井波律子のレビュー一覧
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井波律子氏の訳注で読む劉義慶撰『世説新語』。『世説新語』は1,120条のエピソードが後漢末から東晋末にかけて集められ、5世紀の中頃書かれた。これらのエピソードをそれぞれ原文、訓読、注釈、口語訳、解説をほどこしたもの。
全5巻のうち本巻は、徳行第一、言語第二、政事第三からなる。
徳行第一
(一)後漢末の清流派知識人の人物批評ではじまる。資治通鑑で党錮の禁を読んで知っていた陳蕃も陳仲挙として最初に出てくる。「言為士則 行為世範 登車攬轡 有澄清天下之志」となるとべた褒めです。
言語第二
(五)は孔融が曹操の逆鱗に触れ逮捕処刑されたときのエピソード。二人の幼い息子の助命を嘆願する孔融に対し、子供達が冷静に反駁する。「お父さん、どうしてひっくりかえった巣の下に、つぶれない卵などありましよか」。
政事第三
(二三)謝安が行政責任者だったとき、逃亡した兵士や人夫が岸辺に並んでいた船にその多くが隠れた。捜索したいと願い出たものを許可せず、「若し此の輩を容置せざれば、何を以って京都(けいと)為らん(たらん)」と鷹揚たる態度を示した。
エピソードはいつの時代にもつきものだけど、井波氏の博識によりコンテクストが分かって読むとさらに感慨深い。 -
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中国は、実におもしろい国だ。
これだけたくさんの人がおれば、また、
変わった人がたくさん生まれてくることだろう。
いわゆる「贅沢」ということを基準にして
中国の歴史をみるならば、
人生の生き方も明らかになることだろう。
皇帝、貴族、商人、宦官という階層での
贅沢を分析していくと、
その形態が大きく違ってくる。
皇帝は、権力を持つがゆえに、
財力を費やしても自分の野望をとげていく。
それと引き替えに、国さえ滅ぼしてしまう。
殷王朝(BC1700年からBC1100年)の
第30代 紂は、酒池肉林をおこなう。
それは、質ではなく、量であった。
秦の始皇帝(BC259年からBC210年)
成り立ちが父親殺し。
度量衡、貨幣、車軌、文字の統一、焚書。
死を超越しようとした
徹底した合理主義者
贅沢の限りをつくした「阿房宮」
漢の武帝(BC156年からBC87年)
隋の煬帝(569年から618年)
成り立ちが父親殺し。
巨大建築マニア 運河を造る。
書物を徹底的に集める。
唐の玄宗(685年から762年)
明の万歴帝(1563年から1620年)
清の乾隆帝(1711年から1799年)
「無上の権力というものは、
それを手中にしたものの神経を、
恐ろしい勢いで麻痺させるものなのであろう。
権力が強化されればされるほど、彼らの心は逆に、
いかにしても埋めることのできない
真空状態が徐々に広がっていく。
心の空洞をなんとか埋めようと、
皇帝たちはけばけばしい奢多の物量作戦を
エスカレートさせる。」
貴族は、あくまでもつかえる身なので、
比較的自由な考え方の贅沢を追求していく。
ここには、文化が生まれる素地がある。
自由とは、文化の源泉であるかもしれない。
貴族文化が花がひらくのは、
初代の貴族ではなく、貴族の子孫たちが、
生まれるときから貴族であってはじめて、
成り立ってくる。
王義之(307年?から365年?) 書聖
蘭亭詩序 <金から蘭への変化>
贅沢の質が変わってくる。
三絶 「才絶」「画絶」「痴絶」(アホの極み)
商人は、つねに財力の拡大とその自分のほしいままが、
バランスをとりながら、すすんでいく。
宦官は、その機能を失っているがゆえに、
陰湿で、華美な方向へ行く。 -
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白川静先生の「孔子伝」の読後、なんとなくモヤモヤしたものがあり、論語について読み返すことにした。つまり、孔子先生の理想のイメージが判らなくなったということ。
もっとも論語を読んだのは、40年前に中学の週1回のクラブ活動。
孔子伝のお蔭で、論語の成立には孔子死後のかなり後から付け加えられている条もあることを知り、また全体像が知りたくなったが、読み通す根性もないので、適当な入門書を探すことにしたわけ。
孔子伝では論語の基礎は、孔子の放浪につき従った顔回と孔子の家をその死後も守った子貢にあるとしている。本書は孔子と子路、子貢、顔回を中心に紹介されている。それ以外では孟子につながる曾子、荀子に繋がる子夏と説明される。昔の印象は弟子が多すぎて誰が誰やらだった。別名で呼ばれたりする所為もあると思うが、本書の書き方は痒いところに手が届くようで有難い。
孔子は「仁」を時により相手により、様々の言い方で説明している。明確な定義ではないわけだ。白川先生の全人格的概念というのはそういうことかと納得。詩経を琴をつま弾きながら歌ったらしく、今の学問と違うイメージ。古典は未整備だったという白川先生の論を思い出す。
論語に表わされる孔子と弟子たちとの会話。孔子が人間的で明るく、そして弟子たちが感銘を受けながら先生の話を楽しんでいたのがよく判る。孔子も言い過ぎて、前言撤回したり、フォローしたり、所謂堅苦しい古典を読むのとチョッと違う面白さがある。
子路は無頼あがりの一番弟子。先生大事の直情型。先生のお小言も多く、時に冗談でからかわれたりしている。
「子路聞くこと有りて、未だ之を行うこと能わざれば、唯だ聞くこと有るを恐る。」中島敦の弟子を読み返したくなったが、子路の純真を思うと泣いてしまうかも知れない。
子貢は外交でも活躍もし、商売の才能も高かったとのこと。孔子との会話はテンポが早く、生き生きしている。
その子貢がとても敵わないというのが顔回。最初莫迦かと思ったが、よく見ると莫迦じゃないとの孔子の評。この人の何が凄いのか、やはり不思議。孔子の門が政治家か官僚の養成所みたいなものと以前は思っていたが、顔回は純粋に学問を楽しみ、貧乏を顧みない。孔子自身も政治に係わり、世を改革したい野心が強かったが、顔回のような在り方にも強く惹かれていた様子。
論語にはお堅い古典とは違って、何か悠々としたところがある。勿論、弟子たちとのやりとりが生き生きしていればするほど、晩年の孔子の悲嘆は深く、残された子貢の辛さも残るのだけれど。
ますます、論語が好きになった。良い本に当たったと思う。 -
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[ 内容 ]
中国四千年の歴史のなかに生起する数々の名場面。
そこには名君、暴君、英雄、詩人、はたまた美女たちが入り乱れ、多くの含蓄ある言葉が生まれました。
覆水盆に返らず、背水の陣、井のなかの蛙、登龍門…。
それら珠玉の言葉は古びることなく、今もわたしたちの生活のなかに息づいています。
故事成句をキーワードにたどる、ものがたり中国史。
[ 目次 ]
第1章 「覆水盆に返らず」―名君と暴君の時代
第2章 「呉越同舟」―乱世の生きざま
第3章 「水清ければ魚棲まず」―統一王朝の出現
第4章 「破竹の勢い」―英雄・豪傑の時代
第5章 「春眠暁を覚えず」―大詩人のえがく世
第6章 「山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し」―故事成句をあやつる人びと
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