    ◆サバラ家(上流階級。愛称は「サバリータ」)
    ・両親:実業家のフェルミンとソイラ夫妻。オドリア政権派で、成約や建築を受注し、政財界の重鎮となる。
    ・サンティアーゴ:少年時代の渾名は「ヤセッポチ」。学生時代は父に反抗して、カトリック大学ではなく、チェロや中層階急の通うサン・マルコス大学に通った。
    ・テテ:サンティアーゴの妹。後にポパイ・アレバロと結婚。
    ・チスパス:サンティアーゴの兄。元士官候補生から半ヤクザになり、サンティアーゴに変なことを吹き込んだりしていた。その後父の会社で真面目なサラリーマンになった。

    ◆アレバロ家(上流階級)
    ・ポパイ:少年時代の渾名は「ソバカス」。サンティアーゴの幼馴染で彼の妹テテと結婚する。建築士。

    ◆ラ・クロニカ新聞社
    ・バイェホ:編集長
    ・ペリキート:カメラマン
    ・カルリートス:サンティアーゴの新聞社の同僚(先輩)で、サンティアーゴは彼に色々と話をする。後にアル中で入院。

    ◆アンブローシオ
    チンチャ出身の黒人と先住民の混血(サンボ)。
    ドン・カヨの幼馴染で御用聞きみたいなことをした。その後、フェルミン・サバラの運転手になり、「何か」があり長い年月行方不明だった。

    ◆アマーリア
    サバラ家のメイドだったが、ソイラ夫人に解雇される。サンティアーゴとポパイは彼女に欲情して訪ねていったことがある。
    アンブローシオとは内縁の妻のような関係で、子供を残して死んだことが分かる。

    ◆ベルムーデス家
    ・両親:父「禿鷲」、母「信心深いドニャ・カタリーナ」と呼ばれる。禿鷲は人夫出身だが、ベナビデス将軍官僚と組んで財産を作り、チンシャ町長になる。
    ・一人息子:カヨ:アンブローシオと幼馴染だが、父の社会的地位向上により距離が生じる。最初の妻は、黒人女のローサ。この結婚に激怒した父から援助を切られる。この勝手な結婚には、アンブローシオと、学生友達のセラーノが協力していた。ローサは「うまくやった」のだが、年月が経つとどんどん醜くなり夫婦仲も悪くなっている。

    【カヨ・ベルムーデス(ドン・カヨ)がオドリア政権に入る】
    第三章は、カヨ・ベルムーデスが、学生時代の友人セラーノにリマに呼ばれるところから。(「セラーノ」というのは「インディオ系」という呼称で、本名はエスピーナ将軍。)
    セラーノは、ブスタマンテ政権の大臣だったが、オドリアによるクーデター後も大臣を務めている(このあたりの政治の動きはよくわからず…)。そしてカヨ・ベルムーデスをオドリア政権の官僚に推薦した。
    カヨ・ベルムーデスはそのままリマに残り、ローサとは別居。愛人として「オルテンシア」という女性を入れたらしい。
    この後カヨ・ベルムーデスは軍保安部で秘密警察を取り仕切り、アプラ党や共産主義を弾圧していく。<この国は文明国なんかじゃなくて、野蛮な、暗愚の国なんだ。(P241)>
    だが彼には政治主張は無く、ただ役割としての弾圧を敷いているのだった。
    そしてサンティアーゴの父、フェルミン・サバラも政治主義ではなく商業価値としてオドリア政権と親しくなっていく。

    【サンティアーゴの逮捕】
    そしてそのころ、サンティアーゴはサン・マルコス大学の同級生のアイーダやハコーボと仲良くなり、学校内の政治勉強会(共産主義、労働者階級のための闘争、マルクス主義など)に参加する。
    サンティアーゴは上流階級の学校を避けて庶民や混血たちのいる学校に入ったのだが、政治や本の話をする時に、教授も、学生も、意欲が無いこと気が付き、「チョロ(混血。社会的に地位が低い人たちを示していると思う)の連中も金持ち坊っちゃんたちと同じだった」と感じる。活動仲間は「安月給で働く教授たち、地位の低い階級の学生たちが世の中に無関心なのは体制が悪い。だから教えてやらなければ。」というのだが、サンティアーゴ自身は本気で共産主義もアプラ党支持にもなりきれない。
    そんなサン・マルコス大学活動ブループが労働者デモを呼びかけ、結構大きな事になった、のかな。そこへカヨ・ベルムーデスが軍隊を入れて大学を占拠し、政治活動グループを逮捕した。その中にサンティアーゴもいた。
    彼は、父のフェルミン・サバラがカヨ・ベルムーデスに頼んだため釈放された。
    フェルミンは息子のサンティアーゴが自分に反抗しても青春の寄り道として期待して応援していた。しかしサンディアーゴは家出同然で独立し、大学も辞めて新聞社に勤めるのだった。(彼の階級では人に使われる人生というのは脱落となってしまう)
    なお、この大学占拠と学生逮捕にサンティアーゴは一種の責任を感じていたのだが、実はカヨ・ベルムーデスが、フェルミン・サバラを警戒して盗聴などを行っていたところ、息子のサンティアーゴのデモ計画を知って襲撃した、ということをアンブローシオから聞かされる。

