枇谷玲子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ◎読む目的
HSP気質な自分の特性を理解して、今以上に生きやすくする術を知るため
◎学び
・HSPは情報量が多い環境だと疲れてしまうけど、想像力や共感力が高い特性もある。自分に合っていない特性と合っている特性を言語化して、自分に合った環境で活躍するよう動いていくとよい。
・HSPは感受性が豊かで周りの物や人や音などから情報をたくさん受け取ってしまうので、情報をパンクしないように遮断することも大事。自分を守る行動をとる。
イヤホンつける
人混みに行かない
大人数の場所に行かない
定期的に1人の時間を使って好きなことに没頭する→自分を満たす時間を1日10分でいいから必ずとる(読書、奥さんと話す、ウォーキング)
・HSPは内省が得意で、物事を1つの側面だけでなく多面的に考えることができる強みがある
・外向的なHSPもいるから、HSPだけで特性を一括りにするのでなく、人間の数だけタイプがあることを理解して自己理解を深めていく
・HSP気質があることを自分だけで理解するのでなく、大切な人など周りにも知ってもらう。それで離れていく人はそもそも大事にしなくていい。 -
Posted by ブクログ
【感想】
毒親育ち×HSPの私には大変学びの多い1冊でした( °꒳° )
【要点・まとめ】
・大人が受け止められない心の負担(悩み、苦しみ)を子供が受け止めるのは更なる負担、恐怖になる。子供に苦しみを打ち明けない。
・親と上手く関係を築けるかどうかは、子供にとって死活問題。
・内的自己防衛→恐ろしい感情、思考、願望から自分を守るもの(HSPはこれが弱い)
▫問題から目を逸らす(過食、睡眠、娯楽など)
▫必要以上のポジティブ思考
※内的自己防衛が強いと対人自己防衛をあまりする必要はない
・対人自己防衛→他者から自分を守るもの
・愛の関係を築くと喜びと共に悲しみを伴う
▫愛する人を失うことを恐れる。「だったら誰も自分にとって重要じゃない方がいい」と無意識で拒む
▫深い人間関係を築くのを避けるのは、過去の悲しみと新たな悲しみを避けようとしているから
▫切り捨てる悲しみに耐えられない人は、大きな喪失感を喪わないようにするため、選ぶことをしない。(それだけ人生で大きな悲しみを感じ、誰にも助けて貰えなかった経験を持っている)
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Posted by ブクログ
これ実は読むのは二回目。20代の頃は、これを読んでも自分がHSPとは全く思わなかった。
割と忙しくいろんなところへ顔を出していたし、内向的は内向的だけど(内向的とは内側に向かって何かを構築する人、内面世界に興味がある人のこと)、そんなに敏感な人だとも思っていなかったから。人よりちょっと気がつくかもしれないがまぁそんなもんだと思っていた。我が家には私よりも体が弱くて、感覚が鋭敏な人(母)がいるのでこの人よりは断然私は鈍感な部類に入る。そう思っていた。ただし生きにくい感覚はずっとあり、なんなのかなぁと思っていた。30代になり、改めてこのHSPなるものが注目された時、職場の同僚から、「あなたは絶対HSP」と言われて、ええ?と思い、改めてテストしてみるとなるほど、それらしい。どのテストもみんなそれになる。もっというと、どうやら刺激追及型。なるほど。
この本の刺激追及タイプの文章に以下がある「片足でアクセルを踏み、もう一方の足でブレーキペダルを踏むのにちょっぴり似ています。」
この《アクセルとブレーキを同時に踏んでる》昔からよく言われた言葉だった。(苦笑)なるほどそういうことか、って感じ。 -
Posted by ブクログ
自分がHSPとか繊細さんなどのカテゴリーに入ると思ってなかったし、そのカテゴリーに入っている事にも抵抗があったけど、やっぱり共感できる事が多かったし納得するところが多かった。今は自覚出来てこの本から学んだことを出来る範囲でやっていきたいと思っています。なにより安心感が得られた。
