枇谷玲子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
世の中の5人に1人はHSPと言われる敏感な人だといいます。
疲れやすく、怒ることを嫌い、
競争社会に向いていないと思っているような人たちですね、簡単にいうと。
そんなHSPの人であり、
牧師やセラピストなどとして活動する著者による、
敏感な人の味方になる本です。
HSPの人は、自分は間違っているんじゃないか、などと
自身をせめてしまいがち。
そうじゃないこと、そしてもっと気楽に生きる術を教えてくれます。
興味深かったところをふたつみっつ。
まずは、これですね。
自尊心が低いと自分に過度な要求を課して努力をするようになるという。
だけどそうやっている間、満たされることはなく、延々と努力は続く。
一方で、自尊心が高ければ努力なんてしない。
ありのままの自分でいいからだ。
どちらにせよ、人からの評価や人から愛されるか否かが基準なんだ。
幸せでいたいなら、バカでいろということになりますかねえ。
人生ってそういう裏腹なものの両方をいったりきたり
あくせくするのがほんとうみたいなところがあるように思っています。
割り切りたいし、
「割り切った方がいい」と
苦しみから逃れることを説いたような本書には出てくるけれど、
苦しみはあって当然なんじゃないのかな。
そこのところは、ちょっとまだ異を唱えたいところです。
まあ、人によりけりなんでしょうけども。
次はこれです。
<恥じていることや隠したいことが多いと、
会話をするのは難しくなります。
秘密を守ることにエネルギーを使うため、
言葉がすらすらとでてこなくなるのです。>
僕はこれで大変だったんですよ。
しゃべらなくなりますよね。
それに加えて、意味のあることを喋らないといけない、
失礼だし馬鹿にされるみたいに思ったから余計に喋れなくなった。
隠しごとを通すことを選んだ代償として、孤独になっていったのでした。
30歳くらいまでこういう傾向だったと思う。
くだらないこと喋っててもいいじゃん、って罪悪感なく思えるまでですね。
でも、この本を読んでいると、
いわゆる本のとおりのケースにとどまらずに
あがいたり勇気を出したりして克服しているとろもあるようで、
他人からみえないところで戦ってきた人生だったなあと感じるのでした。
僕は「静かにアグレッシブ」みたいなところはあるようだ。
最後に、これは、本書に書いてあったことと僕の思索のハイブリッドなんだけれど、
それはこういうことになります。
夢を追い、成功しないのならばもう終わり。
オール・オア・ナッシングである。
そういう見方をして、
うまくいかなかった人を直接的にでも間接的にでも断罪する人は多く、
本人ですらそうだったりする。
もしかして日本人は特にそうなのではと思いもするのだけれど、
それってね、人としての成熟度が非常に低い行為なんだ。
夢を追う最中の自分というものは、
理想の自分とかけ離れていて自尊心が低い。
酔っているときもあるけれど、
自分ってダメだなあと思うこともしきりだ。
そして夢をあきらめるとき、
辛い思いをして最後には自分を受け入れる。
その心的作業を経て、
それまで認めてこなかった自分と和解することになる。
自分はダメなやつだったなあ、ということを受け入れること。
そう、自分はダメなんだと認識することで、
それまで突き放していた自分と肌が触れ合う。
厄介者レベルとすら思える自分を受け入れることは、自尊心を回復させます。
それまでより自分を愛することにもなる。
それって素晴らしい過程じゃないですか。
だから、夢を手に入れることだけに関して言えば、
オール・オア・ナッシングかもしれないけれど、
人生にしてみればそんなことはないのです。
自分へのほろ苦さとともに慈愛をも手に入れる人は多いでしょう。
だから、そういう人を見る成熟した人は、
きっとほのかに微笑んで彼を見やるのですよ。
巻頭にHSP診断簡易テストがあるのですが、
僕もその傾向があるようでした。
まあ、そうでしょうね。
だからこの本のよさもよくわかりました。 -
Posted by ブクログ
内向型、外向型人間がいるというのは以前読んだ本で知ったのだが、こちらはさらにHSP(敏感な人)という新たな切り口について説明されている。
HSP=内向型という訳ではないが、重なる部分が多いのはよくわかる。しかし、その多くが欠点と言うより特徴であるから、それをどう活かし、それとどう折り合いをつけていくかを章ごとにわけて丁寧に説明してある。
無駄な説明もなくシンプルな分、解りやすくて読み易い。
…と思ったら、この人は学究の徒などではなく、前身は牧師さんと言う変わり種!