    【父と息子の関係】
    うまく行かない二組の父と息子が出てくる。禿鷲とカヨのベルムーデス親子、上流階級実業家フェルミンと反抗するサンティアーゴのサバラ親子。
    両方を知っているのがアンブローシオ。ラ・カテドラルでは「旦那さん(フェルミン)は坊っちゃんを心配して、こっそり様子を見に行っていたんですよ」「父は主張のない商業主義者で憎らしい俗物さ」なんて話も差し込まれる。ずっと昔、アンブローシオがフェルミン・サバラにベルムーデスの話をした時は「旦那さんは、禿鷲とドン・カヨの話をしていながら、ご自身とサンティアーゴ坊っちゃんの話をしているのでは?」なんて考えている。
    ただサンティアーゴ自身もオドリア独裁政権には大反対でだが、他の党派に賛同しきれない気持ちも抱えている。
    フェルミンの言う<仕事をしている人間がみんな手を引いてしまって、政治家だけに政治を任せてしまったら、国はむちゃくちゃになってしまいますから。(P261)>は、「政治理念のない素人が首を突っ込むことの危険」もあるけれども「政治プロだけが国を動かす危険回避」って意味ではそうだよなあとは思うんだけどさ。

    【そのころアマーリアは?】
    アマーリアはトリニダーというアプラ党員で工場勤務の男と付き合っていた。彼は以前逮捕歴があり心の傷となっているらしい。アマーリアは妊娠するが、トリニダーはアプラ党の活動でしょっちゅう出かけるし、心の傷だといって働かない。
    だがトリニダーが死んで判明したのは、彼はアプラ党員何かではなかったということ。彼が「党員仲間」と言っていた男が言うには「彼はアプラ党員と間違われて逮捕されたことがあり、それ以来似非のアプラ党員を名乗っていた。彼が党活動って言っていたのは、俺達と飲んでいただけ」だという。
    えええ。これって精神医学的に「トラウマから、余計に自分を傷つけようとする」って病症が実際にありそうですね。
    トリニダーは、カヨ・ベルムーデス配下の秘密警察にやられたことが分かるのだが、アンブローシオはその秘密警察の運転手になる。(そしてフェルミナン・サバラの運転手に転職したようなんだけど、「いつ」なのかがよくわからない…)

    【アンブローシオの両親】
    アンブローシオの父トリフルシオは刑務所に入っていた。釈放されてからは、農場主でオドリア派議員アレバロの元で働く。オドリア派の選挙不正とかが書かれます。
    母はトマサという田舎のネグラ(黒人女)。


    【アンブローシオとアマーリア】
    カヨ・ベルムーデスは、オルテンシア(歌姫という意味の「ムーサ」とも呼ばれている)いう歌手?ダンサー?水商売?の女を愛人にして家を与えている。多くの男を夢中にさせた美女で、同性愛の傾向もあるらしい。
    アンブローシオは、一人になり生活に困っているアマーリアにこっそりと「オルテンシアのところで女中を募集している。だが絶対に俺の名前は出すな。カヨが邪魔するから。」と言って紹介した。
    どうやらこの後アンブローシオとアマーリアの間に娘が生まれるのだが、彼女が「オルテンシア・アマーリア」と名付けられるらしい。

