小倉ヒラクのレビュー一覧
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タイトルはちょっと難しそうなのに、中身はめちゃくちゃ軽快でワクワクしっぱなしの一冊!
「発酵デザイナー」を名乗る著者の小倉ヒラクさんが、目に見えないミクロな微生物の世界と、私たちが生きる人間社会をごちゃ混ぜにして語る視点がとにかくユニーク。味噌やワインがおいしくなる仕組みを眺めているはずが、気づけば「コントロールできないものとどう付き合うか」「贈与ってなんだろう」という、深い生き方の話へと鮮やかにスライドしていくドライブ感がある。
人間が自然をぜんぶ思い通りに管理しようとするのをやめて、菌たちの気まぐれに身を委ねてみる――そんな発酵のプロセスそのものが、ガチガチに凝り固まった頭をふんわりほぐしてくれる感じ。
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Posted by ブクログ
【伝統が失われた未来と、伝統を活かした未来】
(原材料の高騰を受けて、)これは値上がりの問題ではない。選択肢がなくなる危機だ。
気候変動で秋田のハタハタ漁が壊滅的、原材料が取れない、木桶がつくれない、先代の装置を修理してくれる職人がいない、製品容器を作るところが廃業した。
多様な選択肢が存在する世界から、効率的・合理的なモノだけが残る世界を指向した僕たちの選択の結果ではないか。
しかし、選択肢が多いことが、変化する世の中にレジリエンスを付与する手段になりうるかもしれない。もし、お米がとれない状況になった時に、原料の半分が麦で作られている甲州味噌があるじゃんとなるかもしれない。
伝統とはあなたにとってどんな存在か?
著者は、伝統を失った未来よりも、伝統を活かした未来がいいぞ!と強く信じると言います。
「親から蔵を継いで、この街がずっと続くかわからないし、味噌つくるのがそんなに儲からるわけじゃないけど、でもこの仕事をやっていこうと決めている。そうやって自分が決めたのには、うまく言葉にできないけど理由があるんじゃないかな」と山梨の味噌蔵を継いだ友人の言葉を紹介する。
そう思う理由を紐解くために、この本を書いた。
【〇〇すべきのプラトンと、〇〇であってほしいのアリストテレス】
プラトンの理想:普遍的な理性による個人の知
アリストテレスの理想:現実な善行による集団の知
プラトンの伝統:人間の理性を曇らせる悪習。ベストをつかめ!
アリストテレスの伝統:多くの人が経験によって約束しあうことによってできた習慣の積み重ねが世界を善くする。ベターを更新していこう!
【大文字のDENTOUと小文字のdentou】
DENTOU・・・文字伝承、強者・多数、権威の固定化、秩序、排除差別。
例えば、法律・ルール、近代化の中の西洋的美の礼賛、科学的管理手法の工場。
dentou・・・つくることによる伝承、弱者・少数、価値の変容、多様性、再現性の低さ。
例えば、柳宗悦の民藝運動、印象派の誕生、初期茶道。
大文字のDENTOUの負の側面としては、国家総動員などナショナリズムに利用される。
【DENTOUとdentouの実例】
ジョージアワイン:
ロシアは科学的根拠のあるものしか認めないなか、クヴェリと呼ばれる素焼きの陶器で野生のブドウを熟すジョージアワインは全面的に禁止された。
しかし、ジョージアワインは地下にクヴェリを埋めたり、山の中に野生葡萄種をこっそり植えたりして、生き延びた。ロシアの支配が終わった後、ジョージアという国のアイデンティの拠り所として、ジョージアワインは息を吹き返す。
李氏朝鮮の磁器:
高麗時代の磁器は、中国の技術を高いレベルで取り入れ、美しい装飾的デザインが施されたモノであった。李氏朝鮮になった時に、装飾禁止、白で統一を求められた。作ったら死刑という厳しさであった。著者が朝鮮の博物館に行くと、あきらかに下手になった磁器が並んでいる。その制限の中で、どう美しさを表現するかを真剣に向き合った結果、柳が出会った朝鮮の陶磁器たちが誕生した。大文字の小文字化。
【伝統とは?民藝批判。】
ヘルダーとガダマー:
聖書の伝統とはどこにあるか?という問いにまったく違う角度で考えた二人。