語り口も優しく、内容も解りやすいです。ただ、国の文化の違いの部分もあって共感しにくいところもあるので、星4つとしました。
ですが、何か周りと合わせると疲れるなど少しでもそうかな?と思うなら是非読んでほしいです。また、周りにそんな人がいるなぁと言う方にも理解するのにこの本はとてもオススメです。 -
Posted by ブクログ
長年連れ添った夫を亡くし失意のどん底にいた著者は、生前の夫と「いつか一緒に参加しよう」と話していたきのこについての講座に申し込む。初めて出会うきのこの深淵な世界は、彼女をノルウェーの森へ、山へと連れだした。喪失感に寄り添う趣味の世界を語り、いつしか優しい光が心に差し込んでくるようなエッセイ。きのこの写真も多数収録。
不思議な読後感だった。夫の急死に対するとまどいと深い悲しみを湛えた段落と、きのこ探しという新しい趣味に出会ったワクワク感を伝える段落がごく自然に並べられている。人は悲しみの淵にいても笑うことができるし、楽しんでいる最中にふと亡くなった愛する人のことを思いだすこともある。喪失を受け入れることができるまでの寄せては返す感情を肯定してくれるような語り口だ。
著者のウーンさんはマレーシア人。留学先のノルウェーで知り合ったエイオルフさんと結婚し、以来30年以上北欧に住んできたという。ウーンさんは食文化や死生観などが全く異なる世界からノルウェーを眺めるマレーシア人としての視点と、ノルウェーで暮らしノルウェーを愛する人の視点を併せ持つ。
きのこパーティーのメニューにトナカイ料理が並ぶなど、さすが北欧と思うところもあれば、官公庁が認めるきのこ鑑定士の試験があるなど知らなかったノルウェーの姿にも出会う。ではノルウェーはきのこ先進国なのかといえば、保守的な人はいまだにきのこ食をかたくなに避ける傾向があり、エイオルフさんの実家でもきのこはでなかったのだそうだ(ウーンさんのきのこ嫌いへの目線は厳しい)。エイオルフさん本人はマレーシア料理やアジアと北欧の折衷料理を楽しんでいた。建築家だったエイオルフさんの人となりが少しずつ明かされていくにつれ、彼を失ったウーンさんの悲しみがこちらにも染み込むように伝わってくる。
前半はきのことの出会い、森できのこを探し、種類を同定する難しさなどがユーモラスに語られる。後半は文化人類学者であるウーンさん独自の視点で国ごと・食文化ごとに異なる「毒のグレーゾーン」の判定や、図鑑に書かれたきのこの匂いに関する表現は本当に正しいのか、先入観に拠らない表現を突き詰めていく。
匂いの快と不快が食文化で大きく変わる例として松茸がでてくる。ノルウェーというかヨーロッパでは完全に悪臭と見なされていて、マレーシアでも食べないらしい。ただ、ほかの文化圏でメジャーなバターソテーではなく、出汁を味わうものだということはしっかり伝えてくれている。西洋でも国によって匂いの好き嫌いはまちまちで、普段食べているものでも先入観なくブラインドで嗅ぐと不快に感じられるのは発酵食品にも近いと思う。
新しい趣味、新しい世界が劇的に悲しみから著者を救いだした、という本ではない。けれど、森や山を散策し、草陰からきのこを見つけだすという作業に集中するなかで、失った大切な人の思い出がその空気のなかに溶けて一体化していくような、そういう寄り添い方もあるのだと提示してくれる一冊だった。 -
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HSP(Highly Sensitive person): 度合い90点
※60点以上がこの症状傾向にある
能力① 一度に多くの情報を吸収できる
能力②音や匂いなどの繊細な違いも察知できる
能力③ゆっくり、深く高く的に考えられる
能力③とても慎重で、危機管理能力が高い
能力④共感力が高く、気配りが上手
能力⑤誠実で、責任感がある
→”あなたは全ての世界に対して、責任を取ることはできません。あなたが責任を取るということは、その人の責任を肩代わりするということ。その人が自分で責任を取って誤りを解決するチャンスを奪うようなもの。だから、自分に責任を感じないで、相手に任せなさい!”