    【カヨ・ベルムーデス失脚】
    カヨ・ベルムーデスに監視されるようになったフェルミン・サバラは、カヨを政権に推薦したエスピーナ将軍(セラーノ)、オドリア大統領の甥パレーデス大尉たちと「反体制連立グループ」を組んだ??(フェルミンがいろいろな人と接触したり離れたり、カヨがいろんな人と組んだり監視したりの場面が入り組んでいるので、誰が味方で誰が敵で誰がそんな政治主張かわからなくなっている…。なおカヨがフェルミンを監視していたのは連立グループ入りを察知されたからで、結果としてサンティアーゴの大学が占拠された。)
    そして市立劇場での反体制政治家による集会を、カヨたちが妨害しようとしたりして、実際に行われた集会には襲撃者が乱入したこともあり大騒動に。カヨは軍隊で鎮圧しようとするが、市民グループも蜂起して「革命」に近い状態になる。カヨは辞任せざるを得なくなり外国に亡命し、それまで贅沢に暮らしていたオルテンシアは置いていかれた。
    フェルミン・サバラは身の危険を感じて姿を隠す。
    現時点での政権
    ・オドリア政権は、共産党や反対者は弾圧したが、公共事業などには力を入れて独裁を正当化した。
    ・フェルミン・サバラのような実業家は政治家と癒着した。
    ・フェルミンたちの「連立グループ」は、カヨの弾圧から身と財産を守るためのクーデターみたいなもの?
    ・多分連立グループを組んだのは、カヨにより失脚しかけている政治家、富裕層、政治家と癒着して財産を得ている実業家たち。

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    2026年07月31日
  • 密林の語り部

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    自分の運命をないがしろにして、だれがより清らかで、より幸福になれるだろう?だれにもそんなことはできないことだ。私たちはあるべきものになるのがよい。ほかの決まりを果たそうとして、自分の義務を放棄すれば、魂を失う。

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    2026年02月16日
  • 密林の語り部

    Posted by ブクログ

    文明と自然との関係がどうあるべきかを問うた作品である。相変わらず、バルガス=ジョサの採った構成は、実験的であり、記述的なな文章と物語的な文章とが繰り返されていく。文明が自然に対して傲岸にその野蛮、未開を啓蒙して、利用してやろうという態度を採ることなく、その世界観を保存し、理解しようとしたら、どういう帰結を迎えることになるか。その答えがこの小説のなかにある。

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    2026年01月13日
  • ラ・カテドラルでの対話 (下)

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    圧倒的な筆力で書かれた20世紀文学の集大成。下巻では、ペルー社会の腐敗がえぐり出されていく。独裁政権が張り巡らせる権謀術数のもと、勝者と敗者とに分かれていく。そのなかで弱い立場の人間ほど、悲惨な結末をたどっていくし、強い立場の者には、敗れても、それなりの地位が残されている。最後、敗れたあとも、サンティアーゴ/サバリータが採った態度は"一寸の虫にも五分の魂"を示すものであり、そこに微かに人間の気高さに対する期待が残される。

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    2025年11月09日
  • 世界終末戦争(下)

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    もともとボリュームはあるけども、割と仕事を忙しくしていたこともあり結局上下読み終わるのに2ヶ月かかった。
    私にとっての初バルガス=リョサ。ラテン文学好きで、ノーベル賞作家なのに、初でした。

    ブラジルが帝政から共和国制に切り替わった19世紀末、時代の流れに取り残されたブラジルの内陸部地方エリアで勃発した通称「コンセリェイロ」率いるキリスト狂信者集団(作中ジャグンソと呼ばれる)の反乱と、それを鎮圧すべく向かうブラジル共和国との戦い。史実をベースに、細部がセミフィクション化された物語。
    史実の通り最終的には鎮圧される。鎮圧されるまでの両サイドの思想なり人間模様なりが、群像劇のように視点を変え語られる。

    傍から見たら狂信者と思われる集団なのだけれども、細部を見ると実はその集団ができる非常に合理的な理由がある。
    貧困だったり抑圧だったり。貧しさが当然で地形的にも孤立している社会では、コンセリェイロが説く思想が綿のように身体に染み込む。狂信者になろうとして狂信者になるのではなく、その思想を救いとする以外、対抗する思想などどこにもないのだ。受け入れる以外の選択肢はなく、結果その人々が狂信者と呼ばれるようになる。
    しかしその彼らは篤信で清貧、信仰が厚いがゆえに規律ができておりコミュニティ内でのトラブルもない。そしてコンセリェイロのおかげで、悪事の限りを尽くしてきた荒くれ者たちすらルールに則った正しい生活を送っている。
    ただ一つ、共和制というルールを認めることができず、戦争に巻き込まれていく。

    物語の中に何人かキーとなる人物が出てくるのであるが、その中でも最重要人物だと思われるのが、近眼の記者。彼は当初共和国軍側の記者として同行し、その後ジャグンソとの戦いで敗走する中、紆余曲折を経てジャグンソ側に身を寄せる。彼のある意味中立の立場から両者を眺める場面が幾度となく現れ、この戦争の輪郭がはっきりしていく。はっきりしていく一方、何が正しいのかがわからなくなっていくのも彼の視点を通じてである。

