原井宏明のレビュー一覧

  • 【読む常備薬】図解いちばんわかりやすい強迫性障害 強すぎる「不安」と「無意味な行動」の断ち切り方

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    見開き1ページ1テーマで文字も大きく図・イラストも多用されていてわかりやすいです。
    強迫性障害かなと思ったので読んでみましたが違いました。

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    2023年03月28日
  • 図解 やさしくわかる強迫症

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    最近仕事の対人ストレスで強迫性障害が再熱してきたので読んでみた。
    確認強迫と醜形恐怖の対処法が確認出来た。強迫観念には囚われずに時間が過ぎて忘れていくのを待つ事が大切である。
    本書は手元に置いて症状が出てきたら読み返せるようにしておくのがお勧め。

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    2022年08月07日
  • 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

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    もうよくなる見込みはない、という病状にある人たちに本当は何をするべきか?という問いを探るハードな本。多くの人は苦痛のない平穏な死を望みながらも、過酷な闘病生活の沼にはまって苦しみ、孤独の中で亡くなることになる。また、施設は安全と医療が行き届いてはいても孤独でプライバシーのない、尊厳を奪われた状態になりがち。いったい私たちは、科学と医療の進歩で何を追い求めてきたのか?どのようにすれば、死地に立つ人たちとその家族に現実を受け入れる勇気を与え、尊厳を取り戻せるのか?という話が、著者の家族を含め実在の人々のエピソードを通じて語られる。

    その人たちの病状や生活を奪われる苦しみも克明に語られるので、読んでいてぞっとしたり重い気分にもなるけれど、自分や身近な人たちにもその時は必ずやってくることを強く意識させられた。私の祖父は病苦で自殺していて、それが彼の尊厳を守る方法だったことは受け止めているが、祖父や家族にとってもっといいやり方があっただろうともずっと思っている。結局のところ、お前は、お前の親のことはどうするのだ、と繰り返し問われている気がするのだ。
    死に瀕する人は生き方を鮮明にする。そして考えるのは死ぬこと自体ではない。一生涯かけても答えが出ないかもしれないことに、ある時いきなり清算を求められるのは厳しいものだ。

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    2022年07月18日
  • 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

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    最初は死という概念についての書かれた哲学的な書籍だと思っていましが、実際には、終末医療や介護といった、今後誰もが直面するであろう事柄についてどのように向き合うべきか書かれていました。

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    2025年12月13日
  • 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

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    名著だと思う。おそらく自分がICを至上主義とするような情報提供的医師として生きてきたのであればこの本が人生を変えてくれる本になっただろう。しかしこれほどまでにACPの意味や終末期の難しさが論じられている今読んでみると、この本によって医者人生が変わるということはなかった。
    とはいえ、死が迫った患者と厳しい会話をすることによって本人や家族がいかに救われるのかということは内省的な気持ちも持ちつつ読むことができた。

    多分bad newsの伝え方とか、予後の伝え方のようなものは、方法論で解決する問題ではない筈だ。
    相手は患者であるまえに人間なのである。

    だからやはりACPとは主治医がするべきなのだ。

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    2022年03月13日
  • 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

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    本書は、ガンを経験し死を身近なものとして少しは意識したこともあり、前から気にはなっていたが手に取るのを避けてきたような気がする。
    読み終えて、呼んで良かったと強く感じている。
    死にあたって何が大切なのか、もう一度考え直してみる必要がありそうだ。
    日本でも、もっと患者の生きる意義に寄り添った医療やケアが普及することを望んで止まない。

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    2021年12月13日
  • 患者の話は医師にどう聞こえるのか――診察室のすれちがいを科学する

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    本書は医師と患者のコミュニケーションの重要性を訴える本。著者の主張を一言で表せば「コミュニケーションは医療に役立つ」。その主張には3つの側面がある。①「医師が話を聞いてくれない」という患者にとって最大の不満が消えて医療について患者の満足度が高まる。②患者をよりよく理解することで誤った治療や不要な治療をせずに済む。その結果、医師にとって時間の節約になる。③訴訟が減る。

    薬の知識や手術の腕前などと比べてコミュニケーションが医療に果たす役割は過小評価されてきたと著者は言う。医学部でコミュニケーションスキルを専門的に学ぶことがないため、医師はコミュニケーションスキルを医療技術とは見ない。コミュニケーションが(たとえプラセボの一種だったとしても)効果的な医学的介入であることを示す研究は多いが、医師は「このような祖父とな研究結果を受け入れがたいと思っている」(106ページ)。

