橋爪紳也のレビュー一覧
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往来堂書店「D坂文庫2014冬」から。南海ホークスを通じて見たプロ野球文化史論の一級品。
南海ホークスの球団史ではなく、主題はサブタイトルの「野球ファンとパ・リーグの文化史」の方にある。軽い気持ちで読み始めたが、これは紛れもなく学術書だ。
阪神タイガースをしのぐ人気を誇っていた南海ホークスが凋落していった理由を、社会学的に分析しているのだが、その手法はお見事というほかない。当時、子供ながらにセ・リーグは新聞社の球団が多く、パ・リーグは関西の鉄道会社の球団が多いなとは思っていたが、それにはしっかりとした理由があり、そして、その理由がその後の凋落を引き起こした一因ともなっていたのだ。
そして、球団の元に集まるファンと、その集まる場所であるスタジアムに割かれたページも秀逸だ。特に、スタジアムを見ると興奮を抑えきれないタチのワタシにとって、ホークス移転後の大阪球場の話には胸が裂けた。
著者がホークス・ファンであるせいか、ホークスへのエレジーと読める箇所もあり、野球ファン、特にパ・リーグ・ファンの琴線に触れまくる一冊だ。
また、見開きの左側ページの最左欄に注釈欄を設けて読みやすくしているスタイルも出色だが、さらにその注釈の内容も良い。野球ファンの心をくすぐるネタも散りばめられてあり、一文字たりとも読みとばせない。 -
Posted by ブクログ
大大阪時代にどハマりした学生時代、よく橋爪先生の本にお世話になっていた。
本の内容までは覚えていないが、東京の人口を凌ぐマンモス都市だった往時の大阪をストーリー性のある文章で解説。読んだうちの一冊には、当時流行したご当地歌謡曲のCDが付属で入っていたのを覚えている。
本書は2018年に刊行された『1970年大阪万博の時代を歩く』を改題・加筆・修正したもので、刊行年は2020年2月。
話題というより物議を醸している2025年の大阪・関西万博だが、55年前の方はどうして何事もなく成功できたのか。今回の万博は希望を持っても大丈夫なのか。
うん十年ぶりに先生とタイムスリップして確かめてきた。
巻頭には大阪万博の全貌がカラー写真で掲載されている。
全パビリオンほか会場内の施設外観を載せてくれているのも嬉しい。全部なんて見たことがなかったし、今見てもワクワクする。パビリオンごとにはテーマが設けられており、巻末ではそれらも確認できる。
当時小学4年生だった橋爪少年が全館コンプリートのため約18回通い詰めたのも頷ける。(ちなみに大阪市ご出身)
第1・2章では、大阪各地での戦後の歩みを追う。
終戦直後には空襲で家を焼き払われた住民のためにバスを転用した住宅を支給したり、1964年頃に社会問題となっていた交通マヒを解消すべく阪神高速を建設するなど、いかに大阪が復興・発展の途を歩んで来たかが綴られている。
戦時中大阪市東住吉区に模擬原爆なるものが投下されていたなんて初耳だったし、「まず模擬原爆って何?」と他の内容がしばらく頭に入ってこなかった。(これはこれで別途調べよう…)
今の通天閣は2代目で、東京タワー建設も手がけた人物に地元の商店主7名が再建を依頼していたんだとか。今や滑り台も設置された人気スポットだと聞いた日にゃ、彼らも泣いて喜ぶだろうな。
第3章では、いよいよ万博にフォーカス。
万博の開催が正式に決定したのは1966年5月。1940年には「日本万国博覧会」なるものが開催予定だったが、世界情勢の悪化からおじゃんになっていた。その時の前売り入場券は何と1970年の万博で適用できたらしい…!
