あらすじ
「自分の人生を、主導権をもって歩き続けるとはどんなことか?」北欧における"世界文学の道先案内人"が、作家達の言葉に触れながら思索を深める哲学紀行。現代ノルウェーの金字塔的作品。
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Posted by ブクログ
小説なのかエッセイなのか、作者の思索メモというか徒歩記というか、でもやっぱり小説のような。ノルウェー> ドイツ >ギリシャ >トルコというちょっと信じがたい距離を徒歩で移動して、道中のできごとや歩きながらの考えごとが文字になっている。思考はとりとめなく脈絡なく断片的で、出会う人や出来事に中断されるし時には街を歩く犬の思考も入り込む。移動中にいくつかの生き物の死にも出遭う。場所に縛られず定住せず思索を生活の中心に据えることができるならそんな優雅で贅沢な人生はないなあ
Posted by ブクログ
ノルウェー人の作家さんの作品でした。
詩的な文章、
徒歩旅行の旅日記みたいなところもあれば、
これまでの欧米作家の言葉を引き合いに出して思索したり、
そんな中で自分に対する問いかけが何度もなされ…
半分酔っているのかな、ノルウェー人は本当にアルコールをたくさん飲むという情景が思い浮かぶ、、、
そして孤独を愛しているようで寂しさとも無縁ではないような、
長い道のりはやっぱ誰かと歩くに越したことはない、みたいな話とか、
女性とのやり取りや、
職についていないことについて少し後ろめたくもそれで自由でいられるのだと言い聞かせるようなところも何度かあり。
Posted by ブクログ
詩のようなエッセイのような、不思議で美しい文章。
自然の中を一人で歩きたくなる。
原文で読めたらさらに素敵なんだろうなあ。
それにしても、恐ろしく自由な徒歩旅行だ。
ときおり挟まれる、女性とのコミュニケーションが唐突に俗っぽくて、またいい。
ここがとても好き。
「理由は知らないが、上ることは、はじまりと同義なのかもしれない。何か新たなことのはじまりと。下りはより物悲しく、陰鬱だ。私達は終わりに似たものに向かって歩く。歩くことは、私達に死を思い出させるのだろう。上ることで、新たな可能性や新たな人生への期待が芽生えるのと同じように。」 p.202
Posted by ブクログ
妻に先立たれ恋人も失った中年男が、ノルウェーのフィヨルドを辿ってひたすら歩き続ける。若い頃から何度も徒歩旅行をくり返してきた著者自身を主人公に、記憶と現在を行き来しながら文学と恋愛と歩行を語る自伝的小説。
タイトルからずっと気になってた本なんだけど、完全に同テーマのソルニットを先に読んだせいでどうしても「マッチョだな〜〜〜!」と思わずにいられなかった。散歩中に見かけた高級車を買ってそのまま他国で乗り捨てた話とか、旅先でのさまざまなワンナイトの思い出とか、読んでてちょっと疲れるエピソードがハードボイルド風に語られるのだ。
なのにヘミングウェイが一度もでてこないのが不思議だった。ランボーについて語った章とかランボーよりずっとヘミングウェイ的だと思うのに。文学関係のネタはソルニットと被るものも多いが、初めて名前を聞く北欧の作家について語っているところは面白かった。オーラヴ・ニーガウという呪文のような名前の人が気になる。
私が魅力を感じたのは内容よりも文節が短くリズミカルな文体で、これはたしかに歩行のリズムを文字に移し替えるために工夫されたものだと思った。山の斜面を歩く際の呼吸のような一文の短さ。また、テーマの処理は全く異なるが、私小説的なミックスジャンルの海外文学としてはキリメン・ウリベの『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』に少し似ていると思った。でも本書のほうがずっと"おっさん"度が高い。
Posted by ブクログ
時々、歩いています。本当に、時々ですが。時間を作って仲間と20Kmを目安に朝から夕方まで、です。また,低山を登ったりもします。登山というより、歩くことの延長にあるよな時間です。そこには、話したり、黙ったり、考えたり、思い出したり、無意識になったり、椅子に座っていたりベッドに寝ていたりするのとは違う気持ち良さがあるから…だと思ってきました。たぶん、一歩一歩を積み重ねるリズムが脳をある状態にする、という連関があるのかもしれません。なので、本書は「歩くこと、または飼いならされずに詩的な人生を生きる術」はど真ん中タイトルでした。短い文章を積み重ねていく感じが、一歩一歩感を生み出し、それが現実描写だったり、思い出だったら、会話だったり、妄想だったり、あるいは創作だったり、まるで歩いている時の脳のログみたいな発散の仕方をしていきます。なるほど…歩く、と考える、は繋がっていたけど、歩くと、書くを繋げるとこんな創作物になるのか…なんかとても新鮮でした。そして、だらだら歩きたくなりました。