今井キラのレビュー一覧
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〈乙女の本棚シリーズ〉
森鴎外+今井キラ
お揃い藍色の湯帷子と赤い端緒の草履を履いた少女たち七人が、銀の杯で泉を汲んで飲む。
そこへ黄金色の髪を黒いリボンで結び、青い目をした娘が来て、熔巌色の杯を取り出す。
七人はその杯をじっと見つめては、色のことや小さいことを口々に言い、自らの耀く銀の大きな杯を差し出すも…
モン ヴェエル ネエ パア グラン メエ ジュ ボア ダン モン ヴェエル
「わたくしの杯は大きくはございません。それでもわたくしはわたくしの杯で戴きます」
沈んだ、しかも鋭い声で云い返されるが、言語が通ぜない七人は顔を見合うことしかできない。
どう解釈していいのか…
同じような格好をして群れるのが、日本人であり、個性を持ち自らを主張できるのは外国人であるということなのか。
どうやら小・中・高と制服が当たり前で、人と同じであるのが普通と教え込まれているのは日本だけなのかもしれない。
時代は変われど、大きくは変わっていないのではないか…
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Posted by ブクログ
はい44オネェはおさむちゃんです
TheSECOND見るの忘れちゃったんだよなー誰かマジでスケジュール管理してほしいwってそっちのお、お、お、おさむちゃんじゃなーい
どうなの?
なんか最後に最果タヒさんが、違うんだけど共感するみたいなこと書いてましたけど
いや、そんなこと言ったら東京タワーにいるインチキ占い師と一緒でこんだけ色々言ったら何かしら当てはまるわ!って言う
特に『女生徒』なんか、すぐ「あ〜それわたし〜」とか言いそうじゃない(ド偏見)
かの太宰治をインチキ占い師呼ばわりです
でも、なんか分かる
このあっちこっちに揺れて、ぐるぐるしながら膨れ上がる、なんか醜い気持ち
乙女やなー
( ゚д゚)ハッ!
でもそうか!
別に太宰は、あなたの気持ちを言い当てます!とか言うでないわ
読み手が勝手に言ってるだけだわ
ごめん
インチキ占い師とか言ってごめん
ただの妄想日記を書いただけなのにインチキとか言ってごめん
猛省しとります
いやただの妄想日記て!
失礼か!( ゚д゚ )クワッ!! -
Posted by ブクログ
森鷗外のこの作品は「乙女の本棚」第45弾として取り上げられています。
なぜこの作品が取り上げられたのかはよく分かりません。夏の朝に7人の11歳か12歳くらいの女の子たちが、杯で泉の水を飲むという風景が印象的だからなのかもしれません。
出版社のホームページ内で、イラストを手掛けた今井キラさんのコメントに「杯は読む人ごとに形を変えて誰の心にも響くのだと思います。」と書かれていますので、わたしなりにこの作品を読んでみようと思います。
読み始めから、わたしの気持ちにスッキリ入ってこない描写がありました。(何か裏に秘めたものがある薄気味悪さというか。。。)
まず、7人の少女たちを描写する表現です。
「遅れ先立つ娘の子の、同じような洗髪を結んだ、真赤な、幅の広いリボンが、ひらひらと蝶が群れて飛ぶように見えて来る。
これもお揃(そろい)の、藍色の勝った湯帷子(ゆかた)の袖が翻る。足に穿いているのも、お揃の、赤い端緒の草履である。」
わたしには、殊更に「同じような」「群れて」「これもお揃の」「のも、お揃の」という[同じ]を強調する表現が、同類で群れていることを奇異に思って批判的に描いているように感じました。
次に「この七顆(か)の珊瑚の珠を貫くのは何の緒か。誰が連れて温泉宿には来ているのだろう。」と書かれていますが、最後まで誰が少女たちを連れてきているのかは明らかにされていません。何か気持ち悪いです。
そして「銀の杯はお揃で、どれにも二字の銘がある。それは自然の二字である。妙な字体で書いてある。」です。単に水を飲むのなら、なぜこの描写が必要なのでしょうか。
さらに、この少女たちが自分たちの杯で泉の水を飲んでいると、第八の娘(西洋人なのか黄金色の髪で14歳か15歳くらい)が背後から姿を現します。彼女が持っている杯の描写です。「小さい杯である。どこの陶器か。火の坑(あな)から流れ出た溶巌(ようがん)の冷めたような色をしている。」全然キレイではありません。
その後の「七人の娘は、この時始てこの平和の破壊者のあるのを知った。」という表現。ここまで大げさに書くことでしょうか。
第八の娘は、七人の娘たちが自分たちの美しくて大きい銀の杯を貸してあげるという言葉に反して、こう言います。
『Mon verre n’est pas grand, mais je bois dans mon verre.』
(「わたくしの杯は大きくはございません。それでもわたくしはわたくしの杯で戴きます」 作中の訳です)
なぜフランス語なのでしょう。なぜ前置詞がdans(の中に・の中の)なのでしょう。
