横光利一のレビュー一覧

  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    2025/11/02
     妻は檻のような寝台の格子の中から、微笑しながら絶えず湧き立つ鍋の中を眺めていた。
    「お前をここから見ていると、実に不思議な獣だね。」と彼はいった。
    「まア、獣だって、あたし、これでも奥さんよ。」
    「うむ、臓物を食べたがっている檻の中の奥さんだ。お前は、いつの場合においても、どこか、ほのかに惨忍性を湛えている。」
    「それはあなたよ。あなたは理智的で、惨忍性をもっていて、いつでも私の傍から離れたがろうとばかり考えていらしって。」
    「それは、檻の中の理論である。」

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    2025年11月02日
  • 蠅

    購入済み

    視点 表現手段は現代でも新鮮

    ありふれていて 忌み嫌われる「蠅」に高所から人間社会を見渡す「神の視点」を与えるという意欲作である。切れ切れのトピックスを単に積み重ねただけで という構成も面白い。馬車をストーリーの舞台にしているので古臭さは否めないが、視点 表現手段は現代でも新鮮なままだと思う。

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    2024年08月07日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    床に伏せてしまい死が迫る奥さんと、仕事やお金を言い訳に直視したくない旦那さんの話。イラストが綺麗なのが余計に死を感じた。相手に優しく、言いたいことはちゃんと言おうと思った。

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    2024年07月02日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    横光利一さん、縁がないけど気になってたので手に取った乙女の本棚シリーズ。
    死の淵にある妻とそれを看病する夫を描写した物語。
    美しく柔らかなイラストのおかげで、文章だけだとどんどん暗く重たくなるストーリーが、一定の愛情と美しさを保って捉えられます。

    本人ではどうしようもなく、病による不安や理不尽さからくる妻のワガママとそれに振り回されつつも見捨てられない夫の姿、を現代なら上っ面の愛と本音みたいなイヤミス的なものになりそうなのだが、この作品は上っ面は醜いけど底に愛情が横たわっている、と読める。そう読めるのもイラストの影響大きい。

    2024.1.28
    15

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    2024年01月28日
  • 上海

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    暗く淀んだ路地裏、花売りの声、豚の油の浮いた下水の匂い。刻一刻と変化していくアジアの情勢。上海の息づかいと歴史の息づかいが見事に調和している。

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    2009年10月04日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    病による苦しさがもたらす妻の我儘。
    生活苦と介護疲れの苦悩を表す毒々しさ。

    淡い風合いのイラストが毒々しく変化していく様子、ガラリとまた明るくなる様がきれいだった。

    妻はずっと「いま死んでもいい」と言っているが、夫は、どんなに介護でくたびれていたとしても、妻が死んでしまうことが受け入れ難かったのかな、と思った。
    妻が死ぬ事実を受け止めてから、最期の時を穏やかに過ごせるようになったのだと思う。(イラストが穏やかになったから)

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    2026年09月14日
  • 旅愁(下)

