吉川幸次郎のレビュー一覧
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元がラジオ番組でありとても平易な語り口で論語、孔子を取りまく当時の時代の空気に触れることができました。まあ安心の質のいい入門書やね。
論語をより楽しめる同時代の背景、後世の様々な読みをやさしく紹介することに秀でておりまして、古めかしいという印象のあるこの古典を新鮮に孔子の人となりから楽しめるよい入門書だと思います。
思慮深く穏やかな人柄の一方、時には革命を目指そうとし浮き足立つようなユニークな意味で軽いところもあり一面的なイメージでこの書と人物を読むことがいかに実態にそぐわないかと思わされました。
またそれらの論語が後世に時代の要求に応じてどう読み替えられてきたか、時には捏造や改変も受けたかも記されており古典が常に現代との関係において蘇るものであるという念強まりました。実際にはなかったらしいけど孔子と老子が出会ったという伝説は逸話として面白いね。 -
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於菟が現在の研究を行う上で最も参考になった三冊の本の一つです。
内容(「BOOK」データベースより)
言語は、事実のコミュニケーションのための媒体であるばかりではない。言語自体がまた人間的事実であり、そこに集約されている著者の態度が精密に読み込まれてはじめて、読むことは十全な読書となる。論語・史記から契沖、宣長、徂徠にいたるまで、漢籍や和書を縦横にし、著者の内部に生起し蓄積する感情・思考・論理を通して内的事実に降り立つ実践を展開する。事実に触発される意識をたどり、読書論を超えて学問論にいたる。著者の悠然たる文学的逍遙につき随って、その思考の筋道をつぶさに経験する一巻。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
1904年、神戸市に生まれ、1980年、没。1923年京都帝大文学科に入学、支那文学を専攻。28年中国に留学、31年帰国。同年、京都大学人文科学研究所東方学研究部の研究員となり16年間をすごす。47年京都大学教授。この間、数々の著書を発表、日本の中国文学の普及に大きく貢献、芸術院会員、文化功労者となる -
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伊藤仁斎、荻生徂徠、本居宣長に重点を置いて、古典研究について解説しています。
伊藤仁斎、荻生徂徠については、論語などの解説書で見かけるものの、朱子学と比べれば傍流の学派だろうと思っていました。
とはいえ生前から有名な学者なので、何がそんなに人を惹きつけるのか不思議でしたが、本書はそれを大づかみにさせてくれます。
「全体を全体として説いたものは、むしろ糟粕」(204頁)とする彼らの立場からすれば、大づかみになどせず、論語を精読しろと言われそうですが。
宣長について、中国文学研究者の著者が取り上げたのは意外。
国学者本居宣長は漢学に結びつかないイメージがありますが、言われてみれば古事記は基本は漢文で書かれているのでした。 -
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岩波新書 新唐詩選
前篇 吉川幸次郎 は 杜甫 解説がわかりやすい。後篇 三好達治 は 詩のチョイスがいい。表現は異なるが、両者とも詩の中の景色や自然から 人間の情感を取り出している。
吉川氏は 詩人別の特性を強調し、三好氏は 詩の読み方を強調している
吉川氏の杜甫と李白の詩の取り出し方の違いは面白かった
*杜甫の詩は 自然と人間を比較し、自然の完全な秩序や調和から人間の不完全や有限性(老い)の悲観性を憂い
*李白の詩は 人生を大きな夢に例え、自然と一体となって 秩序を保ちながら生きる楽観的な人間像を捉えている
李白の荘子的な詩情は印象に残る
*今日は風日好ろしきも、明日は恐らく如かざらん〜春風は人に笑う
*世に処るは大きな夢のごとし(人生は大きな夢である)
*頭を挙げて山月を望み、頭をたれて故郷を思う
三好氏は漢詩を読むことを歴史を読むことと同じに捉えている〜なるほどと思う