また、第八の娘の所作の描写はこうです。「永遠の驚を以て自然を覗いている。」「第八の娘は両臂(りょうひじ)を自然の重みで垂れて、サントオレアの花のような目は只じいっと空を見ている。」七人の娘たちの杯に刻まれた「妙な字体」の「自然」という銘との対比が明らかな気がします。
で、何かスッキリしないので、少しネットで調べてみました。すると以下のことが分かりました。
① 鴎外の『杯』は、1910年1月に『中央公論』で発表された作品でした。
② フランス語の表現は、Alfred de Musset(アルフレッド・ミュッセ)の詩『La Coupe et les Lèvres — Dédicace(カップと唇 - 献呈)』(1895年版)からの(おそらく)引用でした。
③「明治時代の森鴎外は、フランスの作家エミール・ゾラの提唱する「自然主義文学」を日本に紹介します。それは、「物事を正確に描く」、いわゆる「自然科学主義」。ところが、当時の小説家は、「正直に描く」と誤解して受け取ります。つまり自分の人生を赤裸々に描く「独白」のようなものになっていきます。」(読書会コミュニティより)という記述を見つけました。
ミュッセの詩の該当箇所を引用します。(『 』はわたしが付けました。訳はGoogle訳です。)
On m’a dit l’an passé que j’imitais Byron :
Vous qui me connaissez, vous savez bien que non.
Je hais comme la mort l’état de plagiaire ;
『Mon verre n’est pas grand, mais je bois dans mon verre.』
C’est bien peu, je le sais, que d’être homme de bien,
Mais toujours est-il vrai que je n’exhume rien.
( 昨年、私はバイロンの真似をしていると言われました。
私を知っている皆さんは、自分が知らないことをよく知っています。
私は死のような盗作の状態が嫌いです。
『私のグラスは大きくありませんが、グラスから飲みます。』
善良な男であることは、私が知っていることです。
しかし、私が何も発掘していないのは事実です。)
これで、前置詞dans(の中に・の中の)の理由が分かります。盗作が嫌いだから小さくても自分の杯の「中のもの」を飲むのです(他人の杯の中のものではなくて)。通常なら、単純にJe bois un verre d'eau.(杯1杯の水を飲む)とか、Je bois avec mon verre.(私の杯を使って飲む)と書くでしょうから。
1895年版のミュッセの詩集を知っていたら、1910年に鴎外が『杯』に用いてもおかしくありません(と思います)。
そして、上記③のフランス発の「自然主義文学」が誤解されて伝わったという説を用いると、七人の同じような恰好の娘たちが持っている「奇妙な字体」で刻まれた「自然」の銘が入った杯の意味と、それを使って(社会という)泉から水を飲むという行動が説明でき(る気がしま)す。フランス語の詩を引用した意味も分かり(る気がし)ます。
つまり、鴎外は、この作品をとおして、日本で(間違って)横行する「自然主義文学(一派)」のことを揶揄、またはその状況のことを危惧していたのではないでしょうか。(これで勝手にスッキリしました。)
上記はあくまで個人の感想(妄想)として聞いていただくことにして、
森鴎外の格調高い文体と美しい今井キラさんのイラストのコラボレーションをぜひ本書でお楽しみください♡
最後に好きな自然描写の一箇所を引用します。
「漂う白雲の間に漏れて、木々の梢を今一度漏れて、朝日の光が荒い縞のように泉の畔に差す。」
美しいですね♡ -
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ネタバレはい、43おネェはお待たせしました『読まずにレビュー』第7弾です!(キュオーン!)
*『読まずにレビュー』とは?
表紙と題名、作者のみを手がかりに本の内容を推理し、感想まで書いちゃう!という神がかったレビューです!(先に表紙拡大して確認してみてね)
はい、女子会!
もう女子会以外の何ものでもないです
ごめん、こんな発想しか出てこなくて
でも、どう見ても女子会
いわゆる女子だけの飲み会
しかも制服が同じ(え制服なん?)
なんで、同じ会社の人ですね
同僚ですよ
会社帰りかな?
職場の愚痴とかね、上司の悪口とかで盛り上がるわけですよ
しかもこの頃なんてねセクハラなんて言葉もありませんでしたからね
日々お尻とか触られまくりですよ
でもね!そんなことされて嫌な気持ちになるのは昔も今も変わらんわけですよ!
許すまじ!許すまじクソ上司ムガァ!
そして『杯』ですね
全員手に持ってます
でも、「杯」というより「盃」の字がしっくりくる感じよね
兄弟の契りとか、固めの盃とかさ
そ、そうか!分かったぞ!