※自尊心が低いからこそ、優秀でいようとする
感想
・出会う人皆を幸せにしないといけない、元気な姿であるべきだっと考えがちで、窮屈に感じる時がある。しかし、鬱で通ってお話する看護師の方々は話を傾聴してくれて、変に元気な姿を見せなくてもいいと心が楽になる。無理に自分を演じるのはしなくていい
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Posted by ブクログ
ネタバレデンマークの片田舎。本島と地峡で繋がる離れ小島〈頭[ホーエド]〉に住む唯一の家族、ホーダー家。廃品を素材に使った大工仕事を得意とする父イェンスと太り過ぎだが優しい母マリアの元で、娘のリウは学校に行かず父と共に夜な夜な森で狩りをしながら暮らしていた。しかし、本島に移住していた父方の祖母エルセが帰ってきて状況は一変。閉鎖的だが満ち足りた家族の日常をエルセが壊そうとしたとき、イェンスはリウを伴って凶行に走る。何一つ失くしたくないというイェンスの執着が暴走し、静かな狂気に包まれたホーダー家は救われるのか。家をゴミ屋敷にしてしまう人の心理に迫ったデンマーク発のスリラー。
タイトルの『樹脂』は作中でイェンスが大事に持っている蟻入り琥珀のことであり、そこから着想を得た死体の保存方法にもかかっていく。どろりと重たい蜜のような愛情が家族を包みこみ、窒息させるまで追いこんでいくというメタファーでもあるだろう。妙に淡々と、それでいて着実に進んでいく狂気の描写もゆっくりと浸み出し垂れ落ちる樹液を思わせる。
本文はリウの一人称視点、マリアからリウへの手紙、イェンス/エルセ/ロアルに寄り添った三人称視点が入り混じる多声的な構成。イェンスの暴走を止められず、自身も娘が盗んだものと知りながらそれを食べ続けたマリアの手紙が、父と母を唯一の〈世界〉だと信じこんでいるリウの憐れさを強調する。ロアルはリウが食料を盗みに入る宿のオーナーなのだが、その状況から幼いリウを救おうと行動を起こしてくれるまともな人(でも一人で行かずに児相に連絡してほしい)。終盤は彼がホーダー家に潜入するサスペンスとそこからの逃走アクションが繰り広げられるのだが、リウもまた狂気に取り憑かれた者だとわかる最後の一文のキレ味がすごい。この小説はこのラストのために読んだ!と思わせてくれるようなゾクゾク感は久しぶりに味わった。
老女を窒息死させたあと夜の野で火葬する、赤ん坊を生まれた瞬間くびり殺してミイラにするなどグロテスクなシーンは多いのだが、本当に良い意味で描写があっさりしていて露悪的にならず、生理的嫌悪感がふしぎなほどないのも他にない読後感だと思った。とはいえ怖いところはしっかり怖く、特にロアル視点で見たホーダー家のなかは暗くて狭い上に足元をかけていくウサギたちの生ぬるい感触がぞわぞわする。ベッドに抑え付けられ、解放されたと思ったら人を塩漬けにするためのバスタブを持たされるのも怖すぎる。
家族と死体との共存生活はイアン・マキューアンの『セメント・ガーデン』にも近い。イェンスも上手く大人になれなかった子どものままだったのだろう。「生き物は闇の中で殺すと痛みを感じない」という欺瞞を必要とし、ついには食料の盗みをリウ任せにしてしまうのも子どもっぽい。そんなイェンスの頭の中をトレースしたのがゴミ屋敷と化したホーダー家だったのだろう。
だからといってこの一家は最低最悪なだけでもない。イェンスに教わって作った弓でロビン・フッドのように獲物を仕留めるリウは健やかだと言ってもいいと思うし、森で集めた樹脂を濾過する静かな時間や天井から吊るされた本物のクリスマスツリーなど、憧れのスローライフ的な側面も(笑)。
なぜ彼らの悪事がずっと露見しなかったかは〈頭〉という立地ゆえに人目がなかったことに尽きるので、本作をミステリーと言うのかは疑問だが(作者自身もそう思ってるらしい)、罪が罪と思われなくなるようなある種の聖域がどのように形成されていくか、という視点のホワイダニット/ハウダニットではあるのかも。あ、この既視感、『陰摩羅鬼の瑕』か。今気づいた。 -
Posted by ブクログ
自分が内向的なので、自分にあったやり方を学ぶため、購読。
まず、巻頭の敏感度、内向度チェックで、自分がやはり敏感で、内向的だという結果が分かった。
ただ、敏感度はそれほど高くなかった。特定の刺激、例えば音などについて、より深く調べられるツールがあれば、高い敏感度が出るかもしれない。
全体を通して思ったことは、
我々には環境や他者に対して、行動の選択肢があるということを思い出すべきだ、ということ。
私の個人的な経験と知識から、MBTIが、やはりユングの研究に基づいているので、本書の扱う内向/外向を包含した、より包括的なツールであり、生きていく上で有効だと思う。
以下、共感した、参考となる記載。
・内向的な人は、経験したことや他の人と話したことについて深く考えるために、1人になる時間ご必要。
・ユングによれば、外的因子によって性格が変わると、後で非常に神経過敏になる。その治癒は、個人の資質と自然に合致するよう、その人の資質を伸ばすことによってのみ可能。
・会話など、他者とのコミュニケーションにおいて、外向的な人を前提とした暗黙のルールがある。それなら、内向的な人前提のルールもあっていい。例えば、
集中している人の邪魔をするのは厳禁。
大事なことがないかぎり、静寂を破ってはならない。
など。