    両軍ともに困憊しボロボロの状態、そしてその絶望的な状況でなお信念に従い使命を持って動き続ける様、本当に痛々しくも圧倒される生のほとばしりをそのまま文章に落とし込む技術。素晴らしい。群像劇のように視点が変えられると書いたが、終盤はすこし時系列も前後する。ただ、この時系列の前後も物語に大きな印象を付け加えることに一役買っている。この語り口はバルガス=リョサの得意とする技法らしいのだが、これが実に効果的である。上下で1100ページくらいあるのだが、長く続く戦争を読み手に飽きさせることなく語り尽くす。

    ブラジルの地形、地名、独特の名前。慣れないと読みにくいところはたくさんある。
    ラテン文学の中では抜群に読みやすい方だとは思うが、それでもするすると読めるようなものではない。
    それでも少しずつでも、この物語の登場人物それぞれの生のほとばしりに触れる価値はあると思う。傑作。

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    2025年11月08日
  • ラ・カテドラルでの対話 (上)

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    長く、複雑で、シーンの数も登場人物の数も多いので、かんたんに理解できる小説ではない。しかし、退屈ではない。おそらくこれがバルガス=リョサがノーベル賞を授かった主な業績なのだろう。そう思うほどに前衛的なやりかたで、社会と政治の腐敗を描いている。話のおもしろさを理解するためには、サンティアーゴ/サバリータを主人公とみなし、父親のドン・フェルミンとの関係がどういうものか、そして彼自身がどういう人生を歩んでいくのかを常に見失わないことが必要だ。そうすれば、すべて人間関係を把握しなくても、本書のテーマが見えてくる。

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    2025年11月04日
  • 世界終末戦争(下)

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    ネタバレ

    内容についてのレビューではなくなってるので注意

    ■上げて上げて上げて落とす

    カヌードスの反乱を討つべく第三回遠征の指揮官となったモレイラ・セザル大佐。彼への期待はその華々しい登場で描写されている。多くの民衆が駅に駆け付け歓声を上げる、大佐は小柄だが他の有象無象とは違う雰囲気を醸し出し、ただ一人強者の風格を漂わせている。その隊は「常勝連隊」であり、大佐の愛馬である白馬がおろされる。極めつけは第一回遠征と第二回遠征の「敗者」カストロ大尉とフェヘイラ中尉との会話だ。大佐は補佐として連隊に加われという命令を受けた二人をどう扱ったか。ひと握りの盗賊にすら勝てなかった恥晒しなどに用はないと冷たく言い放つ。これらを今風に言うと「負けフラグを構築している」。数々の反乱を鉄拳で叩き潰し、陸軍を侮辱した新聞記者を容赦なく射殺した大佐は半ば神格化されていた。これでもかというくらいモレイラ・セザル大佐は持ち上げられている。まだ3章の始まりだというのに。ここから第三回遠征隊がカヌードスに到着し戦闘になるまでが長い。その間ずっと勝ったも同然の大佐の連隊の行軍となる。大佐が唯一恐れるのはアントニオ・コンセリェイロ及び復古派反徒が既にカヌードスから逃亡してる可能性だけだという。大佐はアントニオ・コンセリェイロの背後にこの狂信者達を操って、王政復古を企む黒幕がいると確信している。散々持ち上げられる大佐だが、彼もガリレオ・ガルと同じく不確定な情報に踊らされる哀れな道化役だと仄めかされているように思う(私にはガルに何か積極的なものを見出すことはできなかった)。気を張り詰めた代償か大佐は倒れてしまう。そこで大佐が敵視する男爵に命を救われるが、ここでも己の信念は曲げない。男爵からは狂人だと看破される。若干雲行きが怪しくなったが、カヌードスに着く。3章はずっと大佐のターンだったが、3-Ⅶでようやくカヌードスの反乱者との戦闘になる。さぞや一進一退の攻防をじっくり見せてくれると思いきや、あっさりと決着がついてしまう。大佐戦死!はやっ!今までの持ち上げと引っ張りは何だったのか。そう、すべてはこのための溜めだったのだ。上げて上げて上げて一気に落とす――

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    2025年09月18日
  • ラ・カテドラルでの対話 (下)

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    「誰かに打ち明けなければならないことがあるんだカルリートス、自分が中から焼かれているんで」とサンティアーゴは言った。「それで気分がよくなるなら、オッケーだぜ」とカルリートスは言った。「でも、よく考えろよ。時々オレも、危機に陥って打ち明け話に走ることがある、それが後になって重くのしかかってきて、自分の弱点を知っちまった人間を恨むことになる。明日になったらオレのことを恨んでいるなんて、ならないようにしてくれよサバリータ」(p.55)