【あらすじ】
森尾商會に勤める同期の女子社員4人は日々、社長の森尾の横暴に悩まされてきた
パワハラモラハラセクハラは当たり前で、毎日が地獄
しかし、森尾に借金を抱える4人は会社を辞めることもできずに言いなりになるしかなかったのだが、遂に我慢の限界が
そして4人は森尾の殺害を計画する
固めの盃を交わした4人は計画を実行に移すも、森尾は完璧に仕掛けられた罠をスルスルとすり抜けけていく
そんなはずは…ま、まさか4人の中に裏切り者が?!
【感想】
とんでもないスピード感で進行するサスペンス!完璧に姿を隠す裏切り者
4人しかいないのに最後の最後まで裏切り者が誰だか分かりませんでした
そして固めの盃に込められた意味が明かされた時の衝撃と言ったらなかったです
美貌の4人の持つ裏の顔もそれぞれ怖かったー
やっぱり女は怖いのぉ〜w
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Posted by ブクログ
乙女の本棚シリーズから、森鴎外さんと今井キラさんのコラボ作品『杯』です。今井キラさんは、このシリーズでは「待つ」と「女生徒」をすでに手がけてらっしゃいます。パステル調の淡い色使いが特徴の、可愛いイラストを描かれるイラストレーターさんです。この作品も、めっちゃ可愛く、“乙女の本棚シリーズ”らしい作品です。
ストーリーにも触れましょうか!泉の水をキレイな銀の杯を持って飲みに訪れる7人の可憐な少女たち、そこに青い目をした異国の少女が小さな黒い杯を持って訪れます。7人の少女たちは、自分たちの持ってきた杯を異国の少女に貸そうとしますが…。
最初に思ったのは、この泉の成分って普通の水なのかな??と…なんか、若返りの聖水とかあるんじゃないかと勘ぐってしまいましたが、そこは普通の水っぽい…です。
あと『杯』っていうタイトルで連想するのは、やっぱお酒ですよねぇ…!水を『杯』で飲むっていうのも…ね!こんなこと思うのは私だけかな(^-^; -
Posted by ブクログ
ネタバレ中学生ぐらいの女の子の視点で、1日の生活模様が書かれているお話。
特別な刺繍を施したアイテムをこっそり身につける感覚、自分は特別なんとも思っていないけど相手は親友と思ってくれている関係、外面の良い母親を見て苛立つ瞬間、2匹の犬の片方だけを可愛がる残酷さなど、作者は女の子だったことがあるのではないかと思うような場面が多々あった。
若さの特有の苦しみを、「大人になれば苦しくなくなります」って受け流すことは、確かに根本的な解決策ではないなと思ったけど、そういう苦しみは自分自身でしか取り除けないことだから、他人はそう言うしかないことだとも思う。
文字数が多いからか挿絵は少なめだが、印象的な絵ばかり。 -
Posted by ブクログ
ネタバレはい、大好評満員御礼につき(どこがよ)読まずにレビュー第3弾です!
今回も太宰っす
太宰治の『待つ』です
なんかおびーのレビューに駅で待ってるとか書いてあったな
あ、ちょっと待って
その前に「おびーのレビュー」ってゴロ良くない?
もともと超脱線のレビューなのにさらに脱線するっていうね
はいはい
太宰ですからね
なんか物悲しい感じですよ恐らくは
そして駅での待ち合わせといえば昔は伝言板ですよ
まぁ若い人は知らんでしょうけどね
おじちゃんたちが若い頃はスマホや携帯なんてものはありませんでしたからね
駅の待ち合わせ室(ってのがあったのよ)には緑色した伝言板ってのが必ず設置してあってね
そこにチョークでまさに伝言を書き残して待ち合わせ相手に伝えたりしてたんです
例えば「2時間待った!もう帰る死ね!」とかね
で、伝言板といえはxyzですよ!
シティーハンターですよ
シティーハンターと太宰では時系列が合わないですけど、そんなの知ったこっちゃないですよ!
あ、ボディーガードだと完全盗作になっちゃうんで、殺し屋にしましょう
うん、この女性は道ならぬ恋に溺れているわけです
相手の男性には奥さんと別れて結婚してくれるよう迫ってるんですが、煮えきりません
それもそのはず、男は婿養子で相手の家にがっつり依存、別れる気なんてさらさらありません
しかし、女との関係は続けたい
そんな中ぽろっと「あ〜、いっそ奥さんが死んでくれたらな〜」と漏らしてしまいます
それを女は本気にして殺し屋を伝言板で雇うのです
合言葉は「いろはにほへと」
そして殺し屋は男の奥さんを殺すことに成功するんですが、その際に奥さんを守ろうとした男も殺されてしまいます
絶望した女は再度殺し屋に今度は自分を殺すように依頼しますが、殺し屋は同じ人物から二度依頼を受けないことにしていました
そうとは知らない女は駅の待合室で、来る日も来る日も、殺し屋を待ち続けるのでした
悲しい。゚(゚´Д`゚)゚。