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     1937(昭和12)年から1946(昭和21)年にかけて断続的に連載・発表された作品。
     1936(昭和11)年に横光自身が新聞社の特派員として渡欧しパリを中心に訪れた経験が直接反映されている。この年横光は38歳。
     作品はパリを訪れた若者らを描いてゆき、後半に帰国する。主に視点となる中心人物「矢代」はヨーロッパにあっても祖国日本の美質がかえって際立たせられるように思い、日本回帰主義的な考え方をしている。一方でときおり視点となるもう一人の中心人物「久慈」はヨーロッパ流の科学・合理主義の賛美者で、この2人が合うたびに繰り広げられる論戦が、本作の「思想小説」としての骨格となる。
     合理主義の是非やら日本文化の良さ云々やらの議論は、現代の私たちにはどうしても青臭く見えてしまう。こうした「青臭い議論」は永井荷風がもっと若くして米仏に渡って帰ってきてから書いた小説にも見られる。
     明治から昭和初期の青年たちはとてもマジメで、非常にストレートな思想をもって議論し合っていたようなのだが、「シラケ」の時代を経由した私たちにはそれがどうしても恥ずかしいもののように感じられてしまう、ということだろう。
     矢代の方は帰国後さらに日本絶賛の方向に進んでゆく。が、こんにち、土俗的な信仰を捨て去り、祭も忘れ去られ、全国至る所に全く同じような道路が敷設され、さらには古くからのマナーも道徳もいよいよ喪われてきた現状をふり返れば、主人公が敬愛した「日本」なるものも、もはや過去の美しい幻想であったとしか言いようがない。
     しかし単なる思想小説というだけでなく、本作は主人公らの恋愛模様を描いた青春小説でもある。主人公矢代がパリで千鶴子といい雰囲気になり、帰国してもさらにいい感じで進んできているのに、男があまりにも優柔不断で奥手すぎて、読んでいて極めてもどかしくなる。「えーい、押し倒しちまえよ!」などと、男同士の猥談でしか許されないような野蛮な言葉が出そうになる。
     あまつさえ、いつまでたってもこの2人の間には「結婚」の「け」の字も出てこない。お互いに意識しているのに。やっと「式の日はあなたの方で決めてくださる」と女の方から口にされる始末。
     本作の続きを作者は書くつもりでいたようだが、1947(昭和22)年の病死によって中断された形である。「大東亜戦争」開始の直前から書き起こされ、敗戦直後まで書き続けられた本作、この重大な「敗戦」という事態から日本社会に何が起こってくるか、じゅうぶんに見極めるまで至らずに亡くなってしまったのは、やはり惜しい。

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    2025年05月11日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    難しい表現があって、少し分からないところも。
    2人の男女の内側のやり取りを垣間見れるような作品だなあと思う。ラノベとかにはない世界観。何だかんだ2人は好き合ってるのかな。

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    2025年03月02日
  • 日輪

    購入済み

    異世界ファンタジー

    ストーリー展開は太古の日本を舞台にした話であるが「異世界ファンタジー」を思わせる自由闊達さに満ちている。しかし現在のラノベと違うのはその文体。ふりがなだらけの独特の単語使いで異世界らしい雰囲気を盛り上げている。しかし 当然のことながらやや読みにくく感情移入もしにくい。

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    2024年10月01日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    タイトルが綺麗だなと思ったのと、著者の本は読んだことなかったので手に取った。
    ラスト、ふたりのやりとりが好き。春が来たんだな。というのがかなしいしさみしいし、でも救われるような思いでもある。

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    2024年09月23日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    ネタバレ

    肺病でどんどん弱っていく妻。
    妻の家族と4、5年も闘争して、やっと娶ることができて、母と妻との間で苦痛な時間を過ごしたあと、やっと夫婦二人きりになれたのに、妻は病気になってしまった。

    もう良くならないと、心の片隅にでも思っているのなら、彼は、毎日もっと優しくしてあげればいいのに。妻が言うように、隣で仕事をして、片時も離れない位に甘えさせてあげればいいのに。
    妻が始終不満を伝えていたが、彼はちょっと冷たいと私も思った。

    彼女のわがままを檻の中の理論と呼んで、もう死ぬかもしれない妻から逃げるように仕事とお金を言い訳にするのは、本当は鬱陶しいと思っているだけで、余り大切に思っていないんじゃないかと思ってしまう。

    この妻は、言いたいことをちゃんと言えたのかな?
    我慢し過ぎないで死ねたのかな?
    それが気がかり。

    もう死ぬんだから、照れ隠しとかしないで、彼はもっと優しくしてあげなよと思ってしまった。
    私だったら、仕事なんかしないでずっとそばにいてってもっと主張しそうな気がする。

    色とりどりの花々を乗せた舟の表紙の絵がとても魅力的。温かで柔らかな絵が、夫婦の想い合う少しぎこちない心を映し出しているようで、心に染みた。

    乙女の本棚シリーズは、文学作品をより印象深く味わえる。今も毎月のように新刊が出ているようなので、未読のものを早く全部読みたい。

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    2024年06月21日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    ネタバレ

    本が読めなくなって冬から数ヶ月かけて読んだら、
    春になってた。
    花束を渡す最後がとても良い。 
    その一方で、現実の話ではないのだと感じた。
    なんでかなぁ。
    でも本当なら良いなぁ。

