篠原慎のレビュー一覧
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1970年初頭、動乱のアフリカ大陸を舞台にした傑作傭兵譚。過酷な独裁者が治める失敗国家ザンガロ。資源も出ない筈だったこの小国に、膨大なプラチナの鉱脈があることを突き止めた英国の採掘企業はその強欲さを剥き出しにし、狂信的な独裁者を実力で排除して傀儡の後釜を据え採掘権の独占を図るべく、手練の傭兵シャノンにクーデター計画を持ちかける。「銀行や現金輸送車を襲うのはただの強盗だが、一国をひっくり返すのはまた別のものだ」と嘯くマンソン卿。本編の9割を埋める緻密な計画と準備、湧き上がるイレギュラーに淡々と対処していく傭兵達。そして赤土のアフリカに流れ続ける血と涙、理不尽と服従の歴史を見つめ続けて来た傭兵シャノンがとった選択とは。
「俺は戦いに行くかどうか、どこで戦うか、どちらの側に立って戦うか、を自分で決めるんだ。誰にも動かされない。政治家が、体制が俺たち傭兵を憎むのは、そのためさ。連中が俺たちを憎むのは、俺たちを支配できないからさ。俺たちが連中の命令を受けようとしないからさ。俺たちは、連中が「撃て」という相手を撃たず、「はじめろ」と言われた時に始めず、「やめろ」と言われた時にやめない。だから俺たちは無法者呼ばわりされるんだ。俺たちは契約によって戦う。どの契約を取るかは自分で決めるんだ」 -
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ネタバレ<上下巻を通してのレビュー>
プラチナ採掘権独占を企むマンソン社の会長ジェームズ卿は、新興国ザンガロの独裁大統領を廃すべく、五人の「戦争のプロ」を送り込んだ。消えゆく外人部隊のロマンを謳いあげる雄渾の巨編!
傭兵を取り上げた一作です。
100日間で準備からすべてを含めて、独裁者が恐怖政治を行っている国を乗っ取るのです。
華々しい部分はほんの1割で、その他は綿密な計画や準備などに費やすプロの傭兵の仕事ぶりが伝わってきます。
殺し屋とは決して違う傭兵たち。リーダーのシャノンがまたカッコいいのです。
徹底した調査と準備と、そして仲間に対する絶対的な信頼。
その傭兵をうまく使おうとして、裏をかかれた依頼者。
依頼者たちこそが世界を自分の思うがままにしようとしている諸悪の根源であり、だからこそ戦争はなくならない。 -
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”オデッサ”とは、ナチス親衛隊(SS)のメンバーの救済を目的とする秘密組織のことである。
ルポライター、ペーター・ミラーをオデッサと結びつけたのは、老ユダヤ人が遺した一冊の日記だった。それによればリガの殺人鬼と異名をとったナチ収容所長、ロシュマンは、今もドイツに生きているという。
日記のある箇所がミラーの注意を惹いた。彼は憑かれたようにロシュマンの追跡を始めた。だが、それはタブーへの挑戦であり、組織の手はしだいにミラーの身辺に及び始めた…。
奥が深くて、必ずしもラストに読者をスッキリさせる類の本ではないのですが、ペーター・ミラーを通して、SSのメンバーを追い詰めていくストーリーです。
ヒトラー率いるナチス親衛隊がどれだけ残酷非道なことをしたのか、漠然と理解していましたが、戦後の混乱にまぎれて自らの保身のために国防軍をも時間稼ぎの駒として使ったことや、"オデッサ"を通じて行った行為は絶対に許せません。
ペーターは父親の復讐のためにロシュマンを追い続け、陰でモサドからの支援を受けていましたが、そこまで危険を冒してまでも復讐をやり遂げたかったのでしょうね。
ペーターを傀儡あるいは媒介者として、"オデッサ壊滅"への過程には十分すぎるほどの臨場感があり、冒頭で筆者が元SS隊員からの情報協力があったと述べていました。
こういう潜在的な危険というのは、今現在も世界のどこかの地下でうごめいているはずです。