ヘルダー・・・伝統はオリジナルから生まれる。原点聖書が伝統だ。
ガダマー・・・無理っしょ。時代が違うから、原点聖書を当時の同じ状況で読むのは無理。先入観がある。時代時代によって、受け継がれてきた事実に伝統がある。
岡本太郎の民藝批判
伝統は閉鎖的モラル、閉鎖的ギルドの中でむしろ因習的にとらえられてきた。民藝の大文字化。民藝が無銘の工人がつくる至上の芸術になり、有名な天才のつくる至上の芸術と主語が違うだけで文法的は一緒と切り込む。
国家と共同体の二項対立を乗り越える、「社会」の一員としての「個人」像が不足している。
しかし、伝統がひとりの個人としてこの社会に生きることからの逃避になってはいけない。僕たちに必要ななのは、すぐ隣のだれかを信じるための足掛かりとしての伝統だと著者は言う。
【鵜飼のような関係、伝統の担い手になろう】
大文字と小文字の二項対立を乗り越える方法として、対話でもなく、鵜飼の関係性である開かれた隣合いを提唱する。
日本伝統の特殊性に着目してアップデートすれば世界の人が驚く素晴らしい文化が生まれるという意見を目にする。しかし、特殊性に立脚する限り、それは権威の再生産にしかならない。
全ての人間の過去を伝統にすること。全ての人を伝統の担い手とすること。
LINNEの異素材麹SAKE
米ではなく、様々な素材の麹で酒を醸す。分岐前の古いタイプのコウジカビに着目し、蕎麦の実で日本酒を作る。
スイスでは食の流通が絶たれても自給できるたんぱく源として大豆栽培に力を入れている。その中で、スイスから日本の発酵文化を学ぶ機運が高まっている。
長良川の鵜飼
車の行き交う音も、蛍光灯の光もない静かな晩夏の川面。かがり火を眺めながら、ただただ蜜やかな自然のざわめきに耳を澄ませていた。
僕は水で、僕は火だ。
僕は鵜で、僕はアユだ。そしてすべては、川をながれていく。
鵜匠は、漁師であるよりも「鵜のお世話役」としての色合いが強い。関東の海沿いで捕獲された野生の鵜を、鵜匠は自分の家の庭に住まわせて餌をやり漁を教える。文字通り家族のように鵜と暮らす。
隣合う。
あなたも小文字の伝統の継承者になろう
買い支えること。小文字の伝統を体現するものを、つくり手から直接、あるいは発酵デパートメントのような志のあるお店で買って、伝承を盛り上げる。
つくること。
年に一度、手前味噌を作る。
パリでの講演。
「あなたの調査している発酵文化の中には、もうすぐ消えてしまうものも多いでしょう。それについてどう考えますか?」
「すくなくとも僕が生きている限りは、レシピを再現できるから大丈夫です」
そう。自分自身が伝統の一部であることに気づいた。
どう考えるかではなく、どうあるのか。理解ではなく、了解して引き受けること。
【最後に】
伝統のなくなった世界は、変化に弱い硬直した社会になってしまう。それ以前に多様性を失った社会はつまらないと思う。人が人のため、昨日よりも今日のため、効率性や合理性がなくとも、受け継いできたものを受け取り、受け渡そうとしている人の思いは素晴らしいし、僕もその担い手の一人になれるんだという思いを受け取った。 -
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伝統や歴史、文化など大きく抽象的なものであっても、個人としてどう向き合い考えて動くのか、自身の趣味でいうと銭湯であったり町づくりであったり、いろんなところで立ち止まって考えないといけない、これからの時代どうやって生きていくか、生活と伝統をもう少し距離を縮めることができないか、もっと身近に色々な伝統があるのではないか、いろんな問いをもらった気がする。そんな中でもとりあえずできることとしての「買い支え」は引き続きやりつつ、次のステップも模索していく。
「これは本書の問題意識と同じだ。伝統は固有の歴史や風土から生まれる。いっぽう、すべての人が自由な個人として生きる社会で、文化の違う人たちと生きるために、伝統の特殊性を、普遍性とどう接続するのか。ヘルダー的な「それぞれの固有の物語」に安住している限り、分断はなくならず、力の強い大文字が小文字を駆逐していくだろう(そして駆逐された後、僕たちはほんの一時悲しんだ後にすぐに忘れてしまうのだ。老舗の食堂の閉店のように)。」
