角岡伸彦のレビュー一覧
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本書は作家の角岡伸彦氏が実際に介助者として、あるいは取材者として27年もの間関わり続けた障害者運動団体「青い芝の会」を通して、あるがままの生」という遠大なテーマに挑んだ本格ノンフィクションです。
僕は著者の角岡伸彦氏が書くノンフィクションの世界が大好きで、今まで、彼の書いた本はすべて読んできました。この本は彼自身が介護者として、時に取材者として27年間もの間、関わり続けた「青い芝の会」という障害者の運動団体の軌跡についてのルポルタージュです。
一読をさせていただいて、筆者が彼らにありのままに、そして真摯に向き合ったということが窺えて、ものすごく分厚くて骨が折れるものでしたが、福祉関係の仕事に従事されている方にはもちろんのこと、彼らについて知りたい、という方にはぜひとも読んでいただきたいな、という反面、露骨なまでの差別に関する描写が書かれてあって、これは読む人を選ぶだろうなぁ…。というのがありました。
作中にはそれこそてんこ盛りに個性あふれる障害者の方々が出てくるのですが、その中でも澤田さんと福永さんという方の個性がものすごく強烈で、詳しいことに関しては本書に譲るとしても、彼らと本気でかかわるということは、やっぱり、なんというのか…。こっちのほうにもそれなりの覚悟がいるだろうな、と思いましたし、実際に彼らと深くかかわりながら、この本を上梓した筆者には敬服の念を抱きます。
僕が一番印象に残っているのは阪神・淡路大震災直後の彼らの行動で、自身が地域に築いたネットワークを縦横無尽に駆使しながら活躍していく福永さんのバイタリティーはすごいなと思ってしまいました。そして、この本はやはり一言では表現できない「何か」がありました。それをどう感じるのは、読んだ方個人個人の感想にお任せします。 -
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脳性まひ者の団体「青い芝の会」を取材したドキュメント。
役所を占拠、路線バスを占拠、こんな過激な障害者運動があったなんて知りませんでした。
面白いのはリーダーのふたり。
一人は何か発案しては他人に丸投げ。周囲はその無計画無責任を詰りながら、見放すことは出来ず、結果として企画が進んでいく。
もう一人は自分一人でできるのは「ホー」(yesの意味)という発語だけなのに、皆に担がれ運ばれるリーダー。
人は、完璧である必要などさらさらなく、自分の差し出せるものを差し出し、補い合って社会を作っていくものだと改めて思います。
だかたこそ、社会に差し出せるものがない(ように見える)障害者、作中の言葉でいえば「魅力のない障害者」を内包する社会が成熟するのは難しいことだとも思います。
誰がいつ中途障害者にならないとも限らず、年をとればほとんどの人が何らかの障害を持ちます。自分は愛されるおばあちゃんになる努力をするのではなく、憎らしいおばあちゃんが憎らしく生きられる社会をつくるよう努力しようと思いました。 -
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著者の角岡さんは、元新聞記者であり、被差別部落の出身者。この本では、被差別部落出身の角岡さんが、被差別部落内外の人々に取材して、現代の部落の様子を描き、部落差別についての「悲観論」と「楽観論」の「間」を探ろうというもの。
角岡さんの取材の結果を読んでいると、当たり前のことですが、“被差別部落の人々も普通の人と変わらないな”ということを改めて意識します。今でもネットで“部落”などと検索すると部落差別をする人がいるようです。部落差別する人は、“自分と変わらない”ということを意識していないのではないでしょうか。
もう少し他の面も取材して欲しいと思うところもありましたが、この著者でなくては取材できなかったであろうことが書いてあり、面白いです。 -
