P.L.トラヴァースのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
英国児童文学の経典✨
ジュディ・アンドリュースの映画しか観たことがなかったので、原作のメアリー・ポピンズのキャラにタジタジ…。え、こんな感じ?『ウォルト・ディズニーの約束』でトラヴァースが激おこしたのも分かるわ。これ、別のお話ですよね?
前半は原書で読んでたんだけど、休憩してる間にどっか行って行方不明になったので後半は翻訳で。
すてきな出来事が次々起こるけど、子どもたちがなぜメアリー・ポピンズに懐いたのか、私には少し理解が難しかった。打ち解けた描写とかはなくて、ただひたすら無愛想な不思議ちゃんという印象…読解力が不足してんのかな。
笑いガスのところは、映画では狂気を感じてすごく怖かった記憶があるけれど、原作を読んだらけっこう納得。安心して読めた。
解説も良かった〜。1930年代の作品を1960年代に翻訳したものだということや、この作品の純粋な沿革など、分かりやすく教えてくれてる☺️
これはもう少し間置いて再読したいなあ。 -
Posted by ブクログ
この本は、メアリー・ポピンズがこれまでに三度バンクス家を訪れたあいだに起こった、前の三冊に書かれていない六つのお話を収めたものだそうです。
メアリー・ポピンズといっしょに公園に出かけると、いつも不思議なことが起こります。
猫の星に冒険の旅に出かけたり、一角獣と戦ったり。
そして旅のあとはいつも、子どもたちの心が強くやさしくなれるようで、ほっとします。
お話に出てくる公園番やお巡りさん、二匹の犬をつれたラークおばさんなど、その他のたくさんの人たちにも、読めば読むほど愛着がわいてきます。
いつかまたこの物語の扉を開けて、子供の頃のこんな純粋な気持ちに戻れたらよいのになと思います。 -
Posted by ブクログ
まさかの花火から出てきたメアリーに、ジェインとマイケルの嬉しそうなことといったら。
_マイケルの胸の想いは、ソーダ水のなかの泡のようきわきあがってきて、とめようとしたときには、もうあふれでていました。「ああ、メアリー・ポピンズ、あなたがいないあいだは、ほんとにひどかった!」_
けれど、メアリーの辛辣さといったらないんです。
早々に荷物から巻尺を取り出し、マイケルをはかってみると… 「ますますわるい」
_ねこねここねこ どこにいた?_
「王さまを見たネコ」は
マザーグースの ねこねここねこ がモチーフ。物知りをひけらかす王さまと、賢いねことのやり取りは一休さんのとんちみたい。
おおみそかの夜の「末ながく幸福に」
ふるい年とあたらしい年のあいだの"すきまに" お話たちが大集合。
「別の扉」
ジェインはその朝、窓の向こう側に、もう1人のジェインを見るという暗示的なシーンからはじまります。ジェインの成長を感じてしまいます… -
Posted by ブクログ
映画版はミュージカルだったそうだが、そのイメージで読むと、意表を突かれるかもしれない。
意外と言ったら失礼なのだろうが、現実を忘れられる夢のようなファンタジーというよりは、ファンタジー要素すら、現実なのかもしれないと言わしめるような、超現実的なお話だと、私には思われた。
桜町通り十七番地に住む、バンクス一家の子どもたち(ジェイン、マイケル、双子の赤ん坊ジョンとバーバラ)の世話をするためにやって来た、「メアリー・ポピンズ」だが、私の第一印象は「愛想の無い人」だった。
まず、子どもたちの世話をするという、それは仕事としてお給料を貰うわけだから、子どもたちの前でも平気で、きつい顔や目を見せたり、忙しいときや不機嫌なときはフフンと鼻をならしたり、ましてや、子どもたち自身に、「よっぽど気をつけていないと、どんなことにでもすぐ気を悪くする」と気を遣われるようでは、さずかに駄目なのではないかと思った。
しかし、物語を読んでいく内に、そんな私の印象は少しずつ変わっていき、機嫌が悪いように思われる場面が多い中でも、彼女の人間性はそれだけではなく、嬉しいときには「うわあ、すてき!」と言ったり、お店のショーウィンドーに映る自分の姿に惚れ惚れとする、オシャレ好きな一面や、クリスマスのあの場面では「まさかの涙!?」なんてこともあったりと様々で、時に、魔法のような奇跡を起こしてみせるメアリー・ポピンズも、他の人となんら変わる事のない、この星の一部であることを実感させられた事で、序盤に登場した、この台詞が、より鮮明に私の脳裏を過るのだった。
『だれだって、じぶんだけのおとぎの国があるんですよ!』
さすがに物語の終盤に来ると、私もメアリー・ポピンズは反面教師なのではないかと思うようになったが、もしかしたら、それすら間違っていたのかもしれないと今では実感し、それは反面教師では無く、ただ単に、子どもと大人の関係というより、子どもだろうが大人だろうが、同じ星に生まれてきたものとして、対等な関係を築こうとしていただけなのではないかと。