「むしろ、ルールが適切に開かれ、広く使い手の判断や求めに応じて改善されていくことを、強く望んでいた。なぜか。端的に言うと、わたしの関わってきたまちづくりのルールが、階層格差や不平等を狭めることに主眼を置かず、さまざまな階層の自由な活動の現れであるカオス的景色を文化的景観的によくないなどと言い、ときに眼前から見えなくすることを企図してきたためである。」 -
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今まで読んだヒラクさんの著書で1番読みやすかった。 「伝統は守るべきか?」と聞かれたら、きっと多くの人が「そうだ!」と頷くはず。けれど、具体的に何をどうすればいいのかまで考えられている人は、私を含め意外と少ないのかもしれない。 本書で語られる「大文字の伝統」と「小文字の伝統」の定義、そして”小さな伝統”にフォーカスしていく視点に触れて、これまでの凝り固まった視野がぐっと広がった気がする。特に感銘を受けたのは、ただ声高に存続を叫ぶのではなく「変わるために」「となりあう」伝統という考え方。 以前著作『本が生まれるいちばん傍で』を読んでいた藤原印刷さんのお話にはより親しみが湧いたし、LINNEのお酒も凄く気になる。この本の中で示されている「私たちでも出来るやり方」をヒントに、まずは身近なところから携わってみたいと思わせてくれる一冊。
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発酵デザイナー小倉ヒラクさんが、発酵をテーマに日本中を旅した記録。
発酵食品の種類が被らないこと、ルーツに忠実なこと、景色と人にフォーカスすることの3点から選定された各地の発酵文化の紹介。
多様な発酵文化を生み出した要因として、
1. .自然環境の不安定さと厳しさ。頻繁な食料不足が起きる環境で、今ある食材を保存食にする必要があったこと。
2.微生物的環境。温暖湿潤で、かつ土地によって気候風土に特徴のある日本列島に、様々な微生物が生息していること。
3.仏教による肉食の禁止。年中入手可能な家畜由来の動物性タンパク質が取れないので、旬のある植物性タンパク質を全ての時期で食べられるように工夫する必要があったこと。
を挙げる。
発酵と腐敗は、それぞれ人間の役に立つか、有害かで決まる。日本には、ニホンカビコウジという稲に好んで住む特殊な菌が存在する。それは、特徴的な旨みをつくり、穏やかでまろやかな甘みをうみ、他の乳酸菌、酵母、酢酸菌の媒体となる。それらから、調味料、漬物、お酒が造られる。
海の発酵では、旬を逃さず漁期に大量にとれる海の幸を有効利用するため、塩を使った発酵技術が進化した。
山の発酵では、塩がふんだんに使用できないため、植物由来の防菌作用や乳酸菌の酸味を活用した発酵技術が進化した。
街の発酵では、豊富な原材料で、酒や調味料が造られた。
島の発酵では、サバイバルの知恵として米以外の発酵文化が進化した。
すしの歴史は、魚醤・塩辛からはじまり、魚と塩と米を発酵させた鮒ずしや鯖寿司のようななれずしが誕生し、酢漬けのすし、酢飯に生の魚をのせた江戸前すしが誕生した。
北前船、樽廻船など、江戸時代には発酵食を運搬する海運ルートが開発され、発酵文化や発酵食の経済循環が発達した。
道具の発展と発酵文化では、醸造ビックバンを起こした木桶が紹介されている。ワインやウィスキーの樽よりも何倍も大きな木桶は、鉄のタガではなく、竹のタガが発明されことで、実現。そのことにより、三段階仕込みなど日本酒の作り方や生産性が大きく変化した。現在小豆島のヤマクロ醤油では、木桶技術の伝承に挑戦している。
地域別では、東海地方では、米をつかわず大豆のみで、2~3年の長期発酵による苦みとえぐみが特徴の岡崎の八丁味噌が紹介。大陸から伝来した味噌は、豆味噌であり、その原型にちかい味噌がつくられる。
近畿では、和歌山・湯浅の金山寺味噌が紹介。米、麦、味噌を全て使い、大陸の醤(じゃん)に近い文化が継承されている。京都・大原では、塩につよい、野菜に付着した野生の乳酸菌発酵を利用したしば漬けが紹介。大阪・守口では、そのままでは辛くて食べられないやせた土地で栽培された大根を、手に入りやすい酒粕に漬け込んだ守口漬けが紹介。