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「同和と銀行」のあとに読む/ 小西邦彦は殺しの軍団柳川一門であった、とは銀行の方に書いてあっただろうか?/ 柳川組四天王であった金田組では下っ端、しかし部落出身であることから金田から解同飛鳥地区の支部長に推される/ 作中でも書かれるが、大きな権力を持つまでには「〝あの〟柳川一門金田組構成員」であったという目に見えぬ威力が必ずあったと/ 金田に金を吸われ続けた小西は、金田が死に組が解散することで呪縛から逃れたが、その嫌ったバックボーンで立場を作ったのは事実じゃないかと、このくだりは銀行にはなかった気がする/ 銀行の方では小西の情の厚い部分が多く書かれたが、こちらは少しドライか/ ヤクザ絡みの記述はこちらが多い印象/ もし叶うならば、もっと色々な世に出ていない話を聞いてみたい/ 東京勢との邂逅や、エセ同和尾崎との絡みなどなかったのだろうか/ しかし、バブルとは面白い事件の宝庫であると再認識させられた/
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先に読んだ「同和と銀行」でも疑問だった、そもそも部落解放運動とは何を目標にしていた活動なのか、ということ。
私が小学校の道徳の授業で受けた同和教育や「部落解放」という本来の意味では、部落というレッテルそのものが無くなり、人びとがその身分から解放されることを目指していたのではないか。
しかし、雇用の平等や地域の活性化ならわかるが、差別を盾に行き過ぎた優遇措置にばかり特化してしまい、行政も大手銀行もそれを利用して美味い汁を吸っていた。
差別からの解放というのは「底辺から頂上へ」ではなく「全てをフラットに」であるべきだ。
悪人の面も善人の面もあると書かれた小西の人物像だったが、私には悪人としか思えない。一部の人には役立ち、どれだけ優しく接しようと、差別を悪用したことは許されない。
この巨悪が明るみに出たことによって、市井の人々の中で部落解放運動、ひいては被差別部落の印象はどう変わってしまっただろうか。
あとがきでは、現在の被差別部落地域の関心の低さや土地の変わり様が記されていたが、それこそが官民一体で目指すべき本来のゴールだったはずだ。 -
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まんまだけど肉羊羹みたいな一冊。これはムラの産物だから食えない、食いたくないっていうイメージから、食べ物そのものが嫌悪感を持たれてしまっている(ちなみに肉羊羹はまずい)
福島よりの北関東生まれなので、部落差別を本当に意識したのは四国高知に赴任した25歳の時、結婚したいのに親に反対されてる先輩に出会った。隣の徳島に遊びにいったら県庁前にでかでかと看板掲げてあるし、自分にとっては異国だった。
読んでて確かになーと感じたのは、
①地名全てが部落だとみんな決めつけている
②部落内でもかなりの格差がある
①は横井の例。東横井と西横井とあるけど、奈良の横井はYouTubeで動画も上がってるし、全体が部落だと思ってる人多いはず。これが部落外の総意じゃないか。奈良の5chスレとか見ると、麻雀の翻数で表された自治体単位の部落度数コピペ当たり前に出てくるしね。直接的に部落の人を指してはないけど、これだって立派な部落差別だわな。だけどこのぐらいの距離感が、する側からしたら面白くて、ネタにしやすくて、差別しやすい単位なんだと思う。
②みんながみんな悪い人ではないし、みんながみんないい人ではない。ヤンキー校の優等生はいる。意識の優劣で差別感情に濃淡でるのもおかしな話だけど、卑屈な自分を抱きしめてばっかりいる人よりも、現状変えようと前向きに努力する人の方がやっぱり素敵だと思う。そうなれば人付き合いに部落差別なんて関係ないわと思うでしょう、特に今の時代。………とはいえ自分も部落の生まれで幼少期から持つもの持たないとなれば、与えられたもので生きていくしかないけどね。だってそれが楽だもん。人は常に自分のことだけを考えるような選択をし続ける合理的な生き物なんだから。
部落外でも部落内でも変わらないけど、与えられたものを使って、何を手に入れて、どうやって一生を使い果たすかなんてのはもう人それぞれなんだよね。他人の人生を生きるか、自分の人生を生きるかなんてのも人それぞれ。好きにしたらいい。東京にでも行けば今の時代、過去を薄くすることなんていくらでもできるんだから。この本が出来た当時からしたら、生きやすい世の中になったんじゃないのかな。 -
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ネタバレ【カニは横に歩く】BMWの助手席で
少し昔の話。
ある先生が運転するBMWの助手席に乗せていただき、連れて行っていただいたのは、障がい者の施設でした。
