森真一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
治療としてのやさしさ・予防としてのやさしさ
治療としてのやさしさは、たとえば、将来苦労しないように今は少し厳しくするという、少し昔のタイプのやさしさ。一方、現代的なやさしさは、今相手を傷つけないように努力べきというように考える。
この現代の「やさしさ」は伝わりづらい。なぜなら、現代的な「やさしさ」つまり、予防的やさしさは「~しない」という形を取ることが多いからだ。
予防としてのやさしさの例として、本書には電車内で寝たふりをする女の子の例が載っている。
”電車でお年寄りに席をゆずろうと思ったけれども、気分を害するかもしれないと考え、あえて席を譲らない。黙っていればすべて良いというわけではないということは自分にもわかっているが、相手のことを考えるとつい黙ってしまう。自分にとって黙っていることは相手に対する見えない優しさだと考えている。”
私自身、そういうところがある。電車内で少し離れた席の女性がかばんの中のものをばらまいてしまった際に、「あ、拾ってあげようかな。でも、そうやって注目されるのを恥ずかしいことだと思って嫌がるかもしれない」と考え、つい見てない振りをしてしまったことがあった。おそらく誰にでも似たようなことはあるだろう。
こうした現代的やさしさには「今」を大事にしたいという
考え方が根本にあるという。「今」気分を害さないように席を譲らなかったり、「今」恥ずかしがらせないように、見ていないふりをしたり。
予防的やさしさのすべてがなくなれば良いとは思わないが、電車内で席を譲ったりという相手を思いやってした行動がすべて否定されてしまうような社会は生きづらいものだ。
時にはつらいこともあるよ、ということを受け入れられなければ、こうした伝わりづらいやさしさは変わらないのだろうか。 -
Posted by ブクログ
現代の人間関係が冷たく感じる社会の性質と成り立ちを分かりやすく解説している本。
なぜこんなに窮屈な感じがするのか。見知らぬ相手を注意することはなぜいけないのか。そんな疑問が氷解していく。
また著者の考察が深く鋭い。示唆に富み、多くの気づきを与えてくれる。例えば人生の自己目的化について。昔は人生の目的は家であったり国であったりした。しかし太平洋戦争後には人生は自分の為に生きるのが普通になった。偉いのは個人。人格が崇拝された。するとその神聖な人格を傷つけることはタブーとなる。それを破って注意すると、された方は神聖な人格を傷つけられたとして逆上する。などなどなるほどと思う。
ただし、具体的な解決策は書かれていない。が、楽しさ至上主義を改めた方が良いという。常に楽しさばかり追い求めると苦しいし焦る。それがこの窮屈な社会を生み出す原因の1つだと。
この社会は何となく生きにくいなと思っている方にオススメです。 -
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タイトルから思っていた内容とはちがっていたけど、すごくよかった。
「社会はひとびとの一時的協力でできている」ということを示してもらっただけでも、なるほどと思わされた。たしかに、無縁社会っていうけど、そのときいわれている無縁っていうことばの中身を自分自身考えてこなかったし、そもそも「一定期間維持されるつながり」が自分のなかで当たり前になってた。これはたぶん、多くのひとがそう考えていると思うのだけど。
そもそも一時的協力で社会は成り立っていて、それをどうにかこうにか維持してる、そしてときにそれは失敗して社会はまわってるねんなぁと思うと、気持ちが楽になった。 -
Posted by ブクログ
男性おひとりさま かまわれない自由と孤独胃うまく対処できない。かまわれない孤独を愛せないから
過去の栄光を持ち出す人は、ひとつには自分を周囲に認めさせたいという動機がある
まわりに自分をどうみせるか 社会学で印象管理という
してもらう主義 全世代にいる
自由にしたいではなく、なにもしなくてもまあなんとかしてくれる
パターナリズムになれてしまい、授業中に私語が平気でできるしてもらう主義のひとびとを私は家畜系と呼びたいと思います。大人にもいます
自ら餌をもとめない。主体性ゼロとはいわないが、飼い主に餌をもらい、育ててもらう。飼い主に守られているから的に鈍感。仲間に敏感。仲間の顔色を伺うのに神経を使う
個人主義がまともに定着しなかったので、自由というものは他人を害してはいけないという限界を本質的に含んでいるのだということを今だに理解すら出来ない
家畜系の問題点はかまわれない自由と同時にかまってもらう自由の権利を追求する点、つまりしてもらう主義で行動する点です
社会はそのイイトコどりを支援してあげます。「してくれ」「かまってくれ」という世間のご要望に社会が答えてあげようとするのです。その理由は商売になるからです。
ie 面倒見のいい大学、新宗教ビジネス -
Posted by ブクログ
表面上のやさしさが最優先されるこの社会は,ほんとうはもっとも恐い社会ではないのか。