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    2024年04月10日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    1898/3/17〜1947/12/30 利一忌
    1926年作

    病気で自由にならないその身の悔しさと最期が近づく苦悩。その病気が言わせるワガママを夫に放つ事ができる素敵なカップルだなあと思うのです。
    それでも 看病と経済に疲れを感じつつある夫。
    医者から、いよいよ現実的な最期を知らされた夫は死について考える。
    この作品のいとうあつきさんの夫婦の絵が、美しいなあ、と思う。春がやってくるようなコラボ。
    スイトピーが馬車に乗って春をまきながらやってくる。春はやってきて、苦しみは消えて、妻の鎮魂歌。

    横光さんの体験から。駆け落ちのように暮らし始め、同居後間も無く結核となり、亡くなった後入籍としたようです。

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    2023年12月30日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    病の苦しみ、やがて訪れる死を前に揺れ動き、苦悩し、そして鎮まっていく二人。
    2人のやり取りが、のたうちまわり、苦しみながらも、澄みきっていく過程が丁寧。
    イラストも、秋から、苦悩に満ちた冬、春への移り変わりが描かれていてどこを開いても美しい。
    文字色も工夫してあるのかな?
    終わりと春にむかううつろいが、読んでいる側にもじんわり染みてくる。

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    2023年11月13日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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     乙女の本棚シリーズから、横光利一さんといとうあつきさんのコラボ作品「春は馬車に乗って」です。なんともきれいな色使いのいとうあつきさんのイラストは、とってもステキです!

     内容は、肺の病に侵され余命わずかな妻を看取る夫のお話です。病に苦しみ、夫にあたるしかない妻…夫も妻に振り回されながらも妻に寄り添い続けた結果、妻も自身の病を受け入れられるようになっていく…。最期は、妻に春いっぱい感じられるスイトピーを抱かせ、「この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先きに春を撒き撒きやって来たのさ。」と…。

     「キューブラー・ロスの死の受容」というものがあります。「否認 怒り 取引き、抑うつ、受容」…この5段階の通りかなって感じました。様々な葛藤もあったけれど、妻は夫に看取ってもらえて、本当によかったんじゃないかと感じました。

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    2023年07月21日
  • 春は馬車に乗って(乙女の本棚)

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    横光利一、初めて読む作家。病気治療中の妻と、それを支える夫の、静かな日々の話。
    締め切りのある仕事を抱えながら、もっと構って欲しがる妻の看病との両立でいっぱいいっぱいになり、時おり衝突しながらも支え合う姿は、第三者である読み手の私たちの目にはそれでも仲睦まじく映る。
    部屋から見える庭の松の葉、鈍い亀、ダリヤの球根、野の猫、水平線、遠くの光る岬。それらすべての情景描写が美しかった。
    春がくるということが、これほどよろこばしいことのように思えたのはずいぶん久しぶりな気がする。

    「まア、じっとしてるんだ。それから、一生の仕事に、松の葉がどんなに美しく光るかっていう形容詞を、たった一つ考え出すのだね。」

    「どこから来たの。」
    「この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先きに春を撒き撒きやって来たのさ。」

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    2023年03月01日
  • 夜の靴 微笑

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     初版は鎌倉文庫(1947年11月)。
     著者の山形での所懐生活に取材した日記体の長篇。作中では日付は匿名化されている(「―日」と表記される)が、文芸文庫版の巻末資料に掲げられた河上徹太郎の文章によれば、1945年8月15日から12月15日までの4ヶ月間の時間が描かれている。

     5月末の東京空襲後、やっとのことで山形の山村に疎開先を見つけた「私」は、自分が「小説家」であることをどうかして知られまいと努めながら、農村の人々のその暮らしを詳しく観察しつづける。描かれるのは、戦時下の「供出」がもたらした村内の対立であり、本家と分家の微妙で複雑な関係であり、濃密な人間関係の中での政治であり、戦争で我が子を失った、あるいはじっとその帰りを待っている老親たちの嘆きと健気さとであった。
     日本敗戦直後、GHQによる占領政策が本格化する以前の農村の記録として貴重。また、この小説での「私」は新聞にもラジオにも言及せず(「私」は用向きのため時折街へと出るのだが、そこでどんな情報に触れたかはまったく書かれない)、閉じた共同体としての農村のありようを強調しようとする。
     