〈絶句ニ首〉
江は碧(みどり)にして 鳥は いよいよ白く
*江=揚子江→揚子江のみどりの水面の上を飛ぶ白い鳥
*白=旅人の悲しみ
山は青くして 花は燃えんと欲す 今の春も看のあたりに又過ぐ 何の日か是れ帰る年ぞ
*燃えんと欲す=自然のエネルギー
*今の春も看のあたりに又過ぐ=今年の春も今までと同じように通り過ぎていく→万物はみな推移する感覚
*何の日か是れ帰る年ぞ=失った官吏の職を得るために長安に帰れるだろうか〜おのれの命は旅人として推移しているが
吉川幸次郎 杜甫解説
〈春の望(なが)め〉
国破れて山河在り 城は春にして草木深し
*国家の機構が解体してボロボロになった状態→敗戦を意味しない
*城郭に囲まれた町に今年も春が来た〜人間は秩序を失っても自然は秩序を失わない
烽火(ほうか)は三月に連なり 家書は万金に抵る
*三月=最も美しい月だが、安禄山の乱による狼煙の火はやまない
*家族はどうしているだろうか〜家書(家からの消息の知らせ)が得られたら万金に相当する
〈江亭〉
腹をたいらにすれば江亭の暖かに 長く吟じて野を望むる時
*江亭に大の字に寝そべりながら詩を口ずさむ幸福な時間
水は流れて心競わず 雲は在りて意はともにのどかなり
*悠々たる春の流れのように、わが命を安らかに、時間の流れに託す
*自然と同じ秩序にいる
〈高きに登りて〉
風は急に天は高くして〜不尽の長江はコンコンとして来たる
*風は 激しく山から見る天空は 高い
*長江は大きくうごめきつつ流れている
万里に秋を悲しんで常に客となり 百年の多病に独り台に登る
*郷国を去ること万里、おのれはいつまでも客(たびびと)である
*人生百年の半ばを過ぎたのに、わが身には多病と孤独しかない
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最近は白川静や、それを踏まえた酒見賢一の『陋巷に在り』を読んでいるせいで、この本に随分なつかしい感じを覚えた。
孔子が下級士族の子であるとか、孔子の思想の中心は人間の肯定、楽観があるとかいった理解が示されている。
ああ、白川静体験の前は、たしかにそんな孔子像を持っていたような。
そして知らず知らず持っていたその孔子像は、きっと吉川さんなど、この世代の学者の流れなのかなあ、とも思った。
ただ、この本を読んで、ちょっとびっくりしたのは、吉川さんはむしろ『論語』を敬遠してきたとのこと。
この本の最中に学生運動のピークがあったというが、学生運動の嵐の中で、孔子の知恵を再発見して行ったという点に驚いた。
思いのほかも生々しく著者の感情が表れた本だった。 -
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[ 内容 ]
中国の詩は、世界の詩のなかでも最も美しいものの一つである。
とりわけ唐代は、李白や杜甫をはじめとして、多くのすぐれた詩人が輩出した時代であった。
中国の詩に親しもうとする若い世代のために、中国文学者と詩人の二人の著者が協力して、主要な唐詩の読解とその味わい方を懇切に説いた唐詩の世界への案内。
[ 目次 ]
前篇(杜甫 十五首;李白 二十九首;王維 十二首;孟浩然 一首;常建 二首;王昌齢 一首;崔国輔 二首)
後篇
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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この本は後篇を読んでから前篇を読んだ方が理解が進む。
唐詩をしっかり理解して読みたいと思い、前に何冊か買って読んだ。小川環樹の『唐詩概説』(岩波文庫)は基礎知識をつけて変遷を追いかける意味ではまあよかったが、詩歌の魅力に迫ることはなく、また同じ人の『李白』(岩波新書)はただただ眠かった。前野直彬の『唐詩選』(岩波文庫)は上巻だけ読んだが、苦痛でしかなかった。どれを読んでも詩歌の面白さが伝わらず、文法解説書にしか思えない。