実は1970年以前にも府内では様々な博覧会(第五回内国勧業博覧会etc.)が開催されており、いずれも成功を収めていた。それらが万博成功への土壌を作り上げた一つなのだろうと先生は述べている。
本章ではパビリオンの展示内容にも多くページが割かれていたが、それらが生き生きして見えたのは、先生が熱心な目撃者だった所以だろう。
第4・終章は万博後の大阪になる。
2025年の日本誘致が成功したのは、上記1970年万博以降も花博や愛・地球博を成功させてきた実績にあるという。先生も専門家として構想に携わっており、終章では会場設備について触れている。
「1970年大阪万博が我々にもたらした最高の財産は『人』であった」と先生は語る。
様々な才能を雄飛させる契機こそが万博。
それらはきっと岡本太郎氏らのような輝かしい才能ばかりではないはず。1970年までの道のり同様、希望を持とうと願い奮闘する人々の分も絶対に含まれている。 -
Posted by ブクログ
これを読むと本当に今の建物はつまらないなと思う。機能やコスト面では確かに今のほうが優れているのかもしれない。しかしどれも同じような外観と材料で代わり映えがしない。奇妙な外観であれば良いというわけではないがあまりにも均質的で、ロードサイド店舗の作り出す均質的で奇妙な景観を思いこさせる。しかし、ここで紹介されている建築物は、前衛的で挑戦的なデザインや地元の名士や特産品などから連想したデザインと一つとして同じものはない。また、新たなランドマークを目指しつつ景色に溶け込むことを意識していたり、風土に合わせてデザインを変更するなどの配慮もある。材質も木や漆喰などテーマに合わせたものが使われていたりするなどしっかりと考えられている。こういった建物は税金の無駄遣いと批判されてしまうが、良いもの、残るものを作ろうとしたことはまず素直に評価すべきだろう。なにより現在もちゃんと使われている以上、全くの無駄とはいえない。行政が関わっているからと杓子定規な批判をすべきではない。
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Posted by ブクログ
大阪万博の今昔物語。
1945年の敗戦から、復興と経済成長を遂げ、世界の未来を占う技術進歩とその課題をテーマに1970年に万博が開催された。
焼け野原、闇市だった都市が、一日に最大80万人、累計6400万人が訪れた華やかな万博会場。
各国がアピールする場として、米ソの宇宙開発競争が見られる。また日本は技術力をアピール。そして若い芸術家・建築家等が躍進・成長の場となっている。
横尾忠則の繊維館は、真っ赤な球状に足場を残すカタチに設計変更する。それを当時の繊維館の会長に直談判し、その才能と熱意を承認した谷口会長の快活さ。復興を強くアピールするパビリオンとなる。
岡本太郎は、べらぼうなものをカタチにすると太陽の塔を建設。今も人々の記憶に深く刻まれ、20世紀少年、クレヨンしんちゃんの映画にも象徴的なモチーフとして登場する。
人類の進歩と調和。
技術革新と絶えぬ戦争がテーマとなっている。
だからこそみんな参加出来るお祭りが必要というコンセプトが面白い。
2025年、大阪万博は人類の健康・長寿への挑戦。
世界有数の長寿国で新しい生き方を求められている。ボーダーレス、人生100年時代、豊かになっている世界、格差社会、それに抗議するビーガン。
前回の大阪万博のシンボルゾーンの「お祭り広場」を今回は空っぽの空間として「空」を設ける。これは世界が豊かになっても、満たされない心を日本的な思想で心の安寧を願うような、面白い取り組みだと思う。
いのち輝く未来社会のデザイン、をテーマに個々の生き方、それを支える社会のあり方が議論される。最新テクノロジー活用と幸福な生き方を問う。
万博は一時的なイベントではなく、成果を後世に残すものでもある。
2025年、さらにその先が楽しみになる万博になりそう。 -
Posted by ブクログ
今思えば父も「野球難民」やったんやと。ひたすら巨人戦の中継ばかり見ていた父が。巨人ファンではない、巨人が負けるところを見たいのだと。阪神ファンの幼い私には理解不能だった。
後に母から父は南海ホークスファンだったと聞かされた。ならば巨人の中継じゃなくて、ダイエーホークスを応援すればええやないかと思っていた。ダイエーホークスにはそないに興味があるようには見えなかった。もちろんソフトバンクも。
この本を読んでようやく解けた。身近な人が感じてであろう喪失感に。野球は好きだがひいきの球団はもう無いという。もはや父は巨人戦だって見ていないのだ。
自分には物心ついたときには阪神しかなかったが、南海がまだ在阪球団だったら南海を応援していたような気がする。応援の甲斐のある球団が好きだから。