    同じ事件、人物に対しても語られる視点で受ける印象が異なるのが面白かったなー。特にオルテンシア、ムーサに関しては、アマーリアからは優しい奥様だったのが、親友だと思っていたケタからだといかれた女なわけで、その視点の書き分けがうまかった。アンコンのマンションをソイラ夫人が頑なに拒む理由も読者にはわかるわけで。

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    2025年05月06日
  • ラ・カテドラルでの対話 (上)

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    ネタバレ

    面白いとは聞いていたが、ここまで面白いとは…ぐんぐん引き込まれて、今年ベストかもしれない。ハンガンの少年が来るといい勝負。バルガス=リョサ追悼ウィークはこの上下だけになりそうだけれど(分厚い!GW終わった!笑)、バルガス=リョサ大先生素晴らしい体験を有難うという感じです。

    「これまでに書いたすべての作品の中から一冊だけ,火事場から救い出せるのだとしたら,私はこの作品を救い出すだろう」
    そう著者が言うだけある作品…

    まず視点が自由間接話法を縦横無尽に使って入り乱れる。映像的ともいうべき交差で、最初は登場人物もわからないから、何が何だかという感じだったが、慣れるとこれが心地よいスピードで話が進むし、思わぬところで思わぬ話が何気なく繋がっていく種明かしのような構成がとてもスリリングだった。

    ペルーの政治情勢と、密接に絡み合う人種・階層含む社会経済状況、何も知らずに読み出したが、そこもある視点として知ることができて面白かった。

    彼自身もペルーなのだサバリータ、彼もまた、どこかの瞬間でダメになってしまったのだ。彼は考えるーそれはどの瞬間だったのか?ホテル・クリヨンの前で、一匹の犬が彼の足を舐めにやってくるーおまえは狂犬病じゃないだろうな、さっさと失せろ。ダメになってしまったペルー、と彼は考える、ダメになってしまったカルリートス、誰も彼もがダメになった。(p.15)から始まる。

    「全然迷いがなかった、信じていたんだ」とサンティアーゴは言った。「僕はその前から何かを盲目的に信じている人たちのことを、羨ましいと思っていたんだよカルリートス」…「それこそが人間にとって、一番恵まれていることなんだよアンブローシオ」とサンティアーゴは言う。「自分の言っていることを信じられるということ、自分のやっていることが好きだということ」(p.277)

    「かわいそうにな」とカルリートスは言った。「これで一生、新聞記者になっちまうんだな。いいか、ちょっとこっちに寄ってくれ、誰にも聞かれないように。ひとつ重大な秘密を告白しよう。詩こそこの世で一番偉大なものだぞサバリータ」(p.450)

    …もう二度とあの熱意は持てないだろう、と彼は考える、何かをやり遂げたいというあの欲求、特ダネをとってみんなにちやほやしてもらうんだ、ああいう企画も二度と出さないだろう、それで昇進するんだ、なんて。何がダメになったんだろうか、と考える。彼は考えるーいつ、なぜ。(p.458)

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    2025年05月06日
  • 密林の語り部

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    ネタバレ

    ひとつの文化に魅せられ、回心してその内部へと踏み込み"語り部"となるサウルと、文化を外側から物語にしようと試みる筆者(?)の2人の物語が交互に折り重ねられている。

    初め語り部の物語が始まった時、なれない情景や言葉に戸惑いつつも引き込まれている自分がいた。

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    2022年01月28日
  • 密林の語り部

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    2012.7記。

    「チボの狂宴」の著者バルガス・リョサ再読。ペルーの少数民族マチゲンガ族の「語り部」が伝える神話的記憶と、人類学者の考察やドキュメンタリー制作の描写が交互に描かれる。

    「木が血を流した時代」と語り部が呼ぶ、白人の過酷なゴムプランテーション経営による人口の激減、乱開発から滅び行く民族を守ろうと努力する同じ白人の人類学者たち。定住し農耕することを教え、人口維持に貢献する学者たちは、しかし同時に境界なく森を行き来する民族の誇りと文化を破壊したのだろうか?こうした問題を考えさせられながら、めくるめく神話の数々にも圧倒される。

    ところで、本作のハイライトである「大地の揺れ、怒りを鎮めるため突如姿を消す」マチゲンガの家族のシーンは、僕に村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」の冒頭部分を思い起こさせた。阪神淡路大震災の報道を一時もテレビの前を離れずに無言で見続けていた「妻」が、突然姿を消すところからこの小説は始まる。発想の源泉が偶々似ているのか、村上がリョサを読んでインスピレーションを受けたのか、とにかくいずれもとても印象的なシーンであった。

