田村淳のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
正直あまり期待していなかったが、思ったよりもよかった。
「コミュ力」を「聞く力」と断じ、これを「相手に気持ちよく話させる力」と言い換え、そのために必要な心構えを色々と説明している。
自分の中では、話す力、聞く力、仕草・ボディランゲージの3つに振り分けて考えられそうだと感じた。
「人は話し方が9割」の永松氏に影響を受けた本ということで、その本が好きな人は相性がいいかもしれない。
後ろ半分は、よくある自己啓発本に書いてあるような事柄が多いので読み流してよさそう。
「本当のコミュ力とは、話す力より聞く力。聞く力とは、もっと具体的に、そしてもっと声を大にして言えば、相手に気持ちよく話させる力のことです。」(26頁) -
Posted by ブクログ
コミュ力に課題を感じてるときに、永松茂久さんのプロデュースってことで、手にした本。
田村式SNS「すごい」「なるほど」「そうなんだ」
こんなに簡単なコトバだけど、これってすごく大事だなって思う。
何度も同じような話を聞くと、聴き手側としては飽きてくるし、ついつい話に割って入りたくなってしまうこともしばしば。
話の骨を折らずに、合いの手をしっかり入れて、話しやすい雰囲気を自分がどれだけ作っていけるかっていうことを改めて痛感。
慣れてきた人間関係にも意識して聴き手になっていこうと心に誓った。
あとは、初対面で何を話していいかわからないということも多々あるけど、自分が喋るよりも、「質問者になる」と決めて、特に緊張するときほど質問することで、自分が喋るよりも相手に話してもらうことを考えるっていうのは目からウロコだった。 -
Posted by ブクログ
子供によると、私はコミュ力高いね。だそうです。
学祭で会場の教室が分からなかったから、
通りすがりの学生さん捕まえて、
これってどこですか?って聞いただけなんだけど。
分からなかったら聞いた方が早いじゃん。
って思うけど、それが若者にはコミュ力高い。
になってしまうらしい。
おばちゃん化してるだけじゃなく?
老い先短いですからね。時間がもったいない。
質問する、よりは、尋ねられる方が多いかな。
よっぽど害が無さそうに見えるんだろう、
やたら道を聞かれる。
お笑い番組とかあまり見ないので、
ロンハーのコントとか漫才とか言われても
ピンとこない。番組もあまり見たことない。
田村淳さんに関しては、
「母ちゃんのフラフープ」を読んで、
一味違う人、という印象を持っていた。
ただのお笑い芸人さんじゃないって感じてるので、
興味あります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ息苦しい世の中だけど、こういうふうに考えたり、行動してみたら少しだけ楽になるのではないか?
ロンブー淳ならではの、提案本です。
驚いたのは、あんなに自由にやっている人でも、芸能界は息苦しい事だったり、小学生の頃いじめを受けていた事。
その時々で、淳が譲れない事を守りながら、自分ならこうやって考えてみたよーって言うことがフランクに書いてありました。
印象に残ったのは
淳がいじめを受けた時に、耐えきれなくなり自家製ヌンチャクで、いじめっ子を撃退。
結果、いじめっ子が親を連れ家に押しかけてきます、その時に淳の母親の対応です。
暴力をした淳に謝らせたうえで、いじめをした子供達にも、いじめはだめと、謝らせた事。
親が自分の味方になってくれた事で、淳が母親の、「他人に迷惑をかけちゃいけない」と言う教えを守ろうと、思った事。
親といえど、信頼関係なかったら言うこと聞けないよね。 -
Posted by ブクログ
「そこまで動いたから、次の道が見えたんでしょ?」僕は寧ろ、失敗した人に賛辞を送りたいし、その失敗は貴方に何を齎したか?を聞いてみたい。 夢はペンディング(保留)させておけばいい 「フォワードとキーパー、両方やれ!」 もし次に生まれ変わるなら、僕は見守る人になりたい(笑)。 テレビ局は逃げ切り世代が全体にブレーキをかける体制にある。責任を取りたくないという一部の人達の都合で、生きの良い若手がフルスイング出来ないのは不幸でしかありません。 テレビに常識を求めずに、もっと寛容に楽しんだ方が絶対に良いんです。 生放送で女性器マークを描いたのは、「コンプライアンスとは何ぞや?」を問うてみたかったから。勿論、皮肉も込めて。 即動力は「アウトプット力」、その分、相当のインプットをしておく必要があると言えるでしょう。 「石の上にも三年だろ!」頭の固い人は、そう言うでしょう。三日坊主に続き、またしても「三」です。日本人は、よほど三という数字が好きなのでしょう(笑)。それはさておき、「三年は我慢しろ」の根拠は何処にあるというのか?先人には、そのソースを示していただきたいと思ってしまいます。 『朝まで生テレビ!』のような大人の喧嘩を見せられても、未来は変えられませんから。『即動力』の後書きではありますが、僕はもう『譲歩力』の研究に入っているのです。これが即動力なのです。