なるほど、自身の体験の考察からスタートしただけに説得力がある。
共感できることもあり参考になった。 -
Posted by ブクログ
自分の内面に向きながら読むからか、エネルギーの消耗が激しかった。
読んだ時の心身の状態もあったかもしれないが。
この本は慣れない環境で数時間経過すると1人の時間が欲しくてたまらなくなるし、動けなくなるほどしんどいぞ?と感じたことをきっかけに手に取った。
これまでは「別に匂いにも音にもそんなに敏感じゃないからHSPではないはず」と思って生きてきた。
しかし私が苦しんでいることがたくさん出てくる感覚があり、こういう敏感さもあるのかと知れた。
読みながら苦しかったが、最後の章は自己受容するためのメッセージで溢れていて泣きそうになった。
楽に生きるための考え方を1つ、手に入れた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ【要点・まとめ・感想】
■恥と罪悪感の違い
《恥とは?》
⇒自分に存在に対して感じるもの
・「愛されていない」「間違っている」という感情。
・謝っても意味が無い。
《罪悪感とは?》
⇒自分の行動に対して感じること
・謝ることで軽減される。
・どうにかできる。
■恥を曝け出すことは大切(暴露療法)
だけど、曝け出す相手は見極める。
■親が子供に波長を合わせてこそ、いい大人に成長できる。
(私は親に波長を合わせて貰うどころか、合わせるのに必死だった)
■ジャッジしたがる保護者の元に生まれると「自分は悪い(罪悪感/恥)」と感じやすくなる。
悪い例/Aは良いけど、Bはダメ!
(Bしかダメ!それができないなんておかしい!間違ってる!)
理想例/Aも良いけど、Bもいいね!
■自己愛を鍛えるのは、筋トレと似ている。
日々練習、鍛錬!
■子供の頃から恥を欠かされることに慣れていると、大人になって恥を欠かされても(そういう言動を取られても)、気付きにくくなってしまう。
■愛情に飢えた人が、いきなり大きな愛情を注がれても受け入れきれない。
それは、まるで保護されたばかりの犬や猫が一度にたくさんのご飯を食べさせられるようなもの。
(緊張や長い間、少量しかご飯を食べない生活に慣れているから)
章ごとに「恥を癒すワーク」があります!
できそうなものから実践してみようと思います(*ˊ˘ˋ*)
表紙の「たえ」さんのイラストがキレイだと思いました。このイラストじゃなきゃ手に取らなかったと思います!