三度目の正直を期待して本著を購入したが、吉川幸次郎の担当した前篇(本篇)全部削って三好達治に紙幅を譲りたいくらい、三好達治の「オマケ」が素晴らしい。詩歌の楽しみ方や、目を向けるべきところ、中国詩の特徴など、詩歌に疎い人にとって非常に為になる話ばかり。吉川の文章はどちらかというと論語でも読まされているような感じで、訳文も、ゆうたら悪いが、センスがない。いづれにしてもあの文章を通じて詩歌に魅力を見出すことはできなかった。
前篇は書題どおり『"新しい"唐詩選』で、吉川幸次郎の(多分)独断と偏見で選ばれた唐詩が解説とともに紹介されている。ただし紙幅の関係で扱う範囲は盛唐から晩唐で、つまりどう考えたってはじめから杜甫と李白しか紹介する気がない。実際、吉川担当の前半だけで李白の詩が60頁。前半全164頁の中の60頁なので、三分の一強。本家唐詩選も李白の詩が可也の数収録されているらしいので、この割合についてとやかく言うつもりはなかったが、王昌齢の紹介で「ただこの詩人については、吉川の前著……に、相当詳しい記載があるので、ここには……一首のみをあげる」という乱暴ぶりに驚いた。自著の宣伝か。
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p.128
「杜甫が人間の心情の美しさを歌う詩人であり、李白が人間の行為の美しさを歌う詩人であるとすれば、王維は主として自然の美しさを歌う詩人である。中国における自然詩……は……自然を詠ぜんとして自然を詠じたのではない。……自然の美しさを人間の道理の源泉、典型としてあがめつつ詠ずる……傾向にある。……王維の自然詩は、他への関心をたって、純粋に自然の美を探究する。」
p.140
獨坐幽篁裏,彈琴復長嘯。
深林人不知,明月來相照。
(独り幽篁の裏に坐して、弾琴復た長嘯。
深林人知らず、明月来たりて相に照らす)
鳥の声や風の音、葉や枝の触れ合うささめきを聴くのではなく、琴や唄いという人工音で悦に入っている時点で自然美といえるのか甚だ疑問。自然と人間の間で生きているといった方が当たっているのでは。 -
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古代中国史における黄金時代を築いた漢の武帝の評伝です。
皇帝となったあと、祖母である竇太后の意に背いて儒教思想への傾倒を示したことや、衛青と霍去病を抜擢して匈奴征討を進めたこと、公孫弘や帳湯など内政を担当した臣下の業績などを解説しています。また、張騫を西域に派遣し、遠くローマ帝国にまで知見をひろげたことが、中国の皇帝である武帝の心にどのような波紋を投げかけたのかといったことについても、著者の見かたが示されており、興味深く読みました。
著者は、「武帝をとりまく時代全体が、活気にみちあふれた健康な時代であった」と指摘しつつ、それが現実のものとなったのは「武帝のあくまでも積極的な性格のせい」であると述べています。そうした著者の考えを反映してのことなのか、武帝という人物をえがくことでその時代を生き生きとえがき出しているように感じられました。
中国文学研究の大家として知られる著者ですが、若い読者が手にとりやすい平明な文章で書かれており、中国史についての予備知識がなくても、たのしんで読むことのできる内容になっています。 -
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・孔子が生きた地獄
筆者は『春秋左氏伝』を参照し、孔子の生きた周王朝末期の惨憺たる様相を描写する。中央の権力は衰え、諸侯は骨肉の権力闘争を繰り広げていた。殺戮と陰謀が渦巻き、血で血を洗うような環境であった。筆者は「それは人間の悪意を誇示する文献のように見える〈p.145〉」とまで形容する。しかし孔子はそのような時代背景の中で理想主義とも言える『論語』を残した。このことが孔子の強靭さを一層物語るのである。
本書の魅力として、充実した時代背景の記述が挙げられる。この点で、入門書としての役割を十分に果たしていると言えるだろう。
・仁とは愛である
地獄のような環境でも理想を説き続けた孔子の原動力は、人間の善意への楽観的なまでの信頼であった。その倫理観が「仁」=「人間の人間に対する愛情、それを意志をともなって、拡充し実践する能力」という言葉で表明されている。そしてこの人間志向の態度が、「怪力乱神を語らず」という合理主義へと繋がるのである。孔子は時代に何度も裏切られながらも、人間への信頼を捨てなかった。それは意固地になったからではなく、地獄が人間存在の有限性を認識させ、その限定の一つとして人間の善性を確信するに至ったというのが筆者の解釈である。