私は、ここまでの文章に於いて、二度、星を使った表現をしたが、序盤に書いた「超現実的なお話」というのが、実はこの『星』と繫がっており、思わず、以前読んだ、芳賀八恵さんの「星の子」に記載されていた、『私たちの身体は、星でできているらしい』を思い出した。
ただ、ここでいう『私たち』というのは、人間だけでなく、当然、太陽も月も海も大地も植物も動物も含まれている。
この物語では、超現実的なと書きつつ、夢のようなファンタジーのような現象もたくさん登場する。
しかし、そこで問い掛けられているのは、うわあ、素敵で楽しい事だねと思える一方で、普段見ている世界とは正反対であったり、あべこべであったり、逆さまであったりと、どれも似たようなものだが、要するに、『世の中に「絶対」なんてものが存在すると思い込むのは、この世界で生きているのが人間だけだと思っているから』なのではないかということである。
それは、ラークおばさんが可愛さのあまりに服を着せている、犬のアンドリューにも自分の意志があることから、生まれてきたばかりの赤ん坊の頃だけ、周りの自然や動物たちの言葉を理解出来るのは、生まれてきた原初の地が同じだからという、そんな切なさの極みのようなことまでと、様々で、メアリー・ポピンズが、子どもたちに質問の答えを簡単に言わないのも、子どもたち自身に、そんな二度と戻れない最果ての、この星に生まれてきたばかりの頃の、真っ新な気持ちで、あらゆる物事を考えて欲しかったからではないかと、私は思うのである。
そして、そんな素敵な体験を重ねることで、身体というよりも、心が大きく成長した子どもたちの様子からは、たとえ、メアリー・ポピンズがどんなにブスッとした顔をしていようが、その内面を慮り、ちょっとした仕種だけで、彼女の素の一面を見出す事が出来るくらいの信頼を寄せるようになったからこそ、最後の場面は子どもたちにとって、非常に辛いものがあったと思う。
しかし、メアリー・ポピンズの更なる一面として、『彼女がすると言ったことは、必ずする』ことを、その時、マイケルは思い出した。
そして、「オー・ルヴォアール」という言葉には、『さようなら』という意味の他に、
『また会いましょう』という意味もあることを。 -
Posted by ブクログ
メアリー・ポピンズ。
私はこの本について、これまで「傘で空から降りてくる家庭教師」という知識しかなかった。
今度ミュージカルを見る予定なので、予習のつもりで読んでみました(私はストーリーが頭に入っていないと舞台を楽しめないたちであると、最近気付いた)。
メアリー・ポピンズに子どもたちがなついているということから、私はてっきり、メアリー・ポピンズってすごく優しい人なんだろうな~と思っていた。
でもその認識は間違い!本を読む限り、メアリーは子どもたちが質問しても答えない、しらんぷり、ツンケンして冷たいような、イケズな印象を受ける。そして、自分が映ったショーウィンドウを見ているのが大好きな自惚れ屋でもある。
でも、彼女と一緒にいる子どもたちには不思議なことが次々起こる。
笑いガスに満たされた部屋で宙に浮いてのお茶会。
磁石を使って世界一周旅行。
満月の夜、動物園で動物たちが人間のように振る舞うメアリーの誕生日会。
クリスマスショッピングで出会う星座の女の子。
子どもって、「優しい人が好き」「甘やかしてくれる人がすき」なのではないんだったなぁ、おもしろいことを体験させてくれる人が好きなんだなぁ。
マイケルが「世界中で、メアリー・ポピンズだけいれば良いんだ」と言うほどに。特に男の子はそうかもしれない。子どもの冒険心を満たしてくれる存在、それがメアリー・ポピンズ。
メアリーの前では双子の赤ちゃんが大人みたいに会話しているシーン。
「赤ちゃんがこんなふうに考えていたら、話していたら面白いよね」って妄想を一度はしたことがあるであろう、多くの親たちに。
メアリーは大人の想像力だって満たしてくれる。
メアリーが去ったときのジェインとマイケルの絶望感、私もその気持ちを共有した。
そして「オー・ルヴォアール(また会う日まで、という意味らしい)」。
これは舞台が楽しみだ。
映像化作品も見てみたい。 -
Posted by ブクログ
ディズニーの映画では観たことがあったし、母が歌う『チムチムニー♪』を聴いたりしてはいたが、本を読んだことはなかったなぁと思って今更ながら読んでみた。
感想は、、、小さいころに読んでおくべきだったなぁと。
今読んでもおもしろいけれど、その面白さは例えばイギリスの文化や時代の背景を想像する楽しみだったり、メアリー・ポピンズに近い年齢で読んでいるから、子どもの気持ちで、ということを念頭においてもしばし視点はメアリーにもなってしまう点。
こどもの頃の純粋な目で心でこれを読んだというベースがあって、おとなになった今も繰り返し読んでいる愛読者とは違うんだろうなぁという、淋しい気持ち。
しかし子どもの頃に読んでいたら、このちょっと変わった、ぶっきらぼうなナニーをどう思っただろうか。だっておとな目線で読んでいても怖いんだもの。嫌な感じだし!