角岡伸彦のレビュー一覧

  • 被差別部落の青春

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    蔵書整理シリーズ
    被差別部落出身の著者が被差別部落について書いたルポルタージュ
    被差別部落の人にもいろいろな人がいて,いろいろな考え方があることを
    明らかにするいい本だと思います。

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    2013年12月31日
  • 被差別部落の青春

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    この問題はやっぱり分かりにくい。

    なぜなら部落という場所が特定された途端にそれが差別に繋がっていくが、しかし部落がどこかということが分からなければ問題として顕在化してこない。意識されずに通り過ぎてしまう問題。

    しかし状況は徐々に改善されてきているようである。
    とにかく自分が差別しないようにすること。それが大切だと思った。この差別には全く根拠がないのだから。

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    2012年11月10日
  • カニは横に歩く 自立障害者たちの半世紀

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    本書は作家の角岡伸彦氏が実際に介助者として、あるいは取材者として27年もの間関わり続けた障害者運動団体「青い芝の会」を通して、あるがままの生」という遠大なテーマに挑んだ本格ノンフィクションです。

    僕は著者の角岡伸彦氏が書くノンフィクションの世界が大好きで、今まで、彼の書いた本はすべて読んできました。この本は彼自身が介護者として、時に取材者として27年間もの間、関わり続けた「青い芝の会」という障害者の運動団体の軌跡についてのルポルタージュです。

    一読をさせていただいて、筆者が彼らにありのままに、そして真摯に向き合ったということが窺えて、ものすごく分厚くて骨が折れるものでしたが、福祉関係の仕事に従事されている方にはもちろんのこと、彼らについて知りたい、という方にはぜひとも読んでいただきたいな、という反面、露骨なまでの差別に関する描写が書かれてあって、これは読む人を選ぶだろうなぁ…。というのがありました。

    作中にはそれこそてんこ盛りに個性あふれる障害者の方々が出てくるのですが、その中でも澤田さんと福永さんという方の個性がものすごく強烈で、詳しいことに関しては本書に譲るとしても、彼らと本気でかかわるということは、やっぱり、なんというのか…。こっちのほうにもそれなりの覚悟がいるだろうな、と思いましたし、実際に彼らと深くかかわりながら、この本を上梓した筆者には敬服の念を抱きます。

    僕が一番印象に残っているのは阪神・淡路大震災直後の彼らの行動で、自身が地域に築いたネットワークを縦横無尽に駆使しながら活躍していく福永さんのバイタリティーはすごいなと思ってしまいました。そして、この本はやはり一言では表現できない「何か」がありました。それをどう感じるのは、読んだ方個人個人の感想にお任せします。

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    2012年01月30日
  • 被差別部落の青春

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    これまで読んだ部落関連の文章の中で、最も肩の力が抜けていて、最も部落の実態を率直に描写しているものだった。

    それだけに、これまでの印象とは全く違う一面を見ることができた気がする。

    そして、ある意味これまでの印象を裏付けられた部分もあった。

    他人に勧めたい本。

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    2011年12月29日
  • カニは横に歩く 自立障害者たちの半世紀

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    脳性まひ者の団体「青い芝の会」を取材したドキュメント。
    役所を占拠、路線バスを占拠、こんな過激な障害者運動があったなんて知りませんでした。
    面白いのはリーダーのふたり。
    一人は何か発案しては他人に丸投げ。周囲はその無計画無責任を詰りながら、見放すことは出来ず、結果として企画が進んでいく。
    もう一人は自分一人でできるのは「ホー」(yesの意味)という発語だけなのに、皆に担がれ運ばれるリーダー。
    人は、完璧である必要などさらさらなく、自分の差し出せるものを差し出し、補い合って社会を作っていくものだと改めて思います。
    だかたこそ、社会に差し出せるものがない(ように見える)障害者、作中の言葉でいえば「魅力のない障害者」を内包する社会が成熟するのは難しいことだとも思います。
    誰がいつ中途障害者にならないとも限らず、年をとればほとんどの人が何らかの障害を持ちます。自分は愛されるおばあちゃんになる努力をするのではなく、憎らしいおばあちゃんが憎らしく生きられる社会をつくるよう努力しようと思いました。

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    2011年01月09日
  • 被差別部落の青春