戦争はいつになっても終わることがない…それが私の実感です。 -
購入済み
面白かったです。
えっこれで終わり⁈っていう終わり方ですが。
できれば続編を読みたいですが叶わないのが本当に残念。
女性のお化粧の仕方とか怖いくらい細かく書いてあって、男の人なのによく見てるなーと興味深かったです。
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ケネディ暗殺のニュースから始まって、ユダヤ系ドイツ人の老人の自殺、その日記のあたりでかなり凹んでしばらく放置してたけど、面白い。60年代が舞台で70年代初めに書かれた小説らしいけど、テンポがよくてさすが名作と言われる社会派ミステリー。実話や実際の人物も多くて、どこからどこまでが本当なのか、よくわからないが、ドイツの抱えていた戦後問題がかなりよくわかる。社会問題、差別問題、戦争、狂気、世界的に見て結局は同じような問題がまた起こるし、起こっているし、力のある者が生き永らえ、民がそのツケを払わされる、と言う矛盾に気付く者は、ことが終わってもどこの国でも少ないのかなあ、と感じた。
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数あるフォーサイスの作品の中で、個人的にはトップクラスに好きなもののひとつである。ドキュメンタリー的な迫力では「ジャッカルの日」に及ばず、スケールの大きさでは「悪魔の選択」 にはかなわない。現代的なトピックスとしてなら「神の拳」等が上だろうし、作品としての余韻ならむしろ短編を勧めたい。
もちろん、ナチスドイツの戦争犯罪の話は、今読んでも褪せることのない迫力で迫ってくる。冒頭の日記は胸がしめつけられるようだし、途中明らかになってくるさまざまな「事実」には事実ならではの説得力があり、怒りで胸が苦しくなる。ラストに近い主人公と敵役の言葉による対決シーンは、単なる小説の世界を超えた力を持つ名シーンだと思う。
が、むしろこの小説の味は、ほとほと呆れるほどの主人公のいい加減さ、調子の良さであり、主として偶然のもたらすドタバタの追跡劇である。シリアスな背景を取り除いてみてみれば、ほとんどコメディといっていいかのようなすれ違いの追いかけっこだと思うのだけど、どうだろう。
フォーサイスの作品、特に長編の主人公はプロ、それもプロ中のプロといいたいくらい、さまざまな意味で鍛え抜かれた連中である。そういうプロの行動のあざやかさが、彼の作品の魅力であることは間違いない。
しかし、本作においては違う。主人公はどうしようもないくらいアマチュアである。アマチュアの、身勝手で怖いもの知らずのめちゃくちゃにハラハラしながらつきあいつつ、その先が読めない動きに引っ掻き回されるプロたちの姿をちょっと小気味良く眺めることに、この作品の最大の楽しさがあるのだとおいては思うのだけれど、どうだろうか。 -
Posted by ブクログ
一人の青年ルポライターが戦後のナチスドイツの親衛隊の救済組織に鋭く迫っていく。モサドやユダヤ人側の訴追組織の思惑が複雑に絡む中、中核へと一歩一歩近づく程に高まるスリルは本書の醍醐味である。
後年のフォーサイスの作品と比較するとプロットの緻密さにおいてはやや欠けるが補って余りあるテーマの深みがある。
1972年当時、本書に記載・言及されている内容は、後日、事実として報道されたことが多い。この小説が当時の事実を超える真実を多く語っていると当時の読者が感じたことは想像に難くなく、このジャンルでの卓越した作者の才には感服する。
主題となるナチスドイツの親衛隊は、血の団結力を誇り、優秀な人材を取り揃えただけに、ユダヤ人収容所など第二次世界大戦後の大きな傷となった。
もしかするとドイツ人の戦後感が、わが国の戦後感と違うとするなら、敗戦と同時に逃げたナチス親衛隊のもたらした影の影響があるのかも知れない。