    著者によれば実際のところ、現状では医師と患者の間でコミュニケーションがうまくとれていない。その理由は色々だが、例えば①医師が患者の人種・性別・体型などに対して潜在的な偏見を抱いているため、コミュニケーションが阻害される。②診察時間の制約があって(時間の無駄と思える)コミュニケーションを医師がためらう。そもそも③医師も患者もコミュニケーションにギャップがあることに気づいていない。③についてレビュアーの頭に思い浮かんだのは蒟蒻問答という言葉だった。

    ではよりよりコミュニケーションを実現するために何が必要か。本書が重要性を強調するのが「傾聴」である。自分自身は口をつぐみ相手の話を聞く。「熱心に話を聞いてもらう」のは「驚くほど力のわいてくる経験」で、そんな相手とは「かかわりをもちつづけたいという気持ちになる」と著者は自身の経験から断言する。ただしこれは簡単なことではない。聞き手には聞く努力が求められる。実際、患者の話を「上手に」聞くことは「困難きわまりない技術の1つ」なのだ。

    本書の中で最も印象的だったのが、オランダでは(終末期にいる患者のみが対象であるものの)患者の話を聞くことが医療として認められているという事実である。傾聴の重要性が医療現場で広く認められていくことを願う。

    著者は現役の医師で、本書は医療現場でのコミュニケーションの重要性を論じている。多くの人は患者の立場で医師と接するだろうが、良き患者であるためにも本書の内容は有益だ。また一般的に言って良い人間関係を築くたえにコミュニケーションは欠かせない。その意味で本書は誰にとっても役に立つアドバイスに満ちている。幸いな事にコミュニケーションは改善が可能だ。「コミュニケーションは習得が可能な個別の技術に分解できる」(241ページ)と主張する研究を著者は引く。受け答えのなかで言葉遣いや言葉のえらび方を工夫したり、心の持ちようを変えたりすることも大切だ。本書から得られるものは多い。

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    2021年06月29日
  • 患者の話は医師にどう聞こえるのか――診察室のすれちがいを科学する

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    NY在住の内科医による、医師と患者の間のコミュニケーションの問題を分析した1冊です。
    最近ではAIが活用された事例なんかも聞きますが、今の医療診断の中心に位置しているのは、依然として「医師と患者の会話」です。
    ただ、この会話というツールの難しさを実感させられたのが本著でした。こんなに簡単に使えるツールはないのに、なぜこうも難しいのか!

    自身の医療経験や取材を踏まえた16章は、比較的読みやすいトーンではあるのですが、医療という人命がかかった現場における余裕のなさや、その状況下で少しでも良いやり方を求める医師の職業倫理の高さ(と、その患者向かいでの理解されなさ)を感じ、ままならない重いテーマだとも感じました。

    本著によると、「患者には喋るだけ喋らせた方が良い、そんなに長くならないし、コミュニケーションミスも減る」ということで、基本的には医師は患者の話に傾聴すべきというスタンスなのですが、同時に日々の実務の中でそれを実現していくのがいかに難しいかというのも描かれています。
    個人的な印象としては、医師というと「ゴッドハンド」的な職人芸を連想して、傾聴してくれる存在とはなかなか思えないですが、治療効果を出すためには医師のコミュニケーション力は非常に重要なのだとか。
    本著ではそれを音楽に例えていて、「優れた音楽家たるために必要な技術的スキル」も大事だが、「即興で演奏する時に必要な(コミュニケーション)スキル」も、良い演奏を作るには重要、という表現はとても腑に落ちました。

    本著を読んでいて思い至ったこととして、医療とは全く関係のない業界で仕事をしている私ですが、バタバタしている時に、主題になかなか辿り着かない(と自分が感じるだけなのですが)話をされると、つい「つまりこういうコトですか?」と割って入ったりしているなぁと。。
    血の通ったコミュニケーションができる人間でありたいものです。

    ちなみに、本著の中に「おおざっぱにいえば、私の性格はB型なんです。教師に向いた性格ね。でも、糖尿病の場合はA型でないとだめなんです。」という記述があったんですが、アメリカでもB型って几帳面さに欠ける存在だと思われてるんでしょうかね。。
    翻訳については、訳者も医師と医療翻訳者のタッグということで読みやすかったです。

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    2021年02月28日
  • 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

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    「生まれ落ちたその日から、私たち全員が老化し
    はじめる。」(序P9)

    人は生まれたからにはいつか死なないといけない。
    「死ぬべき定め」に直面したとき、死に直面した
    本人や家族そして医師はどのように終末期を選択し
    その選択に従って実行していけばいいのか、を模索した
    例が挙げられている。

    前半は老いによる死、中盤は病気(主にがん)による死
    後半は著者の父と著者の家族が「死すべき定め」に
    対してどのような行動を取ったのかがつづられている。

    現在、高齢者は敬われる存在ではなく希少価値を失った
    ため、家族の在り方も変わってしまった。生き方の
    自由と自立に恵まれた反面、家族システムの地位は
    下がった。

