横光利一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
乙女の本棚シリーズ。
タイトルやピンクの背表紙から、明るいお話を想像していましたが全く逆。結核を患い死期が近づきつつある妻と、それを支える夫の、閉塞感の漂う暮らしを描いた作品でした。
病で気が滅入り、夫に当たってしまう妻。それを受け止めるしかない夫。そんな事、言わなくていいのに⋯と思ってしまいますが、体が辛く更に治る見込みも無ければ、お互い心が荒むもの仕方ない事です。最後の明るさは、妻の体が楽になったという事なのでしょうか。
初めて読む作家さん、初めて見るイラストレーターさんの作品でした。苦しい内容ですが、表情のない男女のイラストがよく合っていました。
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Posted by ブクログ
本書を読もうと思ったきっかけは、北村薫さんの「空飛ぶ馬」で、文学部の女子大生が本書を取り上げていたことから、大学生が読む作品って、いったいどんな感じなのだろうと興味を持った、ただそれだけなので、文学としてどうこうといった崇高な内容は全く書けないことを、先に記しておきます。
それから横光利一については、ごめんなさい、全く存じ上げなかったのでネットで調べてみると、川端康成と共に新感覚派として、大正末期から昭和初期の文学に新たな局面を切り開き、活躍された作家とのことで、本書の解説はチンプンカンプンだったものの、なるほど、「雪国」を読んだような感覚で捉えればいいのだという気持ちで、改めて向き合ってみようと思う。
ちなみに本書(昭和五~七年にかけての作品だそう)について、先に裏表紙の内容紹介から引用させていただきますと、「『純文学にして通俗小説』なる“純粋小説”を自ら実践し、恋愛における現代人の“危機意識”を緻密な文体で追った『紋章』『家族会議』等の先駆となった画期的名篇」とのこと。
実際に読んでみると、複数の男女間に於ける恋愛ものと感じたけれども、三角関係とかではなく、それぞれに想う人がいるという珍しい構図の中で、物語のメインとなるのは、以前、相思相愛だった「奈奈江」と青年「梶」の二人がどうなるのかという点なのだが、生憎と奈奈江には夫の「仁羽」がいるのであった。
ただ、奈奈江からしたら仁羽はつまらない男と認識しており、日々の生活に虚しさを感じる一方で、梶は二度と引き返すことのできない道へと踏み出すことに躊躇いを見せる為、奈奈江も思い切った行動に踏み切れずと、二人の関係は一向に進展しないまま時が過ぎていく。
そして、そうした状況下で奈奈江が起こしてしまった、ある事件には、まるで彼女自身が密かに抱く気持ちがそのまま表出したかのような『罪と罰』を印象付けていることが、皮肉にも、その後の仁羽に対する見方を改めさせていくきっかけとなりながらも、彼女の義妹である「藍子」に、仁羽を見る目が変わりつつある兆候を見出したことで、また違った葛藤を抱えることになるのだが・・・。
私が率直に感じたのは、奈奈江も梶もその状況毎によく葛藤することで、いっそのこと心の赴くままに行動した方が楽になるのではないかと思いながらも、お互いに胸の内を見せない為、もし思い切って本音を見せたときに相手がそうで無かったらという不安の方が強くなってしまう、そんなもどかしさに仄かな焦りや絶望感も募らせながら、そこに誤解を生んでしまうような偶然の出来事や間の悪さも加わることで、そうした思いはより加速していくものの、その機会が訪れようとする度に思い切って踏み出そうか、どうしようかと悶々と葛藤を続けることに、やろうとしていることは不貞行為とも思われるのに、その葛藤自体に見られる人間の真摯さというものが気になるのは何故なのだろうといった、不思議な心境に陥ってしまう。
また、表から見たその人と、内から見たその人とで全く人間性が異なるように感じられたことも印象に残り、そうした思いを促すような描写を、それぞれの葛藤する場面に於いて様々な言葉を駆使して表現されている点に情緒も感じられたことには、恋愛小説を読んでいるのに人間心理を学んでいるような感覚も抱かせる。
そうした中で『無垢の象徴』として描かれている仁羽の良い人ぶりに、却って得体の知れない怖さを感じられたのは、どこか皮肉的で倫理観を揺さぶられる独特さがあった。 -
購入済み
花園の幻想的な記述
代表作の一つ「春は馬車に乗って」と同じように、肺結核を患った妻の死を扱った作品である。当時としては唯一の療法であったサナトリウムの花園の幻想的な記述と、麓の漁村の猥雑な力強い風景との対比が面白い。しかし、夫婦の心理状況の記述は「春は馬車に乗って」よりは1段劣ると思える。
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Posted by ブクログ
はい、20オネエです
『乙女の本棚シリーズ』も、もはやベテランの域です
乙女の本棚プロと言ってもどこからも異論は出ないと思われます
そんなプロからこれから『乙女の本棚シリーズ』を読もうとしている皆さんに貴重なアドバイスをしましょう
先に解説みたいなん読んじゃダメです絶対
そっちに引っ張られちゃいますからね
自分が感じたことを堂々と誇りましょう
偉い学者先生の解釈とぜんぜん違ったっていいじゃない
そんなん蹴飛ばしちゃえばいいじゃない
笑われたって馬鹿にされたって自分が感じたことを自分が信じてあげなきゃ
で、今回わいが感じたのは「馬鹿馬鹿しさ」でした
死に向かう妻と看病に疲れる夫の言葉の応酬がなんか馬鹿馬鹿しかったんよな
なんか「死」ってものがどんどん軽くなってく気がしたんよね
なんとなくそれが日常になっていく
そしてあくまで日常の先に「死」があるんだって
それって妻の優しい愛情だった気もしてきたんよなー -
購入済み
恐るべし横光利一さん
読み始めた時は、単なる高等遊民の戯れ言かと早や、作品の選択を間違えたか?と後悔しかかってから、あっという間に引き込まれラストは、えっ?もう終わり?とまだまだ物足りない読後感でした。女性の心理描写が巧みですね。宗教と結婚。 簡単ではないですね。私はずっと漱石さんの虞美人草の続編みたいな感覚に囚われていました。ハッピーエンドはないのかな。静かに読み返します。
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購入済み
やっぱり似ている
この人はどうも似ている。つげ義春に。最初に読んだ『機械』にしてからがそうだった。狭苦しい工場の中での、貧乏くさい抗争。それは実際に工場で働いている私にも共感できる程度に、よく描写されていた。そして価値観の不毛を感じさせる作風。つげ義春の同類と言うに十分ではないか。
そう思っていたら、今度は鳥である。そのうち石を売ったりなどするようなら、同一人物とみなしても差し支えなかろう(あるか)。