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Posted by ブクログ
うすうす気づいていたが、この本を読んで確信。
わたしはとても敏感な人である。
・寒さや隙間風に弱い
・ストレスがあるとすぐ病気になる
・小さい音が気になる(隣の部屋の足音とか話し声)
・匂いに敏感で苦手
・1人の時間が必要
・すぐに疲れてしまう
・一緒にいる人を楽しませなくてはならない
・自分はなんて退屈で陰鬱な人間なんだ
・努力しないと愛されない
これがHSP の特性と知って、心が軽くなった。
私は心が弱いわけでも、頭がおかしいわけでもない。
人より敏感なだけなんだ。
もちろんこれ以外にも項目もあって、あてはまらないこともある。
作者がデンマークの方なので文化の違いで参考にならないこともある。
それでも読んでよかったと思えた。
HSP ではない人が読んだら理解し難いのかもしれない。
と、思ってしまうのもHSP の思考なんであろう。
自分自身との和解
なかなか困難だな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレノルウェー人の作家さんの作品でした。
詩的な文章、
徒歩旅行の旅日記みたいなところもあれば、
これまでの欧米作家の言葉を引き合いに出して思索したり、
そんな中で自分に対する問いかけが何度もなされ…
半分酔っているのかな、ノルウェー人は本当にアルコールをたくさん飲むという情景が思い浮かぶ、、、
そして孤独を愛しているようで寂しさとも無縁ではないような、
長い道のりはやっぱ誰かと歩くに越したことはない、みたいな話とか、
女性とのやり取りや、
職についていないことについて少し後ろめたくもそれで自由でいられるのだと言い聞かせるようなところも何度かあり。 -
Posted by ブクログ
詩のようなエッセイのような、不思議で美しい文章。
自然の中を一人で歩きたくなる。
原文で読めたらさらに素敵なんだろうなあ。
それにしても、恐ろしく自由な徒歩旅行だ。
ときおり挟まれる、女性とのコミュニケーションが唐突に俗っぽくて、またいい。
ここがとても好き。
「理由は知らないが、上ることは、はじまりと同義なのかもしれない。何か新たなことのはじまりと。下りはより物悲しく、陰鬱だ。私達は終わりに似たものに向かって歩く。歩くことは、私達に死を思い出させるのだろう。上ることで、新たな可能性や新たな人生への期待が芽生えるのと同じように。」 p.202 -
Posted by ブクログ
妻に先立たれ恋人も失った中年男が、ノルウェーのフィヨルドを辿ってひたすら歩き続ける。若い頃から何度も徒歩旅行をくり返してきた著者自身を主人公に、記憶と現在を行き来しながら文学と恋愛と歩行を語る自伝的小説。
タイトルからずっと気になってた本なんだけど、完全に同テーマのソルニットを先に読んだせいでどうしても「マッチョだな〜〜〜!」と思わずにいられなかった。散歩中に見かけた高級車を買ってそのまま他国で乗り捨てた話とか、旅先でのさまざまなワンナイトの思い出とか、読んでてちょっと疲れるエピソードがハードボイルド風に語られるのだ。
なのにヘミングウェイが一度もでてこないのが不思議だった。ランボーについて語った章とかランボーよりずっとヘミングウェイ的だと思うのに。文学関係のネタはソルニットと被るものも多いが、初めて名前を聞く北欧の作家について語っているところは面白かった。オーラヴ・ニーガウという呪文のような名前の人が気になる。
私が魅力を感じたのは内容よりも文節が短くリズミカルな文体で、これはたしかに歩行のリズムを文字に移し替えるために工夫されたものだと思った。山の斜面を歩く際の呼吸のような一文の短さ。また、テーマの処理は全く異なるが、私小説的なミックスジャンルの海外文学としてはキリメン・ウリベの『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』に少し似ていると思った。でも本書のほうがずっと"おっさん"度が高い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本にあるように、若い頃は自分の過敏さや限界を分らず苦労してきました。