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    2019年01月03日
  • ラ・カテドラルでの対話 (上)

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    ネタバレ

    いつも沖縄に出張にいくときにラテンアメリカの文庫を携えるようにしているが、最初、上巻だけ持って行った。
    面喰らいながら書いたメモが、以下。

    @
    複数の会話が入り乱れる。時間の混乱。しかし似たトピックを話していたり、連想的に響きあったりすることもある。
    地の文においては、彼がいうのだった、と人称の妙。
    地の文は会話文で中断されなければ原則的に改行なし。
    おまえは何々だったなサンティアーゴ。と、作者の声なのか、サンティアーゴの自問自答なのか、も地の文に紛れ込む。
    地の文においても、たとえば208ページ、もちろん構わないのよ、いいことだと思っているのだった。と、直接話法?と間接話法?が入り混じる。

    自分(そして国)はダメになってしまった、遡ればいつからだったか?あのときだったのだろうか、と話しながら度々考えている。
    全体小説を書きたいと思った時、こういう文体と形式を選ばざるを得なかった。ボヴァリー夫人なんかは単純で純朴だ。
    ところで、アンブローシオが坊ちゃんに話しかけるだけでなく、旦那さんにも話しかけているが、誰?=たぶんフェルミン>108p。

    ※もっと分析を頑張るならば、地の文でこういう話、そこに混入するのは誰と誰の会話でどういう内容か、まで。
    また、各人物ごとにエクセルなどで時系列のマトリックスを作るのもおもしろいかも。
    @

    上巻を読み終えてから下巻の訳者解説を読んで、面喰うのも無理はないと納得した次第。
    読み終え、各章ごとのあらすじをまとめ、登場人物の表(B5にたっぷり!)を作り、もっと分析したいと思いつつも果たせないので、いったんここで感想を書くことにする。

    ざっくり言えば、過去を悔いている(自分は、そして国は、いつから駄目になってしまったのだろう、という問いへの執着ぶりが独特)青年が、かつての実家の使用人と再会し、ラ・カテドラルという酒場で飲みながら対話する、という大枠。
    四方山話噂話過去話などなどが入り乱れ入り混じり読者は渦に巻き込まれていくが、中心にあるのは「(息子にとっての)父を巡る謎」。

    視点人物であるサンティアーゴの父は、政治にどっぷりの商人だが、ある種のセクシャリティを隠しており、ある殺人事件を機に息子が探り合ってしまう。(「間抜けのふりをするのはやめてくれ」「二人で率直に、ムーサについて、父さんについて、話をしようじゃないか。彼に命令されたのか?父さんだったのか?」という序盤の台詞が、後半に効いてくる)
    次の視点人物であるアンブローシオの父は、ムショ帰り。青春期の息子がいる家に帰り、息子の性格を曲げてしまう。
    さらに政治的重要人物であるカヨも、禿鷲と綽名される金貸しの父を持つがゆえ、独特なセクシャリティを持つ。

    というように、父ー息子ー政治や権力ー性、というテーマがあり、そこにアンブローシオの妻となる使用人のアマーリアや、差別意識の強いサンティアーゴの母や、カヨが囲う愛人のオルテンシア(=ムーサ)やが緊密に絡んでくる。もちろん性がかかわれば男女両面ひっつくのは当然なのだが。
    政治劇と個人劇がつながるのが性、というのは、下衆だが、吉本隆明や埴谷雄高を連想したりもした。

    ネットで感想を漁っていると、火サスをタランティーノやゴッドファーザーPART2っぽく書きました、という例えがあって、膝を打つ。
    「緑の家」と較べるとスケールの小ささは否めないが、むしろ日本の学生運動を連想したり、家庭の権力性を考えたり、と、自身に引き付けて考えるきっかけになるのは、こちらかなと思ったりもした。

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    2018年12月05日
  • ラ・カテドラルでの対話 (下)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    いつも沖縄に出張にいくときにラテンアメリカの文庫を携えるようにしているが、最初、上巻だけ持って行った。
    面喰らいながら書いたメモが、以下。

    @
    複数の会話が入り乱れる。時間の混乱。しかし似たトピックを話していたり、連想的に響きあったりすることもある。
    地の文においては、彼がいうのだった、と人称の妙。
    地の文は会話文で中断されなければ原則的に改行なし。
    おまえは何々だったなサンティアーゴ。と、作者の声なのか、サンティアーゴの自問自答なのか、も地の文に紛れ込む。
    地の文においても、たとえば208ページ、もちろん構わないのよ、いいことだと思っているのだった。と、直接話法?と間接話法?が入り混じる。