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     著者の角岡さんは、元新聞記者であり、被差別部落の出身者。この本では、被差別部落出身の角岡さんが、被差別部落内外の人々に取材して、現代の部落の様子を描き、部落差別についての「悲観論」と「楽観論」の「間」を探ろうというもの。
     角岡さんの取材の結果を読んでいると、当たり前のことですが、“被差別部落の人々も普通の人と変わらないな”ということを改めて意識します。今でもネットで“部落”などと検索すると部落差別をする人がいるようです。部落差別する人は、“自分と変わらない”ということを意識していないのではないでしょうか。
     もう少し他の面も取材して欲しいと思うところもありましたが、この著者でなくては取材できなかったであろうことが書いてあり、面白いです。

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    2010年08月05日
  • 被差別部落の青春

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    勉強したい物事のひとつだったので、読んでみたが
    結局のところ「なるほど」と思えるところが見つからず。
    歴史はつながって、続いていくのだけどこれから先は薄れていくんじゃないかなと思わされた。

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    2010年04月04日
  • 被差別部落の青春

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    面白い

    被差別部落に住む人々の日常の生活から、
    差別やそのなかで生きる人々の現在が見えてくる

    共感できる部分が多々あり、読んでいてあきないし、
    被差別部落の問題を身近にしてくれる

    ≪まだ途中≫

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    2010年08月07日
  • 被差別部落の青春

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     どうあるべき・どうすべき というこれまでの人たちの
    価値観とは一線を画しています。

     何を考え、していくのか をまっすぐ
    考えていくことが大切だと思います。

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    2009年10月04日
  • 被差別部落の青春

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    同和利権問題などいろいろありますが、この本はその場を生きる人々のリアルな姿が現れていた気がする。同和利権ですべての部落出身者が益を得ていたわけではないと思います。益を得た人が居る一方、苦しい生活を強いられていた人が居るのも事実です。利権問題とは違う観点でよかったです。

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    2009年10月04日
  • よりみち部落問題

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    解放令からはじまり、全国水平社の結成、部落解放運動、同和対策事業やその利権問題など部落問題について学べる一冊。

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    2025年11月17日
  • よりみち部落問題

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    途中、部落とは関係ない自分語りが多かったのではないかと感じたが、読み終わってみると、部落出身者という当事者の1人がどのように生きてきたか知るうえでは必要な記述だったし、何よりも最後の議論結論を深く理解するうえで必要なものであったかなと思う。

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    2025年07月29日
  • よりみち部落問題

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    生い立ちから現在までいろいろなところに「よりみち」しながらも、部落問題に当事者として関わってきた。筆者の誠実さが伺える。
    部落問題と言うときの「問題」は必ず差別する側の問題である。「形」としての部落がなくなっても、おそらく差別はなくならない。では、どう部落を残すか…。筆者の視点を大切にしたい。

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    2025年03月23日
  • ピストルと荊冠 〈被差別〉と〈暴力〉で大阪を背負った男・小西邦彦

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    「同和と銀行」のあとに読む/ 小西邦彦は殺しの軍団柳川一門であった、とは銀行の方に書いてあっただろうか?/ 柳川組四天王であった金田組では下っ端、しかし部落出身であることから金田から解同飛鳥地区の支部長に推される/ 作中でも書かれるが、大きな権力を持つまでには「〝あの〟柳川一門金田組構成員」であったという目に見えぬ威力が必ずあったと/ 金田に金を吸われ続けた小西は、金田が死に組が解散することで呪縛から逃れたが、その嫌ったバックボーンで立場を作ったのは事実じゃないかと、このくだりは銀行にはなかった気がする/ 銀行の方では小西の情の厚い部分が多く書かれたが、こちらは少しドライか/ ヤクザ絡みの記述はこちらが多い印象/ もし叶うならば、もっと色々な世に出ていない話を聞いてみたい/ 東京勢との邂逅や、エセ同和尾崎との絡みなどなかったのだろうか/ しかし、バブルとは面白い事件の宝庫であると再認識させられた/

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    2019年09月03日
  • ピストルと荊冠 〈被差別〉と〈暴力〉で大阪を背負った男・小西邦彦

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    先に読んだ「同和と銀行」でも疑問だった、そもそも部落解放運動とは何を目標にしていた活動なのか、ということ。
    私が小学校の道徳の授業で受けた同和教育や「部落解放」という本来の意味では、部落というレッテルそのものが無くなり、人びとがその身分から解放されることを目指していたのではないか。
    しかし、雇用の平等や地域の活性化ならわかるが、差別を盾に行き過ぎた優遇措置にばかり特化してしまい、行政も大手銀行もそれを利用して美味い汁を吸っていた。
    差別からの解放というのは「底辺から頂上へ」ではなく「全てをフラットに」であるべきだ。