少しでも傷つけることを許さない集団の中にいることが,集団そのものの閉塞状態を生み,空気を読めない子を平気で排除することになる。自分だけが目立たないように平等で対等な関係のふりをしながら,ますますその集団から抜け出せなくなってくる。しかしその反面,見えない世界では,平気で人を傷つける言葉を吐く…。
最近の子どもの社会がここに描かれていて,ドッキリしました。学級崩壊も,やさしさ優先の社会だからこそ多発しているのかも…と思ったくらいです。
もう一度,じっくり読みながら,子どもたちの現状を分析してみたいと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレお客様は神様ですと言って大事にしてあるいはスリスリした結果が今回の本に書かれているようなことが起きている。つい最近、電車に乗っていて駅で止まったまま動かなかったのでどうしたのかと思ったら、アナウンスで何とか駅でお客様対応中ですと言っていた。人身事故ならはっきり言うはずだから、乗客同士のトラブルか、駅員に対するドラブルかと思われる。
「お客様」による暴言、暴力が多いのがコンビニ、電車と著者は指摘している。イライラ、ギスギス、セカセカしている社会の中で暮らしていると、怒りの矛先が店員に向けられることが増えると言える。
学校でも生徒をお客様扱いするところが出ているというのには、驚いた。しかも体育会系のクラブでも部員をお客様扱いするところが出ている。びしびしするのが体育会系かと思ったら、厳しくすると部員が逃げるのでそうしているとある。外見はマッチョでも中身はひ弱な部員が増えている証拠か。オリンピックでメダルが取れる選手が減る心配があるなあ。
「お客様」が暴力的になる理由として著者はいくつか挙げている。客は常連と認められたい、貴重な苦情を言ってやっているという意識。店員の中には、あぜんとするような、あるいはムカムカが臨界点に達しそうな人もいるが、恐ろしい。
おもてなしを売り物にして海外に打って出ている日本の飲食店がいろいろと話題になっている。店員はお客より一歩下がる存在という日本では通用する仕組みだが、海外に持っていくと現地で従業員になる人はどう思うのか。お客様は神様というのは経営者側にとってはよいだろうが、従業員にとっては迷惑な発想だったりして。 -
Posted by ブクログ
ちくまプリマー新書は結構当たりが多い。
というのも高校~大学一・二年を対象にしているため、
非常に心を砕いて文章を書いていて読みやすいからね。
ジャケも好き。
本書は、
「お客様社会」というキーワードをもとに書かれた消費社会論。
消費社会のいいところといえば、
お金さえ払えば簡単に承認欲求が満たされる点である。
ストレス発散に買い物をするのもこの承認欲求が満たされるところが大きいような気がする。
また、
消費社会の特徴として、
「自己決定」「自己責任」というのがあげられると思う。
「日本の思想(丸山眞男)」にある「する」論理である。
しかし、
これが過度に進むと、
いろいろな弊害も出てくる。
それが本書に書かれていることだ。
効率化のためのマニュアルが形骸化し、
子供に対して「お煙草はお吸いになられますか」などと聞いてしまったり、
個別に柔軟な対応ができなかったり、
接客が慇懃無礼になったりしている。
他にも、
「お客様」という姿勢が消費者を傲慢にさせ、
なんでも「やってもらってあたりまえ」という受け身の態度を助長している。
またそういった姿勢は、
客の欲望を神聖視し、
欲望を満たすことは「よいこと」「正しいこと」とされ、
不満を感じさせることは「悪いこと」「不正なこと」とされる。
そうしてますます「お客様」は増長していくのである。
こうなってくると、
サービスの向上という面も、
客の期待値の向上という面で相殺、
というよりむしろ悪化してくる。
たとえサービスが良くなっていたとしても、
客の期待値が高すぎるせいで、
相対的に不満を感じてしまい悪循環するしかなくなるのである。
悪い客の代表「クレーマー」というのはこういった背景により、
自分が「助言をしている」「いいことをしている」と思っている。
さらにこれが瀰漫していき、
今では病院や教育機関でさえ「お客様」という言葉を使っている。
けれど、
そもそも病院や教育機関は、
自由経済の論理には適さない種類のものである(社会共通資本という)。
それは治療や学問が、
コストに見合った便益をすぐに得られるかどうかが分からないからだ。
まったく役に立たないかもしれないし、
少しのコストでものすごく役に立つかもしれない。
そういう振れ幅が激しいいわば水物なので、
定量化しようとすればするほど、
本来の便益を損なうことになるのだろう。
なんでもかんでもビジネスにする傾向はいかがなものかと思うね。
「ドラゴン桜」を例に出してるけれど、
ひどい漫画やな、思想的に。
「グラゼニ」は許せる、野球だから。
「ONE OUTS」大好きだし。
ここに書いたことは、
いつもどおり、だいたい内田樹先生の受け売りであります。
まぁでも、
こういった状況は昔のアメリカみたいに、
サービスを切り捨てる方向に進む気がします。
スカイマークの一件はその兆しかなと。
それはあまりいい傾向とは思えませんが。