その施設で、ある部屋に通されて、私は言葉を失いました。
ベッドに横になっていたのは、背丈が小学生くらいの女性。
目は開いていたと思うのですが、ほとんど動かず、反応のない彼女。
たしかに生きているはずなのですが、その状態を私は「生きている」と受けとめられなかったのです。
先生の話から、ベッドにいた女性は当時の私と同じ20代だと知りました。
とても重度の障がい者の方だったと記憶しています。
帰りの車の中で、先生はポツリと言いました。
「家族もね、会いに来ないんですよ。生まれてから十年、二十年以上、あのまま。あそこでね」。
私は、何も言えませんでした。
「でも、生きているんですよね?」
「どんな状態でも、家族は家族ですよね?」
と言うのは、単なる綺麗ごとを言うだけのような気がしたからです。
とても重いものを感じて黙ってうつむいた時、目に入ったのはBMWの灰皿でした。
灰皿は、先生の煙草の吸殻で一杯になっていました。
BMWという高級車と、吸殻でいっぱいになった灰皿とが、先生の気持ちの表と裏のように見えました。
綺麗ごとでは済まないことがあるのだと思い、20代の私にとって、強く印象に残った出来事でした。
亀岡信彦氏の「カニは横に歩く」(講談社)を読んで、このBMWの先生のことを思い出し、
重度の障がいのある方との関係について、改めて考えさせられました。
著者は、重度の障がいのある方との関係について、次のように書かれています。
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人が人に会うのは、何らかの楽しみを求めるからであろう。
今ほど福祉制度が充実していなかった頃、障害者の介護に行くのは、介護者が絶対的に不足していたという背景があったのだが、それだけでは人はついてこない。
「あの人と会うと楽しいよ」
そう言われると、会いに行きたくなるものである。
(中略)
では、知的障害者の場合はどうか?相性があるので一般化はできないが、天場志信や森本正夫の介護が必ずしも楽しいわけではない。健全者が用いる言葉や常識が彼らに通じないことがある。逆に彼らが楽しいと思うことが介護者にとっては苦痛になることもある。
(p434より)(*天場さん、森本さんは重度の障がいをお持ちの方)
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「人を惹きつけるものがない」障害者はどうなるのか、という問題は常につきまとう。
(中略)
中には特段興味をそそられることがない障害者もいた。障害者側もまた健全者に対して合う合わないはある。好悪の感情や各自の思い入れと、介護の必要性をどううまく調整するかは、天場志信周辺の問題であり、私自身の課題でもあった。(p324より)
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介護・介助する側も人間。
誰にでも等しく、同じ感情で、接することができるわけではないのだと思います。
あまり好きになれない、合わない、そんな相手からも、介護・介助を求められることは発生するのだと思います。
そんな時、介護・介助をする側は、どのようなこと考えながら、感じながら、障がいのある方とおつきあいしていくのでしょうか。
会話が成り立たず、応答がほとんどない方に、どんなふうに接していくのでしょうか。
介護・介助する人は、それぞれ、なんらかの解釈、意味づけをして、接していくのでしょうか。
介護・介助される側も人間。好き・嫌いは当然あると思います。
しかし、一方で、生きていくために必要な介護・介助があり、それを誰かに提供してもらわなくてはなりません。感情をうまく伝えることができる人もいれば、そうではない人もいると思います。
BMWで連れていっていただいた施設で、お会いした重度の障がい者。
私は、これまで、あの方以上に重度の障がいの方と接した機会がありません。
もし、自分が、重度の障がいのある方の家族だったら?
介護者だったら、どんなふうにおつきあいしていくのだろう?
私には、まだ、よく分かりません。
人と人とが関わりあうということ。
とてもシンプルなことなのに
複雑でもあり、深い。
そう感じます。
明確な答えはありませんが、
障がいのある・なし関係なく、相手と関わりあっていく中で、その時々で、どうおつきあいしていったらいいんだろう?と、迷いながら、考えながら、進んでいくしかないのかな。と考えています。