J・G・バラードのレビュー一覧
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ネタバレ古典と呼ぶほどではないが65年発表というわりに古さは全くない。現在の肌感覚とシンクロする部分があり、極端な世界観にも関わらず現代的で違和感がなく自然に感じる。
まず感じたのは状況と心情の説明がいつもよりしっかりしていることで、今まで読んだ中では最も具体性があり分かりやすかった。
それは新訳のせいもあるだろうし、手堅く焦点の定まった文体で好感が持てる。
社会病理学的実験を試みる後期の作風に移行した後に書き直したものだと思ったが違うようだ。最初から意識が時代を先んじているということだろう。
現代の預言者という謳い文句に最も相応しい作品ではないだろうか。
ほぼ同時期発表の結晶世界が外から内にある中 -
Posted by ブクログ
あっという間に暑い夏はすぎて秋。酷暑をふりかえりつつ、タイトルからして暑そうなバラードの作品を読む。燃える世界の改訂版の位置付けとのことですが、読みやすさも違う
し、意味合いも違う文脈が多くなったような気がします。特にラストシーンなどかなり違うのではないでしょうか。これ翻訳の違いなのでしょうか?原文が変わったのでしょうか?
読んだからといってこれからの人生が何か変わるかといえば何も変わらないですが、なんといってもバラードの魅力はそのシュール・リアリズムの絵画のようなビジュアルにも訴える強烈なイメージでしょう。この印象は一生残ります。「沈んだ世界」も再読してみよう。 -
Posted by ブクログ
借りたもの。
祝・映画化記念の再販!
映画鑑賞後に読んだことで、映画との明確な違いを意識する。
映画では”ヴァニタス”――タワーマンションと階級社会に見る人間の傲慢とその儚さ――虚栄を強く意識させられたが、小説ではタワーマンションという空間での環境問題――近隣住民の心身に与える影響やテクノロジーは人間を幸せにせず暇を持て余した人間が刺激を求めて暴力的になってゆく様を強くしている。
世界の縮図、閉じた円環の中で機能する完璧な世界を構想しながら、ただ高みへと目指す一方的な構造は次第に住んでいる人間を不安定にさせる。
公共施設の不備や故障、次第に外界から孤立し、物資も滞ってゆく……
階級意識と不 -
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旱魃世界
人類の愚かな振舞いにより、海からの水の恵みが途絶えた世界。
湖は干からび川は流れを止め、生き物は死に向かい、陸地は砂漠化していく。
人は海水を蒸留して得るわずかな水と引き換えに、愚かにも、更に塩で海を浸食していく。
連想されるのはマッカーシー「ザ・ロード」でありマルセル・セロー「極北」であり、映画「マッドマックス」や「風の谷のナウシカ」だろうけど、水を求めて南へ向かう姿は、なぜかスタインベック「怒りの葡萄」をイメージしてしまう。
主人公が「意識の中に携えてきた内なる景観(イナーランドスケープ)の周辺領域を越える旅」とは、なんだったのか……最後まで読んでも捉えることは難しい。
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ロンドン中心部に聳え立つ高層マンション。
40階建て1000戸、商業施設や小学校もある
一つの《世界》に生じた異常事態について、
三人の住人の視点で綴った作品。
1975年の時点で、
21世紀現代の俗に言う「タワマンヒエラルキー」を透視・描出し、
当時の“近未来”消費社会のヴィジョンを提示した怪作。
25階に住む大学医学部の上級講師ロバート・ラングの
過去2~3ヶ月の回想。
マンション上層部、中層部、下層部の居住者が
共用設備の使用法やマナーなどを巡って
反目し合っていたが、停電が発生した際、
37階の住人である女優のペットの犬が溺死させられ、
また、最上階の宝石商が転落死したことで
不穏な -
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バラードはこれまで2作品しか読んだことがありません。扱うテーマは魅力的で本屋でもついつい手に取ってしまうのですが、どうもその回りくどい文体に忌避感を覚えてしまっているらしく、結局レジまでもっていかないことばかり。本書はたまたま古本屋で発見し、もともと興味のある作品であったので、ええいままよ、と購入。
回りくどい表現は相変わらずでしたが、読みにくいほどではなく、結構すいすいと読み進めることができました。さて、その内容。最初の方は隣人同士のよくあるトラブル。それが苛烈になってきて…までは理解しうるのですが、その後、いつの間にやら狂気が支配してしまいます。狂気の階段を一段一段あがって、というのでは -
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テロと中産階級(といいつつ、日本的な基準で見ると富裕層)の反乱というモチーフを2003年に書いているというのが、予言的。
中産階級に対して狂騒的に反抗をあおるアジテーターの女性、ケイの言動はジョセフ・ヒース「反逆の神話」に描かれる文化左翼に近いんだが、リベラルな世界観のバックラッシュという意味で、トランプ現象も連想させられる。
ただ、このお話の本質は中産階級の反乱ではなく、暴力に人々が感染し、世界の無意味性がむき出しになっていくという事なんだろうなあ。特に、世界が無意味であることへの気づきが、ある種の人には救いになるという逆説がおもしろい。
不勉強でよくわからないのだが、小児科医グルード -
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見上げるほどの都心の高層マンションに住む成功者は、更にその階層ごとに自ら分類する。
その隔たりは、人種差別や現代の経済格差のように。
常に、下に住むものは頭の上の重みを感じ、上に住むものは足元に踏みつける優越感に浸る。
羨望と侮蔑
不安からくる集団心理
同じ階層の住人間で起こる同調圧力
汚物や破片のなかでのディナーパーティー
ベランダから投げ捨てられるゴミを待つ屋上のカモメたち
やがて暴力が蔓延して、狂気に身を委ね、いつしかそこに陶酔を見出していく。
いやになるほど嫌な物語、なぜこれを読み進めるのか……と、思いながら全て読んでしまう。
SFでもミステリーでも無い、現代のディストピアを -
Posted by ブクログ
40階建て一千戸の巨大マンションで、15分ほどの停電の後に一匹の犬の死体が見つかったことをきっかけに、上、中、下層の住民の不満が爆発。衝突が始まる。
SFか?と言われると、そうなのかもしれない。外界と隔絶されているあたりは、宇宙船なり無人島でも描けるテーマなのだが、そこが高層マンションというところがこの作品の面白さでもある。
この作品の大きなキモとなるのが、抗争を恐怖として捉えるわけではなく、住民たちがマンション内だけに与えられた楽しみであり、ゲームであると認識している点であり、このあたりは筒井康隆を読んでいる人にはわかりやすい。ただの恐怖小説だと思って読んでいる人には、全くピンとこない話