鬱になったりいろいろいろいろしてきて、散々自分と向き合って、自分の性質がわかってきたので、いまは断ることもできるし、大人数のところにはいかないし、1人の時間がなにより大事で周りもそれをわかってくれて(友人に「あの人は、人が増えたらふらっといなくなるから気にしないでいいよ」と周りに説明されてたのには笑いました)
マイペースに楽に生きていますが、そうだったなー、こんなことあったなー…とか思いながら読みました。
納得できるところが多い本でした。
内容メモ
・内向的な人はたわいもない雑談には緊張しますが、共通の話題を持つ相手と一対一もしくは少人数で深い会話をする際には喜んで加わります。
・音や光、いろんなものに敏感
・自分の価値に懐疑的な人が多い
HSPは自分の育った環境で理想的とされる行動規範から逸脱してきました。それゆえに、優秀でいようとする。
自分は退屈で陰鬱な人間。人を楽しませられない。トイレに隠れる。自己批判。ほかの人みたいに私もできなくてはならない。…
・罪悪感と羞恥心に苛まれる。
羞恥心は自分に根本的な欠陥があるという感情であり、特に満たされない子供時代を送った人は、羞恥心が芽生えやすくなります。
・怒りをうまく放出できない
・HSPの人はたまった不満を解消したいと思ってる人の吐口になりやすく、そのせいでエネルギーを使い果たされる。聞き役になることが多いHSPにとって、相手の言葉に耳を傾けるのであれば自分の言葉も相手にちゃんと聴いてもらうこと。
・自分自身と和解する。 -
Posted by ブクログ
時々、歩いています。本当に、時々ですが。時間を作って仲間と20Kmを目安に朝から夕方まで、です。また,低山を登ったりもします。登山というより、歩くことの延長にあるよな時間です。そこには、話したり、黙ったり、考えたり、思い出したり、無意識になったり、椅子に座っていたりベッドに寝ていたりするのとは違う気持ち良さがあるから…だと思ってきました。たぶん、一歩一歩を積み重ねるリズムが脳をある状態にする、という連関があるのかもしれません。なので、本書は「歩くこと、または飼いならされずに詩的な人生を生きる術」はど真ん中タイトルでした。短い文章を積み重ねていく感じが、一歩一歩感を生み出し、それが現実描写だったり、思い出だったら、会話だったり、妄想だったり、あるいは創作だったり、まるで歩いている時の脳のログみたいな発散の仕方をしていきます。なるほど…歩く、と考える、は繋がっていたけど、歩くと、書くを繋げるとこんな創作物になるのか…なんかとても新鮮でした。そして、だらだら歩きたくなりました。
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Posted by ブクログ
ネタバレよもや2作続けての父親の狂気を題材とする物語を読むことになるとは。
デンマークのとある島のそのまた離島、”頭(ホーエド)”の奥地に世間から隠れるように暮らす一家。
クリスマスイブに父親のイェンスは娘リウの目の前で祖母を枕で窒息死させ、庭で焼いてしまう。
「闇は痛みを取り去るから大丈夫」と早速の狂気を見せつつもリウはそれをすっと受け入れている。
なんなの!?この不穏さ。
サイコファミリーの話か?と思うも、リウの反応は他者との関わりが極端にない世界で生きてきたが故の素直さによるもの。
父のイェンスが、これでもかというくらい心の平衡を失っていく物語。
どんなものにも価値があるという信念から、家の中はところ狭しとガラクタが山積まれていく。
一方、母親のマリアはかつての美しき面影を失い、どんどんと大きくなっていき、しまいにはベッドから動けなくなってしまう。
そんな閉塞感たっぷりの狂気の家庭で、人目から隠されるように(実際死んだことにされてしまう)育てられる、というよりもはや一緒に暮らしているだけのリウ。
とある迂闊なリウの行動をきっかけに”頭(ホーエド)”での暮らしに外界から注意が向けられることになり、一家のテリトリーに他人が踏み込んでくることに。
そこで描かれる、それまで内部目線からの語りだったちょっと不穏な家族の生活を、一転、外部から一家の異様なまでの暮らしぶりとして見せつける対比に、とてつもないグロテスクさを感じた。
狂気からの救済の物語なんだろうけど全編を覆うなんとも言えない歪みにより、モヤモヤ感残。
『殺人者の顔』、『ミレニアム』、『冬の灯台が語るとき』、『猟犬』など数々の北欧有名作が受賞している「ガラスの鍵」賞受賞とのこと。
ごめんなさい、正直ちょっと冠負けしているかな。
独特ではあったけどね。