    悪人の面も善人の面もあると書かれた小西の人物像だったが、私には悪人としか思えない。一部の人には役立ち、どれだけ優しく接しようと、差別を悪用したことは許されない。
    この巨悪が明るみに出たことによって、市井の人々の中で部落解放運動、ひいては被差別部落の印象はどう変わってしまっただろうか。

    あとがきでは、現在の被差別部落地域の関心の低さや土地の変わり様が記されていたが、それこそが官民一体で目指すべき本来のゴールだったはずだ。

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    2019年03月17日
  • 被差別部落の青春

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    まんまだけど肉羊羹みたいな一冊。これはムラの産物だから食えない、食いたくないっていうイメージから、食べ物そのものが嫌悪感を持たれてしまっている(ちなみに肉羊羹はまずい)

    福島よりの北関東生まれなので、部落差別を本当に意識したのは四国高知に赴任した25歳の時、結婚したいのに親に反対されてる先輩に出会った。隣の徳島に遊びにいったら県庁前にでかでかと看板掲げてあるし、自分にとっては異国だった。

    読んでて確かになーと感じたのは、
    ①地名全てが部落だとみんな決めつけている
    ②部落内でもかなりの格差がある

    ①は横井の例。東横井と西横井とあるけど、奈良の横井はYouTubeで動画も上がってるし、全体が部落だと思ってる人多いはず。これが部落外の総意じゃないか。奈良の5chスレとか見ると、麻雀の翻数で表された自治体単位の部落度数コピペ当たり前に出てくるしね。直接的に部落の人を指してはないけど、これだって立派な部落差別だわな。だけどこのぐらいの距離感が、する側からしたら面白くて、ネタにしやすくて、差別しやすい単位なんだと思う。


    ②みんながみんな悪い人ではないし、みんながみんないい人ではない。ヤンキー校の優等生はいる。意識の優劣で差別感情に濃淡でるのもおかしな話だけど、卑屈な自分を抱きしめてばっかりいる人よりも、現状変えようと前向きに努力する人の方がやっぱり素敵だと思う。そうなれば人付き合いに部落差別なんて関係ないわと思うでしょう、特に今の時代。………とはいえ自分も部落の生まれで幼少期から持つもの持たないとなれば、与えられたもので生きていくしかないけどね。だってそれが楽だもん。人は常に自分のことだけを考えるような選択をし続ける合理的な生き物なんだから。


    部落外でも部落内でも変わらないけど、与えられたものを使って、何を手に入れて、どうやって一生を使い果たすかなんてのはもう人それぞれなんだよね。他人の人生を生きるか、自分の人生を生きるかなんてのも人それぞれ。好きにしたらいい。東京にでも行けば今の時代、過去を薄くすることなんていくらでもできるんだから。この本が出来た当時からしたら、生きやすい世の中になったんじゃないのかな。

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    2018年10月02日
  • ふしぎな部落問題

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    ずっと考えていたけど、差別について隠す方がいいのか、おおっぴらにするのがいいのか、やっぱり難しい問題だと思った。

    部落問題は目に見える部分では、解消されつつあるが、根深い差別があるのも事実。どうしていけばよいのか。

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    2021年04月20日
  • ふしぎな部落問題

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    人為的であって、制度の亡霊によってのみ、日本の社会にインプリントされてしまったという点で、人種や国籍の差別とは、種類が異なる。ただ忘れ去るのを待っても数世代に満たない期間では亡霊が消えないことに苛立った被差別の側が、コミュニズムとの相関性を取り入れてしまったことにも問題はありそうだ。

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    2018年10月14日
  • 被差別部落の青春

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     いわれのない差別を何世代にもわたり受け続ける人々たちについて考えてみる。人種や宗教が違うわけではない。職業、またはそこに住んでいるというだけの理由で差別されつづけるのだ。わたしなら抵抗するだろうか、抵抗してみてもはじまらないと戦わずあきらめるのだろうか。今を生きる当事者は明るく体験を語る。この本に書かれていることはとんでもない恐ろしいことなのかもしれない。

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    2012年07月15日
  • カニは横に歩く 自立障害者たちの半世紀