    老いに対して人は奇跡のストーリーに飛びつくが、
    それは逆にそういったファンタジーについて
    行けなくなってくると申し訳ない気持ちにしてしまう。
    現在アメリカは高齢者のケア、終末期に入所する施設は
    移行期にあり、様々な人が様々な方法にトライしている。
    昔の救貧院は「救う」の文字が入っているのに
    姥捨て山のようだった。ナーシング・ホームが進化した
    「アシステッド・リビング」は「言うは易く、行うは
    難い。」ため、質がどんどん下がっていった。
    ナーシング・ホームの三大伝染病「退屈と孤独と絶望」
    を叩くには、命、例えば観葉植物、畑と花園、動物は
    とても有効だった。

    病気による終末期はある日突然直面することになる。
    本人、家族そして医師すらも模索しながらベストな
    ものを提供したい…とはならず、あれこれと治療を
    勧め、結果、患者の体力を削り、穏やかな最期を
    迎えられない結果となることが多かった。死期を
    穏やかに伝え、最期はどうするのか、どうしたいのかを
    患者本人に決定させているいくつかの例が挙げられている。

    最後に、著者の父が「死ぬべき定め」と向き合うこと
    になり、著者とその家族は戸惑いながらも、それを
    彼らなりの方法で完遂する。

    自分や自分の家族が「死すべき定め」に直面したとき
    どうするべきか、なにを一番に置くのかということを
    常に考えておきたい。

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    2020年12月25日
  • 人体の冒険者たち――解剖図に描ききれないからだの話

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    うっとりしながら読んだ、スコットランドのお医者さんのエッセイ。訳者が「音でも聴きたい」とオーディオブックを手に入れたほどの名文で綴る、人体にまつわる古今東西の四方山話や患者のエピソード。ブンガク的に書ける何かのプロの作品は、本と向かい合う時間をとても豊かにしてくれる。

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    2019年09月27日
  • 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

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    アメリカのインド系二世の外科医であるアトゥール・ガワンデ氏が、自身の父親の死についても触れながら老年期医療、終末期医療について書いたもの。
    実は内容にとても心動かされるものがあり、何度も書評、感想を書こうとしたのだが、結局どれも薄っぺらなものになってしまう気がして、消してしまった。
    老年期には病気だけではなく、自然な老いによる経年劣化で身体に様々な問題を持つようになる。医療はその問題に立ち向かうための技術だが、常に克服できるとは限らない。死という崖に追い詰められて、徐々に撤退するしかない、撤退のスピードをいかに遅らせるかというくらいしか出来ないときも多々ある。
    そのときに医療は、医療従事者はどうやって患者と向き合えばいいのか?という医師としての考えを、実際の患者の事例や、自身の父親のケースも取り上げながら語っている。
    いろいろと語りたいことは多いのだが、やはりうまく伝わるとは思えない。とりあえず、一度「死すべき定め」を読んでほしい。

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    2019年02月11日
  • 不安症がわかる本 とらわれから抜け出す

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    どこから来るのかわからないほどの恐怖と不安、それによる動悸と空気の薄さを感じ、本当にどうすることもできないほどの不安になるそうです。著書には”感情は一つのことではなく状態”と書いてありました。ほかのことを考えたりそこにとらわれたりしないように心掛けることのようですがなかなかうまくいかないもののようです。精神薬の説明は分かりやすくその部分の不安は解消されました。”心のかぜ”と思ってゆっくり生活していくことがいいのかもしれません。#NetGalleyJP

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    2026年06月01日
  • 「不安症」でもだいじょうぶ

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    『本当に後悔するのか確かめてみましょう』という言葉があり、確かに不安に思うのって後悔するかもとか、先の心配をし過ぎてる時かなあと思った。実際不安に思って立ち止まってても不安なままだし、確かめるためにもちょっと行動してみたいと思う。

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    2026年05月24日
  • 「不安症」でもだいじょうぶ

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    やっぱり立ち向かうしかないんでしょうね。ストレスや不安は生きる糧、逃げて何もしないのではなく、行動し続けることが大切なんだと改めて思いました。

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    2026年03月18日
  • 人体の冒険者たち――解剖図に描ききれないからだの話

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    人体の構造について医学用語を使い、その構造の説明があるんだけど、まぁ難解…。器官、臓器ごとに章が分かれていて、それぞれ1人以上のエピソードがあり、そこでより現実的に感じる。

    1回目は難しいなと思いつつ読み進め、1回で終わるのはもったいない気がして、2回目読むと、すんなり頭に入ってくる。

    医学の歴史、医療の歴史、治療の歴史が興味深い。合間合間に入ってくるギリシャ神話や、古典、聖書の挿話。これが、すんなり入って、なぜここにその挿入話が来たのかわかるのが、教養ある人なのかなと、本編とは関係ないことも考えた。