    自分(そして国)はダメになってしまった、遡ればいつからだったか?あのときだったのだろうか、と話しながら度々考えている。
    全体小説を書きたいと思った時、こういう文体と形式を選ばざるを得なかった。ボヴァリー夫人なんかは単純で純朴だ。
    ところで、アンブローシオが坊ちゃんに話しかけるだけでなく、旦那さんにも話しかけているが、誰?=たぶんフェルミン>108p。

    ※もっと分析を頑張るならば、地の文でこういう話、そこに混入するのは誰と誰の会話でどういう内容か、まで。
    また、各人物ごとにエクセルなどで時系列のマトリックスを作るのもおもしろいかも。
    @

    上巻を読み終えてから下巻の訳者解説を読んで、面喰うのも無理はないと納得した次第。
    読み終え、各章ごとのあらすじをまとめ、登場人物の表(B5にたっぷり!)を作り、もっと分析したいと思いつつも果たせないので、いったんここで感想を書くことにする。

    ざっくり言えば、過去を悔いている(自分は、そして国は、いつから駄目になってしまったのだろう、という問いへの執着ぶりが独特)青年が、かつての実家の使用人と再会し、ラ・カテドラルという酒場で飲みながら対話する、という大枠。
    四方山話噂話過去話などなどが入り乱れ入り混じり読者は渦に巻き込まれていくが、中心にあるのは「(息子にとっての)父を巡る謎」。

    視点人物であるサンティアーゴの父は、政治にどっぷりの商人だが、ある種のセクシャリティを隠しており、ある殺人事件を機に息子が探り合ってしまう。(「間抜けのふりをするのはやめてくれ」「二人で率直に、ムーサについて、父さんについて、話をしようじゃないか。彼に命令されたのか?父さんだったのか?」という序盤の台詞が、後半に効いてくる)
    次の視点人物であるアンブローシオの父は、ムショ帰り。青春期の息子がいる家に帰り、息子の性格を曲げてしまう。
    さらに政治的重要人物であるカヨも、禿鷲と綽名される金貸しの父を持つがゆえ、独特なセクシャリティを持つ。

    というように、父ー息子ー政治や権力ー性、というテーマがあり、そこにアンブローシオの妻となる使用人のアマーリアや、差別意識の強いサンティアーゴの母や、カヨが囲う愛人のオルテンシア(=ムーサ)やが緊密に絡んでくる。もちろん性がかかわれば男女両面ひっつくのは当然なのだが。
    政治劇と個人劇がつながるのが性、というのは、下衆だが、吉本隆明や埴谷雄高を連想したりもした。

    ネットで感想を漁っていると、火サスをタランティーノやゴッドファーザーPART2っぽく書きました、という例えがあって、膝を打つ。
    「緑の家」と較べるとスケールの小ささは否めないが、むしろ日本の学生運動を連想したり、家庭の権力性を考えたり、と、自身に引き付けて考えるきっかけになるのは、こちらかなと思ったりもした。

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    2018年12月05日
  • 密林の語り部

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    ネタバレ

    語り部のことを小説にしたいと思う「私」と、(1・2・4・6・8章)
    マチゲンガ族に飛び込んで語り手になる「私」。(3・5・7章)

    頬に痣のあるサウル・スターラスが語り手に転身したことは謎でもなんでもない自明の筋だが、
    語り手になろうと思った彼の内面が徐々に明らかになるのが凄い。
    流浪のユダヤ人である(ペルーの白人社会の中ではマイノリティ)こと。
    頬に痣のある畸形的な外見であること。
    マチゲンガ族では畸形の嬰児を川に流すという風習。
    どれだけの驚愕と怒りを自分自身の実感として受け止めなければならなかったことか。
    自分のトーテムであるオウム、足が不完全に産まれた子を母オウムから奪い、肩に載せて旅をする、しかもかつての自分のあだ名「マスカリータ」(マ・ス・カ・リ・タ)を授けるなんて、感動なしには読めない。

    もちろんマチゲンガの世界観(なんと悪魔の種類の多いこと! 神が身近であることよ!)にもくらくら。
    むしろ上記した自己実現を重視する読み方は「小説の読み方」であって、
    いくつもの制約や了解を内包しながらも語られる、異合文化の人が世界をどう認識しているのかという語りに恍惚と身を任せるべきなのかもしれない。