本書を貫く筆者の孔子解釈は人本主義であり、それは昨今の混沌とした情勢の中でも十分に検討に値するものではないかと思われる。
・反禁欲
孔子の中心的主張「仁」は文明の方向へ拡充される。そのために学問による幅広い知識と、政治による多数の同胞に対する働きかけが必要とされたのである。特に学問では文学と音楽が重要視されたことがユニークである。このような文化志向は禁欲とは結びつかない。日本では江戸時代の朱子学の影響で禁欲的な書物として『論語』が理解されてきたが、伊藤仁斎や荻生徂徠はそれに反して人間の欲求を肯定し、文化主義的な解釈を残した。筆者は彼らに影響されている。
孔子が、学問ひいては音楽や文学を重視する思想をもっていたということを学ぶことで、教科書の上で無機的な存在だった『論語』という書物が、明るい印象を帯びる。ただの歴史上の偉人ではなく、血の通った一人の楽天的な思想家として孔子が浮かび上がってくる。 -
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漢文の授業不要論がかまびすしい今日この頃であるが、本書を読むと、中国の古典、特に儒学が本当に重みを持っていた時代があったことを、改めて感じた。
古学の徂徠、国学の宣長は今でも相当に名が知られていると思われるが、著者は伊藤仁斎を高く評価する。理を重視したドグマ的な朱子学の解釈を批判し、孔孟の原文に即した実証主義的な解釈、自然な人間性を尊重する基本的姿勢など、その学問の特色を分かりやすく解き明かしてくれる。
仁斎、その息子東涯の著作を、とても読みたくなった。
ちょうど、著者の『論語』が角川ソフィア文庫から再刊されていて読み始めたところであった。中国の論語註解に加え、仁斎、徂徠の注を参照しながら解釈を進めていくスタイルがどうしてなのかなと思いながら読んでいたのだが、本書を読んで疑問が解けた。
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ネタバレ[ 内容 ]
武帝の時代は中国史上最も輝かしい時代として伝えられている。
武帝が十六歳の若さで帝位についた西紀前一四一年には、漢国は隆盛を誇り、国力は上昇の一途にあった。
独裁君主として権力を握った武帝の闊達で積極的な性格を生きいきと描きながら、政治的文化的に偉大な足跡を中国各所に残した時代の空気を興味あふれる筆致で描く。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
著者である吉川幸次郎さんのお名前を知ったのは初めてです。本書は、吉川氏が1966年にNHKラジオで1ヶ月にわたって「論語」について語られた中身を書き起こし、そのまままとめたものです。ですので当然文体も口語体です。この段階ですでに読みやすいことは確かなのですが、それ以上にこの本を読みやすくしているのは吉川氏の論語に対する姿勢にあるように思います。
言葉遣いが優しいことはもちろんですが、講師である吉川氏自身が論語で語られる孔子の言葉をあえて自分の視点だけで断定しようとしていないのです。学者ならば自分の解釈を述べるべきと思われる方もいるかもしれませんが、孔子にまつわる研究は数多く、諸説数多ある中にあって自分の解釈は表明するけれどもそれには必ず他の方や中国でのとらわれ方を紹介している。世界観を一つに収斂させない努力が、「論語」そのものに備わる多義・多様に対する寛容さとつながっている感じさえ受けます。
本書は「論語」「全部で27回にわたって放送されたためか、この本も全体で27章にわたって構成されており、1章が10ページに満たず電車の中で読み切るにはちょうど良い長さで構成されていることも、ビジネスマンの自分にはほど良い長さだったのでしょう。どこかで目にしたことのある名句から、その論語の奥深さを少し覗き込んだだけの入門書体験でしたが、行動や言葉にあらわれる私の考える人間としてわきまえるべき他者への思いや愛情を再確認できる良い機会になりました。