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    2025年01月28日
  • 患者の話は医師にどう聞こえるのか――診察室のすれちがいを科学する

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    オランダでは終末期の不安を対象とした『傾聴』が医療保険コードとして承認されており、内視鏡検査やMRIと同じように保険請求する価値があるとされていることを知って驚きました。『共同の語り手としての聞き手』は新たな視点を与えてくれました。

    会話の参加者のそれぞれが独自の知識と経験をもっており、どのようなコミュニケーションであってもそれぞれがもつ独自のフィルターを通過するということ、は覚えておきたいです。

    〜もう一度振り返り読みたい章〜
    第7章 チーフ・リスニング・オフィサー
    第8章 きちんと伝わらない
    第10章 害をなすなかれ
    第13章 その判断、本当に妥当ですか?

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    2025年01月03日
  • 【読む常備薬】図解いちばんわかりやすい強迫性障害 強すぎる「不安」と「無意味な行動」の断ち切り方

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    最近、このような本ばかり読んで、ちょっと疲れてきたので、パラパラっとみた程度。
    新しい本で図やイラストが豊富で、とっつきやすい本だと思います。

    そして、ちょっと、この手の本からは、しばらく離れようと思いました。

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    2022年03月15日
  • 死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

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     誰しも向き合わなければならない問題である。そしてそれは、本人だけでなく、家族のことも含めて。


     衰えは人の運命である―いつの日か死がやってくる。しかし、人の中の最後のバックアップ・システムが壊れるまでは、そこまでの道を医療によって変えることができる。一気に下る断崖にすることも、緩やかな下り坂にして、生活の中でもっとも大切なことができるようにすることも可能である。医療に携わるわれわれのほとんどがこの可能性を考えていない。特定の個別の問題を取り上げるのは得意である―…しかし、高血圧と膝関節炎、他のいろいろな病気を抱えた高齢女性を担当させられたら―…―われわれは何をしたらいいのかわからず、しばしば事態を悪化させるだけに終わる。

     …ナーシング・ホームに蔓延する三大伝染病を叩くことである―退屈と孤独、絶望である。三大伝染病を退治するためには何かの命を入れる必要がある。ホームの各部屋に観葉植物を置く。芝生を剥がして、野菜畑と花園を作る。そして動物を入れる。

     …退屈な場所で、生き物は自発性を呼び起こしてくれる。孤独な場所で伴侶になってくれる。絶望の場所で、他の存在を世話するチャンスを与えてくれる。

     死を無意味なものにしない唯一の方法は、自分自身を家族や近隣、社会など、なにか大きなものの一部だとみなすことだ。そうしなければ、死すべき定めは恐怖でしかない。

     重い病気にかかっている人には単に命を永らえること以外に大切なことがある。患者がもっとも気にかけていることを調査すると、苦しまないこと、家族や友人との絆を強めること、意識を保つこと、他人の重荷にならないこと、そして自分の人生を完結させたという感覚を得ることがトップにあがる。今の高度医療システムはこうしたニードを満たすことに完全に失敗していて、この失敗のつけは失ったドルだけでは測れない。

     老いと病いにあっては、少なくとも二種類の勇気が必要である。一つ目は、死すべき定めという現実に向き合う勇気だ―何を恐れ、何に望みを持つかについての真実を探し求める勇気である。この勇気は難しく、持てないのも当然だ。真実から目を背けたい理由はいくらでもある。しかし、さらにもっと厳しいのは二つ目の勇気だ―得た真実に則って行動する勇気である。何が賢明な道なのかはしばしばあいまいであり、それが人を悩ませる。長い間、私はそれを不確実性のせいだと単純に考えていた。この先の予測が難しければ、何をすべきか決めるのが難しくなる。しかし、いろいろ経験するうちに本当のハードルは不確実性よりももっと根本的なことだと気づいた。恐れか望みか、どちらが自分にとってもっとも大事なのかを決めなければならないのだ。

     …医療者の究極の目標とは、あれこれ言っても結局のところ、良い死を迎えさせることではなく、今際の際までよい生を送らせることなのだ。

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    2020年04月25日
  • 人体の冒険者たち――解剖図に描ききれないからだの話

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     現役の医師が、解剖学を中心に、全身を頭から足まで各臓器ごとにエッセイ風につづった本。人体に関して膨大な知識を持った人だなぁと感心させられた。それぞれは全く独立しているのでどこからでも読み始めることができる。

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    2019年02月01日
  • 「不安症」に気づいて治すノート

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    これは認知行動療法ですね。
    最近読んだどの本にも共通していることは、自分を受け入れること、ですね。

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    2016年12月04日