    語り部によるカフカ「変身」や、タスリンチーエホバの息を吹き込まれた男(キリスト)の受難劇などの「語り直し」も興味深い。

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    2016年06月05日
  • 密林の語り部

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    私は怒りを感じる。〈車や大砲や飛行機やコカコーラがないからといって、彼らを滅ぼす権利があるとでもいうのだろうか?〉宣教師たけでなく民俗学者も悪だ。彼らと共に生活し、ジガバチが芋虫に産みつけた卵から孵る幼虫のように彼らの内部から破壊するのだ。マチゲンガ族はロマのように放浪する民。しなやかな強靱さをもつ。語り部は物語る、世界の生成、月と太陽、善き神と悪魔、死者の国、タブーなどを。顔に傷のあるカシリの偽りの光ではなくタスリンチに息を吹き込まれた真の光だった。密林から呼ぶ声がする。マ・ス・カ・リ・タ…

    〈聖書、二言語の学校、福音の指導者、私有財産、金銭の価値、商業、洋服…それらがすべて向上に役立つと言えるだろうか?自由で独立的な《未開人》から西欧化の戯画《ゾンビ》への道を進みはじめてしまったのではないか?〉これはマチゲンガ族だけの問題ではなく、北アフリカを除くアフリカやオーストラリア、オセアニア、東南アジアなどにも当てはまる。民族自決とはヨーロッパにだけ適用されるもの。ダブルスタンダードだ。なぜ彼ら自身に選ばせないのか。自分たちの経済システムに組み込み、収奪するためにほかならない。

    生物多様化、進化論が正しいとするならば太古の昔から生命は常に進化してきた。ならばなぜ進化の頂点とされる人類に一元化されないのか。それは多様化により様々な環境に適応し、分科することにより絶滅することを防いでいるのではないかと思う。人類も居住範囲を拡大し、環境に適応して多様な文化を築いてきた。大航海時代より近代社会への転換をせまられるようになった。現代はさらに経済システムまでもグローバルスタンダードの名の元に一元化されようとしている。それは人類の滅びへの道ではないのか。

    マチゲンガ族は決して怒るなと言う。〈《大切なことは、焦らず、起こるべきことが起こるにまかせることだよ》と彼は言った。《もし人間が苛々せずに、静かに生きたら、瞑想し、考える余裕ができる》そうすれば、人間は運命と出会うだろう。おそらく不満のない生活ができるだろう。だが、もし急いて苛立ったら、世界が乱れるだろう。〉これが彼らのしなやかな強靱さの秘密だ。西洋哲学や仏教などに勝るとも劣らない哲学ではないだろうか。

    ストーリーと語り部の物語が対位法により交互に語られる様はバッハのトッカータやフーガのようだし、フィレンツェと密林もまた対応関係にある。『ドン・リゴベルトの手帖』はこの発展系かもしれない。さりげなく?カフカを織り込んであるのも見事。ダンテやマキャベリにも言及されそれぞれ照応関係にあるようだ。カルペンティエル『失われた足跡』と読み比べてもおもしろいかもしれない。『緑の家』とも関連があるようだ。

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    2014年08月13日
  • 密林の語り部

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    バルガス=リョサは最も好きな作家の一人だ。今まで読んできた彼の作品はどれも、近代的社会と前近代的な文化という二つの世界を対位法的に描くことで世界の可能性を暴き出しながら深い感動へと導いてくれる。密林の向こう側から紡がれる物語はかつて語る事が社会そのものであったという事実を私たちに突き付け、それをこちら側の世界から懸命に語ろうとすることでその可能性を乱反射させる。例えそれが解読困難な呪文の様なものであろうとも、遠い世界に手を伸ばそうとする事を決して諦めてはいけないと思わさせてくれる素晴らしい読後感であった。

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    2014年05月09日
  • 密林の語り部

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    味わったことのない読書体験。物語そのものに引力があって引き込まれた。語り部という存在、語る言葉、その全てが楽しく幸せだった。

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    2013年04月30日
  • 密林の語り部

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    「密林の語り部」(バルガス=リョサ)を読み終わりました。私は静かに目を閉じて密林に差し込む月の光を想い、密林に降る雨を想い、マスカリータを想い、そうして少しだけ悲しくなった。近代化という大きなうねりの中でしだいに失われていく神話や知恵について、痛みに似た喪失感を伴う静かな物語。

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    2011年10月27日
  • 世界終末戦争(上)

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    ペルーの文豪バルガス・リョサは昨年亡くなっているが数多くの作品を残している。本作の舞台はブラジル内陸地方の騒動。宗教、革命、政治、それぞれの信条を持った人物たちの争いを描く。いずれの立場にいる人も各自が信じる善に向かって突き進んでいくが、目的を達成するために暴力を否定しない。時は19世紀末、世界の終わりが近づいてくる。まだ物語は折り返し地点だが、先が全然予想できず、楽しみでもある

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    2026年04月13日