福島県・会津若松では、塩と米と麹を3:5:8の割合で混ぜた漬け床の三五八漬けが紹介。米がふんだんに使われているので、塩こうじよりも甘さの残る味わい。冨山県・射水では、イカスミを使った塩辛の黒づくりが紹介されている。
こうした優れた工夫は、なんでも自由に使うことができない不自由さから生まれた創造性だという。無からあるようにするという意志が生まれる。
最後に、日本とは、日本人とはという文章を紹介する。
クジラとともに生き、藍の葉で衣服を染め、イモに千の手間をかける。米に微生物をつけて、酒や調味料を醸す。それを杉と竹で作った巨大な岡に仕込み、国を動かす巨大な産業に育てた。山と海の恵みを塩につけ、野ブドウを酒に変え、隔絶された離島のなかでも素晴らしい食文化を作り出した。発酵文化は日本人の生きる原動力となった。
人々は自然の恵みをどう美味しく、そして長く保存するか、歴史の中で工夫をしてきた。そのおかげで、豊かな日本食文化が築かれてきたことを知れる、とても面白い本だった。 -
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面白かった!私が好きな高野秀明作品のような軽いテンポで話が進んでいきながら、その土地土地にある麹、糀、発酵茶、発酵調味料、甘酒、蒸留酒、藍染、などが町の雰囲気と共に紹介されていく。そして、日本の糀文化の元は雲南なのか?もっと遠くなのか?
発酵は世界を救う、と発酵の専門家小泉武雄は書いていた。ノンフィクション作家高野秀明はアジアとアフリカの納豆文化について書いていた。題名を見て手に取ったのは、それらの作品が頭によぎったからだが、この本もアタリ。面白い本に出会えると嬉しい。
偶然離れた土地で同じような発見がなされることがある。もちろん、古代からの貿易を通じて伝わったものもある。そのどちらなのかを証明することは難しいだろう。というか、どっちでもいいんじゃない?大事なのは、その人類の知恵が失われずに活用されていくこと。 -
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ネタバレ著者の文章の書きぶりは至って口語的でちょっと軽めなのだが、内容はしっかりとタイトル通りに「発酵×文化人類学」をやっていて、かなり読み応えがあり、面白い。『もやしもん』が好きだった人ならまず間違いなくハマる。騙されたと思って読んでみてほしい。
『もやしもん』を知らなくても、味噌、醤油、日本酒やワインやビールなどの醸造酒あたりが好きだったり、ちょっと興味があるけど詳しくは分からん、という人なら、それらを扱っている章のみ読むだけでも、相当いろんなことが分かる。「発酵」という事象の奥深さ、その「発酵」をキーワードにして人類の文化や技術について学んでいく「文化人類学」の面白さがミッチリと網羅されていて、「発酵で作られた食材・酒」も「文化人類学」も好きな自分としては、楽しめないわけがないという本だった。
400ページ近くあるが、急がずゆっくり読むのがいい。急ぐ気がなくても、面白いと感じる場所にさしかかったら、あっという間に一章まるまる読めてしまうから。 -
Posted by ブクログ
とても面白かった。
基礎微生物学から発酵文化の地域性や今までと今後の展望まで、簡潔に分かりやすく書いてある。
ここまで広範囲な内容を書くにあたってかなり勉強したことと思う。努力がすごい。
学生に読んでもらうのにもちょうど良い難易度(お酒の話はピンとこないかもしれない)。
ただ、個人的には文体とラブアンドピースなメンタリティがちょっと好みではなかったかな…。
微生物の世界は計り知れない。
腸内細菌がヒトの脳機能に影響を及ぼしている可能性があるという研究報告あるように、微生物には今までの常識では考えられないような役割が存在しているように思う。
著者は、人間が都合の良いように微生物を改良してきたと書いているが、私は微生物が「人間という環境に順応するように進化してきた」の方が正解に近いのではないかと思っている。
都合よく飼い慣らされ、相手の手伝いをしているのは微生物ではなく、人間なのではないだろうか。微生物がいなくて困るのは我々の方なのだから。