【感想・ネタバレ】旅愁(下)のレビュー

あらすじ

シベリア経由でヨーロッパから日本に戻った矢代耕一郎は、パリで1度は断念した心寄せる宇佐美千鶴子と再会をする。日本の伝統を求めて歴史を溯り"古神道"に行き至った矢代は、カソリックの千鶴子との間の文化的断層に惑う。それぞれが歩む、真摯に己れの根っこを探す思索の旅。晩年の横光利一の「門を閉じ客の面会を謝絶して心血をそそいだ」(中山義秀『台上の月』)最後の長篇思想小説。

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

 1937(昭和12)年から1946(昭和21)年にかけて断続的に連載・発表された作品。
 1936(昭和11)年に横光自身が新聞社の特派員として渡欧しパリを中心に訪れた経験が直接反映されている。この年横光は38歳。
 作品はパリを訪れた若者らを描いてゆき、後半に帰国する。主に視点となる中心人物「矢代」はヨーロッパにあっても祖国日本の美質がかえって際立たせられるように思い、日本回帰主義的な考え方をしている。一方でときおり視点となるもう一人の中心人物「久慈」はヨーロッパ流の科学・合理主義の賛美者で、この2人が合うたびに繰り広げられる論戦が、本作の「思想小説」としての骨格となる。
 合理主義の是非やら日本文化の良さ云々やらの議論は、現代の私たちにはどうしても青臭く見えてしまう。こうした「青臭い議論」は永井荷風がもっと若くして米仏に渡って帰ってきてから書いた小説にも見られる。
 明治から昭和初期の青年たちはとてもマジメで、非常にストレートな思想をもって議論し合っていたようなのだが、「シラケ」の時代を経由した私たちにはそれがどうしても恥ずかしいもののように感じられてしまう、ということだろう。
 矢代の方は帰国後さらに日本絶賛の方向に進んでゆく。が、こんにち、土俗的な信仰を捨て去り、祭も忘れ去られ、全国至る所に全く同じような道路が敷設され、さらには古くからのマナーも道徳もいよいよ喪われてきた現状をふり返れば、主人公が敬愛した「日本」なるものも、もはや過去の美しい幻想であったとしか言いようがない。
 しかし単なる思想小説というだけでなく、本作は主人公らの恋愛模様を描いた青春小説でもある。主人公矢代がパリで千鶴子といい雰囲気になり、帰国してもさらにいい感じで進んできているのに、男があまりにも優柔不断で奥手すぎて、読んでいて極めてもどかしくなる。「えーい、押し倒しちまえよ!」などと、男同士の猥談でしか許されないような野蛮な言葉が出そうになる。
 あまつさえ、いつまでたってもこの2人の間には「結婚」の「け」の字も出てこない。お互いに意識しているのに。やっと「式の日はあなたの方で決めてくださる」と女の方から口にされる始末。
 本作の続きを作者は書くつもりでいたようだが、1947(昭和22)年の病死によって中断された形である。「大東亜戦争」開始の直前から書き起こされ、敗戦直後まで書き続けられた本作、この重大な「敗戦」という事態から日本社会に何が起こってくるか、じゅうぶんに見極めるまで至らずに亡くなってしまったのは、やはり惜しい。

0
2025年05月11日

購入済み

恐るべし横光利一さん

読み始めた時は、単なる高等遊民の戯れ言かと早や、作品の選択を間違えたか?と後悔しかかってから、あっという間に引き込まれラストは、えっ?もう終わり?とまだまだ物足りない読後感でした。女性の心理描写が巧みですね。宗教と結婚。 簡単ではないですね。私はずっと漱石さんの虞美人草の続編みたいな感覚に囚われていました。ハッピーエンドはないのかな。静かに読み返します。

0
2022年12月16日

シリーズ作品レビュー

「小説」ランキング