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    ネタバレ

    【カニは横に歩く】BMWの助手席で

    少し昔の話。
    ある先生が運転するBMWの助手席に乗せていただき、連れて行っていただいたのは、障がい者の施設でした。

    その施設で、ある部屋に通されて、私は言葉を失いました。
    ベッドに横になっていたのは、背丈が小学生くらいの女性。
    目は開いていたと思うのですが、ほとんど動かず、反応のない彼女。
    たしかに生きているはずなのですが、その状態を私は「生きている」と受けとめられなかったのです。

    先生の話から、ベッドにいた女性は当時の私と同じ20代だと知りました。
    とても重度の障がい者の方だったと記憶しています。

    帰りの車の中で、先生はポツリと言いました。
    「家族もね、会いに来ないんですよ。生まれてから十年、二十年以上、あのまま。あそこでね」。

    私は、何も言えませんでした。
    「でも、生きているんですよね?」
    「どんな状態でも、家族は家族ですよね?」
    と言うのは、単なる綺麗ごとを言うだけのような気がしたからです。

    とても重いものを感じて黙ってうつむいた時、目に入ったのはBMWの灰皿でした。
    灰皿は、先生の煙草の吸殻で一杯になっていました。

    BMWという高級車と、吸殻でいっぱいになった灰皿とが、先生の気持ちの表と裏のように見えました。
    綺麗ごとでは済まないことがあるのだと思い、20代の私にとって、強く印象に残った出来事でした。

    亀岡信彦氏の「カニは横に歩く」(講談社)を読んで、このBMWの先生のことを思い出し、
    重度の障がいのある方との関係について、改めて考えさせられました。

    著者は、重度の障がいのある方との関係について、次のように書かれています。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    人が人に会うのは、何らかの楽しみを求めるからであろう。
    今ほど福祉制度が充実していなかった頃、障害者の介護に行くのは、介護者が絶対的に不足していたという背景があったのだが、それだけでは人はついてこない。
    「あの人と会うと楽しいよ」
    そう言われると、会いに行きたくなるものである。
    (中略)
    では、知的障害者の場合はどうか?相性があるので一般化はできないが、天場志信や森本正夫の介護が必ずしも楽しいわけではない。健全者が用いる言葉や常識が彼らに通じないことがある。逆に彼らが楽しいと思うことが介護者にとっては苦痛になることもある。
    (p434より)(*天場さん、森本さんは重度の障がいをお持ちの方)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「人を惹きつけるものがない」障害者はどうなるのか、という問題は常につきまとう。
    (中略)
    中には特段興味をそそられることがない障害者もいた。障害者側もまた健全者に対して合う合わないはある。好悪の感情や各自の思い入れと、介護の必要性をどううまく調整するかは、天場志信周辺の問題であり、私自身の課題でもあった。(p324より)
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

    介護・介助する側も人間。
    誰にでも等しく、同じ感情で、接することができるわけではないのだと思います。
    あまり好きになれない、合わない、そんな相手からも、介護・介助を求められることは発生するのだと思います。

    そんな時、介護・介助をする側は、どのようなこと考えながら、感じながら、障がいのある方とおつきあいしていくのでしょうか。
    会話が成り立たず、応答がほとんどない方に、どんなふうに接していくのでしょうか。
    介護・介助する人は、それぞれ、なんらかの解釈、意味づけをして、接していくのでしょうか。

    介護・介助される側も人間。好き・嫌いは当然あると思います。
    しかし、一方で、生きていくために必要な介護・介助があり、それを誰かに提供してもらわなくてはなりません。感情をうまく伝えることができる人もいれば、そうではない人もいると思います。

    BMWで連れていっていただいた施設で、お会いした重度の障がい者。
    私は、これまで、あの方以上に重度の障がいの方と接した機会がありません。
    もし、自分が、重度の障がいのある方の家族だったら?
    介護者だったら、どんなふうにおつきあいしていくのだろう?
    私には、まだ、よく分かりません。


    人と人とが関わりあうということ。
    とてもシンプルなことなのに
    複雑でもあり、深い。

    そう感じます。

    明確な答えはありませんが、

    障がいのある・なし関係なく、相手と関わりあっていく中で、その時々で、どうおつきあいしていったらいいんだろう?と、迷いながら、考えながら、進んでいくしかないのかな。と考えています。

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    2011年09月11日