杉田俊介のレビュー一覧
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アルバム「昭和」まで聴いていた。その後の長渕はどこか暴力的になり、マッチョになり、「右」にみえたりしてどんどん遠ざかって行った。最近、その「昭和」までの長渕を二十数年ぶりにまた聴くようになった。そうした機会にこの本を手にとった。長渕本人について何も知らなかったから。著者も同じような時期に長渕を聴いていたが、同じ違和感を感じていた。どういう経緯をたどって長渕が変わったのかが書かれてあり、長渕への違和感や疑問も率直につづられていた。長渕本人にもインタビューしていた。終章は難解だったが、長渕本人の理解を深めることができた。長渕の新曲を平成に入ってほとんど聴かなかったが、東日本大震災について歌った「い
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長渕剛のデビューの頃は小学生で、それから20代初めのころまでよく聴いたアーティストの一人でした。それが、彼が役者をやり始めたころから、音楽も美しさよりもささくれだったものが目立ち始め、やがて暴力や薬物の事件もあって、彼の音楽からは離れていきました。今は、たまに昔の歌を思い出したように聴くことがある程度で、ほとんど聴いていません。
著者は、これと同じような長渕体験をしてきたと本書で語ります。しかし、著者は長渕に対して感じる違和感を突き詰めようとします。劣等感、見栄、正義感、寂しさなど。
本書は著者が長渕に対して抱いていた違和感が、2015年の富士山でのライブで解消するところでクライマックスを迎え -
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タイトルに引かれて読んでみたんだけど、正直なところ小難しくてわたしにはよくわからなく、斜め読みに終わってしまったという感じ。
でも、とかく男は正しさを主張したがるけど、「正しい男」ではなく、弱さを見せることができ、他者の弱さも受容できる「まっとうな男」になるべきだというのはうなずける。とはいえ、「まっとうな男」でなく「まっとうな人」でいいんじゃないのとも思うけど。
この本は基本的に「私たち」という人称で書かれている。「私たち」とはマジョリティ男性である私たちということだろうけど、ちょっとズルいな、腰が引けてんじゃないのと思う。同じことを『さよなら俺たち』という本でも思ったんだけど、「私たち」「 -
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正に学ぼうという感覚で。先輩から借りました。
少なくとも自分より圧倒的多くの知見に触れてきた人が現在ホットなジェンダー的話題をどのように捉えているのかが気になって。
以下、感想。
自分は無意識の優生思想がある人間なのでしょうか。学び続ければそれは無くなるのでしょうか。
都合の良いところだけ切り取って男女平等だ!とか自分も言っちゃってるのかな、、なんだかゾッとした。
自分は異性愛者ですが、仮に愛する者に女性らしい何かを求めたとしてそれは何だ。それを何と捉える。
日常に活かしきれない内容だなぁという正直な印象だけど、活かしきれないのは自分の知見の無さなのかなぁとも思うわけで、なんだか釈然としない -
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学術的な内容を期待して読み始め、最初のほうは「うんうん」と頷きながら読んでいましたが、だんだん「?」になってきて、あとがきに「エッセイ」とあってズッコケてしまいました。まあ、自分が勝手に期待して読んだだけなので、杉田さんが悪いわけではありませんが・・・。
杉田さんの男性問題三部作のうちの、既刊の2部を読んでみる必要はあるかもと思いました。
自分は中年独身男性なので身につまされつつも、結婚には向いてないと気づいてもう生涯未婚かなと腹をくくり始めているので、開き直りつつ、でも女性に不快感を与えないように清潔感のあるおっさんを目指そうと思っています。嫌われたくはないけど、好かれる必要もないので、空 -
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#MeToo運動や男性社会への疑義の風潮などに迷いや戸惑いを覚えているマジョリティ男性に向けて、男性問題について考える足場を作ることを意図した本。
全体的に理解はできるが納得しがたい感じだった。これでは、従来から著者と同じような考えを持っている人の考えを固めることにはつながっても、フェミニズムに一定理解を持ちつつも戸惑いを覚えているマジョリティ男性という本来届いてほしい層には、本書の内容は届かないんじゃないかと思う。
まず、入門書的な文体と謳ってるけれども、全然そんなことはなく、多くのマジョリティ男性にはハードルが高い内容であることが気になった。また、全体的に観念的で、日々の暮らしの中でまずど -
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「非モテ」という男性たちの悩みは、同情を受けにくい。日本社会が男性優位につくられているのは火を見るよりも明らかだし、中には女性たちに対して身勝手な要求や逆恨みを募らせるような有害なタイプもある。「勝手に悩んでろ」と上野千鶴子氏が乱暴に切り捨てるのも無理はないか。
だがフェミニストたちには、男性たちの自己嫌悪が見えていないと、著者は森岡正博の言を引きながら言う。たしかにそうかもしれない。高い自殺率にみられるように、男性たちが女性たちにくらべて、自分の弱さを認めにくく助けを求めにくいということはある程度知られており、だからそのような男らしさの縛りから抜け出そうと、メンズリブは言ってきた。
しかし著 -
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まえがきにある著者の言葉、「多数派の「男」である以上、女性解放や#MeTooに直接自分の声を重ねたり、性差別に対する怒りを主張する資格があるのか。自分たちの特権や思い込みを突き崩される痛みや葛藤なしに、社会批判的な言葉を口にできるのか。それもまた、女性や性的マイノリティ当事者の声を代弁したり、掠め取ったり、盗用したりすることではないのか。」に、女性であるわたしもなんだかとても共感できるのだった。女性として嫌な目にあうこともあるけれど、それほどひどい目に遭ってこなかった(これから遭う可能性はいくらでもあるが)自分としては、著者の言うように近年の動きの中で、なんだかとても居心地の悪い思いをしていた
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Posted by ブクログ
途中からどんどんタイトルと内容とが離れていったような気がするのですけれども…ともかくまあ、現代社会というか、まあ昔の日本でも同様なんでしょうけれども、「男の子は弱音を吐いてはいけない」「強くあらねばならない」みたいな価値観のせいで男子は苦しんでいる! ということを主張したいみたいなんですなぁ…著者は。
ヽ(・ω・)/ズコー
うーん…僕はあまり「男の子なんだから泣くな!」的なことは言われずに育ったもんですから、どうにも違和感が拭えないんですなぁ…この点は。あ、でもやっぱり他人に泣き顔を見せるのは恥ずかしい…みたいな意識はあるのであるからして、じゃあ、やっぱり男の子は泣かないもんだ! みたい