     作の後半、特攻隊の生き残りが村に帰ってきて、父親とのんきに酒を呑みながら「ああ、もう、助かったのか死んだのか、分からん分からん」と語る場面が印象に残る。肝心な場面でわけのわからない一文が書き込まれていることも、とても気になる。

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    2022年07月21日
  • 旅愁(上)

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    夏目漱石も西欧の近代合理主義と自分のこころとの矛盾に悩む青年を描いたが、横光利一もそのような西欧合理主義の教育を受けながらも実際欧州に行ってみて、反発や適応せざるをえない苦しみをこの長編に描いた。ヨーロッパを賛美出来ず、なお日本に寄り添ってしまうこころを解剖してみせる。

    昭和11年(1936年)といえば第二次大戦前の不穏な時だろう。行くにしても何日もかかった時代。そんな時欧州に遊学する青年たちとは特権階級、現代の誰でも(庶民が)行けるヨーロッパではない。東洋と西洋の相克の悩みは、今から考えると隔世の感。

    ストーリーは単純。

    同じ船で長旅して、欧州を目指した青年二組の男女が繰り広げる愛憎といえればいいのだが、なんともまだるっこしい展開なのである。

    歴史、近代文化を学ぶため遊学した「矢代耕一郎」と、カトリック信者でイギリスにいる兄を訪ねる「宇佐美千鶴子」のカップル。

    社会学、美術の研究のため渡欧の「久慈」と、せっかく夫を訪ねたのに離婚の危機迫る「早坂真紀子」との関係。

    最初に「久慈」が「千鶴子」に接近、欧州到着後はだんだん「千鶴子」が「矢代」に引かれていくのだけれど、なかなか決定的な愛の告白をしないつつましさ。二人とも長い欧州の旅を終えて別々に日本へ帰ってきてしまう、それが上巻の終り。「何も言わなかったのがよかった」とかなんとか。(今なら、はぁ?と思う)

    しかし、西欧に対する思想考察は当時を彷彿させおもしろい。またパリやスイスなどの描写は素晴らしい。パリで遭遇した歴史的な事実”人民戦線”の「デモ群集と官憲の衝突見聞」など迫力だ。もしかして当時のあこがれの欧州旅行案内だったのかねこれは…。

    わたしが中学のころ友人に薦められた本である。挫折しては長いこと読みたいと思い続けてきたわたしの息も長いけど、この物語の退屈とも思える冗長さにはあきれる。

    でもこれが「旅愁」という作品の性格的色彩というから、仕方がない。参考資料をみると、なるほど研究論文が多い。うなづける。

    新感覚派の実験といわれた短編は非常にシャープで面白かったのだが。

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    2021年08月30日
  • 上海

    上海

    元本には素晴らしい挿し絵スケッチがありましたが、この電子書籍にもありますか?

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    2020年02月09日
  • 上海

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    1920年代の上海。欧州列強に加えてアメリカが中国でのビジネス拡大を狙い、日本もまたそれに対抗する。そしてまた、革命を逃れたロシア貴族が滞留。現地の中国人の多くは、国内外の資本の下で厳しい労働条件に苦しみ、共産党が勢力を伸ばす。その共産党が外国資本に打撃を与えるべく罷業を計画すれば、それを中国の資本家が陰で支援したりもする。街には日々大量の物資が船などで出入りし、それにともなって大量の廃棄物・排泄物がでる。それらがドブとなった運河で発酵し常に泡立つ。著者は、実際にこの時代の上海を訪れ、ほぼ同時代にこの作品を書いている。それだけに当時の「魔都」上海に集まる人びとが生むものすごいパワーとそれらが淀んで渦を巻く、そんな暑く湿った空気感が生々しく伝わってくる。そうした中でこの街に流れてきた日本人たちの様子も様々に描かれ、この時代の上海を知る助けとなった。

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    2013年08月15日